箸休め 着物と烏とXXXと

 ──事件から2日後、ヒアの影の中にて──


「小袖の、少しいいか?」

「なに?」

「まず、汝と……後で契約する我が主様こと水城真白。お主らの出会いについて教えてくれ」

「マスターと初めて会った時に契約も済ませたんだけど、従業員の服を任されたんだよね。ヒアちゃんの服もそのひとつだよ」

「何か特別変わったことは?」

「何も無かったよ。だった」

「嘘を言うでない。まじない師、刑部姫、隻脚と来て彼奴が普通の幽霊の訳がなかろう」

「でも……」

「はぁ、まあいい。では次に出会ってどれくらいだ?」

「1ヵ月くらいかな。ちなみに影に住み始めてからはまだ2週間も経ってないかな」

「では何故契約ではなく『住む』に留まっておるのだ。小袖のともなれば影に住まずとも或いは霊衣を着ずとも好き勝手移動出来る筈だ」

「最近……といっても100年くらい前だけど、気付いたんだよね」

「?」

「道行く人とすれ違うことは出来ても、心を通わせることはできない。みど姉もそれに気付いて使い魔の契約の呼び掛けに応じたんじゃない?」

「どうだか…を持つ者に応じたらそれが水城真白だった。それだけぞよ」


「でも、それだけじゃ説明つかない。でしょ?」

「……小袖の、最後から2つ目の質問だ。今まで奴に操糸能力を貸したことはあるか?」

「ないよ、全く」

「妾に至っては一昨日が初顔合わせで扱い方を教えたわけでもないのに奴は烏天狗なかまを呼び寄せることに成功した。そこで最後の質問だ」


「なぜ、あやつは我らの能力を使いこなせる?」

「わからない。小袖もソレ考えてたけど、いい答えが出てこない」

「しかし、だ。水城真白の行動原理、小袖のの能力の使い方……ある仮説を立てざるを得ないのだ」

「仮説?」

「復讐に燃ゆる蜘蛛の女王、アラクネ。その魂が宿されている」

「無きにしも非ず……でも、行動原理が復讐ってだけでヒアちゃんに憑依するかなぁ」

「もし憑依したとしたら、アラクネにとっては復讐そのものより、その感情が『瞬間的に爆発した』ことの方が重要なのだろうよ」

「小袖もだけどアヤシってウツセミの感情を受けやすいからね。でもアラクネって言わば小袖たちの上位互換じゃん?それだけで小袖たちの能力使いこなせるのかな?」

「奴は希臘ギリシャ神話の時代から存在するのだぞ?そんな奴から見たら小袖のはおろか妾でさえ小物同然、能力を操るのは赤子の手をひねるより簡単なものだろうさ」

「そう考えると合点がいくけど……腑に落ちない点も少なくないね」

「あくまで妾主観の推理だからな、無理もない」

「つまり結局本人ヒアちゃんに聞かなきゃわかんないってことか」

「本人が一番分かっていないようだが」

「ですよね」

「それにしても皮肉なものよの。妖精の女王の名を冠する場に、蜘蛛の女王が潜んでいるとはな」

「みど姉がヒアちゃんと契約したらそこに八咫烏もそこに加わるんだよ」

「……失念していた」

「あはは、みど姉もうっかりさんだね」

「……」

「痛い痛い、無言で羽根飛ばすのやめて謝るから。あと超怖い」


 アヤシの中でも最上位の一角とされるアラクネ

 そんな奴が魅了されるほどの憎悪を持つ水城真白あるじさま

 汝にどんな過去があったのか妾には解らぬ。その時汝が何を感じたのか妾は想像もできん。

 ところで汝はあの時悪霊になると言ったな。それは間違いだ。ウツセミの者を殺さねば悪霊になることは叶わん。ではなぜあのような無茶ができたのか?答えは単純、汝には憎悪を増幅し、そこに溺れる能力ちからがあるからだ。その能力の扱いが分からぬまま我ら別のアヤシの能力を使いこなしただろう。それはアヤシの世界では前代未聞のことなのだ

 恐らく……いや、ほぼ確信に近いがアラクネはそれに気付いている。大方目的は「小袖の手」「八咫烏」「悪霊」の三つが持つ能力の奪取といったところか。汝の憎悪を最大にまで引き上げ身体を乗っ取り目的を果たす算段だろう

 妾のは最悪どうでもいい。何ならアラクネ程の者に奪われるならアヤシとして本望だ

 だが小袖のと汝は別だ、守らなければならず、それが叶うのは妾のみぞ

 最低限、汝が憎悪を自在に操ることができるまで使い魔として汝の側にいよう

 だから安心せよ水城真白、ヒア──否、我が主様。汝と小袖のは妾が命を賭して守り抜いてみせよう


 契約には含まぬ、妾のエゴだがな

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