平和戦隊サイコレンジャー<後編>

 五人一組のチームと言うことは、それぞれに違った特技や役割を持っている事だろう。

 ヒーロー戦は、暴力に頼れない以上、物量はあまりあてにならない。

 どちらかと言えば、手段の幅広さが物を言うのだ。

 事実、奴等が同時多発的に行うこはくへの嫌がらせは、多岐に渡っていた。

 サマーディ・システムを使ってすら身元が掴めないとなれば、アナログな方法で目星をつけるしかあるまい。

 連中の特技から一般人としての本職を推理し、あわよくば、職場を突き止める事だ。

 まず、現時点でわかっているそれぞれのハラスメント手口をおさらいしてみよう。

 まずは、レッド。

 重機を使う。土木の関係者だろうか。この地域に限定しても、建設会社は山ほどある。

 あるいは、エンドユーザーではなく、重機を製品として送り出す側の人間――整備士など――の可能性もある。

 重機の出所は不明。結社の支援による物だとすれば、追跡は困難。

 放置しておく事のリスクを試算。

 “こはく”や、彩夏達へのダメージとしては微妙。

 騒音攻撃のやり方も手ぬるいし、結社の制裁を考えれば派手な使い方は出来まい。

 戦隊をぶち壊すにあたってリーダーの撃破は必須だが、だからと言って最初にレッドを始末する旨味は無い。

 次にブルー。

 現在、こいつの罪状はドローンによる盗撮のみ。

 機械全般に強いようだが、これだけでは何もわからないに等しい。

 斥候としても期待されているだろうが、レッド同様に単独の被害は少ない。

 こいつも後回しだ。

 次にイエロー。

 写真合成や、ホワイトの書いた記事の装飾等を担当。

 恐らくはデザイン関係か、出版関係者か。

 出版社に出入りした、それらしい奴を洗い出せば、あるいは?

 ターゲット候補その一。

 次にピンク。

 青、白、黄が互いに補い合う関係にある中、レッドとこいつのやり口は割りと独立している。

 動物と薬物を使った、生体系ハラスメントが主だ。

 劇薬については特筆すべき点は無い。レッドの重機同様、ヒーローの制約がある以上は致命的な使い方が出来ない。

 問題は、かなりまとまった数の野良ネコを短時間で集められる立場にあると言うことだ。

 保健所職員の可能性大?

