第3話 序章03……ツンドラ系デッサンガールと乙女ゲーマニアのアイドルガール
◇
そんな男子たちを横目で密かに
「(へぇ。あの頭の軽そうな男子たちもここのデザイン科に受かったのね。意外だわ)」
と半ば白けた目で見ていたのは、つややかな黒髪を一つの後れ毛も無くきちんと整えたポニーテールにしていて、色褪せた春物のコートの下にはこれまた着古された私服を着ている、
大多数の中学生たちが制服姿なこの場において彼女が制服ではなく私服であり、そのうえ校門近くで腕を組み、仁王立ちしている姿は非常によく人目を惹いていた。
服自体は古びているがそれを全く気にさせないほどに、彼女自身が纏う静謐な雰囲気と少し前に卒業式を迎えた中学生だったとは思えないほど大人びていて整った顔立ち……そして誰も寄せ付けぬかのようにまんじりと周囲を見渡す研ぎ澄まされたナイフの如き鋭く冷ややかな視線もその一つではあるのだが。
やはり合格発表を見に行く場にはよほどの事情が無い限り、雛鳥のようにピーチクパーチクと幼く群れる受験生たちは規定制服のある母校の制服着用で合格発表を見に行くことをほとんどの中学が義務のようにしており、生徒にあえて言わずとも暗黙の了解となっている事柄であった。
だが未来本人は『特別入試』であるいわゆる『推薦入試』で合格していてすでにこのデザイン科への入学が決まっているため、常ならこの一般入試合格発表のこの場に来る必要も無いのにわざわざ私服で来ていて、校門近くで仁王立ちしている。
何故かというと、それは――
「未来ちゃーんっ! やったよーっ!」
未来の母校である公立中学校の、地味でもっさりとしたセーラー服……だけれども、服という物は着る人間によってはどこぞのブランドのオートクチュールにも見えるものなのだ、と先ほど未来の名を呼んできた少女の姿を目にし、彼女の実態を知る人間にとってはしみじみと実感せざるを得ない。
きちんと中学校の規定通りに、短くも長くもしていない紺色のスカート。
そこから伸びるホワイトアスパラのように白くすらりとした長い脚を活かしつつも、人にぶつからないように、という気を遣いながらの軽妙なステップでの小走りにて、高々とピースサインを掲げて来たのは、
未来のところまで駆け寄ってくる挙動に合わせて、芳美の長く伸ばした黒髪が春風に揺れる。現在は昼間且つ三月中旬の時期ではあるが、太陽の光が彼女の髪の毛にきらりきらりと舞い落ちて烏羽玉の黒髪という夜空に星屑が散る天の川を成していた。
本日の天候は晴れてこそいたが、気温は三月にしては少し肌寒い。
芳美は未来の元に辿り着くまで小走りをしていたので「はあはあ」と息を荒くしていた所為か、白粉やメイクを施しているわけでもないのに白くて滑らかな肌の頬に朱が差していた。それはまるで搗き立ての白餅に一つずつ赤くて大きな苺をくるんで丸めた春の和菓子屋の店頭に並ぶ大福にも類似していて。
背丈は十五歳の女子としては少し高めの一六五センチメートルだけれども、同じ背丈の女子よりも腰の位置が高くてスレンダーなモデル体型。……とは言っても、この体型に関する賛辞の言葉は未来にも同じことを言えるのだが。
しかし顔立ちはクール美人系な未来とは違って、ぱっちりとして大きな二重瞼を彩るビューラーやマスカラ要らずの自前の睫毛はくるりと長く、茶色い虹彩の瞳はサークルレンズコンタクトを付けている訳でもなく常にきらきらと夢見がちな輝きを宿していて。
口唇だけはリップクリームを塗っているようだが、それも別に色付きなどの装飾的なものでは無く、単に気候による乾燥対策という理由だが、ふっくらとして艶めいたそこには男子だけでなく誰しもが目を惹かれるであろう。
そのような、背丈など気にならず老若男女問わずして「可愛い!」と言われるような、庇護欲をそそる天性の愛らしさを彼女は持っていた。
……これらの表現が誇張ではないほどに、芳美の容姿は未来とはタイプは違うが洗練されているのだ。特に今日は中学生から高校生にランクアップしようとしている若き中学生たちがひしめき合っているこの場においても、芳美の容姿は群を抜いていた。
「……それは良かったわね高島さん。まあ……『
