4杯目 小袖におまかせ

「うん、美味しい。これならお客さんに出しても大丈夫そうだ」

「ありがとうございます」

 やったぜ。調理補助の仕事をしながらリンクさんに淹れ方を教わりながら特訓していたのが功を奏したらしい。マスターが美味しいって言ったら、お客さんにコーヒーを淹れていいって許可が貰える試験、無事合格だ。これでようやく一人前って認められたような、そんな気がする。だってこの一週間で3回くらいやり直しを食らったからね

「にゃっほーい、マスター!一週間ぶりー!真白ちゃんもそれくらいぶりー!」

 何やら騒がしいお客様が来店した。というかさっき私の本名言わなかったか?教えたのって死んでからはティターニアの店員だけだぞ。それとも生前に会った人か?どちらにしても全く印象がないけど

「紹介するよ、ヒア。彼女は小袖の手、妖怪だ」

「……アヤシってことですか?」

「うん!あ、小袖のことは小袖ちゃんって呼んでね!」

 小袖の手とは、江戸時代に遊郭の女性の高価な着物に対して妬んだり恨んだりという気持ちが怨念となり、幽霊の手となり着物から出てきたもののことを指すって昔読んだマンガに書いてあった

 小袖ちゃんの見た目は完全に女子大生そのもの。白いニットのワンピースに60デニールくらいの黒タイツ、カウガールっぽいブーツという出で立ちで、服装からはとてもじゃないけどそんな妖怪だとは思えない。それはそうと、小袖ちゃんはなぜ私の本名を知ってるのだろう

「うん、霊衣れいいもちゃんと機能してる!しかも可愛い!」

「霊衣?仕立てた?」

「僕が説明しよう。アヤシには特殊な能力が備わっていてね。小袖ちゃんの能力はアヤシに服を仕立てることなのさ。そして霊衣とは、アヤシの中でもが自我を保ち存在する為に必要なものなんだ」

「つまり、真白ちゃんが『ヒア』として存在できるために小袖が服を作ったってことだよ!真白ちゃんの影の中でね!」

 なんでもアリなんだな、アヤシって。でも言われてみればそうだ。パジャマからメイド服、あるいはその逆に着替える時、一瞬ボーッとしちゃう時がある。それが自我が消えてしまう瞬間なのか

「ところで、君が客としてきたということは、お願いしたものが出来たってことでいいのかい?」

「うん!ということで……」

 悪戯な目をしてこちらを見る。え、私?

「ヒアちゃんオリジナルメニューをお願いします!」

「え?」

 マスターがお願いしたものの料金が、私の料理?


「……どうしよう」

 オリジナルメニューということは、既存のメニューにあってはいけないということだ。食材の在庫一覧とメニュー表を何度も見比べる。そうすると、とある事実に気がついた

「あ、アレがない」


 まずゆで卵を作る。本当は塩を入れたりするんだけど、このお湯は再利用するから今回はそのまま使うよ。茹で上がったら小鉢に移してお湯には粗挽きソーセージを入れてボイル。ゆで卵は皮を剥いてフォークで荒く潰す。そこにマヨネーズ、レモン汁、砂糖を投入してかき混ぜる。これで卵ペーストができた。コッペパンに切れ目を入れてレタスを挟み、卵ペーストをたっぷり乗せて黒コショウを軽く振って出来上がり。ソーセージが茹で上がったらお湯を捨て、その鍋で焼き目をつけてこちらも完成だ


「お待たせしました、『ヒアのたまごサンドセット』です」

 たまごサンドと粗挽きソーセージ、そして今日合格を貰ったばかりのコーヒーのセット。こだわりは何と言っても卵ペースト。玉子焼きを挟むたまごサンドより私はこっちのが好きだ。小袖ちゃんの口に合うといいんだけど……

「すごく美味しい!トロトロの卵とシャキシャキレタス、ふわふわパンの食感三銃士!卵の味付けもしつこくなくて最高だよ!」

 次にソーセージを頬張る小袖ちゃん。どうだろ

「こっちも美味しい!パリッジュワーって感じ!」

「1度ボイルして焼くとその食感が長持ちするらしいんです」

「へぇー……覚えとこっと」

 この瞬間『ヒアのたまごサンドセット』が正式にメニューに追加することが正式決定した


「とゆーわけで、言われてたやつ!」

 小袖ちゃんが取り出したのはシルバーのブレスレット。これも霊衣なのかな

「よし、これでおっけ!」

 そのブレスレットが私の左手首に巻かれていた

「これは霊衣の力を補助するためのお守りみたいなものだよ。それから……これは小袖からのプレゼント」

 そう言って巻いていた和柄のストールを私に巻いた。ほんのりと甘い匂いがする

「24時間限定でウツセミの世界でも過ごせる究極のアイテム、混濁霊衣カオスドレス!小袖の最高傑作だよ!」

「そんな大切なもの、どうして私が!?」

「ヒアちゃん……いや、水城真白みきましろ、貴女が付けた方が混濁霊衣が輝くから」

 さっきまでの雰囲気から一変、真剣な表情でそう言った。嘘やごまかしの類は全く感じられず、本気で言ってるんだ。それなら輝くってどういうことだろう

「アヤシってさ、小袖みたいな妖怪とかカーミラみたいな神話生物、この前ヒアちゃんが面倒見てたバンシー…つまり妖精とかばっかなんだよね。そういうアヤシは自分の『本質』を優先するから街並みを楽しむとか、そういうことはしないんだ」

 小袖ちゃんの縫製、カーミラさんの吸血、バンシーの……泣き?そういうことだね。なるほど、そう考えると私が持ってる方がいいかもね。人間としても幽霊アヤシとしても空っぽな私が持っていれば混濁霊衣としては能力が遺憾無く発揮されるからいいってことだ

「ありがたく……いただきます」

「ん、良い返事!」

「でも小袖ちゃんはどうするんですか?私がこれ貰ったら店の外に出れなくなっちゃうんじゃ…」

「うーん……あ、ヒアちゃんの影に住ませてくれる?そこならヒアちゃんが出掛けても大丈夫だし、万が一の時は用心棒くらいできるから!」

 なんか使い魔の契約みたいだな。でも小袖ちゃんなら安心して任せられそう。折角だから影の家賃的なものを取るとしよう

「定期的に、普通に客として来てくれますか?それが約束できるなら小袖ちゃんのしたいようにしてください」

「プラス用心棒だね!了解だよ!合言葉は──」

『小袖ちゃんにおまかせ!』

「だね!」

「ですね」

 これからは小袖ちゃんも一緒なんだと思うと毎日なんだか賑やかになりそうで思わず笑ってしまった。せっかくだから楽しませてもらおうかな

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