3杯目 泣き虫バンシー
喫茶店の2階より上はスタッフの居住スペースになっている。風呂・洗濯機は共有で、自室にはユニットバスとベッド、クロゼットやデスクなど一通りの家具が備え付けられていた。幽霊とはいえ私だって一応年頃の女子だからその辺の配慮は嬉しい限りだ
二日目の今日はシフトの関係で私の出勤はお昼の一番忙しい時間帯からで、まだ時間はいっぱいある。せっかくだから少しだけ眠らせてもらおうかな
目を閉じると走馬灯のようなものが見えた。大昔の映写機に使用する8ミリフィルムのようなものに小さい頃からの記憶が私視点で浮かび上がってきた
お父さんは、実のお父さんじゃない。お母さんに私を妊娠していることが発覚してすぐ蒸発し、私が生まれる頃にお父さんと結婚したとおばあちゃんから聞いた。ラブラブな2人にとって私は邪魔でしかなかったし、ひどい時には二人から暴力を受けた。学校にいても「いらない子」扱いは変わらず、10年近くいじめられ、昨日死んだ
自分は望まれていない命だと自覚していたから空っぽでいられたのに、マスターが言うには居場所を求めてしまったようで、その後悔から私は幽霊になった。じゃあなんで、求めるものは手に入れられたのに、成仏できないんだろう
枕元でブルブルと震える音がした。その正体はウサ耳の付いたケースに入ったスマートフォン。この建物内でしか使えないけど、連絡用にと渡してくれたものだ。えっと……
「も、もしもし?」
『おお、ヒア!起きてたかい?そろそろ準備しないと間に合わないよ』
「えっと……リンクさん、黄界島鞘香って誰ですか?」
『あぁそれ私の本名。まぁとにかく早く降りておいで』
「了解しました」
人のことは言えないけど、基本的にここの人って本名のこと蔑ろにしてる気がする
シンクに行くと大繁盛してるのが確認できた。テーブル席もカウンター席もお客さんでいっぱいだ
「ヒア、ナポリタンは6番テーブル、サンドウィッチはカウンターのC席に運んでくれるかい?」
「了解です」
なんでも昨日のカーミラさんが「ティターニアに可愛くて優しい新人がやってきた」と周囲に適当に言いふらしてたら予想以上に集客効果があったらしい。私は客寄せパンダか何かか
「お待たせしました、サンドウィッチです」
「ありがとう――あ、君がヒアちゃん?」
「はい」
「ホントに可愛いね!私応援してるから!」
「あ、ありがとうございます」
OLさんだろうか、結構ボリュームあるけど美味しそうに頬張るね。私が作ったわけじゃないけどなんか嬉しい。仕事にやりがいを感じるというのはきっとこういうことを言うのだろう。って関心というか感動してる場合じゃない、次の料理運ばなきゃ
『ありがとうございました!』
昼ごはんのラッシュが終わり、リンクさんに手伝ってもらいながらだけど皿洗いも目処がついた頃、シュートくんから呼び出された
「皿洗いは俺がやるからハートちゃんと一緒に店の周りの掃除をやって欲しいっす」
「わかりました。頑張ろうね、ハートちゃん」
「ん」
一応注意事項として、生け垣の中が敷地なのでそこから出ないことを言われた。ちょうどそこが境界線なのだそうで、そこから
ちなみにこの人選についてシュートくんは
「俺一人より女の子二人の方がなんかいいじゃん!」
とサムズアップしていた。いいのかそれで
「女の子、泣いてる」
「え?」
掃除の途中、ハートちゃんが指さす方向に確かに泣いてる女の子がいた。でも、なんというか異質だ。赤と黒のボーダーのパーカー、黒のホットパンツとニーハイレザーブーツっていうパンクスタイルで、店の壁に座り込んでフードを両手で抱えて被って泣いている。年齢としてはハートちゃんと同じくらい、小学校低学年だろうか
「キミ、どうしたの?」
同じ視線になるよう屈んで話しかける。でも泣いてばっかで話が通じる気配がない