 青・黄・白のトリオと別個に動いている分、こいつを生かし続ける事は、自分や彩夏の警戒すべきチャンネルが一つ増える事も意味する。

 非常に煩わしい。

 心情的には、今、一番消えて欲しい。

 次にホワイト。

 こいつに関しては知りすぎている程に知っている。

 週刊サンクトゥスに中傷記事を載せられる事が一番の驚異だから、本当は真っ先に消したい。

 しかし、さすがに天下の大マスメディアを真っ向から崩すのは至難だ。

 最悪、爆破解体と言う手もあるが、白井が“抹消”されるのでこの方法の“弾数”はたったの一発しかない。

 ホワイトの居る建物に使うのが最も能率的だろう。

 となると、少なくともレッドより後に消す事となるか。

 結論。

 まずピンクを狙おう。

 次点でイエローだ。

 仮に保健所職員であるなら、職場の候補は一ヶ所しかない。

 追跡は容易だ。


 だが、

 保健所に、それとおぼしき男は居なかった。


 サイコブラックの作戦は、早くも頓挫した。

 彼の密かな奮闘もむなしく、こはくは、中傷記事とレッドの騒音攻撃を一方的に受けている。

 まあ、覚醒剤を仕込まれてのテレビメディアへの飛び火がないだけ、“失敗例”の時よりはマシか。

 とは、言ったものの。

 サイコブラックは一考する。

 これだけ、戦隊側の事情が一変したとなれば、あの未来と同じ手ばかりで来るとはとても思えない。

 それにどうも、探りを入れた途端に当のピンクの動きが止まったのは気がかりだ。

 また、不意打ちで、明日実か友香辺りを狙われたら……。

 “失敗例”を見てわかったが、この二人は存外メンタルが脆い。

 こういう言い方はよくないが、弱い味方は最も恐ろしい要素ではある。

 早期決着が望まれる。

 それもこれも、サマーディ・システムが通用すれば楽に事が運ぶのだが……。

 サマーディ・システムにさえ捕捉出来れば――。

「……、…………」

 待てよ。

 サイコブラックは、今しがた、何気なく自分が考えた言葉を反芻する。

 サマーディ・システムにさえ捕捉出来れば。

 それは、裏を返せば――。




 サイコレンジャーのサイクリングに同行させてもらった。

 サイコブラックは、大学時代、ホワイトと同じサークルだった。

 となると当然、サイコブラックもマイ自転車は持っている事になるわけだ。

 今の移動手段はもっぱらバイクだが、たまには自分の脚で疾走する達成感に浸るのも悪くは無かった。

 サイコブラックの場合、そこそこ背が高めと言う“ハンデ”がある。

 坂上りヒルクライムでは、少しでも小柄な方が断然有利になる。

 自分の身体そのものがおもりになる競技なのだから。

 とりあえず、無駄な脂肪や筋肉をつけない事は努力次第でどうにかなるとしても、上背だけは削るわけにもいかない。

 やはり、上り坂では、背の低いブルーなどには遅れを取っている気がする。

 これが生身なら、今頃とっくにブルーに引き離されている事だろう。

 しかしまあ。

 黙々と、六色のヒーローが時速七〇キロのアベレージを維持しながら、坂も平地も関係なく疾駆する。

 多分、それを目撃した他の自転車乗りは我が目を疑った事だろう。とてもつまらない些事だが。

 しかし。

 会話が無い。

 喋っているのはレッドとホワイト、それに受け答えをするブラックばかり。

 青・黄・ピンクはどうもテンションが低いようだ。

 目下の所、連中の会話が唯一の情報源だったし、少しでも情報が欲しい気もしたが。

 まあいいか、と割り切る。




 解散後。

 サイコブラックだけは残り、レッドのお宅にお邪魔する事となった。

 木造平屋建ての、風情ある家屋だ。

 独り暮らしの男にしては手広なのは、サイコブラックも気持ちはわかった。

 とりあえず、和室で向かい合って座る赤いヒーローと黒いヒーロー。

 双方ともに“シュール”などという語彙は失われて久しい。

 ブラックに至っては、つい先月までこの格好でネコカフェ通いだったのだから。

 さて。

「むさくるしい所で悪いな。お茶の一つも出さずに」

「お構いなく。どの道、この姿だと飲み食い出来ないだろう」

「違いない」

 お互い、和やかに笑いあって、座布団の上にリラックスする。

「しかし、ホワイトから聞いていた通りだった。

 ブラックの走りは、全てにおいてそつがない」

 レッドは、手放しで称賛してくれた。

「まあ、この背格好だし、スプリンター向けの肉質でも無かったから。

 平地走者スプリンターにもなれず、坂上り専門クライマーとしても微妙。

 だから学生時代はオールラウンダーでやっていた。

 やっぱり自転車の華と言えば、僕としてはスプリンターだったから、なりたかったんだけど」

 スプリンターに要求される能力はただ二つ。

 瞬発力と持久力。

 しかしそのたった二つの能力は、お互いに相反するものだ。

 遅筋と速筋の割合が等分に近い選手が、スプリンターの適性を得られるのだ。

 これも、狙って鍛えられるものではない。

「天才肌に見えて努力家、とも言ってたよ。ホワイトは」

「やるならとことんやりたい性分なだけだな。僕の場合。

 凝り性ではあるかもしれない」

 例えば、最近のマイブームである爆弾作りとかもそうだ。

