第14話 2章02



   ◇




 そこに――



「ちょっとあなたたち! 幹に何やってるのよ!」



 一人の女子が割り込んできた。舞子だ。


 おお、そうだ舞子、言ってやってくれ! と幹が口には出さずに舞子を応援していると……


「こういうのにはね、順序ってものがあるのよ。幹に手を出すなら、まずあたしに話を通してよね!」


 由乃たちの行動に憤慨している舞子の口調を感じ取って、幹の心が「きゅん」、とまるで初恋の少女のようにときめく。


 えっ、舞子……。おまえったら、いつの間にそんなにおれのことを……?


 言葉だけならば、多重結婚が認められている国にて正妻が夫に近寄る女たちに「まずは正妻たる自分に挨拶をして礼儀を通せ」とでも言っているような幹のハーレムが形成されているかのような台詞に聞こえるが、今回のこれについては……



「は? 絵師さんってこいつのこと……やっぱり好きなワケ?」


「ち、違うわよ! 勘違いしないでよね、もう!!

 ただ……後から幹の身体に新しい痣とか出来たのがご家庭で判明した時に、あたしが貴女たちを庇えないじゃないの!

 あたしがやったことにするなら、いつもこいつに勉強教えてやってもこの馬鹿の頭で解けない時に罰としてプロレス技とかよく掛けてやってるから、ご家族公認だから済むだけよ!」



 な、なにぃぃぃ!? ……と言いたいほどの驚愕の声が幹には出せなかった。

 期待が大きかっただけに消沈度合も大きかったのだ。

 あえて言うならば、天国で天使から手ずから一気に地獄に突き落とされた気分だろう。

 やあこんにちは、ルシファー。いまならおまえの気持ちがよく理解出来たよ。



「あーそういう意味なの? なら絵師サン、コイツ蹴り転がすけどさあ、いいよね?」


「オッケーよ! なんなら踏んづけてもいいわよ! でもなるべく、夏服でも隠れて見えない範囲でね!」


 由乃の言葉にあっさりと了承の意を示した舞子。それにはついに幹も立ち上がった。


「おい舞子! おれがいつおまえに支配される対象になった!?

 ここの女子たちみんなは将来的におれにメロメロにする予定だけど、おれの身体はおまえ一人に束縛されるなんてまっぴらごめんだ!

 そんでもってその暴力範囲の指定は肉体的な暴力行為での支配に慣れたやつの経験談からだろうが! デートDV含めたバイオレンスな行為には、おれは断固反対でーすっ!!」


 幹も負けじと「ぺっぺっ」と唾を飛ばしながらマシンガントーク。

 舞子はそれを

「汚いことするんじゃないわよ、この全身エロウイルス男」と言って眉をひそめつつ回避しながら、


「はあ? 前の『ハーレム宣言』もいまの『束縛するな』とかって、アンタの脳味噌、発酵してんじゃないの? ああ、今年は春が短くてすぐに初夏が来るって気象台が発表してたけど、もうアンタの頭の中だけは常夏になってるの?

 それにあたしはアンタの『飼い主』として意見を述べただけよ」


「『君はペット』ならぬ『おれがペット』!? おまえに飼われるなんてまっぴらごめんだよ!」


「あたしもアンタを飼うだなんてまっぴらごめんよ!

 こんな可愛くもないペット、雨の日に我が家の前にデカい段ボール箱に入ってても拾わず、そのまま放置してやるわよ!

 でもあたしは幼なじみだから――この学校でアンタが馬鹿をやらないための『責任者』として仕方ないでしょ!」


「責任者ってなんだよ! おれに……お、親以外の保護責任者なんて要らないっつーの!」


「……――ッ――強がり、言うんだから……。

 じゃあ、その根拠をいますぐこの場に提出して見なさいよ!

 ここへの推薦入試だって、ごく普通に大人しく中学時代を過ごしてたら先生たちも推薦入試の願書はほぼ全員に出してくれるのに、アンタはどーして先生たちが職員会議まで開いた挙句、結局『無理』って判断されて推薦受験が出来なかったんでしょうねえー?」



 喧々囂々と言葉を交わす二人に、すでに自分の分は完食した陽太や真一たちが、


「おーい、幹ー? おまえの弁当の残り、もう食わないなら食べちまうぞ~?」

「確かに美味しそうだよね、幹のお弁当って。自分で作ったらしいけど……。俺も玉子焼き一つもらおうかな」


 成長期がまだ終わらない男子らしく、幹の弁当箱に箸を伸ばしていた。


「ま、待ってくれ陽太さんに真一さん!

 実はおれ、舞子という意地悪な継母のいじめで、毎日の代謝分のカロリーを摂取する以外には、カビの生えたパンしか食べさせてもらえていないんですよ!

