第4話 序章04……外見本性猫被りGirlと秘密の趣味を持つ生粋のお嬢様

  ◇


 未来と芳美たちが引き上げたころ、デザイン科合格者発表の掲示板の前には、紺色のセーラー服を着て、肩口よりも少し長い黒髪を首元で二つに分けて黒い髪ゴムで地味に纏め、牛乳ビン底ほどの分厚いレンズのメガネを掛けて

『御覧のとおり地味な真面目ちゃんです。文句など付け所がありませんよね?』

 そう周囲に見た目で主張している女子がいた。


 少女の名前は美ノ浜由乃みのはまゆの。一見地味で大人しそうな姿の彼女は合格者掲示板に記載されている自分の受験番号を確認するなり、


「(うぉっしゃーっっ!! なんとか受かったぜえ! 母ちゃん、そして成長期真っ只中の三匹の子豚……ならぬ食欲旺盛なあーしの三人の弟どもよ!! 母ちゃんにはパート仕事が終わるころになったら、合格報告の電話しよーっと! 中学のセンセーたちへのお礼と報告が終わったら家でとっとと着替えてこの制服をクリーニングに出して、今日の祝いの夕食の準備だ! 近所のスーパーで特割引の時間になるまで待機してて奮発して牛肉を買って、冷凍庫にこれまで買い溜めてた豚の小間切れも一緒に肉超山盛りのテンコ盛りですき焼き鍋の準備して、母ちゃんが帰ってくるのを待ってるかんね! それまでに肉はもちろん白菜の一欠けらでもつまみ食いしやがる弟がいたら、そいつだけは今日というあーしの祝いの席であってもすき焼き没収で、白飯とシソ昆布の佃煮だけの夕飯にしてやんぜ!!)」


 ……ここまでのエクスクラメーションマーク爆発トークが、一見地味な少女に見える由乃が心の中だけで爆発させた言葉であった。けして口には出していない。ただ、一度だけ大きくガッツポーズを取って喜びを表しただけだ。


 何故ならば由乃は一般入試がある三月の初めより自分の所属する中学校の女性教師陣総掛かりで、元より地毛で金色に近い明るい茶色の髪色、その上わざわざ美容室に行った訳でもなく最近の人気若い女優やティーンの女子向け雑誌のモデルがよくスタイリングしているような若い女の子の間で流行っているゆるふわ系の巻き髪だと勘違いされることが多い由乃の本来の天然パーマでセミロングの髪は女性教師たちによりドラッグストアで売っている白髪染めによって黒色に染められた。由乃の抵抗と絹を裂く叫び虚しく、女性教師三人掛かりによる羽交い締めに近い形で。


 けれど担任含む女性教師たちも、

「貴女の地毛についてはもちろん素行書にはちゃんと書いておくけれど、面接官は他の科の先生も混ぜて五人ほど居るそうなんだから、変に勘違いされて落とされるよりはいいでしょう! それを除いても、貴女がうちの中学入学当初から制服のスカートを短く切って登校してて、あまつさえお化粧をして登校しているのには変わりないんだから! 私たちだって若い女の子だった時期はあるから、オシャレした気持ちは理解できるし、こうして無理に矯正するのもつらいのよ……!」

 ……とのお達しでストレート・ヘアーアイロンを当てられ見事、真っ直ぐにさせられた上に『真面目ちゃん』らしく結われた。


 化粧も登校時間帯に下駄箱前にて『瞬間拭き取りメイク落としシート』を持って待機している女性教師によって落とされ、放課後には養護教諭から校長まで様々な教師のローテーションにて面接試験の特訓もされて言葉遣いも矯正された。


 その上、スカートを短く切っていた制服も

「あと少しで卒業するのだし、再度購入させるのもこの生徒の家庭環境を考えると……」

 と会議まで開かれた最終決断にて学校が保管している中学へ上がる前の新入生たちに制服採寸の折の『見本品』を渡されて

「後日クリーニングして必ず返還するべし。ただし、特例ゆえ他の生徒には黙っておくように」

 とまで厳命されて貸与された。


 初めのうちの由乃は当然ぶすくれて教師たちに反発し、抵抗もした。

 だが、自宅の家計事情と自分が希望している高校に受かりたいという本心を天秤に掛ければそちらが当然勝り、これまで自分が好き勝手して来た行為を反省する気持ちが心に浮かんだ。それに教師たちも由乃が憎いのではなくて、全ては自分を第一志望の高校に合格させるために他の受験生の世話もしつつ忙しいのに動いてくれているのだ……と一度考えが至って受け止めれば、地味を通り越して一昔前のとてもダサいこの恰好も受け入れることが出来た。


 ……まあ、合格さえしてしまえばこっちのものだ、と頭の隅にいる『懲りていない由乃』はそんなことも考えているのだが。



 そんな由乃の隣には、小柄でスリムな体躯。

 顔には可愛らしい桜色のフレームで弦の部分には繊細で緻密な桜の形をデザインして細かく彫られた部分にちらほらと銀粉を散らしたいかにもお高そうなメガネを掛けており、日本人形然とした白い面立ちの額は前髪をメガネと合わせているらしき桜のヘアピンで留めて出している。

