1章……『自己紹介は簡潔且つインパクト重視で! 女子に憶えてもらうチャンスは一度きりと心せよ!』
第6話 1章01……自己紹介は簡潔且つインパクト重視で! 女子に憶えてもらうチャンスは一度きりと心せよ!
外では桜の花弁が舞い落ち、散り始めの様相を見せていた。
太陽の日差しはうららか。現在の気温は十八度。
ここは県立
県内どころか隣接する県すらも超えて近隣地域に名の知れ亘った、地方有数のマンモス工業高校だ。
機械科、土木科、化学工学科、デザイン科、建築科、情報処理科、電気科……の七つの科から成り、クラスはデザイン科を除く全ての科が各学年一クラスの定員四十名ずつの二クラス制で編成されており……一学年の合計は十三クラス――掛けることの三学年分で三十九クラス。
職員を除く生徒のみの合計人数は一五〇〇人弱。男女比は約九対一……という
――非っっっ常に、男むさい環境だ。
……さて、そのごく少数しかいない一服の清涼剤たる女子生徒がどこにいるのかというと――ほぼ、デザイン科だ。
この度は、そんな『おかこー』内でも唯一のオアシス、ハーレムと称される、『デザイン科』の新入生に焦点を当てて行くことにしよう。
◇
それは、入学式の後におこなわれた最初のロング・ホームルームの時間だった。
クラスの生徒全員が緊張を顔全面に出した面持ちで、教室全体の雰囲気がピリピリとしている。
無理もないと言えばそうだろう。
今日初めて、三年間を共にするクラスメイト一同が会するのだ。
慣れない校舎、まだ着こなせてないグリーンがかった黒……
『卒業後、社会に出る前に慌てないよう、いまのうちから慣れさせるための訓練』
いかにも実業高校らしい理由で男女共に同じ制服の仕様である一本の臙脂色のネクタイ。
採寸した制服が届いてから、今日のために何度もこれから三年間のために自分独りでこのネクタイを結う練習をして来たが慣れぬゆえにまだよれていたり、或いは『はれの日』である本日だけは特別に親に結んでもらった生徒たちが、すべすべすぎて少しの身動きだけでも「キュッ」と音を鳴らす綺麗にワックスのかけられた床と、磨かれすぎていて逆に座り心地の悪い自分用の机と椅子の上で畏まって居心地悪そうにしていた。
なにせ、クラスメイト全員が緊張感を漲らせており、「ゴホン」と少し咳払いをしただけでも注目の的となる。
空咳でいがらっぽくなった喉を潤そうと唾を飲み込む音すらも、教室中に響いて人目を引き寄せるほどだ。
――そんな緊迫した空気が変わったのは、生徒の自己紹介の場となってからだ。
体型はちょっとメタボ気味……でも温和そうな顔にメガネを掛けた、このクラスの正担任であり全学年の国語授業全般担当教師でもある
出席番号は五十音・男子優先順となって割り振られていた。
工業高校なので、この桜花山工業高校も例に漏れず男子生徒のみのクラスも少なくない。
なのでいまもまだ昔なごりが残っており、出席番号は五十音順で男子優先となっている。
だが、「時代遅れ」、「男女差別」、などと言うなかれ。
普通科と比べて男女の偏りが顕著である実業高校においては、こちらのほうが合理的でもあるからだ。
さてさて、自己紹介は男子生徒から進んで行くものの、みんな緊張しているため、ぎこちない。
自分の名前を告げる他には得意なデザインの分野や好きだったり憧れているデザイナーや画家の名前を挙げたり、当たり障りのない趣味などのごくごく無難な自己紹介。
そして最後に軽く礼をして「よろしくお願いします」といったぐらいのものだ。
そんな教室の空気が明らかに変わったのは、このクラスに五人しかいない男子生徒のラスト、出席番号五番の男子の登壇で――だった。
合格発表の時とは打って変わって拾われて来た猫のように恐縮しながらの自己紹介を終えた四番の緑町陽太と入れ違いに教壇に上がった、一般的な高校一年生の男子よりも少し身長が低くてあどけなさを残した顔立ちの少年。
彼は満面の笑顔と教室中に響き渡る大声で、告げた。
「みなさん、初めまして! おれの名前は吉田幹です! 気軽に『幹』って呼んでやって下さい!
特技は植物をいろんな画材を使ってリアルに描く――えーと、『ボタニカルアート』ってやつです! 別に自慢じゃないけど、でも、これだけは誰にも負けないおれの唯一の特技って感じで、結構上手いと思ってますから!!」
一七〇センチにはもう少し届いていない背丈と、実年齢よりも幼く見せる明るいその笑顔により、女子も男子も分け隔てなく、クラスメイトみんなの胸の中にほっこりとしたものが生まれる。
「話し掛けやすそうだな」「この後の自由時間にちょっと話し掛けてみようかな」、と思わせるぐらいには。
ただ――その後に続く言葉で教室の空気はまた……しかも嫌な方向に変わることになるのだが。
「……そして、親愛の証としておれのほうからもみんなのことは名前で呼ばせてもらいますからね! そんでもってここからが重要だ。みんな、耳の穴かっぽじってちゃんと聞いてくれよ。このデザイン科に入ったおれの夢は……いや、おれの野望は――
――可愛い娘ばっかりのこのクラスで、おれのハーレムを作ることだーーーーッ!!」
「一、二、三、ダーーーーッ!」と、幹は決意表明の固さを表すかのように「ぐっ」と握った右の拳を某プロレスラーのように天高く突き上げ、拳だけでなく声高らかに宣言したのだ。
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