対決! サイコブラック<後編>

 違う、それは僕じゃない。

 前原葵の部屋を荒らしたのは、サイコブラックの指図ではない。

 その他の攻撃も、全て他のヒーローがやった事だ。

 似た体型の人間が全く同じスーツを着て、声を出さなければ、外からは区別がつかない。

 少し考えればわかる事だ。

 だが。

 サイコブラックがそう言った所でどうにもならない所まで、事態は進んでいた。

 築浪明日実つきなみあすみが“終わった”。

 この時点でもう、彩夏はサイコブラックを許すわけにはいかなくなった。

 彩夏とて、完全にサイコブラックの仕業だと信じ込んだわけではあるまい。

 だが、元より、万一の可能性をも摘むために、彼女はサイコブラックを切ったのだ。

 もはや、両者の関係は修復不能となった。

 事の始まりは、サイコブラックのスーツを着た“偽物”が、彩夏達の家へ主題歌ハラスメントを始めた時に遡る。

 それを察したサイコブラックが、敵のマンションを突き止めて改造人間003番を送り込んだ所から、けちが付き始めた。

 完全に、自分だけの道具に作り替えたはずのソレが、事もあろうに寝返ったのだ。

 と言うよりは、“サイコブラックの改造人間003番としての人格”に、更なる洗脳を施されたと言うべきか。

 結局のところ、サイコブラックと改造人間の関係は、どう言い繕おうが恐怖支配でしかなかった。

 偽サイコブラックが同じ手で003番を洗脳可能だとすれば、有り得る可能性ではあった。

「何て卑劣な真似を。許せん」

 サイコブラックは、自分の偽者に対して義憤を覚えた。

 人間の心を作り替えてしまうなんて、人の道に外れた行為だ。

「これのどこがヒーローだ。人を改造するなんて、悪の組織がやる事じゃないか」

 だが、そうは言うものの、具体的にどうすれば良いのか。

 偽サイコブラックと並行して、汐里しおりらの戦隊も“こはく”に嫌がらせ・営業妨害を続けている。

 奴等の素性が、汐里を除いてはどうも掴めないのだ。

 一応、汐里に対しては協調の意思を演出しておいたのだが、やはり他のメンバーは“新参者”に対してガードが堅い。

 ヒーロー同士の争いに結社の捜査網は使えないし、彼個人の持つネットワークにも、誰一人として引っ掛からない。

 そうこうしているうちに、偽者は、南郷の覚醒剤を直子と那美のバッグに忍ばせて、社会から葬り去った。

「卑怯ものが」

 実際に使わないとはいえ、麻薬は人類にとってのタブーだ。

 どんなに憎かろうと、その麻薬で他人を陥れる事に何の良心も痛まないのか!?

 サイコブラックには、もはや偽者の思考回路が理解できなかった。

 ――僕を騙るこの野郎、まともな人間では無い。

 そこで方針は決まった。

 実体の掴めていない戦隊どもより先に、偽者を消す。

 何か方法は無いか……。

 だが、サイコブラックと彩夏には、そんな針の先ほどの思考時間も与えられない。

 とうとう、嶋友香が消息を絶った。誰の手にも届かない場所に行ってしまったのかもしれない。

 他のスタッフにしてもそうだが、彼女はただ、彩夏一人に依存していたわけではない。

 あの“こはく”と言う空間に未来を見出だしたからこそ、彼女達は歩いて来れたのだ。

 動物看護師として、自分に出来る事を尽くして、“こはく”を支えていく。

 それだけが、彼女の生き甲斐だった。

 その平穏が崩れた時、友香の心は耐えきれなかった。

 そして。

 かねてより懸念されていた直子と那美の裁判は、電撃的な早さで幕を下ろした。

 一年以上の懲役、実刑判決。

 結社が判決に手を入れた事は、明らかだった。

 やはり。

 彩夏のもとを離れたのは間違いだったのかもしれない。

 無理にでも――脅してでも、あそこに居座っていたなら。

 自分と彼女が連携出来ていれば、こうはならなかったのではないか、と。

 今や“こはく”は蹂躙しつくされ、悪が高らかに笑い転げている状況だ。

 殺して首を切り落としてラッピングして奴らの家族に送りつけてやりたい。

 だが、既に起きてしまった事は覆せない。

 となれば、次の事を建設的に考える。

 やはり“こはく”に直接、壊滅的なダメージを与えたのは偽サイコブラックだ。

 こいつを、さっさと消そう。

 なので、戦闘に特化したカラテマスター・004番を派遣。

 男同士の無理心中にでも仕立てあげれば、結社からのペナルティは免れないだろうか?

