6杯目 カカシのシュート(前)
『ありがとうございました、またのお越しを』
最後のお客様をお見送りして閉店。片付けを済ませ、晩ご飯の準備をする
自室を除く掃除などの家事は当番制で、私は今日は食事担当だ。親がアレなおかげで料理はある程度得意なのが功を奏した
さて冷蔵庫の中身をチェックしよう。えっと、昨日シュートくんが作った肉じゃがが沢山残ってるね。これを使ったカレーでいいか。調理開始だ
まず鍋に肉じゃがを投入。そこに水とカレールー、辛味を足すためにガラムマサラを、和風カレーなので七味唐辛子を入れてひと煮立ちさせる。最後に隠し味としてカカオの成分が高いチョコレートを入れ、味見をしながらスパイスやチョコの量を調整してもう一度しっかり煮込んで完成だ。因みにチョコを入れたのはコクを出すためだよ。煮込んでる間にエビを茹でてシュリンプサラダも作っておこう
「……シュートのやつ、遅いねぇ」
シュートこと青山コウタ。彼は今買出しに行っている。私が前に悪霊化しかけたあの街に出掛けているらしいけど、確かに買う予定のものと往復の時間を考えても遅すぎる
「もうすぐ完成します。先食べちゃいましょうか」
「本当は皆で食べたかったけど仕方ないね。彼はよく食べるから、多めに残しておいてあげてくれるかい?」
「了解です」
「それとリンク、食後ヒアにアレを」
「あいよ」
アレって何だ?
『いただきます』
肉じゃがはそもそも日本にビーフシチューが伝来した時に調理方法が分からず日本にある砂糖や醤油で作った料理だと聞いたことがある。具材だけでいえばビーフシチューと共通で、さらにカレーも一緒ってことを知っていたからこの肉じゃがカレーを思いついた。肉じゃがが持つ甘みとスパイスの辛味が絶妙に混ざり合ってひたすらに美味しい。これらが織り成す味のハーモニーは、まさに食の異文化交流だ
……なんてね
「さてやるか、ヒア。使い魔の契約だ」
困った時に救けてくれる、いわば右腕のような存在。私には小袖ちゃんがいるけど、正確には影の住人だから使い魔ではない
「でもなんでリンクさんが?こういうのはマスターがやるものかと」
「マスターはシュートを探してる。そっちのが
「確かに」
「そんでアタシがやる理由だけど──」
屋上にチョークで魔方陣らしきものを描くリンクさん。複雑な模様が重なり合う
「アタシは元々オカルトの類の研究者でね。こういうことは何度も試したがどうにも上手くいかなかった。何故だと思う?」
描き終わった魔法陣から青白い光が
「答えは至ってシンプル。アタシがウツセミだからさ。ヒア、中央部に血……はないか、何か体液を落として。ちなみに何が出てくるかは誰にもわからないよ」
自分が幽霊ということを忘れかけていた。もうリストカットしても一か月前みたいに血は出ないんだ
仕方なく涎を垂らす。すると魔法陣がより一層輝いて
「妾は八咫烏。名を
黒い和服に身を包んだ美人が現れた
「水城真白です。ここ、喫茶ティターニアでは『ヒア』と名乗っています」
「やっほーみど姉!おっひさー!」
「おお小袖の、お前も
「うんにゃ、影に住んでるだけだよ」
「ふむ……」
知り合いだったのか、この二人。ということは刑部姫のハートちゃんとも交流がありそうだ
「ヒア、やっぱ駄目だ。シュートの携帯、留守電どころか繋がらない」
二人と話しているとリンクさんがやってきた。繋がらないということは何かしらの理由で電源が切れているか、電波の届かない所にいるかだ。でもどちらにせよ不自然なのは不自然。シュートくん、どこへ行ったんだろう。……嫌な予感しかしない
「人探しかえ?」
「はい、私達の家族です。……使い魔の契約は後にして、少しだけでも力を貸してくれませんか?」
三本足のカラスの妖怪、八咫烏。そんな彼女には様々な逸話がある。しかもそのどれもが人や物をつなげるもので、導きの神とも謳われている。みどりさんの力を借りれば、きっとシュートくんの居場所だってわかるはず。みどりさんはひとつため息をついて私の頬に触れた
「妾の
そう語るみどりさんの真っ赤な目は、どんな花よりも美しく、それでいてどこか儚さにも似た憂いを帯びていた
本来、妖怪と目を合わせることは良くないことだ。だけど今となっては私もそちら側だし気にしないでいいだろう。さらに言えばシュートくんを助けるためにもみどりさんの言うことを聞くしかない
「青山コウタ……汝らとしてはシュートか。
「外の移動はヒアちゃんに任せよう。そっちのが色々便利だし」
「一理あるな、そうしよう。では妾の翼を貸してやろうぞ。動かすのは妾がやる」
「ありがとうございます。リンクさん、マスター、行ってきます」
「着いたぞよ」
そこは私が悪霊になりかけた公園の雑木林の中。景観のためか街頭はほとんどなく、月明かりが余計に不安を煽る
「カカシのくせにヘラヘラ笑ってんじゃねえ!」
「青山を見てると腹が立つんだよ!」
今、青山って言ったよね。どこだ
『水城真白、戌の方角を見よ』
見ると確かに複数の男性が輪になっている。その中心にはシュートくんが倒れていて、既に気を失っているようにも見える。助けなきゃ
『待て。観察することも大事だぞ』
「でも!」
『焦って救わんとした結果、より悪い結果になったらどうする。落ち着いて物事を見極めよ』
逸る気持ちを無理矢理押し込めて、みどりさんの助言通り観察しよう。シュートくんを取り囲む人は体格がよく、何かスポーツをしているようにも見える。他には?
