8杯目 人形とショートケーキ

「あたしメリー。今、雷禅らいぜん公園にいるの」

 非通知の電話に出ちゃったと思ったらこれだよ。最初はいたずら電話だと思ったけどノイズの入り具合が妙だ。周りの騒音で声が聞き取り辛いのではなく、無音の中に『メリーさん』の声があって、その声そのものにノイズが走ってるっぽい。どうやら本物のようだ

 それにしても雷禅公園か。何を隠そう私が2度もした場所だ、嫌な思い出しかないし、嫌な予感がする

「あたしメリー。今、ナイスバーガーの近くにいるの」

 ナイスバーガーはチーズバーガーのセットを買った場所だ。都市伝説で聞いた距離の詰め方とは少し違うが、確実に近付いて来ている

「あたしメリー。今、鷺村さぎむら邸の前にいるの」

 鷺村さんって、お隣さんじゃん。ここから歩いて20分かかるけど

「あたしメリー。今──」

 博打を打つなら今しかない

「ねぇメリーさん。ティターニアはあと10分くらいで開店するから、その時ちゃんとお客様として来てくれますか?」

「……分かった」

 いいんですか。案外扱いやすいかもしれない。声の感じでしかないが、年齢は私とハートちゃんの間くらいかな

「気をつけて、ヒア。メリーは狙った人間を必ず殺すただの。そこにウツセミやアヤシの境界線はない」

「ありがとう、ハートちゃん。でも大丈夫」

 自分でもよくわからないけど、なんとかなるという根拠のない自信で満ち溢れてるんだ


 午前8時、開店。それと同時に来客なんてほとんどないけど今日は違った

「貴女がメリーさん、だよね?」

「……うん」

 見た感7歳くらい、綺麗なブロンドの髪をした女の子。ハートちゃんと並ぶと背丈はあまり変わらないようにも見受けられる

「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」

 そんな2人がやり取りしているのを見ていると、まるでおままごとのようで

「ご注文は?」

「ショートケーキとホットココア…」

「かしこまりました」

 ハートちゃんが踵を返しこちらへ向かってくる。そのとき、ニィ、とメリーさんの口角が歪に上がった。

「ハートちゃん危ない!」

 従業員とはいえ私も幽霊。キッチンをすり抜けるなんて簡単なことだ。ハートちゃんを突き飛ばすと私の右手首に鋭い痛みが走る。よく見るまでもなく小型のナイフが刺さっていた。その刹那、綺麗な着物と黒い翼が私を包み込み、右肩に三本足の大きな烏がまり、威嚇するように嘴を大きく開く。みどりさんの真の姿、八咫烏だ。着物はきっと小袖ちゃんこと小袖の手

 主君である私に仇なすメリーさんを警戒して飛び出してくれたんだね、ありがとう

「みどりさん、小袖ちゃん、ありがとう。でも今は影に戻っててほしいな」

「しかし奴は主様に危害をッ!」

「そうだよ!ヒアちゃんを傷付けるなんて許せない!」

「大丈夫。私はメリーさんとお話がしたいだけなの」

 激昴するなと言うのは無理な話だが、その状態では私とはもちろん誰ともまともにお喋りできないから、落ち着いて欲しくて烏の頭を撫でる

「何かあったらすぐ呼ぶのだぞ」

 右手のナイフを引き抜き影に戻る2人。血こそ出ないけど痛い。痛すぎる

「ねぇメリーさん。私には測り知れないけれど、きっと貴女が抱えてた痛みは私の右手程度こんなものじゃないんだよね」

 悪霊とは、恨みや妬みを抱えて死んだ幽霊がウツセミを殺すことでそうなってしまう幽霊の総称だとみどりさんが教えてくれた

 私にだって憎悪それはある。でも、きっと何人も殺してきたメリーさんはそんなものじゃないのだと思った

「だから教えて、貴女のこと。の私なら貴女の力になれるかもしれない」

 痛む右手を伸ばしてメリーさんの頬に触れる。彼女の顔はどうしてか青ざめていた


「お待たせしました、ショートケーキとホットココアです」

 生クリームたっぷりのふわふわ食感ショートケーキはマスターの親戚が作ってる。甘さは控えめで、当店で扱っている全てのドリンクに合うようになっている。ホットココアご注文のお客様にはもれなくマシュマロが2つ付いてくる。ココアに落とすなり別々に食べるなり、そのへんはお好みで。それを美味しそうに飲食するメリーさんを見ていると、やっぱりただのスイーツ好きの女子って感じがする

 因みに右手は鎮痛剤を塗って、ガーゼ貼って包帯で巻いてる。幽霊にも効くのかな

 さて、そろそろお話を聞こう


 あたし、とある地主の家に生まれたの。裕福で特に何も問題なく過ごしていたわ。でも、私しか子供がいなくて、男の跡継ぎが欲しいと養子を迎え入れたの。彼の名はパトリック。文武両道で容姿端麗、非の打ち所のない男だった。対してあたしはまだスクールにも通えない年齢。親がどちらを気に入るかなんて火を見るより明らかだったわ

