2章……『自業自得。そのことわざの意味をこれ以上なく知った時。』

第13話 2章01……自業自得。そのことわざの意味をこれ以上なく知った時。



 幹の衝撃的自己紹介から休日を挟んだ、月曜日の昼休みのことだった。



 陽太たちと共に机や椅子を合わせて昼食の弁当を摂っていると、いつの間にか黒板に新聞紙のような文字の段組みと写真を並べた大きなサイズの紙が貼られていたのだ。



 確か、それを貼った人物は地声と色んなアニメキャラの声を使い分けられる人物で、



「土日を使って作った、ウチがこのデザイン科にて発表する初作品! 特に女子たちは優先的に見てねーっ!」


 

 昼休みになるなり大声でそう告げてマグネットで貼り付けるなり、他にも十枚以上あるそれらを持って教室から出て行った。



 幹の耳は女子の声ならば一キロメートル先の呟きでも拾う性能ではあるので興味津々、ドキドキウキウキワクワクな彼女の作品を見たくはあったが、『女子を優先的に』と言われてしまえば、持ち前の『レディ・ファースト精神』で先に昼食を摂ることにした。


 購買や食堂に行く前だったり、机にて持参したお弁当を広げていた食事半ばの女子たちが黒板に近寄ってはそれを見て――その直後にはすぐさま幹に対してほぼ全員が「ケッ、このゴミ便所虫め」といった風の軽蔑の眼差しを向けてくる。


 普段より舞子による遠慮無しの罵詈雑言には慣れている幹だが、クラスにいるほぼ全ての女子たちからそこまでされてはさすがに豪胆どころか胆が鋼鉄製で出来ているような幹でも気付かないはずがない。


 昼飯の弁当の中身は昨日の夕飯の残りと、意外にも幹自ら作った玉子焼きを詰めて自前で用意して来た物だ。

 食していたそれを途中放棄して、気になって仕方がないあの紙を見ようと席を立ち、いまは誰も近くにいない黒板に近寄った。



「いったい何なんだよ、これって?」


 A3版サイズ(大体コピー用紙を二枚横にして縦に並べた大きさのものだと想像してください)ほどの紙には、遠目から見た通り普通に売っているような新聞紙の体裁を成していたが、その色は灰色ではなく上質な白紙であり、掲載されている写真もフルカラー。


 その上、パソコン加工だと予想される漫画チックなCGイラストも添付され、おかこーの制服を着たチビ男が狼の耳と尻尾を生やしつつ、牙を生やした口からはよだれを垂らしているイラスト付きで、大見出しにはこう書いてあった。




『初日の自己紹介で衝撃的発言!!

 【うえっへっへっへ。デザイン科の女子は全員俺のモノにしてやるぜ!?】

 恐るべき肉欲王現る!』




 ……というもので、CGイラスト以外にも幹本人の写真が入学式の時に撮った集合写真に黒い目線を入れた物を掲載されていて、まるで大事件の容疑者のように扱われていた。




「なっ――、なんじゃこりゃーーーーっっ!!」




 顎を外さん勢いで幹が大きく叫ぶと同時に、教室の前戸が開いた。


「いやー、大盛況大盛況!」


 意気揚々と前戸を開けて入って来たのはこのクラスの一員である富岡とみおかうららだった。


 快活そうなベリーショートカットの髪型で、晒されていて寒そうな首元にはオレンジ色のヘッドホンを掛けている彼女はとても浮かれている様子だ。


 彼女は、ふと、目の前に見つけた幹を指差しながらその口を開いた。


「おっ、吉田くんじゃん! キミのお陰でウチのイラストとインタビュー記事で作った『ゴシップ新聞作品』、初日から超話題沸騰の大成功だよ!

 報道部の先輩にも褒められたぐらいだし! ありがとねー!」




   ◆




 幹が一気に驚愕する騒動を巻き起こした富岡うらら……彼女が先日の自己紹介の場で語った内容は、



「どーもー! こうやって聞いての通り、ウチって喉の切り替えで地声から色んなアニメ声にも変換出来るんですよー。勿論、普通のアナウンサーっぽい声にもね」


 そう言いつつ、うららは言葉の区切り区切りで『少年の声』、『甲高い少女の声』、『アナウンスにぴったりの落ち着いた声』……などに瞬時に地声から変化させていくことにはクラスメイトたち全員が驚いた。


「だから将来は声優やナレーターをやりつつの、CMクリエーターを目指してまっす! そのためのパソコンスキルも勉強中!

 もっちろん、得意なのは喋ることで、活動予定の部活は報道部!

 そこで普段の放送や新聞記事を作るだけじゃなく、昼休みに校内のTVに部活動アピール動画や華々しい賞を獲った生徒たちの特集インタビュー映像なんかを流すのが夢でっす!

 だからネットの情報も重要だけど、実際に人とちゃんと向き合って話して情報集めるのが趣味でっす! つーまり、全部ひっくるめて言えば、趣味は『人間観察』とも言えるかな?


