7杯目 カカシのシュート(後)

「水城真白、大事な話がある」

 シュートくんが目を覚まさないままおよそ3日が経つ。妙な胸騒ぎを感じていると八咫烏の架座みどりさんが話しかけてきた。ちなみに私たちは今自室でホットのココアを飲んでいるよ

「先日はよくぞ無事に戻ってきた。褒めて遣わす」

「ありがとうございます」

「よって汝を妾の主様として認めよう」

「本当ですか!?」

「やったねヒアちゃん!仲間が増えるよ!」

 おいやめろ

 冗談はさておき確かにみどりさんがいるとなると心強いのは確かだ

「妾と手を重ねよ。さすれば詠唱する言葉が分かる」


春に桜が咲くように

夏に波が猛るように

秋に穂が実るように

冬に獣が眠るように

当然の理の中に我らの魂あり

交錯、共鳴、悶着の果て

我らの魂一つになれ

妾が与えるのは我が能力

私が与えるのは貴女の居場所

妾が望むのは我が居場所

私が望むのは貴女の能力

水城真白の名の下に

冥府の契は交わされる


「契約の記念……とは言わないが、是非受け取ってくれ」

 みどりさんが左手を私の目に乗せて無理矢理閉じさせる。一呼吸置いて流れてきたのは負の感情。でもそれは決して悲しいものではなく、どちらかと言うと追想にも似た感情だ

 追いかけ、追い付き、追い越して、見えなくなる。そんな感じ

 目を開けるとみどりさんの左目が黒くなっていた

「妾の左目と主様のを取り替えた。妾の能力の使い方はその目が示してくれるだろうさ」

 道理で懐かしい感覚がしたわけだ。何はともあれ、これでみどりさんが正式に私の使い魔になったんだね


「ヒア、まだ起きてる?」

「ハートちゃん?どうしたの?」

「シュートが目を覚ました」


 シュートくんの部屋は綺麗に整頓されている。著名なサッカー選手のサイン付きポスターや芝生をイメージしたマットなどがあり「カカシ」になる前は本当にサッカーが好きだった事が伺える。というより今でも好きなんだろうな

「お、おそようでいいんスかね?」

「3日は寝すぎですよ、シュートくん」

「そんなに!?まじやべーっスね俺…」

 力なく笑う彼が心配で、ベッドの橋に腰を下ろす。私には聞かなくちゃいけないことがある。それはあの日、シュートくんを助けるために推理したことの答え合わせだ

「言い辛かったらアレですけど……『カカシ』って何ですか?」

「……聞かれてたんスね。まぁ別に隠すことでもねえしこの際だから全部喋るっスよ」

 少し、右手が震えてた

「俺が『カカシ』になるまでの物語」


 小学四年生のとき、後の大物サッカー選手がプロデビューしたんス。その人に憧れて俺も学校のサッカー部に入部したんスよ。有名なコミックのセリフ、「ボールは友達」とまでは行かないまでも毎日ボールを蹴って練習してたっス。翌年にはジュニアユースに合格して、U-13の日本代表にも選ばれて。中学、高校ともに毎年レギュラーで必ず10番のエースでキャプテン、得点王だったっス。高1のときには全国大会出場も果たしたっス

 でも、それを良しとしない人がいたのも事実で。練習や試合に影響が出ない程度の嫌がらせを先後輩から受けてたっス。ある日、それはエスカレートの頂点へと達した

 練習帰り、クタクタになりながら歩いていると後ろからバイクに撥ねられたっス。当たりどころが悪くて、利き足でもある左脚を付け根から切断せざるを得ない状況になったんス。

 さらに悪いことに、神経が剥き出しの状態で、義足を付けようモンなら激痛が走り、最悪骨盤にまで悪影響を及ぼすかもしれねぇって医者に脅されて。だから義足は付けられないって言われたんス


