第15話 2章03……2章end.



「――ちょっと! いい加減にしたらどうなのかしら、貴女たち!

 いくらなんでも、そこまでするのは吉田くんが可哀想じゃないの!? 恥を知りなさい!」



 今度、口を挟んで来た声は舞子のものではない。


 クラス後方の席から聞こえてきたのは、前髪を左側にヘアピンで留めて額を出した、他の身体の部分もつるりん・ぺったんこなお嬢様学校上がりのメガネガールな葵のものだった。




 先日の入学式時、葵は合格発表の時に出会った由乃の姿を必死になって探していた。

 けれども由乃の姿は丸っきり変わってしまっていたので見付けられず、自己紹介の場で声を聞くまではあの時の少女と同じ人間だと葵の頭の中で結び付かなかったぐらいだ。



 由乃はギャル仲間を探して玲と友人になっていったが、葵からは声を掛けることも、その輪に加わることも出来なかった。

 何故ならいまの由乃は、これまで格式ある家にて『お嬢様』として育てられた葵が接することの無かった、苦手なタイプの人間になっていたから――。



 そうして由乃と袂を別つてしまうことを決意した葵も由乃と同じく、『とある趣味の仲良し集団』のリーダーとして君臨しているのだ。


 葵の背後よりさらに、加勢する人物たちが食事の手を止めて立ち上がる。

 彼女らは葵がお嬢様学校時代にこっそり探しても出会えなかったまさに【同好の士】である者たちだ。



「そうだよ~、ちょっと可哀想~。さすがに『×××』とか書くのは~。

 女の子がそんな言葉使っちゃいけませんよ? 乙女ゲームの不良系キャラなら萌え要素になるからともかくだけど~……」



「そう、『△△△』も人に対して使うにはひどい言葉よね。

 暴力も行き過ぎていて、女子としての品性を疑うわ。

 吉田くんの身体――特にお尻は、攻めを魅惑する大事なものなんだから」




 おそらく外見だけではこの高校1、いやこの年代なら国内でトップクラスと言っても過言ではない、『高校生と現役アイドル稼業』を兼任しているスタイルも良い美少女、『よしみん』こと高島芳美。


 そして昼食時も愛用のモバイルパソコンを机に置きつつ弄って会話の材料にしていた金浦明日香からの増援だった。



 彼女たち二人の発言内容を聞いて、察しの良いちょっとオタク知識に詳しい人間なら理解ってくれたとは思うが、葵たちの集団はオタクグループの……いわゆる『腐女子』集団だった。




 芳美たちの、あまり加勢にもなっていない言葉だがそれに反論するように、由乃の顔が歪んで冷笑が宿る。



「――ハッ。尾坂サンたちがなんか言ったみたいだけどさー、あーしが好きなのは服のデザインで、将来はファッションデザイナー志望……っていうのは自己紹介の時に言ったよねえ?

 ついでに付け加えとくわ。嫌いなものは、『ハーレムを作る』とかいう軽薄なヤツと、せっかくこの科に入れたのに漫画やゲームごときの話しかしない『オタク』って人種だから」


「なっ!」


 由乃の言葉に、まず葵が反応した。思わず、バン! と自分の机を叩いて席を立つほどに。


「暗いし、キモいし、しかも自分からその趣味を公の場で話しても全然恥ずかしがらないヤツ。

 正直、同じ空気を吸いたくないって感じ?

 ……あーっと、誰か身に覚えとかあったら、ごっめーん」


 葵たちを見遣りながら由乃はより口許を持ち上げ、にやにやと嫌味ったらしく笑った。


「……ッわ、わたくしだって貴女たちのようにチャラチャラした人は嫌いよ!」


「きゃーっ、尾坂サンったらこっわ~い。

 あーしは別に、アンタらに向かって言ったワケじゃないんだけど~? 自意識過剰ってーの?」


「何をとぼけてるのよ!

 貴女たちこそ、校則以前に『ゆるくてふわふわしていて可愛い』と周囲に捉えられるのは頭の中身じゃなく、服や髪の毛なんかの見た目だけだということをきちんと理解した上で、髪の毛はともかく制服はちゃんと規則どおりに着こなしなさいよね!」



