偽りのヒーロー<中編>
『魔女っ子ジュエル・サイコオニキス主題歌』
鏡と鏡を 合わせてみたの
映ったのは あなたじゃ無い
鏡の迷宮に 囚われてる 無数の私だけ
目が合う 私と私
喜びなんて 何一つ無い 空虚
かつて 少女が抱いた 論理矛盾 消せはしない 一人では
救いをくれるの人は――あなた一人だけよ
正義の味方とは、必ずしも男とは限らない。
例えば、五色のヒーローから成る戦隊もの。
そのピンク役や白役、黄色役は女性が担当する事も多い。
そしてもう一つ。
魔法少女や魔女っ子などと呼ばれる、陽性にして魔性の属性を帯びたヒロイン達が居る。
黒いシフォンワンピース――の体裁を持ったヒーロースーツ――を纏う蓮池彩夏=サイコオニキスは、間違いなく、魔女に分類される正義の味方だろう。
恐らく、あの薄い生地には、サイコブラックと同等の装甲性能と身体支援機構が付加されている。
ヒーロースーツよりは露出部が多いので、防護面積はやや劣るが、そこはあまり重要でもあるまい。
いずれにせよ、今の彼女は、スーツを奪われた状態のサイコブラックに代わる戦力になり得た。
そして。
また一台、車の音がした。
これには、彩夏こと、サイコオニキスも意外そうに目をしばたいた。
この上、誰が来るのか。
細い足音が複数、この倉庫へ駆けつけてきた。
「彩夏さん!」
「彩夏さん!」
「無事ですか!?」
「彩夏さん!」
女の声が、四重奏。
それは、いずれも異様な服装をしていた。
「貴女達……」
けれど、顔には見覚えがありすぎた。
そして、やや遅れた歩調で現れた、最後の一人。
今や、彩夏――サイコオニキスを含め、五人ものヒーロースーツを持つ女が、南郷組を逆包囲していた。
サイコシルバーの傍ら、
「やめてください、古田さん」
サイコシルバーが、それをやんわりと止めた。
「オニキスはともかく、他の方々は、本気です。俺達全員、殺されてしまう」
彩夏を追って訪れた四人の魔女は、いずれも能面のように冷たい面差しをしていた。
もし、南郷達が彩夏や白井に危害を加えた時は――彼女達は容赦なく、サイコシルバー達を皆殺しにしてしまうだろう。
何故なら。
彩夏に何かがあれば、彼女達が生きる理由はもう無いのだから。
魔女っ子の力で暴力を振るい、ヒーロー結社に“連行”されるなど、四人の“こはく”スタッフにとっては何ら枷にはなっていない。
彼女達の手には、いずれも魔法のステッキと言った趣の金属棒が携えられている。
だが、この世に魔法など存在しない。
では、彼女ら“魔女っ子”の逆鱗に触れた場合、どういう目に遭うのか?
……ファンシーなデザインのステッキ(4135スチールカーボン製)で頭を叩き割られた、無惨な死体に成り果てるのみだろう。
「皆……何故、来たの? 全員、店に居るように言った筈です」
一見して静かだが……彩夏店主には珍しく、非難色を含んだ声でもあった。
「一人じゃ、彩夏さんが帰って来れる保障、なかったからです」
明日実が、四人を代表して言った。
彩夏がここを知った事も、
直子達をここに誘導したのも、
全ては明日実の手によるものだった。
築浪明日実は、つい先日まで“こはく”のアルバイトだった。
予備校の傍ら、彼女が勤めていたバイト先とは――彩夏の店だったのだ。
そして今、明日実は、新たなスタッフとなった。
彼女はもう、ヒーロー資格を得ていたのだ。だから自分が保護しなければ、と彩夏は考えたのだ。
ヒーロー結社が彼女に接触し、そのスイカ色をした
直子も那美も友香も、全員が同じ経緯で魔女たる資格を得ている。
明日実が“こはく”への就職を決意した次の瞬間には、彼女はすでに一計を講じていた。
自分にマイクとカメラを仕込み、それをサイコブラックにモニタさせる。
そしてわざと三河に会う事で、サイコブラックの面前に誘い出そうとした。
後は煮るなり焼くなり、ヒーロー次第。
のはずであったが。
サイコブラックはそこから更に、策を付け足した。
三河程度の中ボスを捕まえても、いまいち旨味が無い。
