第011話 平和戦隊サイコレンジャー<前編>

 サイコシルバーを通して、結社から与えられたサマーディ・システム。

 これがあれば、自分がある程度以上親しい・・・人間の動き全てを先んじて読める。

 また、知人の意識を部分的に自分にインストール可能でもある。

 これはつまり、空手家の意識を自分に取り込んで戦ったり、スーパーハッカーの意識を取り込んでハッキング行為に及んだりもできるという事だ。

 ヒーローという概念そのものを敵に回している現状、これくらいのハンデはくれても当然だ。

 白井はそう前置きを考えた上で、脳内ブリーフィングに入る。


 昨日見た、失敗した未来・・・・・・から反省すべき事は、かなりあった。

 まず、一番の見落としは、自分と改造人間達との絆を見誤っていた事。

 確かに、元々は再犯の可能性が高い犯罪者をベースに作られているとはいえ、彼らにだって心はある。

 これまで白井じぶんは、本当の意味で彼らと向き合ってきたのだろうか?

 今一度、考え直す良い機会だ。

 そんなわけで小一時間、彼らとは個別に“話し合う機会”を設けた。

 これでよし。

 もう彼らの誰も、白井真吾以外の人間が何を言おうと心を閉ざして耳を貸さなくなっただろう。

 Xデーまで時間が無かったので、最低限のカスタマイズだ。

 しかし、彼らが二度と(というか現実には一度も)浮気出来ないよう、ポイントを押えて精神をいじくった。

 サマーディ・システムさまさまだ。

 しかし……。

 システムを通して、白井は初めて知った。

 人格を改造されると言う事は、これほどまでに凄惨な事なのかと。

 どうして彼らがこんな目に遭わなければならないんだ……。

 白井は、自分の事のように苦悩した。

 そして、そんな事を平気で行い得る偽サイコブラックを、断じて許せないと思った。

 ――僕は、僕は彼らの為に何が出来るだろう?

 ――何も思いつかない……僕は、何て無力なんだ!

