3章……『自業自得その二。自分をやっと反省するべき時。』
第16話 3章01……食べ盛りの男子どもを振り切ったと思ったら、今度は見た目にそぐわず悪食な美少女たちに出会ったー……。
うららお手製の新聞公開事件から一日経って、少しだけ床のワックスが曇り始めた日の午後のこと。
デザイン科一年生の教室から、透き通る羽のようなメゾソプラノが聞こえてきた。
「はい、じゃあ今日のホームルームはこれで終了です。みんな、お疲れさまー!」
「おつかれ」
教壇に上がっているのは舞子と真一。
昨日のLHRでのクラス委員長決めで自主的に立候補し、多くの賛同の拍手を得て決まった二人だ。
ちなみに舞子が委員長で、真一が副委員長である。
幹が立候補しようとした一幕もあったが、そこは男子たちの巧妙なタッグプレイにより阻止された。
やはり男子の中でも温厚で成績優秀な真一が妥当だと踏んだ……というよりも、単に幹の独裁政治を起こされては堪らないからであった。
まあ相方の女子が舞子ならば、幹が問題行動を起こそうとする前に確実に仕留め……止めるだろうが。
「では大井先生、もう連絡事項は無いですよね?」
「うん。絵師さんが全部代弁してくれたからね。解散していいよ」
傍らにてパイプ椅子に座って見守っていた大井先生がにこにことえびす顔で席を立つ。
「「「やったーーーー!!」」」
湧き立つ教室内。
時間は十五時を少し過ぎたところ。
ここまで早くホームルームが終わったのは、ひとえに議事進行を前日に纏めておいて、テキパキと手早く終えた舞子のお手柄だろう。
「こらっ、他の一年の教室はまだホームルーム中なんだから、みんな静かにして帰るのよ!」
その上、みんなにきちんと釘を刺すことも忘れない。
うん、さすがはおれの幼なじみ。最高! 愛してるぜ!
……との気持ちを込めて幹はウインクを舞子に『バチコーン☆』と送ってみたが、室町時代のどこぞの忍術学園の先生もかくやというような鋭くピンポイントな白いチョーク手裏剣が返されて来て幹の額に刺さる。
打ち返されたのが肘鉄砲でないだけマシだろう。
痛い。けどこれがツンデレってやつか。だがおれはそんなところも丸ごと愛してやるぜ!
前向きな発言とも取れるが、どう考えても『痛い』のは幹の発言や行動の全てだろう。
しかし思い込みとは恐ろしい。そんな男が根拠のない自信をも身に付けているのだから、更に恐ろしいのだ。
◇
さて、みんなが鞄を持ってそれぞれ帰ろうとしている場。
そこへすかさず幹が教壇に立ち、声を張り上げる。
「みんなーッ! これから一緒にデザイン科の親睦を深めるために、商店街の甘味処でお茶でもしようよ!!
女子の分は全部おれが奢っちゃうからさ!」
……と一高校生にしては大盤振る舞いの発言をする。
言っておくが、幹はけして金持ちの家の生まれではない。
ごく普通の、単身赴任中であるサラリーマンの父親が家計を支える家の生まれだ。あえて他と少し違う環境を挙げるならば、双子の弟がいることぐらいだろう。
今日はただ単に、今日この台詞を言いたいがために、これまでのお年玉貯金を崩して来たのだ。どこまでも阿呆で馬鹿な人間なのである。
けれどもそんな、ある意味涙ぐましい幹に返ってくるのは沈黙と春風ばかり。
開け放した窓から降って来たのは、この県庁所在地である市のまだどこかで咲いているらしい桜の花びらが幹の頬にぺとり、と貼り付いてから床に落ちた。
「ハハハッ、幹、おまえったらホントに懲りないヤツだよな。昨日の新聞事件のあった放課後はなんだっけ?
『親睦を深めるためにゲームセンターに遊びに行こうぜ! おれの華麗な太鼓のバチ捌きでメロメロにさせてやる!』
……だっけ?
確かに『最凶鬼レベル』でのあのバチ捌きはすごかったぜ! 正直、おまえのこと、あれでちっとだけ尊敬したしな!」
そんな幹を陽太が笑い飛ばす。そこへ他の男子も会話に参加してきた。
「オレは女の子がいないと行かないぜ?