 そしてきっちりと切り揃えられた長いストレートの黒髪は春風にたなびかせている、尾坂葵おさかあおいという女子がいた。

 ……その葵が身に纏っているのは、幼稚園から大学までエスカレーター式なお嬢様学校の中等部の制服であった。


 由緒正しきその学校の生徒たちはほぼ全員が自宅から学校まで専属の運転手による車での送迎による『ドア・トゥ・ドア』であり『ゲート・トゥ・ゲート』でもあるため、学校の名前、存在、制服のデザインなどはこの県どころか近隣地域に広く知れ渡っているが、そこに通っている生徒本人の姿などは一般庶民は滅多に近くで見ることが出来ない。


 制服のデザインは有名ブランドのトップデザイナーが手掛けており、しかも生徒ごとの体型に合わせて誂えるオートクチュールなので、中等部の冬服一式揃えるだけでも百万円は軽く上回るし、規定の通学靴や鞄や運動時着替えや運動靴すらも世界的有名ブランドに発注した指定品であるので、学年等級を上がるごとにゼロ六桁以上の金額が飛び交うのは当然の光景だった。

 ちなみに一学舎を卒業するための授業料や寄付金などを合計すると、ゼロがもう一桁増える金額になる。


 だから葵の姿を目にした他の受験生たちは思わず、


「「「(なんであの超金持ちしか入れないオジョーサマ学校の子が!?)」」」


 目や口をこれ以上ないほどに開いて立ち止まったり、ちらちらと何度も振り向いたりして凝視している。それほどレアな存在なのだ。


 けれども当の葵は掲示板を見るのに必死でそんな視線にも気付く様子はなく、


「(ああ、良かった……! お父様たちの説得に時間が掛かったから推薦入試は無理でも一般入試の受験だけはさせてもらって、しかも合格まで出来たわ! じゃあ早速帰りの車を呼んで、お父様と担任の先生にご報告をしなきゃいけないわね!)」


 由乃と同じく、しかし控えめに。

 葵がこれまで自分だけしかいない自室の中ではともかく、屋外ではけしてやったことのないガッツポーズを取ろうとしていたら、慣れていないゆえか、コツン、と隣にいる由乃に肘をぶつけてしまった。



「――あっ! ご、ごめんなさい! 合格出来たのが嬉しくって、つい……」


「えっいやいや、気にしないでいーって。あーしもデザイン科に受かったのが嬉し過ぎて、めっちゃ大きく腕を広げてたしさ」



 ぺこぺこと頭を何度も下げる葵の謝罪には、由乃は大らかな口調で寛容した。


 けれども葵が更に驚いたのは、隣の少女も同じく毎年超高倍率であるデザイン科の合格者だということだった。

 なので葵の顔は瞬時に晴れ、家の躾けにより普段なら初対面の人間に対してこんなにも自ら積極的に話しかけたりはしないのだが、まるで自分の口ではないかのように自然にするすると言葉が溢れ出していた。


「まあ貴女もデザイン科に合格したお方なの? なら、四月の入学式が楽しみですわね」

「おうっ! そーだよなあっ! そん時はどーぞよろしくぅっ!」

「え? ……ええと、ひと様を見た目で判断してはいけないとは思っているのだけれど……失礼ながら貴女って見掛けによらず、意外と元気いっぱいで溌剌としたお人なのね。じゃあ、こちらこそ四月からはクラスメイトとしてどうぞよろし……」


 ぽかんとした顔で由乃の全身を頭から足元まで観察するようにじっくりと見ている葵の視線に気付いた由乃はサッとすぐさま顔色を蒼くさせ、全身に冷や汗を掻いた。


「げっ、マズッ……! せめて入学式を終えるまでは、ちゃんと猫被ってなきゃいけねーんだったよ……。お……お~ほほほ、そうですわね~。それじゃあ猫が外れない内にさよ~なら~。オジョーサマ学校のメガネちゃん~」


 葵にこれ以上自分の本性を悟られないように、とビン底メガネのブリッジを指で持ち上げると、そそくさと立ち去って行った。


「お手洗いにでも行きたかったのかしら? でもあの子、見た目は真面目そうだったのだけれど、なんだかわたくしの直感で嫌な感じを受けたわ……。気のせい……よね?」


 なんだか腑に落ちないものを感じつつも、入学してからの友達候補が少なくとも一名は見つかったことに葵は安堵していた。


 幼稚舎から大学までエスカレーター式な自分の学園には、他にこのデザイン科を受験する人間どころか、引っ越しなどの特別な事情が無い限り大学卒業まで外部に出る生徒など滅多にいない。

 いまの学園の中でも仲良くしている友人は少なからずいたけれど、自分の【濃い趣味】を語れる『同士』と呼べる人間はいなかった。

 みんな揃って生粋の『お嬢様』であるから、きっと自分のこの趣味を語れば軽蔑の目を向けられるだろうから……。


 葵はもちろんデザイン分野の勉強にも興味があるが、新しく自分の濃い趣味を共有出来る『同士』であり『親友』が出来そうな入学式以降がとても楽しみで、胸が躍って仕方ないのだ。

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