10杯目 半妖とおまじない
「次の授業は体育だ。各自着替えたら運動場に集合。遅れるでないぞ」
「「はーい!」」
男子生徒は更衣室、私達は教室で着替える。三日目にして初めての体育だ
「ほい、ヒアちゃん。体操服作った!」
さすがにブルマじゃないよね。良かった
バンシーちゃんを含む年少組は着替えも早く済ませ一足先にグラウンドにいた。ボール遊びしてる子やストレッチをしている子がいる
「体育の授業、体を動かすことならなんでもいいんだぜ!」
小さい鬼が教えてくれる
「だからオレ達とサッカーしようぜ!」
「だめ!お姉ちゃんは私達とかけっこするのー!」
人気者はつらいぜ。うーん、どうしよう。悩んでいると最年長のひとりが声をかけてきた
「良かったら俺と手合わせ願えないかな」
「貴方は?」
「俺はロッソ。ロッソ・コスタクルタ。普通の幽霊だ。呼び捨てでいいよ」
私には竹刀を渡し、彼はフェイシングで使うエペと思われる剣を持つ。オッケーした記憶ないんだけどな
「これより、水城真白とロッソ・コスタクルタによる変則剣道の試合を敢行する。審判は妾が務めよう」
ルールは簡単、お互い頭をぶち抜くか降参させること。ただし、剣以外の攻撃は一切許されない
「お姉ちゃんがんばれー!」
「ロッソ!女に負けんなよ!」
「……好き勝手言ってくれるね、あの子達」
「まぁ、子供ですから。人のことは言えませんが」
「はは、違いない」
「それでは尋常に、始めッ!」
エペが目の前に迷いなく伸びてくる。それを竹刀で払い私もロッソに向かって突きを繰り出し、それを振り上げる。まぁこんな直線的な攻撃はバックステップで軽く避けられるけどね
ロッソの猛攻を躱しながら攻め手を思案する。何で私はこんなに体を動かせるんだ
『ふふーん、それはヒアちゃんが半霊半妖になってるからなのだ!』
『私が半妖に?』
『みど姉と契約した時、左目貰ったでしょ?その影響で半妖になってて、並大抵の人間以上の身体能力を得ているんだよ』
いじめもあって体育は万年2だったのにね……10段階評価で
それはさておき本当に体が軽い。少なくともロッソの攻撃を全て見切れるほどに。でも不思議と追い込まれてる気がする。ここは引かずに乱雑にでも攻勢に出るべきだ。がむしゃらに剣を振って間合いを計らせず、尚且つ後退させることに成功した。しかし
「チェックメイトだよ、水城さん」
突貫しようと低姿勢で突っ込んだのがマズかった。それはレイピアやエペの得意ジャンルだ
走り出した手前止まることも出来ず、ロッソの剣が私の頭を射抜いた
「そこまで!ロッソ・コスタクルタ勝利!」
負けちゃった。半ば仕方ない相手だったけどなんか悔しい
「ヒアお姉さん、立てる?」
「ありがとうバンシーちゃん……あれ?」
おかしいな、立とうにも力が入らない
「お姉さん足ひねってる……保健室行こう?」
あ、ホントだ。ちょっと赤く腫れてる
「妾が連れて行く。バンシー、汝は主様の着替えと弁当を持ってきてくれるか」
そういやこれ4限目だっけ
「ドクター、入るぞ」
「うい」
中にいたのは無精髭を生やしたボサボサ頭で背の高い男性。不衛生っぽいけど白衣を着ているから養護教諭で間違いはなさそうだ
「ん?……ああ君確か喫茶店の子か。どうしたんだ?」
「足をひねったみたいで」
「どれ……ふむ、軽度の捻挫と擦り傷数箇所か。この程度ならすぐ治せるからベッドに横になって、呼吸を整えてくれ。治癒を開始する」
患部に触れた彼の手が淡い緑色に発光する。傷口に消毒液を塗布した時のしみるような痛みがする。結構痛いがみるみるうちに傷は塞がり腫れは引いていく
「ありがとうございました…えっと──」
「俺に名はない。日本、ひいては世界中の同じ
「呪い、ですか」
「痛いの痛いの飛んで行けー!」
「バンシー!ここは保健室だ、静かに入室しろ!」
「えへへ、ごめんなさーい。ヒアお姉さん、着替えとお弁当持ってきたよ」
「やれやれ」
治療が終わりドクターは職員室へ。汚さないことを絶対条件にここで昼食を摂る許可を得た
今日は私が早起きして作ったお弁当。肉汁溢れるジューシーなハンバーグと自家製デミグラスソースが持つ独特のコクのコラボレーションがたまらない。卵焼きの味付けも我ながら丁度いい塩加減だし、プチトマトの酸味と食感がお口の中をリセットしてくれる。白米もべちゃついてないし今日のお弁当は自己採点で100点満点だ