やはり、根本的解決を目指すには、南郷愛次を止めなければならない。
そこで三河をどうにか捕獲し、改造人間に仕立て上げた上で、サイコシルバーに接触させる手を選んだ。
だが、それだけでも、まだサイコシルバーを諦めさせる理由としては弱い。
そこで更に。
彩夏が、サイコブラックを助けに行かざるを得ない状況を作る事にした。
結果、彩夏はサイコオニキスの正体を露呈する事となる。
その為に三河に敗北した事にして、スーツを脱いだ状態で囚われると言うリスクを負ったのだ。
降参した所までは、明日実に見せた。
そして明日実には、こう言い含めてあった。
「もし、僕が負けても三日ほど待って。逃げれるよう、説得できる自信があるから。
けど、三日以上帰らなかったら……その時は彩夏さんに僕の事を伝えて欲しい」
後は、何も知らずに先に帰らせた明日実が、彩夏に事を伝えてくれるだろう。
おそらく、サイコシルバーは、何らかの理由で彩夏が変身する事を恐れている。
ならば、彩夏を魔女っ子に変身させるのが、最も良い手だろうと判断。
先日のレストランでは諦めざるをえなかった、サイコシルバーの説得。
だが、彩夏の正体を使う事で打開の目が見えて来た。
白井がその答えに到達した理由は。
「この二ヶ月、ずっと彩夏さんの事ばかり考えていた」
拘束され、
「一体、彼女はどうやってヒーローの実在を知ったのだろう? ってさ」
サイコブラックは、これまで、護衛対象との初顔合わせにはいつも苦労させられた。
世間一般で、ヒーローは、存在しないものなのだから。
テレビの中だけの存在であるヒーローをすぐさま受け入れ、ヒーロースーツや、低周波兵器の存在をも当たり前のものとしていた彼女。
「彼女がヒーローの到来を、尋常ではない執念で待ち望んでいた事はわかった。
けれど、たったそれだけで、ヒーローの実在を確信出来るとは考えられない」
これに関しては、割りと早い段階で予想がついた。
「彼女は、まず自分がヒーローになったんだ。
ああ、女性をヒーローと呼ぶのは妙だな。
ヒロインと言うと、この場合、別の意味とかぶるし……まあ、便宜上、魔女っ子と呼ぼうか」
「“元”と言う接頭辞を付けて下さいね」
彩夏が、やや冷ややかに横槍をいれてきた。
「……ヒーローの到来を望むなら、結社と接触する方が早い。
と、言うか、僕の時と同じように、結社の方からスカウトが来たのかもしれない」
「後者です」
彩夏が、あっさり言う。
「補足ありがとう。やっぱりか。
それで、彩夏さんはとりあえず、断る理由も無いんで、当時の魔女っ子としてヒーロー活動をやってみたわけだ。
そして、割りとすぐに引退した。
サイコシルバーと同じように、ヒーロースーツだけは持ってたけど活動しないスタンスを取った」
何故なら。
「本末転倒だからだ。
自分がヒーロー役で居続ける限り、ヒーローは自分を助けに来ない。
ヒロインは、基本的にヒーローの対極に存在するからだ。
悪役以上に、ヒロインの立場から遠ざかるんだよ」
ピンチになると別ヒーローに助けられる主役ヒロイン、と言う構図もあるにはあるが、それはテレビの中に限った話だ。
現実のヒーローに、任務中の他ヒーローを救う任務が下る事は、まず有り得ない。
「まあ、結社と繋がる事は、ヒーローという概念と繋がる事を意味する。
いつか、何かのきっかけでチャンスが来るかもしれない。
だから、彼女はそれを待った」
そして、その機会はついにきた。
南郷愛次の、彩夏の意思を無視した二つの要求。
それを、飲まなかったから、店を攻撃された。
期せずして、彩夏はヒロインの資格を得たのだ。
「あとはサイコシルバー、貴様が彼女に指摘した通りだ。
アンチヒーローに自分が狙われる事で、僕という新たなヒーローが彩夏さん側につく事になる。
ここまでは良い。何もおかしくない」
そして、白井真吾はサイコシルバーに目線を移した。
「だがサイコシルバー。ここで、貴様の行動に新たな疑問が浮かんだ。
いや、南郷愛次としての行動に、だ」
果たして、事の始まりは何だったのか?