 それを評価されたのは、素直に喜ぶべきだろう。

 さて、サイコブラックの多趣味をレッドがどこまで理解しているかは甚だ疑問だが、

「いやオレ、ますますブラックが気に入った。ぜひ、うちの戦隊に本格的に加入してほしいね」

 ははははは、と、サイコブラックは平坦なそれを口から出力し、お茶を濁す。

 かわりに。

「所で、ホワイトとはよく話すのか? どうも、アンタの話ってホワイトの伝聞が多いみたいだけど」

 レッドはいたずらっぽく笑った――気がしたが、ヘルメットの上からでは知る由も無い。

「元カレとしては、気になるか?」

「かなりね。

 ぶっちゃけ聞くけど、おたくら付き合ってるの?」

 赤いメットから、

 今度は、苦笑の吐息が漏れたのを、確かに聞いた。

「オレ達五人って、何ていうか、そういうのとはまた違うんだよな。

 こう、口で説明しづらいのがもどかしいけどさ」

「ほう」

「うん、まあ正直な所、ホワイトの事は女としても見ていたよ。

 でもやっぱり、恋人とかそういうのってより“五人の一員”っていうのが上位なんだ」

「一緒に寝た?」

 その問いと、今話していた恋愛話の何が繋がるのか、レッドには理解できず、

「……? ああ、何度もな。いきなり、どうしたんだ?」

 まるで好きな寿司ネタの話をしている時に、ビールの銘柄を訊かれたかのようで、レッドは戸惑ったらしい。

「いや、僕はどうも、天然で空気が読めないってよく言われるからね。気にしないで良い」

「オレは面白い奴だと思うがなぁ」

「それはどうも」

 ――貴様も大概だがな。

「まあ、アンタとホワイトは喜んで手を組んでくれたけど、他の連中は僕をあまり歓迎してないのかな?」

 空気の読めない男として、ずばり切り込む。

「まあ……気を悪くしたらすまないが、正直、ブルーとピンク・・・は、まだ抵抗があるようだ。

 イエローは大人しい奴だから、人見知りしているのが大きいかも」

 へー、と、自分の事なのに関心薄げに言ってから、サイコブラックは、

「まあ、僕が逆の立場でも、同じことを考えるよ。イエローがそんな性格だったのは、ちょっと意外だったが」

「オレ達五人は、家族より結束が強い分、その辺りの柔軟性に欠けるんだ。

 オレは、じきに皆慣れてくれると思うんだが」

「なるほど、確かにアンタは柔軟な男だ。だから、リーダーになったんだろう」

「褒めても何も出ないぞ」

「真実だよ」

 漆黒のヘルメットの下、サイコブラックの唇が弓なりに歪んだ。

 それを見る事は、レッドには出来ない。

 レッドもそうなのだから、まあそこはお互い様だろう。

「だからさ、他の仲間達がどんな人かわかれば、僕も溶け込みやすいかなって思ったんだ」

「ああ、相談ってその事か。お安い御用だ」

 レッドは二つ返事で、快く引き受けてくれた。

 実際、何よりも大切な四人の事だ。

 それを、誰かに誇らしく語る機会というものは、レッドにとっても心地よい事ではあった。

 こういう使命柄、なかなか四人を自慢するチャンスは無いわけだし。

「ブルーは、オレの良き相棒だよ。

 性格が正反対なのが良かったんだろうな。

 お互いに忌憚なく意見をぶつけあって、高め合ってきた。

 お互いが自分に無い物を持っているから、一緒に戦っていて心地よい相手だよ。

 まあ、うちでは文句なしの参謀役さ」

「なるほど」

 サイコブラックが肉眼で観察した内容と、ほぼ一致する。

 特筆すべき情報は無いようだ。 

「ピンクは、まあ……」

 ブルーを語るときとはうってかわり、微妙に口ごもりながらの陳述だ。

「あいつのお陰で、ホワイトへの、異性としての想いを割と断ち切れたっつーか。

 いやもちろん、ホワイトは恋人や親よりも大事な存在ではあるぞ?」

「焼けるね」

「何だ、やっぱり元カレの嫉妬とかあるか?」

「いやいや。それより、ピンクの事が気になるな」

 うん、と、レッドは小さく答えた。

「ピンクは、見ていて危ういほどに献身的でさ。

 なんてか、ほっとけないっていうか……最初は自分でも上から目線な感じ方をしちゃったなーと思ったけどさ。

 そうじゃなかったんだ」

 オレ――。

 そう言ってからレッドは、

「今、ピンクが好きなんだ。

 ホワイトに対する気持ちが偽物だったとかじゃないぞ、勿論」

「まあ、そこはわかる」

 サイコブラックから見て、この五人の相関関係は、もはや別次元の出来事だ。

 理解しようとも思わないが、

「たださ、今日、ピンクを見てすっごく気になった事があるんだけど」

「? 何だ?」

 ――何で、


「何で、この前まで男だったピンクが、女に変わってるの・・・・・・・・?」


 ……。

 ……、…………。

「え?」

 レッドは、何を言われたのかわからない様子だった。

「うん? 僕、何かおかしい事言った?

 ピンクの中身さ、ついこの前まで男だったじゃないの。

 今日、一緒に走ったピンク、明らかに中身が女だったよね?」

「え?」

 レッドは、心底、サイコブラックのいう事が理解できないらしく、オウムのようにただただ聞き返すだけだ。

 まるで、何かを聞き間違えたんだろうと確信しているかのように。

「何かの、心理テストか?

