9杯目 体験入学
「やぁおはよう。それとも久しぶり、かな」
「カーミラさん!いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ」
よく晴れた木曜日の午前9時。太陽が少し眩しいけれど、ぽかぽかと心地よい温もりを与えてくれる。だから陽射しが良い席へ案内する
「ご注文は?」
「モーニングセット、ホットサンドで」
「かしこまりました」
食パンにバターを塗ってベーコンやレタス、チーズを挟んでアルミホイルで包み、オーブンで10分程焼いたら皿に乗せてポーチドエッグを添え、マスター公認のコーヒーを淹れて完成
ベーコンの塩気とバターのコクが芳ばしい食パンやシャキッとした野菜達に染み込んでいてとても美味しい。ポーチドエッグはブラックペッパーだけっていうシンプルな味付けで、卵本来の味が楽しめる。コーヒーは酸味を強くすることで食事とのバランスを取ってみたよ
ここまで言っておいて何だけど、これ作ってるのリンクさんなんだよね
「うん、美味しい。最高の朝食だ、ありがとう」
良心が痛むぜ
「そういえばこんな朝早くに珍しいですね?」
「キミ、今何歳?」
「17です。……死んだのは16の時ですが」
メリーさん事件から2週間。その間に私は誕生日を迎えていた。ちなみに日付は2月13日だよ
それを告げるとカーミラさんは大きく目を見開いた
「最近の幽霊は若齢化が進んでいると聞いていたが、その波がここまで来ているとはね」
「主様ほど強い幽霊となれば、最低でもウツセミかアヤシのどちらかで100年は生きてなければならぬのだがな」
「やあ、300年振りだね」
「500年だ莫迦者め」
お知り合いだったのかこの二人。というか私そんなに強くないぞ、多分
「ヒア、ミルクティーをお願いできるかな」
「かしこまりました」
茶葉はアッサム、甘みとコクが強いお茶だ。本来なら初夏の頃が一番美味しいんだけど、背に腹は何とやらってやつ。せめて丁寧に美味しく淹れよう
まず、80℃ほどのお湯でポットとカップを温める。ポットのお湯を捨て茶葉を投入し、沸騰したお湯を注ぎ蓋をする。蒸らしている間、みどりさんにはカーミラさんの話し相手をお願いし、私はほかのお客様の接客をする。時間になったらカップのお湯を捨て紅茶を注ぎ、ミルクを入れて完成だ。ソーサーにカップを置き、ティースプーンを添えて提供する
「お待たせしました、ミルクティーです。茶葉はアッサムを使用しています」
「丁寧にありがとう。いただきます……うん、まろやかな甘みが口いっぱいに広がって美味しいよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑むカーミラさん。美味しいものは人の心を豊かにすると思うんだ。私達
「ところでヒア、こういうものに興味はないかな?」
黒い紙袋から取り出したのは大きな茶封筒。下の方に『私立ゴーストリファイン学園 入学案内』と記されている
「アヤシが通うための学校、それがゴーストリファイン学園。ボクはそこで理事長をしているんだ……キミさえよければ入学してみないか?」
「でも私、お店のことがありますし、それに──」
「言葉足らずで申し訳ない、マスターに許可は既に得ているよ。あと、いきなり入学しろ、というのも酷な話だろうから体験入学してみないかい?その後のことはその時決めれば良い」
「は、はあ……」
口車に乗せられ午後。リンクさんが店の裏庭に魔術で作った、学園に直結する扉を開く。建物の造りは確かにテレビとかで見るような豪華なものだ。それより気になったのは空の色だ。午後と言っても13時過ぎだというのに不安を煽るような朱色をしている。恐らくこれがアヤシのみの世界の空色なのだろう
「やあヒア。来てくれたんだね。モーニングの代金と言ってはアレだが、ボクが直々に案内しよう」
そういや払ってなかったねアナタ。一応明言しておくと、うちはツケとかのシステムはないぞ
案内してもらったのは学食や図書館、保健室に体育館などと言った主要施設。最後に私が通う教室だ
「少しここで待ってて」
「はい」
教室から声が聞こえる。なんか生きてた頃通ってた学校と違って生徒の声から考えると年齢に差があるような気がする
『本日より一週間、このクラスに体験入学する生徒が今廊下にいる。入ってもらうからじっとしておくのだぞ』
『『はーい!!』』
あれ、なんかこの声聞き覚えがあるぞ。なんてことを考えていると引き戸が開いた
「主様、教室に入られよ」
「みどりさん?何してるんですか?」
「妾はこの学級の担任ぞ」
……世界、狭すぎない?
