第12話 1章07……入学初日の終わり。そして誰かに友達ができたかもしれない。(1章end.)


     ◇




 その後、大井先生が指示を出して自由時間になるなり、教室中の様々なところでグループの輪が出来ていた。

 特にハイパー電脳少女・金浦明日香かなうら あすかは有言実行であり、早速数名が彼女の席に押し掛けていた。


 明日香は自分のスマホのテザリング機能を使ってPCを無線ネットモードにするなり全員の自己紹介データをそれぞれのスマホに転送してやるのと同時に白鐘よろしく、


『私はパソコン関係なら違法行為やレポート代行とかはダメだけど、みんなのお母さんが自筆で書いていた家計簿の処理をExcelで今後簡単に入力出来るようなデータの作成とか、他にもなんでもやれるからよろしくね。


 ただし、クラスメイト割引はあるけど有料よ(^_-)-☆

  ASUKA.K』

 

 ……などという自分をアピールする自己紹介データも添付していた。




     ◇




 さて、自由奔放男・幹はどうしているか――というと。


「――でさでさ、おまえがボタニカル・アート得意なのは判ったけどさ、なんでウチのデザイン科を選んだんだよ?

 女子比率の高さなら北高の家政科のがすごいだろ。

 あそこって女子が九十八パーセント、男子二パーセント、だっけ? 年度によれば女子しかいない年もあるとか言うじゃん」


 他に四人しかいない男子生徒全員が幹の席の周りに群がっていたので、まったくもって身動きが取れないでいた。



 本来なら幹も真っ先に明日香の元に行き、そして高校合格でやっと手に入れた家族のお古であるガラケーをポケットから取り出して、


「本当はみんなの席順や顔や名前なんかは当然覚えてるし、このガラホでもないガラケーにテキストデータが送信されないことも理解ってるよ。

 だからこっちが本題なんだ。明日香……君の個人的な連絡先を知りたいんだけど、駄目かい?」


 ……なーんていうクサイ台詞を格好つけて添えるつもりだったのだ。



 けれどもその目論見は崩れ、男子たちは自己紹介であんな大胆な告白をした幹にずっと興味を持っていて、本人も地毛の髪色と同じく根っから明るくて気さくな印象を周囲に与える、幹のすぐ前の席の男子・緑町陽太が自分の椅子に座ったまま後ろを向いて幹に話し掛けると、堰を切ったように男子生徒たちはここに集まって行ったのだ。