「ご、ごめんなさい……。でも未来ちゃん、ダメ元でお願いしたけど今日は着いて来てくれてありがとー! これで四月からもまた同じ学校だし、しかもクラスメイトだね!」
「そうね。でもあたしに引っ付き回ったりせずに他の友達を作ってよね。あたしだってこの高校を推薦受験して入ったのはそれなりにこっちの都合と計画があるんだから」
「う、うん……ごめんね。今日もね、この後に地元テレビ局のスタジオでの収録もあるから、マネージャーさんは他のメンバーに着いてなきゃいけないし、パパやママも仕事だし……。けどマネージャーさんに他のメンバーたちもみんな揃って、『芳美はいつもどこか抜けてて隙だらけだから、独りでそんな人混みに行っちゃ駄目!』って言うの。でも中学の他の友達もそれぞれ自分の受験高校の合格発表を見に行かなきゃだから……で。だからもうここに推薦入学決まってる未来ちゃんしか頼める人がいなかったの……本当にありがとうね、未来ちゃん」
未来からの叱咤に、芳美は慌てて顔の前で手の平を合わせてぺこり、と頭を下げた。そして次にはそろりそろり……と下から窺うように人形のように生え揃った長い睫毛の下にある大きな瞳にて上目遣いで見てくる視線に、未来は心の中で
「(この挙動が、芸能界にそれなりに揉まれたはずのこの娘の計算じゃなくて自然体の仕草なのが末恐ろしいどころか、すでに恐ろしいわよね……)」
と渋い表情のまま考える。
「いつも思うのだけれど、なんで貴女ぐらいにユニットの中でも特に人気があるアイドルに専属のマネージャーさんとかがいないのよ」
「うーんとね、基本的にうちのグループの方針は『自主性と平等性と個人の成長を促す』って理由で、大本の東京で活動してるユニットのトップメンバーの人たちすらもそれぞれに専属のマネージャーさんとかは付けなくて、他の大きい都市の基本四十八人ぐらいのグループとかでも三、四人に一人ぐらいの割合でマネージャーさんがローテーションで付くの。けどソロでのお仕事があった時とかなんかは独りで電車とかでスタジオまで行って、遅くなっても自分でタクシーとかで帰るんだって。すごいよね~。わたしも今年度は受験だからお仕事は減らしてもらったんだけど、それでも何回かわたし単独でのお仕事で他のユニットの応援出張公演や東京での大きな音楽イベントの時に違うユニットの先輩メンバーさんたちに教えてもらったの」
そこまで聞いた未来はまた渋面になったが、芳美に気付かれないように
「(うわ、純粋培養天然キャラのさり気ない自慢語りだわ……)」
とまた心中で呟いてから溜め息を吐いた。
「あ、でもねー。うちのユニットは人数がわたし含めて四人で少ないし、みんな県内在住の成人してない学生だから、特別に『お目付け役さん』みたいな感じでローテーション無しの固定専属のマネージャーさんを付けてくれたんだよ! いいよね~、『お目付け役』って響き! アイドルとマネージャーとの恋のロマンス……ていうのは乙女ゲームでも男子向けのギャルゲーでもよくある設定だし! けどうちのマネージャーさんはバリバリの仕事第一主義でクール美人な年上のお姉さんなんだよねぇ……。女性だから深い悩みも相談しやすいし、頼りになる敏腕マネージャーさんなんだけど、そこだけは少~し残念かなぁ」
陶酔したような顔で芳美が語る途中で、頭痛がしたように頭に手を当てて辟易していた未来は、踵を返して校門のほうへとすたすたと歩き始めていた。
「(そうなのよ……。この娘ってば、
『趣味はゲームで……特に乙女ゲームでーす! だから彼氏なんて二次元にしかいませんから、みなさん安心してくださーい! ちなみにいまハマっているゲームは~』
……なんて、よりにもよって初めて出演したゴールデンタイムの全国放送の歌番組で公言しちゃうような娘だから余計に濃くてコアなオタク系のファンが沢山付いて、こんな地方都市のユニットのメンバーのくせに、このグループ全体の人気投票では中一の時に加入して以来、まさかの連続TOP10入りでしかも順位は年々記録更新中。しかもそれでのこの娘の人気のお陰なのか、うちの県に【『OKA4』公演特需】なんて観光利益が億単位で出ているのが馬鹿に出来ないのよね……)」