 バチバチと女子同士の言葉上での争いだけで散る目には見えない火花にて、クラス全体が冷気で固まる中、唯一この男が口を開いた。




「まあまあまあ、二人とも。落ち着いてって。

 ……あのさあ、葵も由乃もそのくらいにしとこうよ。

 俺、女の子が争う姿って見たくないんだよねー。

 二人とも違うベクトルだけどどっちも可愛いのにさ、せっかくのそれが台無しだよ?」




 おだてつつ、喧嘩の熱を鎮静させようとする幹の姿に、「「「おおっ!!」」」と他のクラスメイトから尊敬の眼差しが集まった。


 正直、この二人が本音でぶつかり合っている現在、あの舞子ですらも少しばかり怯えて萎縮し、騒ぎを穏便に収拾させる手段を模索していたのだ。


 まだ付き合いの短いクラスメイトたちの本質の底が分からないのもあるし、自分も同じ女子であるから、余計に刺激させることにもなるかもしれない……と。


 そのような考えもあって幹のほうを見た舞子は、

「(いつも軽口ばっかり叩くやつでも、たまには役に立つじゃない)」と思っていた。




「……チッ」

「……ふぅ……」



 幹によって毒気を抜かれたように、先に由乃も金色の頭をガシガシと掻きながら、自分の席に戻って行った。葵も顔を背けて席に着いた。


「――うん、二人とも素直でやっぱ可愛いよ!

 すぐに手が出る巨乳ガールも、オタク系な貧乳ガールでも、どっちも好きだからさ! おれのストライクゾーンは太陽系銀河並みに広いからね!」



 席に着いた二人を見遣りながらの本日一番何も考えていない幹の発言に、また教室内にシベリア気候が訪れた。

 今度は本格的に、「ピキーン!」と空気の凍る音がした。


「「「(この状況下でそれを言うか! 一言多い!)」」」

 ……と思ったのはほぼ全員だったが、もはや由乃も葵もただでさえ疲れているので、これ以上幹の相手をする気力は残っていなかった。


 鈍感男な幹は次に玲の描いた罵倒ばかりのチョークアートを消すのと、うららのゴシップ紙を取ろうとして黒板に近寄る。


 すると――教卓に上がる一歩手前にて、外から帰ってきた一人の小柄な女子とすれ違った。

 意図せず肩が触れ合い、フローラルなシャンプーの残り香と女子特有の何か甘い香りが幹の鼻をくすぐる。


 幹が「すん」と鼻を鳴らすと、その女子は「ビクッ」と獲れたての魚のように跳ねた。

 そして机や椅子の障害物もなんのその、といった具合に「ガタガタッ!」と椅子たちを押しのけて、幹から一気に五メートルほどの距離を取ったことにはショックよりも、

「(え、また? そんなにおれのこと嫌いなの?)」

 という気持ちのほうが大きかった。


 そういえばこの子は、自己紹介の時もこんな具合だったっけ……と幹は思い返す。




   ◆




「あ、……ああああのッ! そ、園井静香そのいしずかと申しますっ」



 黒目がちな瞳に、揺れるボブカットのおかっぱ頭。

 いまにも溢れそうな涙を大きな目いっぱいに溜めて、プルプルと小刻みに震えている様子はまるでチワワだった。


 おっ、小柄でキュートだね。全身くまなく頬ずりしたい子だなぁ、というの彼女への幹の第一印象だった。


「と、特技というか……私は、お、お花の絵が好きです。

 だから、この学校を卒業したら、進学もしたいけど……やっぱり出来ればお花関係の会社に就職したいです。

 好きな作家さんは……デザイナーじゃないけど、花の絵が得意な、な、中島千波なかじまちなみさんで……」


「えっ! 花の絵が好きなの!? おれ、植物なら描くのすっげー得意だよ! 静香のために何か描いてプレゼントするよ! どんな花が好きなのかな?」


 『花』と耳に入った瞬間、幹は勢いよく席から立ち上がった。すると静香は困惑と怯えたものを織り混ぜた表情で、


「……えっ? えっと、あの……と、とにかくみなさん、よろしくお願いしますっ!」


 そこからは早口で言い放ち、幹のほうへは視線を外してわざと見ないようにしながら、教壇上から走り去って自分の席に戻って行ったのだった……。




   ◇




 静香は、先ほど自分が幹を避けるために思わずやってしまったことに気付いたようで、周囲に「すみませんっ!」とぺこぺこ謝罪しながら、乱してしまった机や椅子を一人で元に戻して行った。


 ……今回も、幹のほうだけは絶対に見ないようにしながら。


 そんなびくびくした態度の静香を幹は横目で見遣りつつ、


「(おれって、本当にこのクラスの女子たちに嫌われちゃったのかなー?)」

 

 と少し泣きそうになりながらも、うららのゴシップ紙を剥がし、玲の悪意の篭ったチョークアートを、一人で黒板消しにて消して行ったのだった。




「(でもそんなみんなも好きだ! 愛してるぜ! 夢にまで見たおれのハーレム計画はまだまだこれからだ!)」




 ……まったく、どこまでもにぶく、そして懲りない男なのである。




2章end.

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