 戦隊のピンクが男だなんて、普通に考えてありえねーだろ?」

 挙句の果てに、面白い冗談としか思えなかったらしく、裏返った声で笑い出した。

 だが、サイコブラックにとってはくすりとも笑えない。

 それは、事実だからだ。

 ピンクの中身が、入れ替わっていた。

 そして。

 あの“男ピンク”の正体を突き止める為に、例の保健所に行った時、彼は居なかった。

 もう、居なかったのだ。

 金岡正志という、“男ピンク”の中身が遺書を残して失踪したという話は、地方紙の隅っこに寂しく掲載されていた。

「はははは、忘れてくれ。それより、イエローの事だよ。あいつの事も聞きたいな」

「ああ。イエローな。

 あいつは、典型的な戦隊の黄色を体現したような奴だな。

 大喰らいで、特にカレーが好き。チーム内の三枚目役。

 けど、そのでかい図体からは、あいつの純朴で優しいオーラが出てて――」

「で、何でこの前まで女だったイエローが、今度はそんな大男になってるんだよ」

 サイコブラックの声に、いよいよ体温が失せてきた。

「あのさ、変に思わないのか? 明らかにあのちっさい女が、一日で育ち過ぎだろう。どこのミュータントだよ」

「待て待て待て、ネタの二番煎じはさすがにどうかと思うぞ。

 それに、イエローが女の戦隊はテレビでもあるんだから、男ピンク説の時よりインパクト薄いって」

 一方のレッドはと言えば、完全にサイコブラックのいう事をギャグとして処理してしまっている。

 つまりこいつは、かけがえのない四人の仲間とやらが、明らかな別人となっても気付いていないという事になる。

 そんな馬鹿な話は無い。

 この事以外で、レッドの言動に妙な点は少しも無いのが、かえって狂気の深さをサイコブラックに知らしめた。

 まあ。

 サマーディ・システムが効かなかった理由が、これではっきりとした。

 サイコレンジャーという群体そのものは維持されつつも、それを構成する人間がコロコロ変わっているのだ。

 そもそも、サイコブラックにとって唯一の“芋づる”となり得るホワイトすら、彼等とは長く接して居ないのだ。

「あ、ピンクってかわいい?」

「ああ。良家のお嬢様を絵に描いたような感じだよ。

 それでいて童顔気味だし、小柄だから、こう、がばっと包み込んでしまいたくなるというかね。

 男が、護りたくなるフェロモン出てるね。

 でも、本人は“性格のきつい女”を自分の理想像にしてるだろ? そのギャップがまた、愛しくて――」

 それ以上の陳述に関して、サイコブラックの耳は受け入れを拒否した。

 自らの言動パターンを、“うん”とか“へー”とか“凄いね”とかの、相槌ルーチンにリライト。

 長々とした自慢話をようやく乗り切った所で、サイコブラックは人間の心を取り戻した。

「イエローはえらいデカブツだったけど、やっぱスポーツマンって感じの顔してる?」

「ああ。多分・・坊主頭で、四角っぽい輪郭してて、鼻とか太いと思う・・よ。

 そのくせ、髭の手入れはきちんとしてそう・・だし。

 気は優しいけど力持ちの、柔道家って感じだな」

 ははははは。

 サイコブラックは、乾いた声で“は”の音を連呼した。

 こいつ、イエローの中身を見た事が無いので、妄想で補完しているんだ。

 しかも、その妄想が、肉眼でイエローの中身を見たという認識になってしまっている。

 本人は嘘をついている自覚すらない。

 多分だの、思うだの、憶測丸出しの事を口にしているにも関わらず、だ。

 女メンバーの容姿だけが的確な事実で語られているのは、スーツの中身を見た事があるからだろう。

 多分、この家に連れ込んだり相手の家に上がり込んだ時にだ。

 そして、本気でイエローの中身が巨漢である事に疑問を抱いていない。

 ブルーの中身が、自分の想像する姿と寸分違わないと、信じて疑わない。

 そして、ついこの前まで“何ものにも代えがたい友人”だった女イエローの事など、綺麗さっぱり頭から削除してしまっている。

 もしブルーの素顔を見る機会があれば、恐らくレッドの中でのブルー像は、ぱっと更新されるに違いない。

 ――こいつ、狂ってる。

 今更ながら、サイコブラックは思った。

 まあ、取り繕うための嘘でこんな事を言えるような男なら、ヒーロー資格者にはなって居まい。

 さて。

 正直な所、この程度のオチは、今朝会ったピンク・イエローの入れ替わりを見た時点で予測できていた。

 結局のところ、連中の素性を測るのにサマーディ・システムなんぞ使うまでも無かったわけだ。

 文明の利器は時に人を堕落させる。

 サイコブラックはそう肝に銘じる事にした。

 そして。

「そろそろ、頃合いかな」

 レッドに対し、カップラーメンの完成時間でも告げるかのように言った。

「何の?」

「もうすぐわかるよ」

 サイコブラックがそっけなく言う。

 ……。

 …………。

 にわかに、沈黙の帳が降りた。

 それまでの、和やかな談笑から一転して。(もっとも、そう思って居たのはレッドばかりだが)