 確証はないが、実行するしかない。

 当てが外れれば、自分が結社に消されるが、そんな事は知った事では無い。

 しかし、

 004番も懐柔された。

 何食わぬ顔で帰ってきた004番に、危うく殴られそうになった。

 危ない事をする。

 空手の有段者が人を殴るのは、ナイフで斬り付けるのと同じ罪になる。

 それをあの阿呆は、知らないのだろうか? 嘆かわしい事この上ない。

 敵の時にてこずらされた奴が、味方になると使えない。

 そんなの、ゲームの中だけにしてほしい。死ねばいいのに。

 と、毒づいた所で、実利は皆無。

 サイコブラックは家を捨て、敗走するしかなくなった。

 家に残してきた改造人間も全員ジャックされて、偽者の配下になる事だろう。

 だからサイコブラックは、手当たり次第に爆発物をかき集め、偽者のマンションに仕掛けた。

「彩夏さん。戦隊の方は任せた。頑張って皆殺しにしてやってくれ。

 僕はもう知らん」

 せめて偽者を道連れにする事が、最善と判断した。

 今さら知った事だが、偽サイコブラックの本名は、石尾寛治いしおかんじ

 五二歳独身で、寝たきりの母だけが心の拠り所だったらしい。

 それが先にわかっていたなら、母親を攻撃して黙らせていたのに。

 もう何もかもが遅すぎた。

 サイコブラックは、石尾家を内包する古い高層マンションに爆弾を仕掛けると、速やかに点火。

 爆轟が放射する。

 初の実践にしては、素晴らしい出来だった。

 炸薬をすり鉢状に配置する事で生じるモンロー効果・ノイマン効果によって、爆切のエネルギーを、必要な一点に集中させます。

 これによって最小限の火薬量で効率よく基部を破壊し、工事費用を削減。

 なおかつ、建物が自重によって、内側へ折りたたまれたかのように崩れ落ちる事で、近隣施設に迷惑をかけない、匠の優しい心遣いが感じられる爆破解体です。

 中に人間が居たかはわからないし、どうなったかもわからない、知った事ではない。

 歴史ある高層マンションは、面白いほどよく崩落した。

 まるでダルマ落としのようだ。

 潰れたヒキガエルのように這いつくばり、“こはく”と蓮池彩夏の無念を思いしれ。

 この殺人者どもめ。

 巻き添えを食った石尾の隣人さん達、(もし一人でもいたなら)ごめんなさい。

 恨むなら悪の権化たる石尾を恨んでください。

 ……と、思ったものの。

「サイコブラック。君を、ヒーロー活動法違反で処断する」

 結社は、そんな事情を斟酌しんしゃくしてくれない。

 どこからか現れたヒーロー二人に連行され。

 サイコブラックは、誰も知らない所でその一生を終える。

 あっさりと。

 野菜のヘタを摘むように、彼の存在は握りつぶされるのだ。

 思うに。

 こいつら結社こそが、最低のサイコ野郎だと思うのは、気のせいだろうか?