昨日みたいにゲーセンでもねーのに、ヤローだけでそんなトコ行ってもサミシーだけだろ。プリクラコーナーとかのカップル見て嫉妬の炎を燃やしまくったしよー。
でもまあたまにゃ、喫茶店でちょいとイイ珈琲とケーキでダベるのもやぶさかじゃねーけどよ」
「甘味処かあ……。俺、甘いの苦手だから酢醤油のトコロテンとかあるかな?」
「えー……ボクは家に帰ったらそこらのパティシエより上手なママの作ったケーキがあるんだよね。
ま、お茶ぐらいなら付き合ってやってもいいけどさ」
陽太の後に続いて徹彦、真一、俊が思い思いに喋っている。
そこに陽太も併せて四人の男子全員が満面の笑みで幹に詰め寄った。
「「「「……ということで幹、奢ってくれるよな!!!!」」」」
四人の発言を聞いた幹は俯き、ぷるぷると震えだす。
そして……いきなり火山のように爆発した。
「おまえたちに奢る気も金もなーーーーいッッ!! おれはあくまで女子を誘いたいんだーーっ!」
周囲に群がってきた『腹を空かせた成長期の男子高生』というハイエナたちに唾を「ぺっぺっ」と吐きかけながら、幹は鞄を持って脱兎のごとく教室から出て行った。
教室内にすでに女子の姿は無かった。みんな、幹に言い寄られることを嫌がってさっさと退避したのだ。
だから幹は向かう――女子の姿を探しに。
あわよくば、一緒に放課後デートが出来たならば……ムフフ、と企んで。
背後の男子たちからのブーイング、罵声など物ともせず、デザイン科の棟へ。
もはやこれは執念だ。
程度によっては『ストーキング』とも言われて通報されかねないのだが。
◇
先述したが、『おかこー』には七つの科があり、それぞれの科ごとに専門の棟が与えられている。
どこの科も実技にてボイラーやバーナー、ガス、発火の恐れのある薬品など危険物を扱うので所持しているため、教室棟や職員棟などとは少し離れたところに建てられている。
そのため、『おかこー』は体育館と音楽室以外の場所は生徒および職員を土足可としている。
……それだけ、実技授業の移動に掛かる時間が靴を履き替えている暇もないほど校内は広いのだ。
以上の理由で生徒や職員たちの昇降口や個人の靴箱などは無いから『靴箱にラブレター』などのラブ・ハプニングなんかは期待出来ないし、「今日はバレンタインだけど、もしかしたら自分の靴箱にチョコが入ってたり……?」などのドキドキイベントも期待してはいけない。
尤も、男子の比率が圧倒的に多いこの工業高校でそれを期待するだけ無駄である、と大多数の生徒は(特に学年を上がるごとに)悟りの境地に達しているのだが。
なお、雨の日は職員によって教室棟の入り口前に大きな網ダワシマットが設置され、そこで生徒たちは出来る限り靴底の泥と砂利を落とすようにする。
昇降口が無いため傘置き場も無く、傘などは教室棟の廊下に二段構えの古びた鉄の手摺りが設置してあるのでそこに吊るして保管する仕組みだ。
当然、廊下――引いては校舎内の掃除は生徒たちが当番制でやっているので、土足可の校舎内では元気いっぱいの男子が多い生徒たちといえども、後で自分たちが掃除する破目になるし他からも反感を買うので滅多に汚したりなどしない。
そうして合理性を極めた規則ではあるが、毎年の時間割なども先生たちが年度末になると広い会議室にひしめき合い頭をつき合わせて悩ませながら、
「体育と実技の時間がなるべく前後しないよう」、「せめて昼休みを挟むよう」、「特に教室棟から遠い棟の科の生徒や三年生たちは優先的に決めてあげよう」
……などと三十九クラス分、熟考された上で決定されている。
なんともまあ、生徒・職員の苦肉で苦心した合理的な案なのである。
◇
さて、その専門棟のうち『デザイン科棟』は三階建てで、三階には製図室、デッサン室、木工室がある。
その中でも製図室が主に一年生の作業場と私物及び作業道具置きエリアとして与えられている。
幹はそこになら確実に誰かいるだろう、と狙いを定めて一直線に向かった。
辿り着いた製図室には、幾人もの声と気配がしたので覗いて見れば、葵たちのグループと由乃たちのグループがわざと距離を一番取れる対角線上になるようにして、教室の端と端にいた。
幹はどちらかというと、楽しそうに和気藹々と歓談している葵たちのほうへと向かうことにした。
葵たちはそれぞれ小説を広げたり、スマホを出してゲームアプリを起動していたり、今日も持参している明日香のパソコンを弄った画面などを話題にしてぺちゃくちゃと姦しく喋っている。
そこに幹は、
「やあ、おれのハニー&ベイビーたち! 何話してんのかな? 芳美は今日、撮影とか無いの?」
オタク趣味な葵たちが好きそうな言葉をチョイスして、軽い調子で呼び掛けてみた。
さっきお茶のことでスルーされたことがなんだ。きっと聞こえなかっただけだ。葵たちは優しく俺を話の輪の中に入れてくれるはずさ!
