第28話 始まりはきっとここ
小学校5年のとき。
卒業生にお祝いの手紙を書くという授業があった。
一人一枚、一人の先輩へ。
でも、卒業生より、5年生の人数が少なかった。
あと三通、だれか書いて。
そう言われて手を挙げて三通とも書くと言い張った。
文章は得意だと思っていたから。
感動させる手紙を書くぞと意気込んで追加の二通を書いたところでスタミナが切れた。
文章にすべき何ものも私のなかに残っていなかった。
私には、人との別れを惜しむとか、思い出を大切にするとか、そういったことは無駄なことで、ナルシシズムの極致で、バカらしく、芝居がかっていて、愚鈍な人間がすることだと思えていた。みんなバカだと見下していた。
その内情を押し隠して、文章技巧でいい人を演じられる自分がすごいと思っていた。
私は文章の才能があるから、誰にもバレないと思っていた。
最後の一通を、私はやっつけで書いた。
数日後、担任から呼び出されて職員室に行った。
卒業生の先輩からの手紙を渡された。
そこにはこんなことが書いてあった。
どんなに後輩からの手紙を楽しみにしていたか。
適当な手紙にガッカリしたか。
もう、本当にもらいたかった心からの「卒業生にあてた手紙」を私は一生もらえない。
あなたは、もう、こんなことをしてはダメ。
一生懸命、生きてください。
私は泣いた。
声をあげて泣いた。
その時はなんで泣いたかわからなかった。
後にわかった。
私は私を正当化するために泣いた。
先輩から傷つけられたと思いたくて泣いた。
あんなに一生懸命書いたのにと嘘をつきたくて泣いた。
担任の先生が、泣き止まない私に「手紙、先生が預かるね」と言った。
私は、ただ、泣いて逃げた。
あの時、私がもう少しまともだったら。
ちゃんと考えられる感受性があれば。
人の気持ちを慮ることができれば。
そうでなくとも、対人関係をまともに形成する術を知っていれば。
何をすべきかわかったのに。
私は、先輩に手紙を書くべきだったのだ。
ごめんなさい。
私のことを叱ってくれてありがとう。
そして。
卒業おめでとうございます。
でも、それがわかったのは、つい最近のこと。三十代後半まで、私は被害者のふりをしていた。
それまで、わからなかった。人の心が。
誰かからの手紙を楽しみにするという気持ちが。
見知らぬ人からの愛を期待できる純粋が、素直さが。
人は、私にとって敵か崇拝者かどちらかだったから。
人生をやり直せるなら何歳に戻りたい?
そんなバカなことを聞く人がいる。やり直しなど出来るはずないのに。
私はどこにも戻りたくない。どこもここも生きているのはつらかったから。
楽しいときも、つらかったから。
でも、一度だけやり直せるなら、と、最近思ったのだ。私は手紙を書きたい。
先輩、卒業おめでとうございます。
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