 もはや空洞と化した“こはく”で、五色のヒーローが彩夏一人を追い詰めている。

 あとは、彩夏が護るべきものは。

 控え室で、何も知らずに眠っている愛猫あいびょうたち。

 ヒーローは、彩夏に直接手を下せない。

 だから、彩夏が再びサイコオニキスに変身するだけの暇は与えられるだろう。

 それが処断の口実を作る為の猶予である事は、彩夏にも見え透いてはいたが。

 見え透いていても、そうせざるを得ない。

 護るものをことごとく剥奪してやれば、そこに追い込めると、戦隊達は理解した上だった。

 だから彩夏は、何も言わずオニキスのコスチュームがある事務所へ行こうと、

「そこまでだ、ヒーローの面汚しどもめ!」

 新たな男の声が、彩夏と、戦隊の間に割り入った。

 黒を基調とした、重厚なデザインのその姿は。

「私は、正義の代理人・サイコブラック。

 何の落ち度も無い女性を五人がかりで追い詰めるとは、貴様らそれでも人間か!?」

 前のサイコブラックとは似ても似つかない声。

 背も低いし、仕草もまるで別人。

 それでも、

「サイコ、ブラック……」

 彩夏は、闇の中に一条の光を見たかのように、言った。

「サイコブラック!」

 もはや、彩夏に救いの道があるとするならば。

 新たなヒーローが現れて、彼女を護る事でしか起こり得なかった。

 最後の最後に訪れたその奇跡に、彩夏は、何の疑いも無く身を委ねた。

 新たに現れたヒーローの、逞しい腕にかばわれ。

 ようやく訪れた、真の安らぎに、安堵の笑みをこぼし。

 結局。

 この繰り返しだろう。

 新たなサイコブラックに救われた彩夏は、自らもまた、誰かを救い続ける。

 そして、新たなヒーロー生産が行われて。

 そこへ、別のヒーローがまた襲撃を行い。

 結社の狙う、ヒーロー同士の潰し合いは、彩夏を中心として延々と続く。

 彩夏本人が、討ち取られるまで。

 だが、常に護るものを背負う宿命にある彩夏は、敗北する事を許されない。

 彼女の無限地獄に、終わりは無いのだ。




 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・100%

 シミュレート、終了。





「くはっ」

 白井は浅く息を吐くと、それまでかけていた“ゴーグル”を半ば乱暴に引きはがした。

 心臓がハンマーで打たれたかのように脈打ち、乱れ狂った呼気が、肺と気道をせわしく行き交う。

 全く、今の幻視・・・・は、白井の脳をもってしても甚大な負荷をもたらす代物だったのだろうか。

 以上の出来事は、まだ現実には起きていない事だ。

 だが、白井が何もしないでいれば、確実に訪れるであろう出来事。

 偽サイコブラックと平和戦隊サイコレンジャーによって“こはく”が壊滅する未来。

 現実にはまだ起きていないその未来を白井に見せていたのは、このゴーグル状をした“何か”だった。

 サイコシルバーがヒーロー結社から預かり、白井へと手渡すに至った新兵器。

 その実体は、一口で言えば、サイコシルバーの思考盗聴システムを更にいけない方向に進化させた代物である。

 使用者(この場合白井)がある程度以上把握している人間の思考パターンを完全に演算し、その情報を着用者に返す、禁断のシステム。

 このシステムを使えば、白井は、ある程度以上知っている人間の思考や経験を自分にインストールする事が可能なのだ。

 南郷愛次曰く、

「普通の人間が、このシステムによって自分の自我に他人の自我を差し挟まれた場合、重大で不可逆な心的外傷をもたらします。

 まあ、大抵の人間は恒久的に思考停止し、廃人と化すでしょう。

 自分では無い自我が、自分の自我を侵略するのですから、当然ですよね。

 しかし、白井さん。あなたは違う。

 あなたの特性ならこれをデメリットなく使いこなせるはず」

 との事だが。

 何を言ってるのか良く解らない。

 自分の精神領域を他人に塗り替えられたとして、何か不都合でもあるのだろうか?

 白井としては、今まで自分が生きていくためにしてきたことなので、その辺の差異がわからなかったのだが。

 とにかく、これは便利な装置だ。

 今しがたやってみたように、応用次第で、複数人の思考の変移をシミュレートし、擬似的な未来予知さえも可能となるのだ。

 これさえあれば、白井真吾ぼくはノストラダムスとか、ああいうのになれるのだ。

 素晴らしい。

 でもこれ、お金とか、そういうの払わなくて良かったのかな?

 と、白井は半ば真剣に考えるが、詮無きことでもある。

 ともあれこれで、

「大体、偽者と戦隊どもへの対処法は決まったな」

 これだけ揃っていれば、目下の所、何一つ不自由は無い。

 為すべき事はわかったし、

 ――どうやら。

 ――スーツが同じなら、彩夏さん的には、その中身が僕でなくても良いようだし。

 その“事実”は、白井に途方もない解放感をもたらした。

 何故なら。

 自分の命を省みなくても目的を果たせる事がわかったのだから。

 ――だったら、打てる手は、今よりずっと増える!

 だから、何一つ怖い物は無い。

 新しいおもちゃを手にした白井は、今しがたシミュレートされた未来が訪れないよう、速やかに行動を開始した。




【次回予告】

 あらゆる人の意識を自らにインストールし、未来予知さえも可能となったサイコブラック。

 “こはく”を護るという、当初の目的を機械的に果たす為、彼は、無軌道で血の通わない行動に邁進する。


 次回・第011話「平和戦隊サイコレンジャー」


 ……。

 …………。




 南郷愛次から渡されたゴーグル。

 そこに付加されたシステムの名を、白井は今一度、復唱しようとする。

夏の日のサマーデーシステムだって?」

 だが、南郷は首を横に振った。

「違います。これは“サマーディ・システム”です。

 サマーディとは、サンスクリット語で“統一”を意味するもの。

 良いですか、白井さん? このシステムは、理論上、我々人類の意識を一つに統合可能なものなのです」

「へー。そりゃ、便利そうね」

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