「お前がサッカー部やめてからようやくレギュラー取れたのによぉ、そん次の日に廃部ってどういうことだよ!」
それにシュートくんは関係ないでしょ
「もう一本も轢き殺すぞ!」
……え?
『ヒアちゃん、状況を整理して事の顛末を推理してみよう』
「う、うん」
シュートくんを含むあの集団は、どこかの学校のサッカー部で、ずっとレギュラーにいたであろうシュートくんに対してあまり良くない感情を抱いていたであろうあの人達がバイクか何かで足を轢いて半ば強引に退部させた。その後無事にレギュラーを獲得したけどその翌日廃部が部員に伝えられた。そして今日たまたま通りかかったシュートくんに今までの鬱憤を晴らすべくこうしてリンチしてるといったところかな
シュートくんは何も悪くないじゃないか
悪いのは、あいつらだ
「小袖ちゃん、糸貸して」
『え、なんで?』
「私は今から悪霊になる。みどりさん、もし私が戻れないと判断したときはシュートくんと小袖ちゃんを連れてティターニアに行ってください」
『だ、だめ!だって──』
『小袖の。汝は
『うっ…』
『水城真白。あそこに住まう者や小袖のの為にも必ず戻ってくるのだぞ』
「はい。約束します」
『はぁ…
「うん。行ってくるね」
太く長い糸を木々の隙間に張り巡らせる。これは言わば糸電話の糸だ。理想はパラボラアンテナのような形だけど、さすがに無理があるので蜘蛛の巣状で妥協しよう。あいつらを囲む形で合計6つの蜘蛛の巣が完成した。そしてそれらから1本ずつ垂らした糸は私の手元にある
「う……ら……め……し……や……」
最初は小さい声で、どんどんボリュームを上げていく。丑三つ時にはまだ早いけど、この暗さならばこの声は徒党を組んでるあいつらにも効果絶大だろう
「呪ってやる…殺してやる……憎い……」
偶然にもそれは彼らがシュートくんに抱いてた気持ち。本当に殺そうとはしないけど、本当にそう思ってる
許さない。許さない。許さない。早くシュートくんから離れろ
なるほど、これが殺意か。それをそのままぶつけたら戻れなくなってしまう。それでもいいと思えるほど今はあいつらを懲らしめたい
みどりさんが呼んだのか、カラスがあちらこちらから飛んできてあいつらを襲う。追い打ちをかけるように私の恨みの力のようなものが奴らを窒息させる。ダウンしかけたところで最後の一言を
「青山コウタから離れろ…さもなくばお前達を殺す」
これで本当に散っていくから面白い。雑木林の中は私とシュートくん、6つの蜘蛛の巣を残す形となった
清々しい気分だ。恨みを晴らすということはこんなにも素晴らしい事だったのか。こうなったら次はまず学校の奴ら、助けを求めても助けなかった先生達にも復讐するでしょ?そうしたら次は新しい方のお父さんで、最後はやっぱ私を産んだ──
「ヒア!水城真白!戻ってこい!!」
「ッ!」
わたしは、いま、なにをかんがえてたの?
冷静になると色々見えてくる。シュートくんは無事?よかった
「小袖ちゃん、みどりさん、心配かけてごめんなさい。ちゃんと戻ってきました」
怖がる小袖ちゃんを守るみどりさん。2人に戻ってきた報告をする。どうせならとできる限り笑顔で
この出来事が、後に起こる大事件に繋がるとは知らずに
「とりあえず彼奴を店まで運ぶぞ」
うん、それが最優先だよね
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