 間が持たない。

 レッドは、ヒーロースーツの上からでもわかるほど、そわそわし出した。

 これまで、軽快に話し合えたはずの相手が、突然黙り込んだのだ。

 ――何か、気に障る事でもしてしまったか?

 本気でそう心配しているであろうことは、サイコブラックにもわかった。

 ありがたくて涙が出そうな話だ。

 ――だが、そろそろ楽にしてやろう。

 にわかに、レッドのヘルメットから、

 パソコンの最新OSにありそうな、涼やかでお洒落な効果音が鳴った。

 ヒーロースーツに搭載した通信システムに、携帯電話の通話が入ったのだ。

 大した機能では無いが、何かと手が塞がりがちなヒーローには地味にありがたいハンズフリー機能だ。

「すまん、電話だ。ちょっと出させてもらうよ」

「相手、誰?」

「ピンク」

 そう、短く言うと、レッドは電話に出た。

「ああ、ピンクか。どうした?」

 ……、

《あの……、今までの事は、私にも責任がありますんで、お互い水に流しましょう。

 だから、もう私に一切かかわらないで下さい。それじゃあ》

「待て、何を言ってる?」

《今言った事以上も、以下も、あなたと話す事はありません。

 もし、今後も私の周りで見かけるような事があったら、警察呼びますからね。それじゃあ》

 ぷつり、と通話が切れた。

 レッドは、

 本当に思考が止まってしまったかのように硬直していた。

 ありえない。

 これは急に恋人に捨てられた男、という、低俗な話では無い。

 彼にとって今のピンクの言動は、それがたとえ冗談であったにしても、物理的にありえない事だ。

 例えるなら、地球が無重力になった事に等しい。誇張抜きで、だ。

 それだけの光景を目の当たりにしては、無理もない。

 レッドの間抜けな放心姿を笑う権利は、この世の誰にも無い。

「棄てられたな。ご愁傷様」

 サイコブラックが、冷然と事実をレッドに入力しなおしてやる。

 だが、レッドの耳には、その言葉さえも地球外生命体の言語にしか聞こえない。

 また、コール音がした。

「ひッ!?」

 無視するわけにもいかない。

 ブルーからの連絡だからだ。

「あ、ぅ……あ?」

《おい、聴こえてるだろう、レッド様?

 あんなイカれたコスプレに付き合ってきた俺もどうかしてたが、お前、もうシャバに出て来るなよ。

 本当はぶっ殺してやりたい所だが、お前なんぞに手を下して刑務所行きになるのが馬鹿馬鹿しいから、許してやるんだ。

 だから二度と俺の前に現れるな。

 もし次にお前の顔を見たら、俺は衝動的にお前を殴り殺しかねん。本気だ。これは、俺とお前の、お互いの為の話だぞ。

 まあ、言いたい事はそれだけだ。

 じゃあな、リーダー・・・・

 リーダー、の発音が必要以上に強調されている。

 それが悪意によるものだと、レッドには嫌と言う程理解できている。

 だが、それが信じられない。

 信じたくないのではなく、それを信じる機能は、レッドの中でとうの昔に破損しているのだ。

 宇宙人に襲撃され、立て続けに攻撃されている。

 今、レッドの脳は、それと同等の反応を誤作動している。

 続けて、コール音。

 イエローからだろう。

「あ、あぁぁ……」

 もはやレッドは、ただ“あ”という語を垂れ流しにするだけだ。

《返事はしなくていいよ。お前の声を聴いただけで、頭の血管がはちきれそうになるからさ。

 自分、これまで人を憎む事はしないようにしないようにって心がけてきたけどさ……お前はそれにすら値しない、正真正銘のサイコ野郎だ。

 よくもまあ、あんな風に自分やみんなの尊厳を踏みにじれたものだよ。

 結局お前、“五人のリーダー”で居たかっただけだろ。甘い仲間意識とかのたまいながらさ。

 そもそもの根っこの部分から、お前は気持ち悪い奴なんだよ。

 それを、どういう手品を使ったかしらないけど、四人もの人間を巻き込んでヒーローごっこさせてんだからさ。

 自分は一生分の怒りを、今、お前だけにぶつけるよ。

 誰の事も憎まないけど、お前だけは憎み抜いてやる。

 死ね、死んでしまえ。

 お前は、自分にさえそう言われるほどの事をしでかしたんだ。

 それを理解した上で死ね。以上》

 ぷつり、と通話が切れた。

「ああアぁァぁ唖嗚呼阿ああァあぁぁアぁああッ!?」

 レッドは、叫びながら和室を、そして家を飛び出した。

 こんな時間に、どこへ行くつもりなんだろう?