彩夏が狙ってサイコシルバーというアンチヒーローを招いた、と考えるには、あまりに出来すぎてはいないか?
確かに彩夏は、自分がアンチヒーローに狙われる事を望んでいた。
だが、店やスタッフまで巻き込まれたのは、あくまでも結果的な状況に過ぎない。
「南郷愛次は、蓮池彩夏に対し、二つの要求をしている。
ひとつ、求婚。
今時、即結婚を持ちかけるのは重いを通り越して、正気を疑うが……これはまだ良い。
正気じゃない人間など、ごまんと居る。
だが、問題はもう一つの要求にある。
“こはく”を廃業しろ、という事だ。
この二つの要求は、むしろ互いの成算を殺し合っている。
何故、店の廃業と結婚がセットなんだ?
結婚しても今のまま、店を続けさせる事は可能だろう。
むしろ、彼女が命よりも大切にしている店とスタッフを潰させては、プロポーズはまず成功しないだろうに。
そこは嘘でも良いから、店の廃業を要求しなければ、彩夏さんへの求婚はまだ有利に働いたんだ。
店を畳ませたいのなら、妻にしたと言う既成事実を作ってからの方がやりやすいだろう」
思えば、南郷愛次に対する違和感は、ここにあったのだ。
「極めつけに、貴様はこうも言った。
自分と結婚すれば、いずれ、また“こはく”を再開できる、と」
それは裏を返せば“こはく”を永久に無くしたいわけでは無いと取れる。
「それを聞いた当初、僕は、南郷の目的が店では無く、あの土地そのものにあるのでは、と考えた。
だが、それだと、やはり第一の要求である求婚の説明がつかない。
まして――このお陰で、僕は望田を消せたのだが――南郷組は、由緒正しい極道だ。
利権が絡んだとしても、堅気との協調には神経質なほどに気を配ってきた筈だ。
それを、若頭とは言え一個人の目的のために、あんな小さな土地の為に、あんな無駄に力の入った事をするとは考えにくい。
と、言うことは。
二つの要求が矛盾にならない、より大きな理由がある筈なんだ。
南郷。
貴様は、彩夏さんへの求婚と店の妨害という、相反する行動を同時に取らなければならなかった。
それも、結婚の方をかなり急いでいた。
そんなプロポーズを、彩夏さんのような女性が受ける筈もない。
貴様ほどの男が、それをわからない阿呆な筈は無い。
それでも、一刻も早く彼女を娶る必要があったんだ」
ヘルメットごしの、サイコシルバーの表情は見えない。
いつかとは逆の立場だな、と、白井は
「僕は、貴様のその理由が、彼女が元・魔女っ子だった事にあると仮定した。
なら、彼女が変身して事件に首を突っ込むような状態を作れば、はっきりする。
ちょうど、今のこの状況のようにね」
白井は、自分が作り出した今の光景を、もう一度示して見せた。
一度憧れの状況を手にしてしまった以上、彩夏はサイコブラックを手放せない。
サイコブラックを、失うわけにはいかなくなった。
店を失う事と、憧れの状況を失う事は、今や彼女の中では等価に近いだろう。
だから彼女は、もう少し安い犠牲を払って、両方を守ろうと考えたはずだ。
元・魔女っ子だった事を暴かれてでも、その力で白井と店を護る事。
それが、彩夏にとっての妥協点だったのだ。
幸福の度合いを緻密に演算可能な蓮池彩夏が相手だったからこそ、白井は確信をもって援軍のアテにできたのだ。
丸腰で南郷につかまっても、彩夏が必ず助けに来ると信じていた。
白井は、彩夏を狙い通りに誘導し、利用した。
全ては、サイコシルバーと再び会う為に。
