喫茶ティターニアにようこそ

凪紗わお

1杯目 ヒア

「「とっびおーりろ!とっびおーりろ!」」


 クラスのみんなが口を揃えて飛び降りろと言うここは学校の屋上。16年程度だけど、振り返れば何も無かった人生だと自分でも思う。部活動に所属したこともなければ恋をしたこともない。親にすら可愛いと言われたこともない。私は空っぽだ

 だけどそれを後悔したことはない。自分を作ってきたものはいつだって自分だ。いじめられたとて、それすら私を作るパーツに過ぎない。だから私は迷いなく目を閉じ飛び降りた



 次に目を開くと、広大な土地に建つ喫茶店の前に立っていた。なんでだ、さっきまで学校にいたのに…

 そういう風に考え事をしているとドアが開き初老の男性が現れた

「やぁいらっしゃい……どうしたんだい、ひどい格好じゃないか」

「えっと……」

 どう説明したものかな

「ふむ、何やら訳ありのようだね。とにかく入りなさい」

 促され店内へ。いかにも純喫茶というような内装は古臭くもどこか温かみのある空間にしていた。ふと自分の服を見ると泥と血でグチャグチャになっていて、申し訳なく思うが客はいなさそうなのでギリギリセーフかな

 奥にある小さな事務所へ辿り着くまでに見た人は、爽やかなお兄さんと小柄な女の子、厨房にいる活発そうなお姉さんだけだ。見た感じでしかないが、全員店員さんで間違いないだろう


「自己紹介が遅れたね。僕は黒蜜憲吾くろみつけんご。ここ、喫茶ティターニアのマスターだ」

水城真白みきましろです。私立色明山しきめいざん高校に通ってます」

「ふむ。では何があったのか、君が話せる範囲でいいから教えてくれるかい?」

「……私は虐められていました。そして今日、皆に言われ飛び降りたんですが…目を開くとここの前に立っていたんです」

「なるほど……君は死んだことに間違いないだろう。そして今の君は、俗に言う幽霊だと捉えてもらって構わない」

「幽霊、ですか?」

「――この世界には、二種類の"存在方法"があると言われている」

 時折笑えないジョークを交えて言ってくるので私なりに纏めると、生きている人間や動植物のことをウツセミと呼び、幽霊や妖怪、神話生物なんかをまとめてアヤシと呼ぶらしい。彼曰く「有名なところで言えば、メデューサも君も、存在としては同じアヤシというくくりになる」そうだ。そうなるとひとつの疑問が浮かび上がる

「なぜ、私はここに?」

「ここはウツセミとアヤシの境界線上に建っていると言っても過言ではないんだ。多分、真白ちゃんの死そのものが曖昧で、君の魂がここに惹き付けられたんだろう」

いまいち納得できないが他に何も無いから、そういうことにしておこう。

「さて、君はどこか寄りたい所はあるかな?」

「いえ、特に」

一瞬、マスターの目の色が変わった気がした


「実は僕には変わった力があってね、他人の悩みが形になって見えるんだ。本人が気付いていない悩みにすら、ね」

今まで私が見た3人は、その能力を用いてスカウトしたらしい。あの人たちにもあったんだ

「君は心のどこかで常に居場所を求めていた。だったらここを君の居場所にするといい。僕や、あの三人が新しい家族になるんだ。そして――」

優しい笑みには裏があると、今までずっとそう思っていた。だけどマスターにそれは感じられなかった

「空っぽな君に、新しい名を授けよう」

どういう原理か全くわからないけど、学校の制服がいつの間にか黒を基調とした可愛いメイド服になっていた

「【ヒア】――今日から君はヒアと名乗るといい。さぁ、ついておいで」


事務所の扉を開けると先程の3人が立っていた。まるで私を出待ちしていたかのようだ

「俺、シュート。よろしくっす!」

「リンクよ。分からないことがあったらアタシに聞いてね」

「ハート。よろしく」

「えっと……ヒア、です。初めまして、よろしくお願いします」

今まで私には何も無かった。だから、ここでなら何か変わるかもしれない。何度もそう感じてきたけれど、ここでの予感は本物になりそうだ。だって、私はもう死んでいるから

「あのー、やってますか?」

不器用でもいい、笑ってみよう

『いらっしゃいませ、喫茶ティターニアにようこそ!』


これは、死んだ私が「何か」を手に入れる物語だ

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