13杯目 絵本とパンケーキ
「ヒア、この絵本読んで」
お母さんが来店してから1週間。ついにゴーストリファイン学園が復活するということで予習をしていたら、ハートちゃんが突然そんなことを言い出した
「絵本?」
「うん。読み聞かせ、してほしい」
「分かった。じゃあハートちゃんの部屋行こっか」
彼女の部屋へ行き、淡いピンクのベッドにハートちゃんが身を横たえ、私は木製の椅子に枕元で座る。少し厚い絵本を開いて読み聞かせスタートだ
「それじゃ読むね。……これは遠い遠い、異国の王女さまのお話です──」
これは遠い遠い、異国の王女さまのお話です
平和なその国の王女さまは、自室で紅茶を飲みながら読書に耽るのが好きでした。そうしてる間はどんな嫌なことも忘れられるからです
でも、ずっと気になることが一つだけありました。窓の外でずっとコンコンという音がするのです。ここはお城の一番上の部屋で、窓の外を見てもよくわかりません
「じいや、この音は何かしら?」
「ああ、木こりが庭で作業している音ですな。成長しすぎた樹木の枝を切り落としているのです。耳障りでしたかな?」
「いえ、心地良い音よ。続けさせなさい」
「畏まりました」
トントンと心地のいい音と、ページをめくる音、美味しくて香りの良い紅茶。王女さまにとって、これ以上にないほど幸せな時間です。こんな時間がずっと永遠に続けばいいのにと口をこぼすことも少くありませんでした
ある日、王女さまは木こりがどんな人物なのか気になり、お茶の時間に誘いました。突然のことに木こりはさぞかし驚いたことでしょう
「初めまして王女さま。木こりのノエルと申します」
「初めましてじゃないわよ!貴方、私にスクールで勉強を教えてくれたノエルくんよね!」
「……覚えてましたか」
驚くべきことに、王女さまとノエルはスクール時代のお友達でした。しかも彼には王女さまに手ほどきをした実績があるようです
「今日は時間がたっぷりあるの。たくさんお話しましょう。スクールの同級生なんだし敬語はなしで、私のことは名前で呼ぶこと。いいわね?」
「──わかったよ、ソレイユ」
ソレイユ・フーシェ。それが王女さまの名前です。二人きりのお茶の時間は今回だけに留まらず、1週間に2度は開かれるようになりました
そんなノエルですが、いつの間にか木こりと兵隊の仕事を両方こなすようになっていました。もちろんお茶の時間も忘れません。お茶菓子は決まってパンケーキです。気付けば王女さまとノエル、二人の大好物になりました
そんな幸せで平穏な時間は呆気なく終わりを迎えます。隣国の王子が突然、王女さまのいる土地を奪いに来たのです。隣国の王子一人での行動だったためすぐに帰されましたが、それがきっかけで両国は戦争になりました
ノエルは木こりですが兵隊でもあります。当たり前のように戦争に参加し、戦います
隣国の兵隊は非常に強く、あっという間にあとはこのお城の上二つの階のみとなりました。そしてついに王女さまの部屋の扉が開かれます
「ソレイユ!大丈夫か!?」
入ってきたのはノエルでした。敵の兵隊に捕えられると覚悟していた王女さまは胸を撫で下ろします
「貴方こそ大丈夫なの?」
戦いに次ぐ戦いで少しみすぼらしくも見えます
「僕は大丈夫。それより僕は君を守らなきゃいけない。本来僕は君専属の近衛兵だからね」
言いながらどこで拾ったのか隣国の村娘の洋服に着替えさせます
「暖炉の奥に扉がある。そこを抜ければ隣国に繋がってる。戦争で家がなくなったと誰かを頼って。そうすれば助かるだろうから」
「ノエル……?」
扉の向こうでは「王女を探せ!」「王を殺せ!」と隣国の兵隊がけたたましく叫んでいます。王女さまは全てを理解しました
ただの木こりで成り行きで兵隊になった旧友ノエルはここでこの国のため散るのだと
「駄目よノエル!一緒に逃げましょう!」
「それこそ駄目ですよ王女さま。私は貴女を護らねばならぬのです」
彼からピリピリとした緊張が伝わります。しかし……いや、だからこそ心配させないためでしょうか。にへらと微笑みかけます
「全部終わったら、また一緒にパンケーキを食べようね、ソレイユ」
それが王女さまが聞いた彼の最後の言葉でした。兵隊としてではなく友人として名前を呼んでくれたことが嬉しくもあり寂しくもありました
隣国に避難し、ヴィエルジュと偽名を使うなど幾つもの嘘をつき細々と暮らし始めて3日ほどが経ち自分の王国が潰えたことを知りました。戦死した兵隊の中にノエルの名前もあり、思わず泣き崩れてしまいます
「ヴィエルジュ、どうしたんだい?」
親切にも住まいを提供してくれたロベルトという老夫が心配そうに尋ねます。ヴィエルジュこと王女さまは正直に「隣国の友人が戦死した」と答えました。ロベルトは何も言わずに彼女を優しく抱きしめ背中をさすってくれました
