第10話 1章05……意外と饒舌なシルバアーティストは無表情が仕様で、傲慢ロリータは才能に裏打ちされた毒舌が仕様。



     ◇




 もうそれ以上自己紹介の必要無きような芳美の番が終わって場が沈静するのを待ってから、今日も表情があまり変わっていない銀色の少女が登壇した。



 趣味と特技であるシルバーアクセサリーたちをアピールするために、自分の首に下げているネックレスや名前を彫っているドッグタグなどのチェーンに白く長い指を通して見せつけ、手首に通しているいくつもの腕輪や、指に嵌めているごてごてとした何個ものリングをみんなの前にかざしつつ、




「これらは全部わたしの作品。身に着ける程度の大きさのシルバー系なら何でも作るし、作れるから。オーダーメイドで形やモノは予算次第で応相談。みんな、この瞬間から立ち上げた『しろがねファクトリー』をどうぞよろしく」




 ……とだけ、端的に告げて席に戻ろうとした。しかし大井先生は彼女が身に着けているアクセサリーなどの装飾品にまたも苦言を呈したが、



「別に……これは装飾品ではないです。わたしの作品と工房アピールであり、ただの銀……鉱物です。鉱物は元々自然界に存在するものでしょう? 埋めれば幾千の時を越えて地球に還ります。流行りの『生分解性』の製品と似通ったモノ。それにここはデザイン科。わたしのこれは、単に自分の作品を身に着けていて将来の夢である『シルバー職人』への第一歩のためにまずはこの高校で活動しているだけ。

 ……なら先生は、大きなコンテストで最優秀賞を獲ったポスターがその主催協会にて絵葉書や栞にされた物が売られているのを本人が買って学校の教科書にそれを使っていたら、その生徒を叱りますか? エコバッグデザインの賞を獲った人がそのデザインをプリントされた物を副賞として貰ったのを画材道具入れに使っていたら『持って来るな!』というように叱りますか? それだとおかしいですよね。ここのデザイン科の専門授業でもコンテストに出品することを前提とした課題が出ると聞いたことがありますけれど……。

 それにデザイン科棟の作品室や職員室の前のコルクボードにも数多く、賞を獲った歴代の先輩たちや現役の先輩たちの新聞記事や作品が並んで飾られているのに……」



 別に不良のように怒声を発して唾を飛ばしながら罵倒するわけでもなく、無表情で淡々としかもノンブレスで反論されて、またも大井先生が言葉に詰まる。




     ◇




 ……実はこの大井先生、おかこーにて全学年の国語教科全般を担当しつつも席は長年『生徒生活指導室』に置いている人物であり、今年度もそれは変わっていない。


 だが昨年度までは土木科の新入生のクラスの担任をしていた。


 元気が良すぎて溢れまくり、それでちょっとヤンチャが過ぎるような男子生徒たちからは、少しメタボ気味な体型で包容力があって大らかで優しい性格の大井先生の人気は高かった。


 生徒を叱るべき時も頭ごなしの暴論や罵声を浴びせるのではなく、さすがは国語担当というか、順序と理論立てて著名人の言や有名な古文や小説などから抜き出した言葉も交えつつ優しげな声色で、間違いを犯したり、道を踏み外しそうになった生徒に対して無理やりでなく、言葉巧みに納得がいくように叱って鎮静させる『飴と鞭』の『飴でありながら柔らかな鞭の役割』を担っている大井先生は教師陣からも陰で【言葉の魔術師】と呼ばれており、信頼されていた。



 ――しかしその大井先生本人ですら、今年度になってまさか自分がハーレム、オアシス……だけれども個性的でアクが強い生徒ばかりのデザイン科の正担任を任されるとは思っていなかったのだ。



 これまで男子生徒ばかりを相手にしてきた反動の所為だろうか。


 変にのらりくらりと口達者に躱す、まだたった十五そこらの女子生徒相手に対して上手い抗弁が出来ないし、どう諭せば少女たちが納得して身辺を正してくれるのかが分からない。

 けれども【デザイン科】というこのおかこーの中でも異質な科の枠組みに入っている彼女らの弁にも一理ある。


 ……後で胃薬を二回分ほど飲もう……、と大井先生は心底から思っていた。




     ◇




 最後の女子生徒の自己紹介の段になり、ついに――自分は『推薦入試』で合格していても、わざわざ一般入試の合格発表の場を観察しに来ていたミニマムガールがクラスメイトたちの前に現れた。


 ――えっ、この子はマジで同い年なの!? 『ロリロリ』や『童顔』って言葉だけじゃ説明が足りないぐらいだけど、でもまあ可愛いことには変わりないよね! あー、上から下まで「よーしよしよし」と撫でたり頬ずりしたいなあー!