「ごめんハートちゃん、この子の様子見てもらえる?すぐ戻るから」
「ん」
隣に座り、無理に話しかけるでもなく寄り添うその姿がまるでぬいぐるみのようで思わずほっこりしちゃった。え、何をするのかって?甘いもので気を引く大作戦だよ
「リンクさん、冷凍バナナってまだありますか?」
「あるけど……どうしたんだい?」
「ちょっとキッチン借ります!シュートくんはグラスの用意を!」
「了解っす」
ぶつ切り状態の冷凍バナナを牛乳や砂糖と一緒にミキサーへ。ある程度混ざったら一回止めて様子を見ながらはちみつを流してまたミキサーのスイッチを入れる。それをグラスに移してバナナジュース完成だ。
味も見ておこう……うん、滑らかでふわふわな口当たりとバナナの甘味が口いっぱいに広がって美味しい。私はそれを持って後片付けもせずに店を飛び出した
「すぅ……すぅ……」
泣き寝入りってやつかな、二人仲良く寝てる。これはこれで可愛いけど、起こして事情を聞かないと
「ハートちゃん、起きて。キミも起きて」
「……?」
「はいこれ、私からプレゼント。よかったら飲んで?」
ごくごくと良い音を立てて飲み、泣き疲れて赤く腫れた目を輝かせている。良かった、口に合ったみたい。ハートちゃん、そんなに羨ましそうに見てたら飲み辛いと思うよ。後で作ってあげるから
「……何があったか、聞いていい?」
「私が言う。彼女はバンシー、家の傍に現れ死を泣き声で告げる妖精」
「え?」
「悪い妖精じゃない。でも、その性質上人間の思い込みで忌み嫌われる事が多い」
「……そうなの?」
「ウチらバンシーは、ウツセミの人間の家に棲みついて、その
厄介な妖精だな。でもそれと同時にとても優しい妖精なんだと思った。血縁関係や友人関係、或いは好きな芸能人でもない人間の死を見て涙を流すなんて、とてもじゃないけど私には無理だ。だからそういうところは素直に尊敬できる
「気休めを言うね。私は望まれて生まれた命じゃない。何で昨日まで生きていられたのか不思議なくらいだった――それでも居場所を与えてくれる人がいて、それがすごく衝撃的だったんだ」
やっと見つけた私の道標。今度は私が指し示す番だ
「物の見方を変えるっていうのは大事な事だと思う。バンシーのキミも、死を憂うんじゃなくて、『まだ生きてる』って喜んだらどうかな?」
望まれていないとはいえ自ら命を絶った私が言えた義理じゃないが、実体験があるからこの発言に私は責任を持てる
というかバンシーにこれ言って大丈夫なのかな。死を嘆く妖精の存在意義を全否定してしまったような気がする。それでも彼女の表情は晴れやかだ
「うん、そうだな……試してみるよ。お姉さんありがとう」
「私はヒア。よかったら覚えてね。それと、次はちゃんとお客さんとして来てね」
「わかった!」
……まさか二日連続アヤシの相手をするなんて思わなかったな
「それよりハートちゃん、詳しいね?」
「……本名は
つまり、最初寄り添った時に彼女がバンシーで、辛いと感じていることを読み取ったというわけか。ウツセミのみじゃなく、アヤシにも有効って何気に万能だよね
「大丈夫」
「え?」
「ヒアは何も間違ってない。あの子は――ほかのバンシーより更に優しい、特別なバンシーになれる」
「……そっか」
「貴女のおかげだよ、ヒア」
ハートちゃんは基本無表情。でも、何故か微笑んだようにも見える。私にはそれが眩しいくらいに可愛く輝いて見えた
その後なんとか掃除を終わらせ店内に戻ると、案の定台所を無断使用して放ったらかしにした挙句、仕事も半ばサボっていたことをマスターやリンクさんにこっぴどく叱られるのだけれど、それはまた別の話
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