 その頃、あたしはグランマに人形をもらったの。綺麗なブルーの目をした人形よ。サラと名付けてずっとずっと、一緒に遊んでいたわ


 でも


 グランマが病気で死んでから1週間後、突然ママがあたしのことを出来損ないだと言い出した。パパはたしなめつつもそれに同調、パトリックは何も言わず。今思えばパトリックがあたし達ターコイズ家を乗っ取るために全て仕組んだんだと思う

 そしてママはサラをどこかへ捨てた。『いらない子』になった私は次の日焼却炉に放り込まれた。そして気付けばあたしは幽霊になってて、サラをずっと探してるの。電話に出た相手を殺すのは、サラを見付けてくれないから。ただ、それだけ


「あたしからは以上だよ」

 何もかも歪んでる。それが率直な感想だ

 私が聞いたことのある都市伝説では捨てられた人形の名前がメリーさんで、持ち主を求めさ迷っているやつだから少し違うけど、今私の目の前にいる悪霊メリーさんならば逆に力になれるかもしれない、いや、なれる

「メリーさん、人形……サラちゃんのことどれだけ覚えてる?」

「全部」

「じゃあ……私が見つけてあげるよ」

 私の左目は八咫烏の目。思い出せ、みどりさんがシュートくんを探してくれた時に言ったセリフを

 右目を手で覆って左手はメリーさんの頬に当てる。準備は完了だ

「私の眼をしっかり見て。決して逸らさないでね。そしてサラちゃんの姿を強くイメージするの。そうすれば道は開かれる」

 浮かんだイメージは古美術店。場所は……日本だ、間違いない。もっと詳しくイメージしよう。

 あ、あった。本当だ、綺麗なブルーの目をしていてどこかメリーさんにも似ている。価格は……安いな、5000円か。でもここって確か今──

「もしもし、リンクさん」

『どうしたんだい、ヒア?』

「近くに古美術店がありますよね。そこに売ってる5000円くらいの青い目の人形を買ってください。お金は後で返します」

『分かった。でもあとで何があったのか教えなさいよ』

 マスターとコーヒー豆などの仕入れ先を巡回しているリンクさん。奇跡的にサラちゃんを売ってるお店がその近くにあったのだ

「タカオ、今から言う住所に飛んで行って、リンクさんが買った人形を受け取ってくれる?」

『アイヨ!』

 烏天狗のタカオくん。名前の由来は彼の伝説が言い伝わっている高尾山らしい

「メリーさん、サラちゃん見つかったよ。もうすぐ持ってきてくれるからね」

「ねぇお姉さん、どうしてそこまでしてくれるの?あたし、貴女を殺そうとしたんだよ?」

「言ったはずだよ、似たもの同士だって。私は生まれた時からいらない子で、虐められて自殺して。自分はたまたま居場所を与えられたけど、メリーさんにとってそれがサラちゃんでしょ?だから、探してあげなきゃって…そう思ったの」

 新しい家ティターニア、そこに住む皆、小袖ちゃんやみどりさん、そして彼女たちの能力。身に余るほど貰いすぎたから今度は私が与える番だ。確かバンシーちゃんの時にも似たような事を言ったかもしれないけどね


「ミセス!戻ッタゾ!」

「ありがとうタカオ」

 袋の中にはサラちゃんと向こうの店員からの手紙が入っていた

 ここだけの話廃墟から出土したもので、前の持ち主が大切にしていたものというのは一目瞭然だったのだが汚れていたので個人的に手入れをしていた。そのためコレクターから見た商品としての価値が損なわれるということであの値段になったのだと手紙に記されていた

 そんなサラちゃんをメリーさんに手渡すと、彼女を覆っていた邪悪な雰囲気が霧散して消えていった。心做しか身体が透けて見える

「お姉さん、ありがとう!あたしね、またサラに逢えたの!」

 無邪気に笑うこのメリーさんを見て、誰が恨みを抱えた悪霊だと言うのだろう

「えへへ、またケーキ食べに来るね!約束!」

「うん、約束」

 言葉ではそう言ったけど、叶うことはないと思った。指切りをして数秒後、メリーさんは人形を残して光の粒になって消えて行ったから

 後にハートちゃんはこう語る。メリーさんはウツセミもアヤシも殺しすぎた。制裁を下そうにも下す側が殺される事例もあり手が付けられない状態だったらしい。そこで全アヤシの生殺与奪の権限を持つ閻魔大王と妖精の王オベロンは、メリーさんが人形を入手した際、その存在を抹消することにしたという

 私が起こした『奇跡』は2つ。メリーさんの殺害を二度阻止したことと、人形……サラちゃんを見つけたこと。特に前者の影響が大きかったらしく、私を殺し損ねた挙句優しくされたことで彼女に罪悪感が生まれ、結果それが特例中の特例で過去にメリーさんが犯した罪を精算し、抹消ではなく成仏という形を取ることになった。私すげえな

 そんなこともあり、人形は窓際のテーブル席に置かれている


 数年後、自らをメリー・サラ・ターコイズと名乗る、まるでお人形さんみたいに可愛いウツセミのお客様が来店するのだけれど、それはまた別のお話

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る