 やはりそこは誰しも一応、思春期真っ只中の男子高校生。

 自分だけ女子の群れに飛び込む勇気は無いのだろう。



 ……吉田幹という唯一の例外を除いては。



「あー分かってないなー、陽太は」


 ちっちっち、としたり顔で幹が指を振る。

 ついでに早速、男子どもは名前の呼び捨てだ。


「北高も制服は可愛いし、家政科は女子が多いし女子たちも上ランク揃いだけどさ、一クラスが四十人単位じゃん。

 つまり、おれは量より質のハーレムを築きたいんだよ。

 何しろ、おれの身体は一つしかないからな! ほら、世界に男が数人しかいなくなって争われたら困るだろ?」


 えっへん、とノーベル賞レベルの発明でもしたかのように、誇らしげに幹は鼻を鳴らした。



「ハーレム、ねぇ……。無料ウェブ漫画の読みすぎかな、とも思うけど、君って見ていて飽きないし、面白いよね。

 何ていうかさ……良く言えば、豪胆? 俺は拓海真一たくみ しんいち。よろしくな」


 そこに、すっと鼻筋の通った、端正な顔立ちの男子が微笑みながら口を挟む。


 すると幹は近づけた鼻をくんくんと鳴らすなり、「むむっ。美形センサー反応!」と顔をしかめた。


「真一と言ったな……おまえ、絶対女子にモテるだろ。つか、中学時代は絶対モテただろ。

 いますぐ駅前の美容クリニックで鼻の穴を二倍にしてくるなら友達になってやらんこともない」


「なんで鼻の穴なの!?」


 真一が驚く。というより、明らかに引いて嫌がっている。


 その場に更に『ママ』と一緒に合格発表を見に来た、高校一年の男子にしては小柄な体格で中性的な顔立ちの生江浜俊おえはま しゅんと徹彦も話に加わって来た。


「まあ……息はしやすいんじゃないかな、とボクは思うよ。

 でもボクがそんなことになったらママが憤死すると思うから絶対ごめんだけどさ……」


「拓海は美形過ぎて目立つからなー。入学式ん時も他のクラスの女子とかめっちゃ噂してたし。

 拓海ってさ、推薦入試の素描デッサンの時に見かけたけど一般入試の合格発表の時にオレは見かけなかったから、推薦合格組だろ?

 オレは気にしねーけどさ、たった五名しか枠のない推薦組に嫉妬するやつも多いらしいぜー?」


 情報通らしい徹彦がぺらぺらと語るのには、幹は「なぬぅ!?」と驚いていた。


「なんだと!? 真一め!

 夢の『みんながガツガツしている間に、余裕綽々で受験勉強しなくてもひゃっほーチケット』を奪い取ったのはおまえだったのかよブルータス!

 舞子が推薦合格を決めた時におれがどれだけ悔しかったことか!

 やはり許せん! 責任取って、顔と体型を横綱・稀勢の里ぐらいに膨らせてこい!」


 瞬時に真一に食ってかかる幹を指差した徹彦は「ケケケ。ほらな、こういう輩だ」と肩を竦めて、からかうように歯を見せて笑っていた。


「いやいや! なんで稀勢の里!?

 確かに国技で久しぶりの日本人横綱ですごい活躍してて尊敬するけどさ!

 俺は普通に高校でもバスケ部に入部希望だから!」


「諦めろ。飛べないおまえはただの力士。

『スラダン』や『黒バス』にはなれない。

 それにいまは『火の丸相撲』も割と人気あるから悲観するな。

 イケメンサムライ横綱になって日本を沸かせてこい。応援してやるから!!

 ちょっと古い漫画だけど『ごっちゃんです!』も面白いぞ!」


 幹が「ポン」と真一の肩を叩きながら、悲壮感漂う視線を投げ掛ける。


「そーそー。もしも拓海がここで脱落してくれたら、オレも吉田を嫌悪している女の子たちのアフターケア&ハンティングが楽なんだけどなー。

 だって拓海って見た目、チャラっぽい雰囲気と髪色以外は“黒バスの黄色”にそっくりじゃん!

 そこは吉田と同意見で、ぜってー中学の時もモテてただろ?」


「まだ体験入部すらしてないのに、諦める前から俺のバスケ部生活の試合終了!?

 俺、親戚の兄さんが漫画コレクターでさ、小学校入学記念に貰った漫画セットの中のスラダン読んでからこの言葉に感動して、それで小学校のクラブ時代からバスケやってたのに!!

 ……というか君も吉田くんと同じで女好きなのかよ、有田くん……」



「まあなー。オレ、自慢じゃねえがこの県下の高校なら公立・私立問わず女子制服に限り夏冬全て当てられるぐらいの制服フェチだからな!

 男子も夏服はムズイが、冬服なら……んー、八割方は当てられるぜ。

 でも男女問わず、何かで校章さえ見せてもらえりゃ一発だな。県外のでも、有名校のなら大概は知ってるし」



「「「「本当に自慢じゃねえけどある意味すげえ特技!!!!」」」」



 キョロキョロ、と自分の制服にある校章を探っている徹彦に他の男子四人は驚きの視線を投げ掛けた。


「でもまーそれとは関係なく、ここを志望したのは家業の写真屋兼美容室を一人っ子のオレが継がなきゃいけねーから、そのために写真の腕とか、他にも主要客層である女子ウケするセンスを女子の多い環境下で磨いときてーんだよな。