……という、無駄なポジティブ精神を持って。
しかし返って来たのは――
「……ぷっ。『ハニー』ですって。
そんな台詞、漫画やアニメ以外の現実の日本人から聞くことになるなんて、まさかの初体験だわ。
でもある意味、貴重な体験をさせていただいてありがとう、とお礼を言っておこうかしら」
先ほどまで歓談していた表情とは打って変わって冷徹な葵の嘲笑だった。
「お、お望みなら、一日中君の耳元でささやくよ、葵!」
「耳が腐り落ちそうで要らないから、下がってくれるかしら」
さすがにそこはお嬢様育ち。命令口調がひどく様になっている。
まるで潰した蝿の腹からまだ生き延びようと蠢いているウジ虫でも見ているかのような、絶対零度の視線で幹を見る葵の瞳に射すくめられて、幹は半ば涙目になった。
「あ、明日香ぁ……どうかおれもみんなの会話に混ぜてくれよぅ……」
そんな瞳で、懐かしい一世風靡した某金融会社のCMのチワワを意識して幹が明日香に懇願をすると――
「私は別にいいけど……」
「本当かい!?」
意外にも、肯定の言葉が返ってきた。
けれども、自己紹介の折にパソコン使用の件で大井先生を論破するほどに口達者で一癖ある明日香がそれだけで終わるはずがない。
現に、今日も着用している羽織の袖元で口を隠しつつ「ニヤリ」とした笑みを浮かべている。
「ただし、私の質問に答えてくれたらね。交換条件よ」
「何でも答えるよ! なんだい? 昨日おれが風呂に入る時、最初に洗った部分かい?」
幹が「えーと、左手だったかな。それともこんな昼間ではちょっと口では言いづらい……」と挙動不審な調子で口走っている間に、明日香がぐっと身を乗り出して幹に詰め寄った。
「ううん、そんなのはいいの。――ズバリ訊くけど、吉田くんは誰とデキてるの? やっぱり、このクラスでは一番カッコいい拓海くんかしら?」
ハ――ハイ? 幹は自分の耳に垢でも詰まっているのかと、あるいは幻聴を疑った。
「あ~。拓海くんはこのクラスの中だったら、『幼なじみの完璧超人な王子様!』……みたいなメイン攻略キャラに近いですもんね~」
明日香と芳美がキラキラと瞳の中に星を宿らせて、夢見がちな表情で喋る。
その姿は、彼女たちの本性を知らない無警戒な男子なら一発でノックアウトされるほどに可愛らしい――が。
「――いやいやいやっ! おれにそういう趣味とか無いから! 女の子大好きだからさ!」
そう、「女の子大好き!」の幹ですら、その言葉の内容がぐっさりと心に刺さってしまって自然と逃げ腰になる。
というより、すでにもう逃げ出したかった。
つーか『おれと真一が付き合ってる』とかなんなの!?
そんなの天地がひっくり返ってもあり得ないから!
幹はすぐさま反論したかったが、そこに追撃の矢が刺さる。
「女好き……ということは、あのチャラい伊達メガネの有田くんも女好きだって聞いたことがあるから、
『女好きっていうのはフェイクで、本当はおまえのことが……』っていう展開も考えられるわよね。BLの王道展開よね」
葵がメガネのブリッジを上げながら、冷静に分析と解説をかましてきた。
それで思わず自分と徹彦とのラブシーンを想像してしまって、幹が瀕死に近くなるほど心にダメージを受ける。
お、おい、『壁ドン』かましつつ迫るのはやめてくれよ徹彦!