 ――ああ、でも、お互いの痛みを知り合える関係というのは健全な人間関係だろう。

 ようやく白井は、改造人間達の心を理解できた。暖かな気持ちで退出する。

 寝台の上、無駄な動作をしなくなった、マネキンのごとき彼を放置して。

 さて。

 第二の失敗は、自分がヒーローとして切られたからと言って、彩夏へのフォローを怠った事だろう。

 彼女は必要に迫られてサイコブラックを疑い、その果てに敵対した。

 だが、彼女の判断には“私情”と言う物が一切ない。

 親しみの心も憎しみの心も、彼女が必要と感じたロジックの中には介入できない。

 それは、逆も言える事である。

 疑っているからと言って、その相手の助言を無碍むげにはしない事が保障されている。

 そんなわけで、彩夏にはLINEでメッセージを送っておいた。

  1.サマーディ・システムの事

  2.未来シミュレートの結果、明日実が破滅する事

  3.偽サイコブラックの存在と、その手口

 事実だけを列挙して、後は彼女の判断にゆだねる。

 返信があるかないかはどうでもいい。

 今の助言を送った事で、未来シミュレートの数値が多少なりとも変動したはずだ。

 明日実の喪失ロスト……あるいは、他のスタッフの喪失ロストさえ回避できれば、まだサイコブラックが“こはく”と連携を取る余地はある。

 第三の失敗。

 偽サイコブラックと戦隊を同時に相手にしようとした事。

 これに関しては、敵の情報が出揃って居なかった不利が大きく働いて居たので、一概に白井や彩夏のミスとは言えないのだが。

 戦隊どもは、妙な事に依然として正体がつかめない。

 だが、偽サイコブラックに関しては“自分が調査した未来”を演算する事で、瞬時に情報を得られている。

 既知の通り、偽サイコブラックの正体は石尾寛治と言う男だ。

 住所も割れている。

 彼は要介護の母親以外に身寄りがない。

 そこがウィークポイントとなり得るが、おばあちゃんを盾にするのはちょっと卑怯な気もする。

 白井の両親は“不幸にも”行方知らずになったが、両家の祖父母は、今も真吾を可愛がってくれる。

 老婆を攻撃するとなれば、彼ら彼女らの顔がちらついてしまうかも知れない。

 ちなみに。

 石尾寛治の狂気属性は“模倣”のようだ。

 悪人に対して、同じ目に遭わせてやる事に並々ならぬこだわりがあるとか。

 他人の心をプロファイリングし、ヒーロー特性をコピー。

 身体能力が及ぶ限りで、かなりのクオリティで真似してのける。

 道理で、出来損ないだった本来の改造人間どもをジャックされてしまったわけである。

 驚くべき事に、偽サイコブラックは、サイコブラックの手口をそのままトレースしていたのだ。

 外から見た感じでは、自分とは似ても似つかない残虐さだったので、白井は、そのポイントを見落としてしまっていたのだ。

 ともあれ。

 正義の有無が違うだけで、根っこの部分は自分と同類であるらしい。

 なら、試してもらおう。

 サマーディ・システムが、白井真吾にしか耐えられない代物なのかどうか。

 この時の白井の目は、試験管を見通す白衣の研究者のように、綺麗に澄んでいた。

 潜入任務スニーキングミッションの専門家である003番を、今回も起用。

 サマーディ・システムのゴーグルを持たせて、石尾に渡させた。

 石尾は、嬉々としてシステムを使ってみた。

 003番はすぐに戻ってきた。

 石尾こと、偽サイコブラックは、急にハイテンションになったけど、そのあと、憑き物が落ちたかのように静かになったらしい。

 003番が最後に見た姿は、部屋の隅っこで丸くなって寝転がる、石尾の姿だったらしい。

 サマーディ・システムの新体感ではしゃぎすぎ、よほど疲れたのだろうか。

 童心に帰るにも程がある。

 無軌道で脈絡のない単語を延々と述べていたらしいので、生きてはいるのだろう。

 虎の子のサマーディ・システムを最悪の敵に委ねる行為は、賭けではあった。

 もし彼にシステムの適性があったのなら……考えたくも無い。

 けれど。

 もしも石尾が自分と同じ適性を持っていたならと、そこに少し期待を感じたのは、いかなるロジックからだろうか。

 白井本人にもわからないし、そんな些事はジャンクデータに等しい。

 浮かんだ考えを、破棄。

 だが、とにかく良かった。

 今回も血を流さずに、悪を討滅できたのだ。

 それも“こはく”を最悪の事態に陥れる、一番の危険要素を排除できたのは大きい。

 しかし、ただ一人の家族である息子が“自我の島流し”に遭った事で、一人残された彼の母親は気の毒だ。

 人生も晩年になって、こんな親不孝に遭う必要は無かったろうに……白井はその事で泣いた。

 だが、いつまでも哀しみに沈んではいられない。

 成果だけは上々だ。

 戦隊への対処に専念できる。

 こちらへの対応は、ホワイト以外の四人の素性がわからない為に、未来シミュレートは難しい。

 サイコホワイトこと、松長汐里まつながしおりが何を考えているかなぞ、必要に迫られるまでは興味も抱けないし。

 興味のない事には特に無頓着になってしまうのが、白井の弱点でもあった。

 サマーディ・システムの威力も、この戦隊相手には半減してしまう。

 ある程度シミュレート可能なだけの情報を集めて、個別に倒していくしかないだろう。

 まあ、未来なんてわからないからこそ人は希望を持てるものだ。

 カンニングは卑怯な行為だし。

 白井は、自分に対してなんら疑いを持たずにそう考えていた。


 余談だが。

 サマーディ・システムの基本インターフェースは、素人の白井が使いやすいように設計されている。

 WindowsやMacOSと言った、パソコンのOSをイメージして頂ければわかりやすい。

 だから一応、コマンドモードで微細な条件設定のシミュレートも可能となる。

 サマーディ・システムの根幹は、人間の脳反応を測定する事にあると、白井は考えた。

 そして彼は基本的に“全方位的により良いエネルギー効率”を求めたがる。

 まあ、俗っぽく言えば“楽に事が運べば越した事は無い”という事だ。

 そんな男が、サマーディ・システムの原始的な機能を使って何をしたかと言うと。

 今回の“こはく”の件に関する自分の最終的な労力=ストレス値=脳内物質と、

 護衛対象である蓮池彩夏のストレス値、および、彼女がいう所の“幸福度”をβエンドルフィンの総分泌量などに定義して計算してみたのだ。

 現れた結果、

 白井のその時点・・・・での労力はほぼゼロで済み、

 なおかつ、金銭的・物質的な被害が全くなく、

 蓮池彩夏のストレス値・幸福度がほぼ最適値になる、

 そんな未来が一つあった。

 早い話、白井真吾が些細な“間違いエラー”を起し、彩夏を身籠らせてしまい、その責任を一生取らされる結末だ。

 ……。

 ――男の子かな? 女の子かな?

「そんなの知らん」

 彩夏が、満たされた微笑を湛えつつ自分の腹をさする映像が映し出された時点で、白井はシミュレートをぷつりと切った。

 ――データ破棄。不採用だ、こんなの。

 長い目で見た白井の消費労力をグラフ化すれば、枠を突き抜けた法外な値になる事は火を見るより明らかだ。

 白井は、コストパフォーマンスとか、費用対効果とか、その手のアレの“能率美”を重んじる。

 たかだか県指定暴力団をひとつ退け、ヒーロー六人程度を倒す為だけの事で、この消耗は容認できない。能率美への冒涜だ。

 これならまだ、死にかけながらも堅実に敵を排除する道の方が、現実的なのだ。

 サマーディ・システムも、所詮は機械に過ぎないようだ。

 機械に、自分の苦労をわかってもらおうとしたのが間違いだった。

 と、白井は、ゴーグルを相手に拗ねてみせた。




 さて。

 このように万能の力とも言うべきサマーディ・システムを手にした白井だが。

 今しがた述べたように、彼は“自分の興味の範囲内”でしか、行動出来ない悪癖を持つ。

 つまり“今すべきこと”に必要な情報だけがあれば、それで満足してしまう。

 だから、サマーディ・システムを使って得られる先にある未来にまで、頓着はしない。

 例えばインターネットは、数万円程度のパソコン一台で、その所有者に無限大の知識を与える。

 しかし。

 その知識に興味を持ち、発掘し、うまく利用できるかどうかは個々人の資質次第なのだ。

 白井のような、物事に頓着の薄い人間だからこそ、サマーディ・システムは彼の心を壊さずに機能出来るのだが……。


 彼が“結末”を見ずに行動に出てしまった事は、

 あるいは、白井真吾個人が“神”となれない為の、摂理の結果なのかもしれなかった。

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