 とりあえず――吉田幹くん! いまのところキミがウチにとってこのクラスで一番注目株の話題キャラだからさ、来週の月曜日は覚悟しておいてね~!」



 ……というものだった。

 その時は幹も、「大歓迎だよ、うらら!」とクラスの女子に初めて好意的な風に話し掛けられたので嬉しさが隠し切れなかったりしたため、うららのこの発言に対して特に何の疑問も抱かなかった。




  ◇




 ――が、しかし。

 あの時、まったく疑問を抱かなかったことを幹は軽く後悔していた。



「うらら! もしかしてこれは君が全て書いたのかい?」

「うん、そうだよー。なんか問題でも?」


 いとも簡単に、あっさりと口を割るうららに、幹は撃沈した。

 うららお手製のゴシップ号外新聞は幹の中学生時代の

『女子にストーカーに近いアタックをしてからの告白での撃沈・百人斬られ伝説』や、

幼稚園時代の『卒園まで毎日お昼寝タイムには女性の幼稚園教員に添い寝してもらって時々おっぱいタッチ』の所業まで明らかにしていた。


 幹にとっては否定したいところだが……全て真実だ。ガセネタではないので否定したくとも出来ない。そうしたら即座に自分が『嘘つき』のレッテルをレッテルを貼られる。

 何故ならこの新聞記事内容の裏付けに、『容疑者と十年以上幼なじみのM・Eさん』の全面協力によるものだとも明記してある。

 つまり、うららとすでにアドレスを交換していたM・Eさん……絵師舞子さんによるものに間違いないからな……と幹は判断したので受け入れるしかない。



「『月曜日から覚悟しといてね』ってこういう意味だったのかい!? おれはてっきり君がどっきりわくわくハプニングを起こしてくれるものだと期待してたよ! ついでにおれは『うえっへっへっへ』なんて厭らしく笑ったりしないから!」


 嘘泣きなどではなく、本気の涙ながらに幹が嘆くも、


「でもちゃんと『どっきり』はしたでしょ? いやー、後で考えたらなんつーか、初対面のくせに『親愛の証』とか言って名前を呼び捨てされるのはやっぱむかつくからさ、ちょっと噂に尾ひれを付けといただけだよー」


「尾ひれってこの笑い方のことかい!? せめて熱帯魚のベタの雄のような綺麗な尾ひれで頼むよ!

 『肉欲王』じゃなくて『爽やか王子』とか! なんならいまから校庭のグラウンドのマウンドに上がって『青いハンカチ』を使って見せてもいい!

 だからいますぐ記事の訂正を求める!」


「あ、それもう無理。この新聞、もう一年生の全クラスと校内の至る所に配っちゃったから。

 それに『爽やかハンカチ王子』とかどんだけ前のネタだと思ってんの~? ウチの興味を惹きたければ、もっとホットでこのくらいバズるような面白いネタを持って来てくれないとね~」


 そう、うららの手によってこの号外はデザイン科を含む機械科、土木科、化学工学科、建築科、情報処理科、電気科……の一学年十三クラスに全てに配られたのだ。

 残りはうららが校内に点在する掲示板の空きスペースを見付けるなり貼って行き、それはすでに二、三年の先輩や教師陣たちの目にも晒されていた。


 その言葉の意味を理解した幹があらゆる意味で消沈し、床に這いつくばる。


 この号外により、クラスの女子たちからの嫌悪の態度が露骨になったのはもちろん、本当にごく少数しかいない他のクラスの女子たちも幹を見掛けたら避けたり身構えるようになった。

 そして、他クラスの男子たちによる

「「「せめて自分たちのクラスの女子だけは俺たちで守ろうぜ!!」」」

 凄まじい意気込みの『絶対包囲網』が敷かれたのは当然のことだろう。


 確かに他のクラスにもデザイン科よりも圧倒的に女子の比率は少ないが、可愛い子だっているさ。

 ――けどその子たちに突撃して行って、機械科や土木科なんかの筋肉ムキムキな奴らに殴られたら痛いじゃないか、絶対!


 ……というのが、床に這いつくばるほど消沈した幹の本心なのだけれども。




 そんな下衆な考えしか持っていない幹に近寄る二つの影があった。

 その影たちは、未だに這いつくばっている幹を――各々の靴で蹴り飛ばした。


「げふうっ!」


 幹が思わずもんどり打つ。

 そこに降ってきたのは冷徹な声音だった。



「ごっめーん。菓子パンのゴミ袋かと思っちゃってさあ~。ゴミなら丸めてゴミ箱に入れようと思ったんだけど」



 最初に幹に鋭いローファーでの蹴りを喰らわせたのは……由乃だった。



 一般入試の合格発表の日の、真面目そうでもっさりとした地味で素朴なあの姿はどこへと吹き飛んでしまったのか。

 これまた『夜の蝶』の見本のように見事な明るい金髪となってその髪を巻いている由乃がわざとらしい溜息を吐いて幹に上辺だけの謝罪の言葉を吐く。


「由乃~。それってパン業界に失礼だよ。菓子パンの袋のほうがもっと可愛いパッケージデザインしてるし。『燃えるゴミ専用袋』くらいじゃないと」


 追撃の罵倒とすらりとした美脚での蹴りを喰らわせるのは、こちらも規定違反のスカート丈をしている入江玲いりえれいだった。


 何を隠そう、この少女たちはいわゆる『ギャルグループ』の二人であった。




   ◆




 先の入学式直前、由乃は生徒指導の先生たちに「こらっ、その髪色はなんだね!」と注意されるも、


「えー? センセーたち、あーし……アタシの生徒情報読んでなかったんですか~?

 アタシってハーフだから、こっちのが地毛なんで~。このウェーブも天然パーマっていう情報、ちゃんと中学のセンセーが提出してくれてたと思うんですけど~。

 つか、面接時は念には念を入れて中学のセンセーたちに黒髪に染められたのをこの前やっと戻したばっかりで、また黒に染め直したら髪の毛も傷むし~。

 第一、そっちのが染髪になっちゃって校則違反になっちゃうから無理ですし~」


「そ、そうなのか? すまない、確認不足だったようだ……」


 いけしゃしゃあと反論した由乃は地毛の髪色を押し通しつつ、ついでにスカートも短くしている。

 そしてネイルアートや化粧までもごてごてとしている由乃を筆頭にした気の強い女子たちだった。

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