おれとおまえは今日、『お気に入りのエロ本交換』をしたぐらいの仲だろう!?
昨日のゲーセンで好きなエロ漫画家さんについて話してたら、ガッチリ握手するぐらい意気投合した間柄でさ、お互い性癖はノーマルなはずだろ!?
幹が勝手に見ている幻覚の合間に、葵の見解について更に芳美や明日香が加わる。
「それならわたしはやっぱりー、『生意気ショタ』って感じの生江浜くんが
『好きになってやってんだからさ、ボクの言うこと利いてよ』
とかー、どこまでも生意気な感じで告白して欲しいかなあ?
『逆体格差カプ』っていいですよね! 乙女ゲーで『年下キャラ』も好きですよ~」
「でも吉田くんは、『ハーレム』希望なんでしょう? なら、四対一の五人プレイが……」
「葵も芳美もなかなかの妄想乙女よねぇ。高校生の若いうちからそんな肉欲に溺れてたら駄目よ。
やっぱり十八歳以下のうちは初々しくって甘酸っぱい健全なお付き合いが一番。
……ということで、私は美形で将来も有望な拓海くんとの卒業後の年齢操作設定を推すわ」
「「そんなこと言いつつも、明日香ちゃんが【ピクノベ】では『女神』扱いされてて、ほぼ毎日上げてる二次創作のイラストや漫画や小説の設定がほぼ『主人公総受け』とか『総愛され』系ばっかりなのは知ってるんだから~」」
だ、駄目だこの娘たち! ナニソレ、『肉欲に溺れる』って!?
おれ、普通に華のハーレム青春生活を謳歌したいのに、このグループの中ではどんなポジションに位置付けされてんの!?
『普通の男子高校生』が『学校でハーレムを目指す』と決めた時点で、幹は自分の思考が普通ではないと気付かないところからおかしいのだが、この時の幹はだいぶ引き攣った顔をしていた。
「でも確かに明日香ちゃんの案にわたしも一票です。『みんなが憧れる完全無欠の王子様』×『ドジっ子』っていうのがやっぱり王道で、ノーマルでもBLでも萌えますよね、葵ちゃん」
「うぅん……明日香や芳美の主張も理解出来なくはないのだけれど……。
でも芳美がいま嵌っている乙女ゲームってBL的にも人気が出て来ているし、それの一番人気のあるBLカップリングはメイン攻略キャラ男子の『ツンデレ受け』じゃないの?」
「あれはね~、メイン攻略キャラのツンデレくんが攻略キャラの一人である先輩の完璧生徒会長の前では敬語を使う素直キャラになって『ご主人様と忠犬』な関係っぽく見えるのが主な人気要素なんですよ~?
ツンデレくんがいわゆる、『忠犬受け』に変貌するわけですね~」
しかも『ツンデレ』は理解るけど、それに付随した『忠犬受け』って何?
このまま話を聞いていたら、おれの耳だけでなく脳まで腐ってしまうような気がする……。
幹はすっかり蚊帳の外となり、葵たちだけで話が盛り上がっていた。
まさに『女も三人寄れば姦しい』というやつであろう。
女子三人でのトークが白熱してきたとき、大勢でのトーク番組もこなして場慣れしている芳美が遠い目をして立っている幹に気付いて話題を振って来てくれた。
「あっ! そうそう、吉田くんは
『盛り上がって来たときのメガネ男子のメガネは有りか無しか』
についてどう思いますか~?
わたしはこれって、受けか攻めかによって変わると思うんですよね~」
「……イヤ、オレノシラナイセカイデス……」
幹は目を泳がせつつそう言うなり、この集団からフェードアウトしていった。ムーンウォークで。
婦女子――いや、なるほど『腐女子』ってすげええ!! っていうか、怖ええええっ!!
ようやく葵たちの本性である単なる『オタク属性』だけではない『腐女子』要素も理解し、恐れ戦慄いていたのは幹だけの秘密である。
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