 サイコブラックは、ヒーロー姿のまま小首をかしげた。

 客を置き去りにして、失礼な奴だ。

 だからサイコレンジャーなんて、信用できないんだ。

「ああ、今をもって戦隊は解体したんだっけ」

 悪びれもせず、サイコブラックはひとりごちた。

 結局のところ、歴代のブルー・イエロー・ピンクは、何らかの手法によって洗脳されていたのだ。

 戦隊の五人さえいれば、中身は誰でも良い。

 自分が、熱き仲間たちのリーダーで居られれば、中身が男だろうが女だろうが違いは無い。

 他の三人は、レッド本人さえも自覚していなかった歪んだ欲望の犠牲者だったのだ。

 その洗脳を解いてやるのは、思いのほか簡単だった。

 そしてブルー達の中には、洗脳された記憶がしっかりと残っている。

 特に、“女ピンク”の怒りは察するに余りある。

 哀れな彼女らを、一時は一人ずつ消してやる、などと考えていた自分をサイコブラックは恥じた。

 そして、三人もの被害者を一挙に救出できた事に、喜びと誇りを覚えた。

 目先の虚構に踊らされず掴み取った、真の正義。

 たった一人の男による、自己満足のお仲間ごっこは、ここに潰えたのだ。

 だが。

「約一名、電話してこなかったのが居るね」

 洗脳していたとはいえ、他人をヒーロー資格者にまで歪めてしまう。

 彩夏のように危険視されるべき才能。

 それを、レッドごときの凡夫が内包しているとはとても思えなかった。

 

