2杯目 傷心のカーミラ

 初日ということで主に皿洗いを任された。まぁそれくらいならと意気込んだはいいけどマスター曰く隣の家まで車で20分はかかり、その間には畑しかないこんな田舎に客の影は薄く、シンクの中はグラスが2つとお皿が4枚だけしかなく、なんか拍子抜けだった

「ヒアってさ、コーヒー飲んだことある?」

「少しなら。って、リンクさん勤務中ですよ」

「いいんだよ誰も来ねぇんだしさ!それより早く終わらせちまいな」

 豪快に笑うリンクさん。いいのかそれで。釈然としないけど仕方がない、ちゃんとやるか。幽霊の体とはいえ物体に干渉できるのは、喫茶店の従業員としては良いのかもしれない。ちなみに皿洗いは1時間もかからなかった

「リンクさん、終わりました」

「どれどれ…曇りひとつないね、完璧だ」

 そう言って一杯のコーヒーを差し出された

 飲んでみると、爽やかな酸味と甘味を感じる。詳しいことは分からないけど、飲みやすいな、と素直に思った

「美味しいです」

「ブルーマウンテンにブラジルで採れる豆をブレンドしてるんだってさ。マスターこだわりの配合らしいよ。いつか淹れ方を教えたげる」

「ありがとうございます」


「やぁ、来たよ」

『いらっしゃいませ!』

 ハートちゃんが席を案内し注文を取る。その伝票を見てリンクさんが調理、シュートくんか私が席に運ぶという段取りになるらしい。今日のお客さんは綺麗な銀髪をした、年齢的には私と変わらない女性だ。……ツノが生えてるから、間違いなくアヤシ側の人

「ん」

 いつの間にかハートちゃんが伝票を持ってこちらに来ていた。注文内容はホットケーキセットだ。リンクさんを見ると注文の声が聞こえていたらしく既に調理に取り掛かっていた。私に何か出来ることはないかリンクさんに尋ねると、客の話し相手をするように言われた

「こんにちは、いい天気ですね」

「おや、新人かい?」

「はい、ヒアと言います。以後お見知りおきを」

「ボクはカーミラ。ご覧の通り吸血鬼さ」

 そう言って口を指で引っ張ると確かに鋭すぎる牙のようなものが生えているのが視認できた。いや、それより彼女はカーミラって名乗ったよね。私の記憶が正しければ女の子の血を吸うタイプの吸血鬼だったような…

「あはは、そんなに身構えなくても大丈夫だよ、少なくともここの店員のは吸わないって決めているからね」

「ティターニアにはよく来るんですか?」

「そうだね、週に3回は来ているかな」

 警戒しつつも探るように会話を。落ち着いた雰囲気を出してくれているおかげで話しやすいのは助かるかも


「お待たせしました、ホットケーキセットです」

「ありがとう」

 ふわふわのホットケーキにトロトロのバター。添えられたホイップクリームには星型の小さなチョコが飾られている。コーヒーはさっき私が飲んだものより苦味を強めにしてそれらにより合うようにしてあるとのこと。結構な重量で、アンティーク調の机や椅子を避けながら席まで運ぶのは少し大変だったけど、カーミラさんが幸せそうに、例えるなら純真無垢な少女のように食べるその姿を見て少し癒された

「このセットはよく注文されるんですか?」

「そうだね、来るとほぼ必ず頼むかな。――あれは、ティターニアができる500年前の話だ」

 コーヒーのお代わりを待つ間、少し物憂いげな表情でポツリポツリと話し始めた


 当時ボクは吸血鬼として生を受けて間もなかった。最初のターゲットは、ヒア、君によく似ていたのをよく覚えてるよ

 その子の名はローラ。英国はエディンバラの町外れに1人きりで生活する、料理が得意な少女だ。ウツセミの彼女はボクを感知できなかったが、アヤシたるボクは彼女をよく知っていた。それが故に――ボクは彼女に恋をしてしまった

「貴女は……誰?」

 そんなある日、彼女はボクを視認した

「ボクはただの吸血鬼だ。だが抵抗しようったって無駄だよ、ボクには銀の銃弾も十字架も、ニンニクすら効かないからね」

「ち、血とかはアレなんで!ホットケーキはいかがですか!?」

「不要だ。吸血鬼を舐めるな」

 少しの苛立ちから好意を跳ね除け、普段の倍の量の血を摂取した。それが原因かはわからないが翌日彼女は亡くなった


「ボクがホットケーキを食べているのはね、ローラへの贖罪の意味もあるのさ――こんな晴れた日は、どうしても彼女のことを思い出す」

 言葉の裏に、カーミラさんがローラさんを心から想い慕っているのを感じた。それを解消しようと思うのは喫茶店の従業員の仕事ではないし、私のエゴに過ぎない。それでも、せっかくのホットケーキを心から楽しんで欲しいと切に願う

「お隣、失礼しますね」

 メイド服の袖を捲り、カーミラさんの目前に差し出す

「……何のつもりだい?」

「貴女はローラさんのことを忘れたいのに忘れられないでいるけれど、そのそっくりさんが行きつけの喫茶店で働いていた」

 私は幽霊、アヤシだ。噛まれたって血はないし、吸血できたとしても私がそれになることは無いはず。だから――

「私のことを噛んで、ケジメにしてみませんか?」

 それで忘れられるならと極力柔和な笑みを浮かべる。すると震える両手で私の腕を掴み、子犬が甘噛みする程度の力でかぶりつき、すぐに離した

「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう。マスター、会計を頼むよ」

「畏まりました」

 そう言う彼女の頬には一筋の涙が。見なかったことにしよう


 カーミラさんの姿が見えなくなってお皿とカップを回収し、洗う。夕方の帰宅ラッシュの時間帯にはそこそこお客さんも来たけど全員ウツセミの人間で、会話もしたけどどうしても脳裏にカーミラさんの寂しそうな顔が浮かんで仕方がない

 私一人の力ではどうすることも出来ない。そんな悔しさを抱えたまま私の初日は終了した

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