「僕の意図を見事に看破しながら、それでも貴様は誘いに乗らなければならなかった。
僕の仮定は、正しかったようだな」
ただ、白井にわかったのは、ここまでだった。
この先は、どうしても仮定の域を出ない。
だから、サイコシルバーに真相を話してもらわなければならなかった。
ただ、
「ここからは、ほとんど勘頼みになるが」
傍らの部下達が、目線だけで、サイコシルバーに指示を仰ぐ。
殺さないまでも、口を封じるべきなのでは? と。
だがサイコシルバーは、その無機質なヘルメットを左右に振るだけ。
そして、誰にも封じられなかった白井の口が、告げた。
「サイコシルバー。
貴様はむしろ、彩夏さんを護る為に、あんな事をしたのではないか?」
……。
…………。
…………、……。
サイコシルバーの溜め息は、ヘルメットに阻まれて、くぐもっていた。
だが、ひどく深い、深い溜め息だとわかった。
「そこまで自力で辿り着いただけでも、見事としか言いようがないですよ」
サイコシルバーの言葉は、白井の言葉を肯定するものだった。
「なるほど、結社から“
何か不可解な事を言ってから、サイコシルバーは頷いた。
「概ね、あなたの言うとおりです。白井さん。
そして、俺は見誤りましたよ、
不意に、新米スタッフへ水を向けられた。
「俺の分析が正しければ、あなたは確かに死んでも良いと考えていた。
そこの004番さんが言っていたでしょう?」
明日実――サイコウォーターメロンは、しっかりと首肯した。
「はい。
わたしは、人を信じることは、裏切られた時のリスクを先に受容することだと考えてます。
彩夏さんを信じるには、死にたくなる所までの覚悟がいりました」
そうして、綺麗に切り揃えた黒髪が躍るほどにしっかりと、微笑んだ。
「それでいいと、思いました。
もうあの時点で、わたしの人生、“こはく”で働く以外に救いが無かった。
彩夏さんでなくても、わたし自身が一番よくわかっていた。
だから、死ぬほどの信頼を築ける事って、多分、この上ない幸せなんです」
彩夏は、
「明日実ちゃん……」
ただ、その名前の形に、桜色の口唇を動かしたのみ。
「なるほど。その想いは、確かにヒーロー資格者にふさわしいものですよ。
ねえ白井さん、ヒーローの資格って、何だと思います?」
「正義の為に揺るぎなき信念を持つこと」
「そう。信念の揺るがない、
あなたも、俺も、彼女達も」
――まあ、そうだろうな。
白井は、何気なくそんな事を考えた。
「例えば、人間が“人を傷付けてはならない、悪い事をしてはならない”と心得て社会生活を営むのも、親や教育者からの外的刺激による“洗脳”による結果です。
そうした外的刺激をもってしても他者がコントロール不能な人間――信念が一ミクロンたりとも揺るがない人間というのは、もはや狂人でしか有り得ない。
テレビのヒーローはどうか知りませんが、俺たち、現実のヒーローはみんなそうです」
そうしてサイコシルバーは、重大な新事実を告げるかのように、慎重にそれを告げた。
「ヒーロー結社は、定型外人格者をヒーローとして選定するのです」
白井も彩夏も、無表情のまま。
「何を基準に正常異常が決まるのか、僕にはわからないけれども」
そしてその声もまた、平坦なものだった。
そう。
ヒーロー結社が、ヒーロー資格者として選定する基準。
それは、日本国一,二〇〇億人以上の“平均値”から著しく逸脱した人間の事。
「その様子では、薄々は勘付いていたのですね。
では、理由についても考えた事はありますね?