 松長汐里しおりのアパートに踏み込んだ時、そこはもう、もぬけの殻だった。

 いや、つい数時間前まで住人が居た痕跡は残っている。

 丸顔のシャムネコが一匹、幸せそうにベッドに埋もれて眠っている。

 自動給餌機はカリカリで満たされている。水も充分に用意されている。

 しばらく、部屋の主が帰るつもりは無いという事だろう。

「仕方がない、電話しよう」

 友人の部屋に遊びに行ったらいなかったので、今どこに居るのか聞いてみよう。

 それと同レベルの気軽さで、サイコブラックはヘルメットの通話機能を起動。

《あっ、師匠ー? お疲れさま~》

 果たして、目的の女はすぐに通話に出てくれた。

《戦隊がぶっ壊れて、核のレッドはこの有様。

 となると師匠、わたしの家を爆破でもしかねないから、現在逃走中でーす》

 言っている事は冗談めかしているが、内容は全て真実なので笑えない。

「何故だ。何が、お前を狂わせた?」

 かつての恋人として、曲がりなりにも自分を師と仰いでくれる人に対して、サイコブラックは悲しげに呟いた。

 そして、

「松長、貴様、それでも人間かッ!?」

 激情で音割れした音声を、電話ごしの汐里に叩きつけた。

《酷い。そこまで言いますか》

 汐里も汐里で、溜めこんでいたものがあったようだ。

 気丈にも陽気に振る舞おうとしていた態度が崩れて、涙声になっていく。

「頻繁に中身の変わるブルー、イエロー、ピンク。

 なおかつ、貴様ら戦隊は、常に五人という人数が過不足なく維持されている。

 これが意味するところは一つだろう。

 松長、貴様、何人ヒーローにして、何人“消させた”?」

 そう。

 サマーディ・システムに引っ掛かるほどの情報量が得られなかったのは、中身が頻繁に入れ替わっていたから。

 汐里は彩夏と同じように、他人をヒーロー資格者にしてしまう。

 だが、相手を思いやる気持ちが結果的にヒーロー資格を付与してしまった彩夏とは違う。

 汐里のそれは、意図的な洗脳によって、ヒーロー資格者を増やしてしまうものだった。

 “昔からブルーはレッドと親友だった気がする”という曖昧な記憶を徐々に定着させていく。

 そして実際に“肩を並べて戦った”という事実を蓄積していき(特に、唯一中身の変わらないレッドの)中で、暗示は事実となっていく。

 狂気属性として名づけるなら“扇動者”と言った所か。

 ただし、危険レベルはAどまりだろう。

 際限なく眷属を増やす彩夏と違い、汐里の構築した世界は五人という定員が絶対的に決まっている。

 せいぜい、結社(の、恐らくタカ派勢力)が定型外人間の討伐数をマッチポンプで稼げて、喜ぶだけだ。

 万人がサイコレンジャーの――汐里の誘いに乗るわけではない。

 思い込まされ、いつしか自分を失ったのは、歴代ブルー・イエロー・ピンクたちの心の弱さにも原因があろう。

 それでも。 

「他人が、他人の人格をいじくる権利なんてない。貴様はそれを知っていて――」

《ねえ師匠? 昔一緒にやったRPGの事、覚えてます?》

 不意に、何か複雑な色の含んだ声で、汐里が言う。

《仲間キャラクターを自分で作れる、アレですよ。

 もうタイトルも忘れましたけどね。

 その時、師匠が作った“ミーナ”って魔法使い、覚えてますか》

「……忘れた」

《でしょうね。

 だって師匠、あの子を“レベルアップの成長率がいまいち。使えない”って理由で削除したんですから。

 ミーナが大好きだったわたしが、半泣きになってお願いしても、残してくれなかった……!》

 その話が、今の汐里の罪状を語る上で、何の関係が――、

《師匠だって、同罪じゃないですか。

 ミーナを、使えないって理由で殺したのは、師匠じゃないですか。

 わたし、今でも夢にミーナを見るんですよ?》

 サイコブラックは、

 絶句した。

「待て、お前、だから――」

 だから、ブルーにしろイエローにしろピンクにしろ、

 ステータスやスキルが気に入らないと言う理由で、消した。

 戦隊に要らなくなった彼らが、ヒーロー結社に連行されるように仕向けて。

《先代のピンクは、能力的に地味でしたからね。

 保健所の野良ネコをかき集めて、ばらまく? まあ、今回はそれでもいいですよ。

 “こはく”の攻略には、ネコつながりで何かしら使い道ありそうって思ったし。

 でもなんか、ブルーたちの能力とかみ合わなくて。案外ビミョーでした。

 ほら、師匠がミーナを“炎属性の魔法にポイントを振りすぎた”と言って切り捨てたのと同じ理由でしょ?》

「おい待て」

《それに師匠、自分で作ったミーナの容姿を、かわいくないって最後に言いましたよね。

 私だって、男が戦隊のピンクだなんて、ほんとは嫌でした。

 ほら、理由が丸かぶりですよ? わたし達》

「貴様と、一緒にするな」

《一緒ですよ。

 イエローは単純に、先代の女イエローより、あの巨漢イエローの方がデザイナーとしての格が上だった。

 わたしの記事を、よりよく彩ってくれたはずなんです。

 上位互換を作れそうなら、下位互換はもう必要ない。

 これ、師匠の考え方そのまんまですよ?》

「違う」

《違いませんよ。

 レッドは主人公だから、ずっと同じ人を使い続けました》

「その結果が、あの姿か。

 他の三人はケア次第でどうにかなるが、レッドのあれはもう、手の施しようがないぞ」

《そんな言い方、やめてください。レッドは正常ですよ。

 自分の脳が幸せを感じているなら、形而下けいじかでの事がウソであっても、幸せは本物じゃないですか。

 大事なのは真実よりも事実だって、師匠がわたしに教えてくれたことです》

「話にならん。僕は、貴様が今日の今日まで人間社会に迎合できた理由が全くわからない。

 ……いや、その性根だからこそ、生き延びれたのか」

 ふと気づいたサイコブラックは、小さく頭を振った。

 思えば、客観的に見れば・・・・・・・、この女は他人を操作する術に長けていた。

 いつも、誰からも好かれていた。

 いつも、この女は誰かの笑顔に囲まれていた。

 ――白井の笑顔を除いては。

 迂闊だったのは。

 サイコブラックは、自分が彼女から何も魅力を感じなかったから、その特性に気付けなかった事だ。

 だから“こはく”の件で、汐里がヒーロー資格者である事に気付くのが遅れてしまった。

《師匠って、いつもそうですよね。

 わたしの事なんて見てくれない。

 一時期付き合ってたのだって、本気じゃなかったの、丸わかりでしたし》

「だろうな。僕の人生において、貴様の存在など塵芥に等しかったのでね。隠す気もなかった」

《そう。それですよ!》

 汐里は、鼻水をすすりながら色めきだった。

《だからわたしは、師匠を好きになったんですよ!》

 ……。

 まあ、サイコブラックとしてもそこは予想していた。

《わたしね、特に人望に関しては不自由しなかった。

 好きな人の好意を、好きなだけ貰って生きてきた。

 それが何ですか? 白井真吾って男は!