「
この名前を口にするのが随分久しぶりだと黒板に書きながら思った。特に私は名前に思い入れはなかったし。もちろん、『ヒア』は別だよ
というか本当に年齢層バラバラだな。若い子はまだハートちゃんくらい、上は見た感私と同い年っぽい男子生徒がいる
「この学校の仕組みについて妾から解説するぞ」
みどり先生曰く、ゴーストリファイン学園において学年というものは存在せず、年長者が年下に勉学を教え、最年長の人は先生が教えてくれるというシステムだそうな。教科書も存在せず、学者の幽霊が作った参考書や問題集を解いていく。大家族が勉強を教え合いっこしてるイメージで大体あってると思う
肝心の年齢だが、見た目年齢を
「ヒアお姉さん!ヒアお姉さんだよね!?ウチ、バンシー!覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
パンクロックな装いをした泣き虫妖精なんて忘れられるわけがなかろう。今日もあの日と同じ格好だ
制服にも特に決まりはないそうで、今の私の格好はグレーのブレザーに緑のネクタイ、膝上丈の水色のスカート、黒いニーソックスに焦げ茶のローファーっていう女子高生スタイル。生きてたら女子高生だし嘘じゃない。全部小袖ちゃんに仕立ててもらったよ
「では主様はバンシーの隣にて指導を。バンシーが問題を解いている間に妾が主様の勉強を見よう」
「了解です」
バンシーちゃんの隣に座り鞄から筆箱とノートを取り出すと、みどりさんが問題集を渡してきた。これを解けばいいんだね
問題は私の頭で解けるか解けないかの絶妙な難易度。 挑み甲斐がある
「ヒアお姉さん、ここ教えて?」
「えっと、どれどれ」
ああ、分数の計算か。私も苦手だったな
バンシーちゃんが詰まった問題は穴埋め問題。既に商が出ていて計算式を埋めるタイプの問題だ。その前のは単に答えを求めるやつで、見た感じ全問正解。苦手じゃないけど応用は苦手って感じだね。でもだからって答えを教えてハイ終わりじゃバンシーちゃんの為にならない。解き方のヒントを教えて考えさせてあげよう
「ちょっと簡単な問題を出すね。これ解いてみて」
□×6=12
「2だよね」
「どうして?」
「2×6=12だから」
「じゃあ次。これ分かるかな?」
□×6=84
「えっと……14?」
「どう計算した?」
「何かに6をかけて84になるってことは、逆に6で割れば元の数字がわかる。だから84÷6で計算した」
「そこまで分かってるなら簡単だよ。それと同じことなんだから」
「え、そうなの!?」
真剣に問題を見つめる。いいぞ、頑張れ。あ、割り算の時は分子と分母の数字が入れ替わるの教えてないや……大丈夫かな?
「主様、次の問題を解くのだ」
「あ、はい」
勉強は、好きか嫌いで言うと好きな方だ。言語化が難しいが、良い意味で自分の世界に没入できるし、難問を解けた時の達成感が堪らない
「あれ、何回やっても計算合わないな」
「そりゃ引用する公式を間違えているからな。問題文をしかと見よ」
あ、ホントだ、プラスのところをマイナスにしてたり2乗にするところを3乗にしてる。それを訂正したらびっくりするくらい簡単に解けた──ああ、私が言いたかった勉強の楽しさはこういうことだよ。間違いに気付き正すこと
でも、振り返れば私は生きてる間に間違いに気付けなかったな
「大丈夫」
「え?」
「少なくとも妾が知る限り、主様の生き様に間違いはない。だから自責するのは大概にしておくのだ」
優しく頭を撫でられて思わず泣いてしまう
「って、なんでバンシーちゃんも泣いてるの?」
「言ったろ、ウチらバンシーは
「そういえばそうだったね」
涙を流すのはいつ以来だろう。下手したら赤ん坊のときを除けば初めてじゃなかろうか。悲しいわけじゃない。かと言って嬉し泣きかと言われればそれも違う気がする
結局授業が終わるまでの数分間バンシーちゃんと肩を寄せ合って泣き続けた
この涙の理由を探るのはよそう。それよりも今はこの1週間の体験入学で、今後も通い続けるのかどうか考えないとね
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