 オレに美大とか行くほどの腕や頭やウチにもそんな大金と時間もねーし。

 だからある種、吉田の『ハーレム宣言』の根源は解んねーけど、『女子が好きで女子の多い場所に居たい』っていう主張にはちっとだけ理解出来るかもな」


「あ、お家の事情だったんだ。まともで真面目な理由だったね。ちょっと軽蔑しててごめん」


「それにさ、この三年間で磨いたセンスで将来的にオレが家業を継いで『カリスマ○○!』的な感じになって、そんでTVとか雑誌が取材に来たらさ、それだけで女の子ホイホイな要素になるだろ?」


「悪いけど前言撤回するよ。君も吉田くんと同族だったね。せいぜい二人とも女子に軽蔑されればいいよ」


「徹彦……おまえってやつぁ……」


 もはや真一は男子組の中ではツッコミ専門役となっていた。

 合格発表の場で固く友情を誓った陽太すらも徹彦を白い目で見ている。


 徹彦の言を聞いた幹は未だに真一の胸倉を掴んでいた手を放し、今度は徹彦へと掴み掛かった。


「何ぃ!! 徹彦! いまのは聞き逃せん台詞だぞ! おれのハーレム計画を邪魔する気か!

 ――ええい、上様でも関係ない! 討ち取ってくれるわっ」


 そして幹が自分より十センチ弱ほど身長の高い徹彦の胸倉を掴んで引き寄せ、脳天にチョップを喰らわせた。


「うわ~! ぐはっ、や~ら~れ~た~」


 徹彦はチョップを受けた頭ではなく何故か胸を押さえ、過剰な演技をして机の上に倒れ込む。


「まだまだぁ! 次は黒幕だ! 覚悟しろよ~悪代官……真一ッ!」


「俺、ほぼ無罪だよ!? っていうか冤罪だよ!? 将軍様ったら暴れ過ぎッ」


「ははっ。誰か吉田くんのことは『若様』とか呼んであげなきゃ。『バカ殿』でもいいけどさ」


「フーハハハ、捕まえたぞ真一~! そのおキレイな顔を吹っ飛ばしてやるぜ! なおその手段だが、いまのおれの中では百八式あるから楽しみにしとけよコンチクショウ!!」


「こんなところでテニプリの師範!? 微妙に古いネタだし! 助けてタカさん!

 腕を折るか、場外に飛ばされて血塗れになるか、なんて二択の試合なんてやりたくないよ!!」


「安心しろ、結果的にはおまえの勝ちにしてやるから。『試合に勝って勝負に負けた』ってやつだ!

 そしておれはこの春休みに特訓して百八式を裏まで達し、二百十六式まで増やした!」


「あっ、何気にSQに移籍した『新・テニプリ』のほうも読んでて進化してる!?」


「真一こそ、スラダンだけのストイック野郎かと思ったらテニプリも熟知してるとはな!!」


「前述した親戚の兄さんがスラダン纏めて名作スポーツ漫画系をくれたんでね!

 ちなみに『新』のほうは自分で買ってるよ!」


「ふっ、話が合いそうだな。このイケメン野郎……の親戚のお兄さん! メアド教えてくれよ! お兄さんとメル友ってやつになりたい!!」


「ちょ、俺じゃなくてそっち? そこは俺を認める展開じゃないの!?

