第29話 お稽古事

大学入学すぐ、サークル紹介で惚れた。

衣擦れの音をさせながら、会場を一周した狩衣と巫女装束。

特別だと一目でわかった。

私が特別になれるものだと一目でわかった。


地元に古くから伝わる舞で伝承者が驚くほど少ない。

私はのめりこんだ。


のめりこんで、大学は中退したのにサークルには四年間通い、その後は弟子入りした。


仕事と舞。

最初のころは大丈夫だった。ただ楽しかった。

けれど、負担はどんどん重くなった。


伝承者が少なかったのが、原因の一つだったと思う。

私たち、サークルからそのまま弟子入りした若手の上の世代がいなかった。

あとは直接、師匠だった。

弟子入りはいいことばかりじゃない。

責任も出てくるし、行く行くは指導者にならねばならない。

肩にかかってくるものを、私は支え切れると思っていた。


だが、当時、仕事で受けるストレスが強かった。

飛び込み営業とテレホンアポインター。

人と接することが負担になるのに、無難にこなせるわけがない


それよりも、期待されているストレスが強かったのだと思う。

職場ではよい人として。

稽古事では、弟子として、尽くして、傾倒して、期待された。


期待されると私は良い私であろうとする。

期待されている自分であろうと自分を偽る。

期待されても、その通りになれる実力はない。

だから、いつか、化けの皮がはがれ、それは

周囲の人にはどうということはない、とっくに気付いている私の中身なのに。

私は化けの皮がはがれることを何よりも恐れて、ばれていないと思っていたのだ。


卑屈で、自信がなく、誇大妄想家で、自分が世界の中心だと思っている。

でも、それが嘘だと本当は自覚している。

中途半端だった。

悪人になるにも、善人になるにも、出来る人になるにも、無能な人になるにも、何もかも中途半端で、私は私になり切れなかった。

私は真ん中でプツリとふたつに切れてしまった。

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