 つまり、青山コウタのサッカー人生はここで終わりってことっス


 一応その後、少し残った太ももに巻き付ける形で中身が空洞、簡単に言うと筒状の義足っぽいやつを付けることになったんスけど、やっぱりサッカーはできなくて。リハビリ中にジュニアユースとの契約は破棄になったし、退院して部活に戻ってもやる事はなくて、マネジメントできるわけでもなく、監督と一緒にアイツはああだこうだ言うくらいしか出来なかったっス

 自分で言うのもなんスけど、俺という主力を失ったサッカー部は瞬く間に弱小チームへ転落、廃部へと追いやられたっス。そうしてついた渾名あだながカカシって事っすね

 で、高校卒業してフリーターに。バイト先探してたらマスターに拾われて今がある

 この間のことは学生時代俺を恨んでた奴らとたまたま会って、報復を受けてたって感じっスね



 壮絶な過去を淡々と言えるのは、ある種お決まりみたいになってないか。私も大概だけどね

 シュートくんの言葉に嘘偽りはないだろうことを考えると何を言えばいいのか全く浮かばない

 掛ける言葉を考えていると、「ぐぅー」って間抜けな音が

「……そういや3日食べてねえんだったっスね」

「……夜食作りますね」


『みどりさん、手伝ってください』

『心得た。何をすればいい?』


 まずラップを敷いて炊いてあるご飯をのせる。そこにチューブのツナマヨを絞ってラップの端を持ち上げるようにしてお握りを作る。ラップ越しに形を整えながら強く握る。ここでラップを剥がして表面にハケで醤油を塗って焼き目がつくまで網で焼く。みどりさんには薬味ネギと釜揚げしらすの入った卵焼きを作って貰ってるよ

「主様、お握りが焼けてるぞ。こっちもそろそろ完成する」

「ありがとうございます」

 お握りが焼けたら海苔を巻いて、和風ツナマヨの焼きおにぎり完成だ。卵焼きもいい感じだね


「シュートくん、お待たせしました」

「お、サンキュ!いただきます!」

 ガブッと1口。2つ作っておいてよかったなと思えるほどのスピードだ

「超うめえ!やっぱヒアちゃんの作るメシはうめえッスね!」

「小さい頃から料理だけは得意でしたから」

 どうしよう、私もお腹すいてきたかも

「主様、汝のも作っておいたぞ」

「ありがとうございます」

 エスパーかよ流石使い魔……扱い方、間違ってる気がするけど

「頂きます」

 まずおにぎり。醤油の芳醇な香ばしさがダイレクトに伝わってくる。海苔やツナマヨの塩気も丁度よく、噛めば噛むほどご飯の甘味を堪能できるから最高だ。美味しすぎる

 そして卵焼き。ネギの辛味が卵に溶け込んだしらすの旨味に包まれて、美味しさはそのままに少しマイルドになってる。卵を焼く時に使ったマヨネーズもしっかりコクを出してくれていて、これはうまい

 ウツセミのお客様に頂いたほうじ茶でほっと一息ついてお夜食会はお開きだ


「〜♪」

「随分と機嫌が良さそうだな、主様」

「……聞いてたんですか」

「良いじゃないか。それに主様の歌声は不思議と落ち着くぞ」

 鼻歌歌いながら皿洗ってるところ、バッチリ見られてた。あと小袖ちゃん、カメラ止めて

「……嬉しかったんです。シュートくんが私に全部ちゃんと話してくれたこと」

「主様にしても彼奴にしても、家族だと言い張る割によそよそしいというか本音で話そうとしないからな。……さて、妾も手伝おう。洗い終わった皿を寄越せ」

「あ、ありがとうございます」

 それにしてもみどりさんって見れば見るほど美人だよね。今は着物の上からフリルのついたエプロン、長い髪はポニーテールにしていて昭和の人妻というか料亭の女将さんみたいな感じ。それが恐ろしいほど似合ってる

「ん?主様、妾の顔になにか付いてるか?」

「そんなベタな……何も無いですよ」


 言えるわけないじゃないか


 もしお母さんが人だったらこんな感じなのかなぁ、なんて思えるほどにみどりさんに母性を見出してたなんてさ

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