未来はブツブツと呟いている間も、後ろから芳美が「未来ちゃん、速いよ~待ってよ~」とまた小走りになって追いかけてくるほどの速足にて帰路に着こうとしていた。
「もーうー待ってよ未来ちゃん~。この後はついでにわたしの収録現場の見学に来てよ~」
未来に追いつくなり、芳美はその腕を取る。
「なんでよ。用事は終わったんだから、あたしはもう帰って自宅で入学後のための素描デッサンをやりたいんだけど?」
「そんなこと言わずに~。さっきマネージャーさんに合格の電話したらね、予想してたらしくって、わたしたち二人分の高校合格パーティ開いてくれるんだって! 局の会議室借りて、駅前の有名ホテルのレストランからケータリング食とケーキをビュッフェ式で準備してくれてるって言ってて……」
そこまで聞くなり、自分を引き留めている芳美のことを苦い顔つきで至極うざったそうに見ていた未来が目を丸くし、きょとん、となった。
「えっ。…………その料理って、ちょっと残してタッパー……とか、その、どこかに余ってる容器に入れて持って帰ってもよかったり……なんか……するの?」
「もっちろんだよー! ビュッフェだとよく隅っこのが余ったりするけど、余らせたら勿体無いもんね。あ、もしかして未来ちゃん、いまはあんまりお腹が減ってなかったり、とか? なら、熱々のうちのお料理やサンドウィッチなんかをみんなが手を付ける前に紙ボックスに取り置きしてもらっておこうか? でもテレビ局には一緒に来て欲しいな。マネージャーさんがね、『わざわざ芳美に同行してくれた新賀さんも是非一緒に』って念押ししてたから」
「そ、そうなのよ! 実のところ、いまはそんなにお腹空いてなくって……。で、でもここから歩いてそのテレビ局まで行くとなったら、結構長く歩くでしょう? その頃にはすごーくお腹が空いているとも限らないから、立食するのと持ち帰りと両方の線でお願いしたくて……」
すでに未来の瞳は芳美の話を聞くなり、森で赤ずきんを見つけた狼の如くぎらぎらとしたものになっていた。
「え? 歩いてなんか行かないよ? いまもかなりスケジュールの予定時間が押してるし、ここからテレビ局までは最初からタクシーで行く予定だったもん。それとたぶん、みんなきっとサプライズでわたしたちの合格祝いのプレゼントとかも用意してくれてると思うんだー! じゃなきゃ、マネージャーさんもあんなに未来ちゃんに『お礼がしたいから是非とも』なんて言わないと思うし、今日のスケジュールもいつもよりこんなにギチギチに詰めてないと思うんだよね」
「ご、ご飯にプレゼントまでなんて、なんて至れり尽くせりなの……!? も――もちろん行くわ。むしろこちらからお願いさせて頂戴。『収録』とも言ってたけれど、撮り直しとかは絶対無しの最短で、ご飯が冷める前に終わらせてちょうだいね。絶対よ!」
この後でご相伴に与れる予定の有名ホテルのケータリング食やケーキ。
そして何かは判らないが現役の人気アイドルにそのマネージャーが祝いの品として贈るものなのだから、おそらく安くはないであろう『合格祝いのプレゼント』にも期待しつつ、お腹を「ぐぅ」と小さく鳴らしながら、最初は色んな方面から頼まれたため嫌々ながらも芳美の随伴者として付いて来た甲斐があった。
ボランティア精神は大事だ……と未来はしみじみ実感していた。
「了解~! 今日は合格祝いの喜びツイート発信するのも忘れないようにしなきゃ~!」
そうして、同い年で同じ中学校組ではあるが天然無垢純粋育ちな乙女ゲー脳アイドルと、すっかりその保護者的立場になっている凍土帯育ちのツンドラ系欠食気味美少女の二人は、並んで校門から出て行った。
余談ではあるが、大通りに出てタクシーを捉まえるまで、タイプは違うが同じくすらりとした長身でスタイルも良いこの二人の美少女たちが並んでいる光景には、ただでさえ合格発表のために介していた周囲からの視線がわんさかと集まっていたという。
当然、『よしみん』目撃のツイートは秒でされ、拡散もされまくった。
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