第5話 序章05……表情筋カッチカチのシルバーアーティストと暗躍系天才肌のロリータ(序章end.)
◇
一人の少女がゆったりとした歩調で掲示板に近寄ると……周囲の空気が変わった。少女が歩く度に鳴る、「しゃららん」という涼やかな音によるものだ。
彼女の短い髪の毛全体に施されている、小さな銀色の鈴のヘアアクセサリー。
これの所為で彼女の頭髪全体が、太陽光を反射すると一瞬眩しい銀髪のようにも見える。
「(良かった、受かってた……。これでなんとか、これからもわたしの趣味を続けられる……。しかも上手く行けば、材料費はともかくとして、必需品のバーナーもここの科棟には備品として在るのも知ってるし、それをタダで使える上にうるさく作業していい場所もあるし……!)」
周囲の視線の一身に集める少女の名は、
中学のブレザータイプの制服をきちんと着てはいたが、首や指にも同じくネックレスや指輪などの大量のシルバーアクセサリーをごてごてと身に着けている。
白鐘がデザイン科の合格発表の紙が貼られている掲示板をじーっと数分も凝視しつつも全く微動だにしない顔付きと体幹に、周囲の人間たちは勝手に、
「「「(おいおいおい。もしや、この姿で面接も受けたのか!? そりゃ落ちるだろうよ……)」」」
などと思い、勝手に判断しているが、白鐘はこの『無表情』と『省エネ行動』がベーシック・スタイルなのだ。
ちなみに入試試験と面接の時は、さすがにこのシルバーアクセサリーの類いは白鐘の中学校の女性教師たちが力尽くで引っぺがして受験会場まで目を光らせて送っていた。
掲示板をとっくりと見ていた白鐘が頭のアクセサリーを「しゃらりん」と鳴らしながら俯いたことで、またしても周囲の人間たちはこれまで不動だった白鐘が動いたことに驚きつつも、
「「「(可哀想に。落ちて悲しいから、せめて泣き顔は見せたくないんだろうなあ……)」」」
というような憐れみの視線を向けている。
だがその実は、白鐘は自分がデザイン科に合格していることを噛み締めて、嬉し過ぎて顔がにやけそうになっているのを隠したいからであった。
何故ならば自分が合格したことに嬉しがっているすぐ近くに、顔も名前も知らないが、落ちたことにショックを受けて号泣して母親に泣き付いている、同じく受験生だった少女がいたので。
白鐘は、またゆったりとした歩調でこの場を去った。歩く度に鳴る、自分の作ったシルバーでの鈴のヘアーアクセサリー。
校門を抜けたところで穏やかだった歩調はだんだんと速くなり、ついにはスキップに変わると鈴の音色もそれに応じて「しゃらんしゃららん」と激しくなる。
白鐘は、無表情だが噛み締めている。それだけ嬉しくて仕方ないのだ。
中学校の先生たちからは、
「これまでの卒業生でその高校を受験した子は多数いたけれど、その科に合格した子だけは一人もいない。だから合格出来たら奇跡」
とまで言われた科に四月から通えるのだ。
この後、中学の担任の先生たちに報告したら、きっと驚かれるだろう。
それに一般入試の時に自分は抵抗したけれども、自分の分身ともいえるこのシルバーアクセサリーたちを外してくれたことも関係しているかもしれないから、そのお礼も言わなくては。
オープンスクールに行った折、自分の趣味でありライフワークとも言えるシルバー加工に必要なバーナーや広い作業室があったから、どうしてもここのデザイン科に行きたかった。
自宅で作業するにはやはりシルバー細工のサイズに限界があるし、あんなに広くて防火にも対応した作業室は無い。
……残念ながら推薦入試では落ちてしまったけれども。
でもあの超高倍率で難関な推薦入試を突破した推薦合格者はどれだけすごい人たちなんだろうか。
それに自分と同じく一般入試で合格したクラスメイトもどんな子たちだろうか。
専門授業を教えてくれる先生たちはどの分野のプロフェッショナルで、どんな課題が待っているのだろうか。
白鐘は無表情だが、その分、足でステップを踏み、胸の鼓動と身体に纏っている自作のシルバーアクセサリーを高々と鳴らせて帰路についた。
◇
合格番号を貼り出した掲示板が立てられてから約一時間。
本当にもう、辺りに人垣がいなくなった頃合い。
「ふぅん……なるほどね。耳を澄ませていただけで、なかなかいろんなコンテストの受賞式なんかで聞き覚えのある名前たちが聞こえたり、新聞で見覚えのある顔もあったわね~?
『よしみん』は別格として、同じ中学の『未来』って娘はおそらく『新賀未来』で、すぐ前にいた男子二人組の『有田』と『緑町』はたぶん『有田徹彦』に『緑町陽太』で……どいつもこの県下のポスターコンテストでは数回ほど佳作や優秀賞を獲ったことがある奴等ね。
それに掲示板のところで騒いでた二人組の片方の女子……『舞子』って娘はポスターコンテストの受賞歴での名に見覚えがないけど、推薦入試会場ですれ違ったわね。そんで、男子のほうの『幹』は……『吉田幹』かしら。あいつのことは、名前も作品もよく記憶してるわ。どこで本人と出会うか、って思ってたけどやっぱり必然なのか、ここで出会うが百年目って……やつなのかしらねー」
校門のすぐ外側の壁沿いに配置してあり、常緑樹であるツツジの木を植えていてそれなりに高さのある花壇のブロックに座っていた小柄な少女は小さくそう呟くと、そこから「ぴょん」と飛び降りるなり、ぐいーっと背筋を伸ばした。
この少女も未来と同じく私服で、チェシャ猫のような色合いのショッキングピンクとブラウンの太いボーダー柄でざっくりと太い毛糸で編まれたコート。下はホワイトで七分丈のデニムを穿いている装いだった。
その表情は着ているコートに付いているフードに隠されていてほとんど見えないが、口元はぎりぎり覗いていて、そこは「にやり」と弧を描いており、尖っている八重歯がはっきりと覗いていた。
しかしこうやって直立しても、少女の体躯はかなり小さい。
葵よりも更に小柄な体型なので、校門をくぐる際にこの少女の姿を見た受験生や保護者たちのほとんどは兄か姉の合格発表に付いて来たけれどもすぐに飽きてしまってここに座って待っている小学生だと思っていた。
「さーて、向かいにいた有田や緑町どもみたいに
――ま、『推薦』ですでに入学が決まってるのに、ここまでじーっと待機してた千春も大概暇人だわよねぇ~? あっはっはー! でも何事も自分の身体で経験する以上に勝る情報価値はない……『Seeing is believing(百聞は一見に如かず。自分の目で見るまでは信じるな)』だしさ。事前調査っていうものはやっぱり必要だもんね~四月からのお仲間さんたち?」
頭からフードを外し、口端を上げて皮肉っぽく笑う、どう見てもまだ義務教育の六年制課程を受けている年齢にしか見えない幼い面立ちの愛らしい少女は、はたして天使なのか小悪魔なのか……。
◇
しかしまあ、いまは皆して『受験』という足枷から解き放たれ、『合格』という名の一時の美酒に酔っているがいい。
四月最初の週の金曜日に入学式があるこの高校では、一年生は入学当初から様々な行事がぎっちり・みっちりと組まれているのだから。
そう、いまはまだ、呑気にのんびりと……
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