さらに数十年が経ち、ヴィエルジュは家庭を持ちおばあちゃんになっていました。最近の楽しみは孫達にお菓子を作ることです
「ねぇおばあちゃん、今日のおやつはなあに?」
「ふふ、気になるかい?今日のおやつはね」
未だにこのお菓子の名前を言うには勇気がいります
「パンケーキだよ」
「おしまい」
読み終わる頃にはハートちゃんは夢の中。静かに椅子を戻し部屋の電気を消して、私も自室に戻ってベッドに潜り込む
絵本と言う割には少し大人向けな内容だった気もする。というか何を伝えたかったのかさっぱりわからない。納得がいかない
それでも眠気は襲ってきて、気が付けば朝になる
「いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ」
本当は勉強したいけど、シフトは開店からだから仕方ない
二十代半ばくらいだろうか。貴婦人のような格好のこの女性の足元には影がない。アヤシ側のお客様だ
「ご注文は?」
「パンケーキ……それからアイスティーも下さい」
「畏まりました」
ホットケーキミックスに卵と牛乳、隠し味にマヨネーズを入れてかき混ぜる。フライパンにサラダ油を薄くひいて加熱、そこにさっき混ぜたやつを四分の一入れて焼き色が付いたらひっくり返して両面に焼き目がつくまでしっかり焼く
これを四回繰り返してお皿に移し、バターを乗せ、メープルを小さい器に入れたのを添えたらティターニア流パンケーキの完成だ
表面はサクッとしてて、中はふわふわ。バターやメープルの味がしみこんで本当に美味しい。たまにおやつでコレを作って皆に振る舞うこともあるくらい、私は気に入ってる
次にアイスティー。予め温めておいたティーポットに茶葉を入れ、沸騰したお湯をポットの半分くらい注いだら一分蒸らす。別のティーポットに移したら氷が沢山入ったグラスに注いでグラニュー糖を気持ち多めに入れて出来上がり
「お待たせしました、パンケーキとアイスティーのセットです」
「ありがとう、いただくわ……あら?」
「な、何か?」
「いえ、とても懐かしい……そうね、私が生前よく食べていたパンケーキの味にそっくりなの」
昨日読んだ絵本の内容をふと思い出した。確かあの王女さまは──
「失礼ですがお客様、お名前を伺っても?」
「ヴィエルジュよ。ヴィエルジュ・セリエ」
「ソレイユ・フーシェではないのですか?」
「!!」
ヴィエルジュと名乗った女性は大きく目を見開いた。まさかのビンゴだ
そう、隣国の王子が領土強奪を企て、結果的に敗戦し祖国を追われ戦勝国にて隠遁生活を送った悲しき王女、ソレイユ・フーシェ。それが本日のお客様
「貴女の話は絵本になって今世に伝わっています。また、ここティターニアは貴女が過ごした両国とは関係の無い場所です」
「そうなの……ふふ、それにしても私の伝記が絵本だなんて、随分可愛らしいのね」
「……壮絶な過去をお持ちのようで」
「それほどでもないわ。あの当時の王族としては私なんてマシなほうよ。それよりもっと沢山お話聞かせて?貴女がノエルになるの!」
「私が……ですか?」
「そうよ。マスター、彼女にもパンケーキとアイスティーのセットを!」
「畏まりました」
「つかれた……」
「お疲れ、はいカフェラテ」
「あ、リンクさん。ありがとうございます」
多分もう三日分は喋った。ソレイユさんとの会話はそれほどに盛り上がった
そうだ、ついでだし調べてみようかな。せっかくスマホもあるんだし
「ソレイユ・フーシェ、と……あ、出てきた」
──「木こりと王女さま」は童話作家イニシャス・ラクールの作品。主人公、王女ソレイユ・フーシェが住まう国の隣国の王子が企てた略奪計画が戦争に発展・敗戦し、戦勝国である隣国へヴィエルジュ・セリエという偽名を使い亡命するという物語。
木こりのノエルは作中では戦死となっているが、該当する史実の戦争での彼にあたる人物は開戦時には既に隣国に寝返っており故郷に微塵の未練もなく中佐まで上り詰めている
「なにこれ、史実まんまだったらバッドエンドじゃん」
まぁつまりそこを絵本向けに改ざんしたってことなんだろうな
「ん、どうかしたのかい?」
「昨日ハートちゃんに読み聞かせした絵本のことを調べてたんです。主人公の人が本日来店されましたし」
「へぇ?」
「実際にあった戦争の結末だけを改変して悲恋的なお話にした感じなんですよね」
「そのページ見せてくれるかい?」
「どうぞ」
以前ウツセミのお客さんが言っていた、「絵本みたいな恋がしたい」と。確かにそうなったら可愛げがあって幸せな感じが伝わって来るけれど、絵本側がそれをさせてくれない場合もある
私が恋をするならどんな恋をするのかな。ってダメだ、そんなこと言えないや。だって──
死人に口無し、って言うでしょう?
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