 ほら漫画でよくある、『意見の違う男同士が殴り合った末にお互いを認め合う』……とかの王道パターンでしょ!?」


「それについては再三言ってるだろ。おまえがイケメンじゃなくなったら、って。

 じゃあおまえの顔面整形は勘弁してやるけど、おれの鬱憤を晴らすために、せめてそのイケメンフェイスに一撃……」


「……まあ、別にいいか」

「え、いいの?」


 思わず幹が呆気に取られ、ポカンとする。


「うん、どうぞ。この体勢、この身長差のままでね。幹が椅子や机に乗る、とかは無しで。それと俺も当然、棒立ちじゃなくて避けさせてはもらうから」


 小学校のころからバスケ部でこの高校でもバスケ部志望。

 現在も身長痛が襲っていて今後もおそらく伸びることが予想される身長一七九センチの言うことは違った。


 真一からすれば、胸倉を掴まれていることも大して意味などない。

「入学初日から制服に皺が寄って嫌だなぁ」程度で、十センチ近く低い位置にいる幹からの顔面狙いと判っている一撃など、余裕で躱せる。

 伊達にこれまでの部活動で瞬発力を鍛えていない……という真一の言葉の裏が伝わったのか、しばし考え込む目付きになった幹が口を開いた。



「……あのよ。『メルモちゃんの大きくなる飴』ってさ、赤と青のどっちだったっけ……」


「『ミラクルキャンディー』は十歳分の若返りか老化をするだけだから、青を食べて二十六歳になった幹がいまよりも身長が伸びているかどうかは、俺には保証しかねる案件だね……。

 あと、コンビニとかには売ってないからね」


「う、うるへー! 目に物見せてやっから、十年後来やがれ!!」


「斬新な『一昨日来やがれ』のアレンジバージョンだけど、それを俺は本来の『二度と来るな』の意味で捉えればいいの?

 残念ながら、俺は入学初日で不登校になる気はさらさら無いし、かといって地球上の生きとし生ける物は全て老化……というか進化するしかないモノたちだから、それこそ十年後の幹がこの場にタイムリープでもしてくれないとね。

 まあ現実的な案としてはお互い無事に卒業してさ、二十六になった辺りで同窓会か男子だけでの飲み会を開いて、そこで成長した幹で俺に『目に物見せて』よ」


「おまえ、いかにも頭良さそうにこっちの揚げ足取って、理路整然とした反論して、そんでもって最終的にいい話っぽく締めるんじゃねーー!!」


 別段幹の八つ当たりの胸倉掴みは本気の力加減ではないし、身長差もある真一にとっては苦しくもないし、だんだんと真一もノっていた漫才劇。

 

 それには徹彦や俊、陽太の誰かが口火を切ったように噴出すると他も同じくし、腹を抱えて笑い合った。


「ハハハッ。おまえらさ、凸凹漫才コンビでも組んだらどうだ?

 まず、真一のイケメンさが話題になって出演オファーが来るだろ。

 そんで推薦合格の真一の頭脳とセンスで書いた台本でやってりゃ売れるって」


「待ってよ陽太さん! おれの存在意義はどこにっ!?」


「だぁってさぁ、真一がピン芸人とかでやってると、それなら真一はモデルでもしたほうが圧倒的にギャラとかもいいっていうのは誰でも分かるでしょ?

 こ・れ・は、売れない幹が生き残るための苦肉の策だよ」


「俊……それって俺だけに負担掛かってるよね? ギャラとかは半々じゃあ割に合わないよ」


「「「アハハハハハハッ!!!」」」



 そうした会話をしているうちに、男子たちはすっかり打ち解けていた。

 自然とみんなが名前で呼び合うほどに。



 ただでさえ少ない男子勢。

 その輪の中心となっていたのは、まぎれもなく幹であった。



 しかし幹だけは

「(くそう。『男ハーレム』はいらねーんだよ別に。いっそこいつら全員性転換しねーかな。俊ならいまでも女子制服着せればイケそうな気もするし……)」

 と思っていたのは、幹の腹の中だけでの秘密だ。

 

 呆れるほど、どこまでも貪欲な男である。




 そんな少年、吉田幹の『将来の夢』であり『野望』であり……『昔から欲しかったものを叶える手段』が、いままさに幕を開けて始まろうとしていた――。




1章end.

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