「お姉さん、からあげ1個あげるからハンバーグ一口ちょうだい」
「いいよ、はいどうぞ」
「あーん!……美味しい!すごく美味しいよ!」
「バンシーちゃんの唐揚げも美味しいよ」
二度揚げしてるのかな。サクサクしてるし鶏肉の旨みが凝縮されている
「……ねぇバンシーちゃん、ドクターが
「ホントだよ。ママがよく子供に『痛いの痛いの飛んで行けー!』ってやるでしょ?アレだって前言ってた」
ああ、だからバンシーちゃんはそう言いながら入室したのか
「飛んでった痛みはどうなるんだろうね」
「さぁ……ウチにはわかんないや」
もしバンシーちゃんに話したこと、つまりドクターの正体が「痛いの痛いの飛んで行け」の言霊ってことが事実なら、見た目はアレだけど私が知る限りで1番優しい能力じゃなかろうか。尤も私は親からそんなことされた覚えは1度もないが
……アレを親と呼びたくないのも事実だ
「お姉さん?」
「何でもないよ、ちょっと考え事してただけ」
「そっか」
さっきまで美味しかったお弁当、どうしてか味がしなくなったなんて言えないよ
食後、5限目に間に合うようにと着替えを開始する。女の子同士だし色々気にする必要もないよね
「お姉さん、それ……!!」
完全に失念していた。いじめられた時に付けられた右の肩甲骨あたりから左の脇腹にかけての大きなキズ。痛まないし誰に見せるわけでもないと思って放っておいたのがアダになったね。というか授業前の着替えで気付かなかったのかな
「ああこれ、気にしないで」
「気にするよ!早くドクターに!」
「待って!」
バンシーちゃんの手首を掴む
「これは、私が空っぽだったっていう証なの。いじめられて、親からも不要と言われて、それでも16年ちょっと生きていた証」
「お姉さん……」
「だから、いい。残させて」
こういうこともあるから喫茶店の店員としては消した方がいいに決まってる。でもそれは私自身が許せなかった
さっきバンシーちゃんにも言ったように、空っぽは空っぽなりに生きていたという証だから
「お姉さんがそれでいいなら……」
「あ、一応このことは黙っててね」
「もちろん!ウチとお姉さんだけの秘密だ! 」
真っ直ぐな笑顔をこちらに向ける。ほんと、素直でいい子だ
「秘密にするから、お姉さんのこと『ヒア』って呼び捨てにしてもいい?ウチのことも呼び捨てで呼んでほしいし」
「もちろん。これからもよろしくね、バンシー」
「こちらこそ宜しくな、ヒア!えへへ、なんだか照れくさいや……あれ、なんでウチ泣いてるんだッ!?悲しくなんてないのに……」
「それはきっと『嬉し涙』って言うんだよ」
「そ、そうなんだ」
他人の悲しみを嘆き泣く妖精が、初めて自分の為に泣いた。知らない感情にドギマギしながらも頬を赤らめるバンシー、可愛すぎかよ。お持ち帰りしたい
「ただいま帰りました」
さすがにアヤシとはいえお持ち帰りは倫理的にアウトだ、やってないぞ
「やあヒア、お帰りなさい」
「マスター?お店は?」
「君が登校してすぐ、コーヒー豆を運んでいる業者から交通事故の影響で今日中に運搬はできないと連絡があってね、臨時休業だよ」
「そうだったんですか」
ウチの売りは何と言っても世界有数のバリスタとその技術を教えられた店員が淹れるコーヒーだ。使う豆も新鮮なものを使っているからそこが潰されたなら店を休むのも仕方ない
「ところでヒア、学校はどうだい?」
「そうですね……生前とは比べ物にならないくらい楽しいです。友達も作れたし、壁も見つかったし……私に優しくしてくれる人が沢山いた。まぁ生前がクソすぎたのもありますけどね。あはは」
「何はともあれ良い体験をしているみたいだね。保護者として、或いは君の雇い主としてこれ以上なく嬉しく思うよ」
柔和な笑みと共に差し出されたホットミルクに口をつける。牛乳の優しい甘みが口に広がり、体の芯から温まるのを感じる
チープな表現になってしまうけど、この温もりが翌日には冷め切ってしまうとはこの時の私には知る由もなかったんだ
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