5杯目 贖罪

 暇だ。店は定休日、マスターは買い出し、シュートくんは普通にオフでお出かけ、リンクさんとハートちゃんはいるけど絶賛お昼寝中。どうしよう

『街まで出かけてみようよ』

『街?』

 影にいる小袖ちゃんとお話。スマートフォンの地図アプリで確認すると、確かに隣家の向こうは大都会が広がっているようだ。ちなみに私が通っていた学校とティターニアの直線距離はおよそ250キロ、例えるなら姫路から名古屋くらいある。今更ながらなんでそんなに飛んだんだ。とりあえず着替えて書き置きをして出かけてみよう。お小遣い……というか給料は昨日もらったばかりだし


「チーズバーガーのランチセット。ドリンクはコーラ、持ち帰りで」

「かしこまりました」

 歩き疲れた体を癒すには、やっぱ食事だよねということで、ファストフード店で適当に買って近くの公園でいただこう

 買ったのはチーズバーガーのランチセット。セットの中身はコールスローとフライドオニオン。明らかに脂っこくて体に悪いけど、たまにはいいよね

 まずはフライドオニオン。サクサク食感がたまらない。玉ねぎの味もしっかりしていて塩味ばかりじゃないのはありがたい

 次にコールスロー。キャベツのシャキシャキ食感すごいな。酸味の効いたドレッシングはキャベツはもちろんハムにも合う。この料理開発した人は本当に天才だと思う

 そしていよいよメインのチーズバーガー。お餅みたいにびろーんと伸びるチーズは甘みの中にコクがあるのを感じるし、パティの肉が持つ旨みを引き立てているのがわかる。これだからチーズバーガーはやめられない

「ふう」

 コーラも飲み終えゴミはちゃんとゴミ箱に捨てたことだし少し散歩をしよう。この公園、どちらかというと遊歩道としての側面が強く、春には桜が咲き誇り、絶好のお花見スポットになるらしい。いつか小袖ちゃんやティターニアのみんなとやりたいな

「っと、すみません」

 いかにもというような大男にぶつかってしまった。一言謝って脇を抜けよう

「何ぶつかっとんじゃゴrrrrルァ!」

「ヒアちゃ──」

 お腹に強い衝撃が走った。さっき食べたお昼ご飯が逆流したかのように感じ、それを嘔吐したところで私はそのまま意識を失った


 目を覚ました。何かデジャブを感じるがそんなことはない。ここはその公園のトイレの個室らしい。寝起きとはいえ幽霊だからなのか妙に頭が冴えていて現状分析がしやすい。手首を縛られた状態で蓋を占めた便座の上に寝かされているだけで、閉塞感はない。でも暴れたらまた殴られそうだ。彼の力には私じゃ敵わない。だったら──

『小袖ちゃん、あいつにバレないように手首のロープ切って。それとできるだけ大きい裁ち鋏貸して』

『小袖ちゃんにお任せだよ!あ、はさみは霊感ないコイツには見えてないからね』

 小袖ちゃんが優秀すぎてやばい。確かにロープは上から見たら縛られたままのように見えるけど実際は自由に動かせる状態だ

「しかしコイツよく寝てやがる…顔も悪くねぇな、1発ヤっとくか」

 霊衣を破かれた。下着やブレスレット、混濁霊衣のおかげで何とかぎりぎり自我を保てている程度の状態だけど今こそ好機。奴が自分の服を脱ぐのに手間取っているこの瞬間を逃すな

「あ?なんだテメェ起きてたの──ごふっ」

 鋏の持ち手の部分が大男のこめかみにクリーンヒットして気絶した。暫くは起きないだろう

 そしてその瞬間、あることを思い出した

 私はそもそもいらない子、空っぽな存在だった。それ故に自分に不幸を、他人に幸福を与える体質になっていたんだ

 例えばお母さんは私を捨てることで新しいお父さんと笑い合うことができた。いじめに参加してる生徒の中には私がいじめられること、私をいじめることでその矛先が自分に向かないようにすることができた。他人のそういう一面を感じ取るのがもう疲れたから私はあの日飛び降りた

 この男とだってそうだ。私は死してなお強姦され心に傷を負うことでこいつの性的欲求を解散することになる

 ティターニアに務めることになって、新しくできた暖かい家族やお客さんとの触れ合いで、空っぽだったはずの私がそれらによって幸福で満ちていたが故に生前抱えていたであろう感情が今、爆発する


「恨めしや」


 心からの言葉だ。鋏を刺すことに特化した持ち方に変えて大男に歩み寄る。しかし腕を振り上げたところで影から大量の糸が私を拘束する

「ヒアちゃん!真白ちゃん!駄目!」

 なんで?私がこいつを殺さなきゃ、私は助からないのに

「真白ちゃんがヒアちゃんでいられるのは、貴女が悪霊じゃないからなんだよ!?幽霊アヤシのヒアちゃんが人間ウツセミを殺したらヒアちゃんは悪霊になってヒアちゃんじゃいられなくなるんだよ!?だから──」

五月蝿うるさいッ!」

 体を思い切り捻り、体に巻きついた糸を引きちぎる

「きゃっ!?」

 鈍い音と何かが倒れるような音がした。……え?

「小袖ちゃん!」

 振り向くとそこには頭から血を流してうずくまる小袖ちゃんの姿があった。間違いない、私のせいだ

「ごめ、小袖ちゃ、だ、だい、大丈夫……!?」

 上手く言葉が出てこない。それでも、小袖ちゃんの手を握る

「大丈夫……だよ。霊衣、作り直すね。……あと鋏返して」

「う、うん」

「ちょっとだけ影の中で休ませて……ばいばい」

 その後どうやって家に帰ったのか全く記憶にない。マスターやリンクさんを呼んだのか、自力で帰ったのかさえ全く記憶にない。ただ、ハートちゃんの「貴女は悪くない」という一言がやけに印象的で頭から離れずにいた

 悪くないわけがない。警告を無視して悪霊になりかけた挙句、その影の住人小袖ちゃんを傷つけた。だから、一刻も早く小袖ちゃんに謝りたい。今はその気持ちだけだ



『小袖ちゃん、お話ししよう?』

 あれから3日、何度も声をかけているけど一向に返事がない。前に喧嘩したことはあるけど、その日の内に仲直り出来てたのに…

『お待たせ、ヒアちゃん。お話ししよう』

『……久し振りだね』

『いやー、思ったより傷が深くて治るのに時間かかっちゃって。あとちょっと怖かった』

『……本当にごめんなさい。それと、止めてくれてありがとう』

『どういたしまして!ヒアちゃんのピンチを救うのが小袖の役目だからね!』

 よかった、いつもの小袖ちゃんだ


「小袖ちゃん、出れる?」

「あいよっと。どうしたの?」

「スモア作ったから一緒に食べよ」

「スモアって?」

「焼いたマシュマロをチョコサンドクッキーに挟む、キャンプで人気のお菓子だよ」

 ちなみに名前の由来はsmall moreスモールモアで、直訳するともうちょっと欲しい。それくらい美味しいってことだ

「美味しいね、これ。クッキー、チョコ、マシュマロ……全部食感も味も違うのに口の中でひとつになって蕩けちゃいそうだよ!」

 もう既に顔が蕩けてるのは言わないでおこう

安心と満腹感で急に眠くなってきた。明日は開店準備のお手伝いもしなくちゃいけないから早く寝よう


おやすみ、小袖ちゃん。また明日

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