 わたしを、ケースの中でもがく虫程度にしか見ていない、冷ややかな眼差し。

 優しさやいたわりなんて、欠片も無い物言い。

 さっきのミーナの事を例にするまでもなく、横暴で自己中な態度。

 まあ、身体くらいは使い道があるか、という、わたしの心をとことんにまで否定し抜いた最低の!

 だから、わたしは、師匠をいつまでたっても手に入れられない》

「良くわかっているな。

 僕の中で、あの頃の貴様を強いて使うとすれば、性欲の捌け口でしかなかった。

 おまけに言えば“彼女持ち”というステータスがあれば、それなりに便利だったからという実利もあったか。

 僕の周りをやたら纏わりついておもねるような真似をするので、鬱陶しかった。かと言って引き剥がすのも手間だから、せめてゴミを再利用するように、前向きに考えた結果の産物が、二人で過ごしたあの時期。ただ、それだけだ。

 だがな。

 今の邪悪極まりない貴様は……蛆虫よりも卑しい――と言うのもはばかられる。もはや表現不可能だ」

《その言葉を、誰一人、今までわたしにくれなかった。

 だから。

 わたしが師匠にどれだけ救われたか、わかりますか?

 いいえ、それがわかる師匠だったら、きっとわたしの事を救うに値する男ではなかったでしょう》

 ――こいつ、完全にイカれているな。

 サイコブラックは、虚しく思った。

《欲しい物が手に入らない。

 それが本当はどれだけ尊い事か、わたしの周りの凡俗どもは理解すらできない。

 ほんと、許されるなら皆殺しにしてやりたいくらいだった。

 そんな中で、師匠はわたしをゴミとみなしてくれた》

 ――やめてくれ。僕を同類のような目で見るな、ゴミが。

 と、口にすれば、この女を更に調子づかせるだけなので黙って置いた。

 ただ。

 松長汐里が、ここまでの重症とは予想だにしていなかった。

 ここに至ってようやく、サイコブラックは彼女に対する興味を覚えた。

 “こはく”を襲われたという状況では無く、松長汐里という一個人に対する、ほんの少しの興味。

 ようやく、サマーディ・システムで彼女を演算してみようと思い立った。

 レッドの本質がわかった今なら、更に制度の高い予知結果が得られるだろう。

 そして。

 サイコブラックが、

 その発想に至るのが、

 あまりに遅すぎた。

 やれ、唯一愛せた存在だの、師匠が居なければ死んでたかもだの、そういう気持ち悪い汐里の言葉を聞き流しつつ、システムに集中。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・100%

 シミュレート完了。

 そうして、汐里がこの後に取る行動が、映像化された。

 いや。

「なっ……」

 もはやそれは、サイコブラックをして、呻くしかないほどの、

《ねえ、師匠、ちゃんと聞いてますか?

 わたし今、割と重要なこと、言ってるんですけど?》

 サマーディ・システムの事など知らない女は、無邪気なまでに拗ねてみせる。

 ――もう、この段階からでは“リセットが効かない”

 それは、未来を知れても、どうにもならない結末。

《だからわたしは、師匠からもっと冷たい言葉をもらいたいんです。

 とことん拒絶されて、軽蔑されて、でも、万に一つは師匠をゲットできないかなー? って乙女心を残しつつね》

 物理的に破壊されつくした“こはく”の残骸が、サイコブラックの眼に映し出されていた。

 アングルが悪くて、人やネコがどうなっているかはわからない。




【次回予告】

 子供の頃、戦隊ものを観ていて思ったことがある。

 等身大の怪人と戦う五人。

 追い詰められて巨大化した怪人に、巨大メカで対抗する五人。

 ――その巨大メカ、最初から使えよ。

 だが。

 幼き日のその無粋な考えが我が身に跳ね返ろうとは、サイコブラックにも予想外のことだった。

 

 次回・最終話「巨大メカ出撃! さらば、サイコブラック」


 ……解き放たれたイカれ野郎は始末におえない。

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