……そう。
そうした規格外の思考構造を持って生まれた人間は、突発的に反社会的行動を起こすのだ、
と考えた人たちがいました。
けれど、法的にも倫理的にも致命的な犯罪を犯し
だから、先んじてそうした人間を確保し、監視する体制を作り出した。
いえ、もっと言うならば。
ヒーロースーツという力をあえて与える事により、目先の欲に突き動かされた定型外人格者を"連行"する口実を作ろうともしました。
ヒーローがその力を正しい事に使い続ければ、よし。日本のどこか片隅で、ささやかな平和が守られてゆく。
ヒーローが、その力で暴力行為や窃盗に出たなら、将来、稀代の犯罪者になり得た人間を社会から
ご存知の通り、俺は、他人の行動や言動を分析して、心を読むプログラムを作りました。
今のように築浪明日実さんの本心を見誤ったりと、必ずしも正解をくれるシステムではありませんが。
ただそれは、築浪さんに関する情報量が不足していた為でもあるのです。
しかし、この仮定に確信を持てる程の情報量――本心――を、ヒーロー関係者は垂れ流しにしていました」
――つまり僕達は、踊らされていた。
白井が、心の中でのみサイコシルバーの言葉を引き取って
――けれど、そうなると……まあいいか。今は彼の言葉に集中しなければ。
「今から言う事に気を悪くしないで欲しいのですが。
ヒーローの選定基準は、狂気の方向性である“属性”と、その強さをABC判定で測る事でなされます。
俺の属性は“独善”で、人によかれと思っている事を過剰に押し付けるらしいです。
そのレベルはB+判定。
あなた達と違ってまだ軽症な方でした。
そしてサイコブラック。
あなたの狂気属性は“
「無謬――正しい事が狂っているとでも?」
白井は、傲然と返した。
「先程、あなた自身が言ったでは無いですか。
何を基準に正常異常が決まるか、わからないと。
正しさもまた、一定の形状を持たないもの。実体の無い、幻に近いものです。
それをあなたは、あなたが思う正しさに固定し、その実現の為であれば途中のプロセスを全く無視してきた。
あなたは世間一般の言う“正しい”が体感できない為に、あなたなりの方法でそれを固定するしかなかった。
そして、その固定法を間違えた時……騒音をまき散らしたり、人間を拉致監禁して道具に仕立て上げたりという暴挙に出てきた。
あなたは、これまでたまたま、人を殺す必要が無かっただけだ。
たまたま、欲望が自分の内側に向いてこなかっただけだ。
それが崩れた時、あなたは最悪の爆弾魔にも猟奇殺人犯にもなれるはずだ。
恐らく、俺が俺の“独善”を理解できないように、あなたがあなたの“歪んだ正しさ”を理解する事はできないのでしょう」
「ああ。僕だって、どんな理由があっても無理矢理結婚を迫る奴は狂っていると思う」
そう。お互いの事を評しあっても、ここは平行線でしかない。
お互いがお互いに、天然で自分を棚上げしてしまうように出来ているのだから。
「……話を戻します。
ヒーロー結社としては、俺達のような人間を監視し、手綱を握れるだけで目的は達せられていたのです。
だから任務に失敗しても何もペナルティは無いし、俺や蓮池さんのように、活動をボイコットしてもお咎めは無い。
定型外人格者が何もしなければ何もしないで、別に、誰かが困るわけでもないのだから。
結社のペナルティを恐れて大人しくなるのであれば、初志である“凶悪犯罪者の摘み取り”は実現しているのです。
でもね。
それは、監視だけしていれば済むタイプの“ヒーロー”に限った話です。
結社の初志とは“いつ、何をしでかすかわからない人間の監視・処置”という、言い換えれば、“極悪犯罪の予防”にある。
そういう意味で、蓮池さん。
あなたは結社に、放置しておくだけでも危険な人物だと定義されたんです」
彩夏は、やはり、表情一つ変えない。
ただ、彼女を取り巻く四人の女ヒーローたちだけが、青ざめたような面差しになった。
「ねえ、白井さん?
俺が結社から読み取った真意を踏まえて、そちらの四人の女性たちがヒーロー資格を得たという事実をどう言い換えますか?」
白井は、
「彩夏さんがきっかけで、狂人が四人増殖した」
淡々とそう言った。
当の四人は、それぞれに狼狽え、または非難の目を白井やサイコシルバーに向けてきた。
「まずは説明します。怒らないで下さい。
当たり前の事ですが、ヒーローに選定されるような人間の出現は、ごく稀なケースの筈なのです。
しかし、こはくでは、既に四人のヒーロー資格者が出てしまった。
元々は資質を持たなかった人間が、資質を獲得した形でね。
例えば、過去、狂った人間によって起こされた大規模な事件をどれでも良いから考えてください。
無差別テロリストの
その事件の実行犯に近いレベルの異常者が、短期間に四人も生まれたとすれば?