 ……とミニマム少女を一目見た幹はそのようなよこしまなようでピュアな思いを抱いたし、他のクラスメイトたちも教室内の一番戸口側の列の最後部にある彼女の席が椅子と机のサイズは全て一般的な生徒の標準に合わせているためか、他の生徒の自己紹介の間、座席しつつも小さく鼻唄を鳴らす彼女の足元のつま先がギリギリ床と「キュッ、キュッ」と擦れているような音に耳を取られ、思わず目にした光景には異様さを感じていた。


 けれど制服を着ていてもパッと見は小学生……いやいや、愛玩系の小動物キャラに見える少女は左手を腰に当て、右手では天井を指差しつつ口を開いた。



「大トリの十七番、山口千春やまぐちちはるよ! いーい? ここにいるみーんな、耳の両穴を耳鼻科で掃除してもらった後ぐらいの心持ちで聞きなさい! 言っておくけど、千春の身長は一四〇センチ未満で小学生レベル。そんで体育だけは不得意分野だけど、他の面ではこの中の誰よりもビッグな人間なんだからね! このクラスどころかこの学校にとって大事な人間なんだから、これからはよーく敬って接してよね!」



 アニメ声ともまた違う、変声期前の児童特有のなんともかん高い声で、そう宣言した。


 そして上げていた腕を下ろして「ふふん」と不遜げに、教卓の裏に隠れているので席に着いているクラスメイトたちには見えてないが腕を組み、不敵な笑みを浮かべた千春。


 高慢ちきとも取れるその口調と態度にクラスメイトたちはざわめいていたが――千春の言葉に耳をそばだて、その姿を注視していた舞子が「ピクッ」と記憶の糸をやっと掴んだかのように口を開いた。



「山口千春って……まさか、『あの』山口千春さん!?」



 驚愕の色を帯びている舞子の声に、千春がにやりと笑う。



「ふふふ、千春のことを知ってるとは情報通ねえ、絵師舞子さん? まー、千春は千春で千春だから、このぐらいの知名度は当たり前だと思ってたけどね~」



「やっぱり! 中学時代に『愛鳥週間』や『環境保全運動』に『人権週間』エトセトラ……。いろんなポスターコンテストで常に県知事賞クラスの最優秀の賞をもらっては新聞に名前が載ってたり、地方新聞で特集組まれてたこともあった『コンテスト荒らし』の山口千春さんね! でも噂じゃあ芸術コースのある私立校に特待生として招待されたって聞いたのに……」


 舞子の昂った声により、ざわめきがクラス中に波及する。


 その内容に、クラス中がそれまで小動物を見るようだった視線が一変した。

 仔猫がいきなりライオンへと劇的進化する瞬間を見たような、目の前のものを信じられない、という視線だ。



「ふふん。だぁってさあ、私立の学校って待遇はいいけど、どうせこの学校を落ちた奴等ばぁっかりが集まるんでしょ? 現にいまこのクラスのみんなだってさぁ、ここと併願受験してて、自分だけ受かって友達は落ちちゃったから気まずくなって疎遠に……っていう経験したやつも結構いるんじゃないのー? だから最初っからこっちの高校に来てたほうが歯応えありそうだもん。千春がいま一番欲しいのはねー……『ライバル』だから」



 仔猫などではない。

 ぺろり、と舌なめずりをする際にちらり、と尖った八重歯を見せ、見た目は小型だが獰猛な肉食獣の眼力と圧力で、千春が挑発的にクラス全体をとっくりと眺め回す。



「中学時代はもう相手になる奴等とかいなくってさー、正直つまんなかったんだよねー。あんまり千春が最優秀賞獲り過ぎたから、美術教師が千春に

『山口さんはコンテストで沢山賞を獲ってるから、授業でのポスターの課題は免除してあげる』

 ……とかさー、まったく、おためごかしで取り繕った偽善もいいところで制限掛けてきやがったし。

 だからぶっちゃけ、いまここにいるみんなの中でも千春が出さなかった県レベルのポスターコンテストで最優秀賞獲れたヒトたち……身に覚えとかあるんじゃない? きゃはは!

 ……ま。千春が在学中の三年間、他のみんなは同じコンテストで千春を超えられないとは思うけど、まーそれぞれ一つぐらいは得意分野の武器を持ってるからこの科に合格してるんだろうと思ってそれなりに評価してあげてるんだから、せーぜーその武器を切磋琢磨して、千春を楽しませてねー?」



 最後に星でも出そうな「パチン」としたウインクと「ばいばーい」と言って手を振り、ぴょこん、と可愛らしくジャンプして千春は壇上から降りた。

 そして「ピヨピヨ」とでも音の鳴りそうな軽やかな歩調で席に戻って行く。




 けれども、それらは全て『フェイク』なのだ。




 幹も舞子もみんなも大井先生すらも欺いて、油断しているところを「ガブリ」と一口で食べるための。



 クラスの全員が呆気に取られて声も出せず小さな肉食獣――千春の降壇を唖然として見送った。ただ、パチパチパチ……と小柄な彼女の巨大なオーラに呑まれて、誰からともなく手が自然と拍手を鳴らしてしまっていた。

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