第11話 1章06……最強鉄腕科長からの激励と大事な『三本柱』
◇
今年のデザイン科一年生の生徒十七名、最後の順番だった千春が席に戻ってからも、まだ拍手は鳴りやまない。
……というより、この拍手の音はクラス全員が落ち着いてからもなお、教室外……廊下のほうから大音量の打ち鳴らしが聞こえていた。
みんなが雷鳴の如きこの大きな拍手音の出所に疑問符をぶら下げていると突然、「ガラッ!」と教室の前側の戸が開き、
「――いやあ、大っっっ変、素晴らしい! 今年も個性的な面々がよくぞ集まってくれた!!」
筋骨隆々とした大柄な体躯に鮮やかな青色が基調のジャージを着用し、日に焼けて頬骨の張った顔の男性が突入して来た。
その人物の乱入に、大井先生が驚きつつも椅子から立ち上がる。
「にっ、
大井先生に「西大戸先生」と呼ばれた教師はすばやく教壇に立つと、みんなに眩しいくらいに白い歯をにっかりと見せて話し始めた。
「――新入生の諸君よ! この桜花山工業高校デザイン科への入学、おめでとう! 此処に来るまでの道程、さぞや困難なものだっただろう! 私はその難関をくぐり抜けてきた諸君らを、とても評価している! そして今後の活躍にも期待している!」
称賛し、更にこのデザイン科の新入生たちを鼓舞するような言葉を投げかけられ、全員の背筋が「しゃきっ」と伸びる。
顔つきも、緊張と誇りできゅっと引き締まっていた。
「私はこのデザイン科の三学年の生徒全てを束ねる『
――ところで諸君は、ウチのデザイン科に所属する者の胸に必須の『三本柱』というものを知っているかね?」
生徒全員がまたも困惑の顔付きと疑問符を頭の上に乗せながら一斉に首を横に振るなり、西大戸先生は口元を緩めて白いチョークを手に取った。そして黒板に身体を向けて、
「一つ、
「カッ」「カッ」、と音を鳴らして白いチョークを滑らせ、その体格からは想像もつかない流麗達筆を黒板に刻む。
この言葉にはセミプロ漫画家ガールが大きく、深~く頷いていた。
「さて、二つ目は……『自分の手がけた作品には誇りを持つ』こと。自分ですら愛せない作品を、他の誰が喜んでくれると思う? ……と考えてもみたまえ。世界中の他の約六十億人が気に入ってくれなくとも手掛けた自分一人ぐらいは、いかに不格好な作品でもそいつの製作に費やした時間を思い出して愛し、けれども自分がそこで停滞せずに成長するために、じっくりと反省すべきところを研究して次の作品の糧にするぐらいには我が身の経験と力にするように。
そして最後の三つ目だが、」
これには頭のシルバーアクセサリーを「しゃらしゃら」と鳴らしつつ、白鐘が何度も頷いていた。
そんな二本目を書き終えたところで、西大戸先生は意味深に言葉を切ったと思えば、手持ち無沙汰だった左手を腰に当て、くるりと上半身だけを反転させて生徒たちのほうに向き、チョークを持った手にて――
「分かるかね? ――出席番号五番、吉田幹!」
――幹を指した。
「はっ――はいぃっ!?」
いきなり指名された幹は椅子から転げそうになりつつも立ち上がった。
な、なんでおれを指名すんの!? しかもフルネームで!!
幹の心境はこんな感じの驚天動地だったが、もしその理由を他のクラスメイトに訊いたら全員が「「「おまえが一番悪目立ちしてたから」」」と一言一句違えずにそう答えたことだろう。
幹は緊張しつつも、
「(あーあ、せめて科長がこんな暑苦しい中年男じゃなく、黒ストッキングが似合うクールで美人な女教師だったら、指名されても……むしろ叱られても快感を覚えるのになぁ……)」
などと頭の隅で考えるぐらいの余裕はあった。
「えーと……『女の子を大事にする』とかですかね? もしくは『レディ・ファースト』!!」
「「「(この期に及んで、アホか!!)」」」
……クラス全員がそう考えた。
幹の行動に対するクラス中の意思疎通レベルは、脳の波長を共有するテレパシー一歩手前のところまで達していた。
だがそんなクラスメイトたちとは逆に――
「素晴らしい!! ほぼ正解だ! 君の感覚と洞察力はとても良いな、吉田幹!」
西大戸先生は大きく分厚い手の平から「バチバチ」と盛大な拍手を幹に寄越した。
それを受けた幹は
「いやあ、それほどでもありますよ~」
特に否定もせずに
「しかしだ、それだけじゃあいけないんだぞ、吉田。いかに女子の多いこのクラスと言えどな。
正確には――『仲間を大事にする』だ。
このクラスでも、学校内でも……そして将来の仕事場でもな。
この『おかこーのデザイン科』では三年後に君たちが卒業してから、それぞれの実力にも寄るが……単独でも会社や企業に持ち込みに行けるぐらいに基本的なデザイン関連のスキルや知識や資格の取得、そして生徒間でも切磋琢磨させるため、生徒には開示しないが評価というもので確実にクラス内にて順位を付ける課題を多く与えて学ばせる方針を取っている。しかし、それにはけして少数精鋭な君たちを不仲にさせようという意図はない。
課題が完成して最後の締めのプレゼンテーションの折に、クラスメイトは発表者に対してコンセプトの意図を問い掛けたり、穴があれば存分に愛あるツッコミを入れてやるがいい。
製図などの技術や自宅の家業で得た経験がものを言う課題などで行き詰まったら、卓抜した手腕を持つ人材に教えを乞うたり、逆に自分から手助けの言葉を掛けるのは大いに結構。そのような部分で存分に『仲間』というものの有難みをこのクラスの関係性だけで繋がっているだけでなく感じるといい。……だが、行き過ぎて『課題の代替や取引』などを発見したら厳重注意と追加課題を与えるがね」
西大戸先生は、黒板に最後の『柱』を手早く書き記した。
書き終えるなり、「カラン」とチョークをケースに戻すと生徒たちに向き直り、両手を大きく広げ、腹の底から出しているような室内を揺らす声を出した。
「――諸君よ! これからの三年間、様々なイベントのあるこの高校で華々しき青春を過ごしたまえ! その度にある、多くの課題に立ち向かいたまえ! この三本柱を胸に宿して!
諸君らの一人ひとりが、これまで多くの業界へと著名人を輩出した桜花山工業高校の一員であるということを忘れるな! 誇っていい、むしろプライドを持て! 胸を張れ!
そして自分だけでなく他人の心にも残る――素晴らしき作品を作りたまえ!!」
教室中が西大戸先生の演説でびりびりと震える。
幹も指名されたその場で立ち尽くしたまま、その演説の内容に聞き入っていた。
ぐっと拳を握る。――いや、勝手に手に力が入る。
心臓を中心として、体中の血が沸き立つ。ぐつぐつと。
幹だけではなく、クラス全員の顔付きが引き締まり、目付きもが爛々としていた。
◇
演説を終えると、デザイン科・科長の西大戸先生は、言いたいことはそれだけだったらしく、入って来た時のように素早く退出して行った。
しかし黒板にはまだ、西大戸先生の達筆で書かれた『三本柱』が残っている。
クラスにいるみんなの心の中にも、いまはまだ種を蒔かれた段階に過ぎないが、これからしっかりと根を宿す兆候が見受けられるようであった――。
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