 こいつが毎朝早く迎えに来るから、朝ご飯の時間も奪われてるんです!」


 瞬時に、ワックスの効いた床で土下座体勢を取る幹。

 幹にプライドというものはない。こと、美少女と食欲に関しては。


 ちなみに土下座をした時にスカートをかなり短くしている由乃の下着をチラッと覗こうとしたことは、幹のみぞ知る。

 真偽のほどは、

「ちょ、ちょっとだけしか紫っぽいフリルしか見えなかったよ! 本当だよ! だからあれはノーカン扱いで! 無罪で!」

 というのが幹の心中の弁解だが、そんな幹の考えすらも理解ったのか、その尻を舞子が三つに割るような勢いで蹴り飛ばした。


「だっ、誰が意地悪な継母よ! 次は他の人たちの同情を引こうとしてのシンデレラ気取りなわけ!?

 第一、朝ご飯はいつも自転車漕いでても食べられるようなラップサンドを渡してあげてるでしょっ!」


 握り拳をわなわなと震わせながら、舞子が怒髪天を突く。

 けれどそんな舞子の様相にも慣れた素振りで、口笛を吹きながら幹は立ち上がった。


「確かにおまえのお母さんお手製サンドイッチはいつも美味いけどよー……。

 それにシンデレラの話がお嫌いなら、次はおまえを白雪姫の魔女にキャスティングしてやろうか?

 けどまあおれはここのみんなの王子であり、おまえの王子でもあるから、このくらいは大海原よりも広い心で海水に流してやるぜ! アトランティス!

 あっ、この場合ならおれは人魚姫の王子ってのが相応しいのか? でも一途な人魚姫の恋心に気付かず、しかも他国の姫と結婚を人魚姫に告げて『祝ってくれ』とか言っちゃうあの王子は正直クソ野郎だと思うから好きになれねーんだよな」


 「みんなの王子」の部分を特に強調し、大きく手を広げて喋る幹。その姿に舞子は反吐でも出そうな渋い顔をして言葉を紡いだ。


「せっかくのブタ三匹分の脳味噌もやっぱり腐ってるようね……。

 それに『王子』っていうなら、明日から下半身白タイツで登校してきなさいよ。そこまでやったら少しは認めてあげるわ」


「上等だ! おれは白タイツ大好きだからな!

 一流バレエダンサーのごとく履きこなして、みんなの前で『白鳥の湖』を踊ってみせるさ!

 明日からは『世界の吉田幹』と呼べよな!」


「アンタが白タイツ大好きでも、白タイツのほうはアンタのこと嫌いよ。一方通行の片思いね」


「何ぃ!? 無機物にも嫌われてんの、おれ!?

 くっ……な、ならおまえは腹黒さとよくマッチしている黒いローブでも着て、自宅の病院の調剤室で一日中籠って、どす黒い釜で怪しい薬でも捏ねてろよ!

 まさに人魚姫に出てくる魔女そのものだな! ハハッ!」


「ハンッ! そんなことになったら真っ先にアンタを毒殺する薬を完成させてやるわよ!

 童話の魔女は大抵、毒薬や呪いなんかとセットで出て来ますものねえ?」



 どんどんヒートアップする二人の口喧嘩。

 そこまでを「次の記事のネタになるかも!」と思って口を挟まずにメモを取っていたうららも、関係ないクラスメイトたちのせっかくの昼食タイムに埃が立つほど騒がせてしまう事態になったのは悪いと思ったのか、


「あ~……あのさー、もう二人とも、喧嘩はやめたら~?」


 トントン、と軽く幹と舞子の制服の肩を叩いて、お互いしか目に入っていなかった二人に自分の存在をアピールし、冷静さを取り戻させた。



 幹と舞子の二人はまた同時に互いを見遣って、「「フン!!」」と同時に言い放って顔を背けた。

 どちらもその場はうららの顔を立てることにしたようで、それぞれ席に戻るための足を向けた。




   ◇




「――ふう。やっと完成……っと」


 カラン、とチョーク同士が当たる高い音が鳴る。


 黒板の前では由乃のギャル仲間である玲が何やら一仕事やり遂げたような表情をして、腰に手を当てて立っていた。


 席に戻る途中だった幹が振り向いたそこには、玲が自己紹介の場で語った自分の特技であるチョークアートにて、ド派手で毒気のあるポップなニューヨーク発祥のウォールアートのように、うららの号外を中心として幹を蔑む文字がいまにも飛び出さんばかりに踊っていた。


 色使いは黒板にあった最低限の色のチョークしか使っていないにもかかわらず上手く混合されていたり黒板の地の色を利用していて巧みで、教室の最後部の席からでもよく見える代物だ。


 しかしその言葉選びの内容はうららお手製の号外の内容を三〇倍以上に凝縮した毒々しいもので、あまりのえぐさに幹はもちろん、舞子すらも呆気に取られていた。



「れ、玲! いくらなんでもこりゃないだろう!? 由乃も何とか言ってやってくれよ!」



 しかし由乃は馬耳東風といったように、自分の胸の二つの大きなふくらみを腕で寄せ上げつつ、肩を竦める仕草を取る。


 そして飄々とした態度で教壇の上から、クラス全体を見下ろす。

 

 ……というよりも『見下す』といったほうが正しいような目つきをしていた。

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