実際、殺人も辞さないと言う心を一つにして俺達を包囲している四人の彼女らが、いい証拠です」
彩夏の為なら、保身を考えないスタッフ達。
その心が芽生えた瞬間から、彼女達は確かに“日本の平均”とやらから大きく逸してしまったのだろう。
だとすれば。
「あたしらが安らぎを求めるのは、それ自体が罪だってことかよ。人殺しと同じって事かよ」
珍しく、男のような口調をむき出しに、サイコトパーズ・那美が言った。
「私は、彩夏さんに雇われなければ、死ぬつもりでした。
あの時死んでたら、こんな充実した毎日は無かった。
彼女がそれを止めてくれた事さえ、あなたは狂気と言うのですか」
サイコガーネット・友香が、泣く寸前の声で問う。
「俺ではなく、ヒーロー結社が、ですよ」
「……ンタだって、
――アンタだってその結社の手先じゃないのッ!?」
喉を引き裂くような、友香の叫び。
当の彩夏さえも、びくりと肩を震えさせたほどの。
激情とは裏腹、友香の言い分は的を射てもいる。
結社は、彩夏がヒーロー資格者を増やす危険人物として定義した。
その彩夏を、サイコシルバーは攻撃した。
店を畳ませ、
彩夏を、ヒーローに"処理"されたくなかったから。
――ああ、なるほど。
白井は一人、完全に自説が繋がったのを感じた。
「俺も、ヒーロー結社ルールが、全く正しいとは思いませんよ。
他人の心をいち組織の基準で選定し、力を与えて、増長を煽り。
どちらかと言えば、結社のそんな側面こそを、俺は変えたかった。
けど、結社の力はあまりに大きすぎる。
そのスーツを一度でも着たのなら、わかるでしょう?
一国に準じる程の力を持つ組織が決めた基準こそが、結局のところ正義とされる」
サイコシルバーは。
結社と、水面下で戦ってきた。
誰にも知られず、"連行"をまぬがれながら、地を這うように。
しかし、象が蟻に噛まれた所で、
サイコシルバーの願いを、結社は何一つとして聞き入れなかった。
運営側も、元が狂人であるヒーローの言葉全てに耳を傾けて居ては、何もできないという現実を背負って居るのだから。
時には、誰かを破滅させ。
時には、親しい人間さえ切り捨て。
彼は、彼の独善で、結社を改革しようと考えていた。
報われた事は、一度もない。
サイコシルバーはそれを、おくびにも出さない。
あくまでも温和で理知的な、南郷愛次の声で続ける。
「ところで。
結社の一部タカ派が考える、効率の良いヒーロー運用法って、何だと思いますか?」
これには、彩夏が即答した。
「ヒーロー同士を潰し合わせる事」
反社会性人格によってヒーローとなった者は、言わば爆弾とも言える。
ヒーローを使って別の危険なヒーローを排除させれば、危険人物を同時に二人、始末できる。
「そう。アンチヒーローとはね、法を犯さずに反社会人間を倒す、正道のヒーローの事だったのですよ。
アンチヒーローで在り続けられた者だけが、正義の味方として長生きできる。
ひどい皮肉でしょう?」
まさに、サイコシルバーが“こはく”へと送り込まれた構図、そのままだ。
いや。
ヒーローの活動は、その自主性に任される。
つまり、
「サイコシルバー。
貴男は、私を排除する他のヒーローが派遣されるのを防ぐ為に、御自分がそれを引き受けたのですか?」
サイコシルバーは、彩夏の質問には答えなかった。
「結社の定めるヒーロー資格者の驚異度は、一定ではありません。
人の心と言う、非常に流動的な要素を数値化しているのですから、上がる事もあるし、下がる事もある。
実際、俺はこの思考盗聴のお陰で、危険指定を解除されたヒーローの例をいくつか見ました。
その多くは、私生活に大きな転機が訪れ、自ずと考え方が変わった人々です」
例えばそう、幸せな結婚など。
「蓮池さん。
俺があなたを好きになった気持ちは、本当だった。
それだけです」
だから、何としてでも護りたかった。
下劣な嫌がらせを伴ってでも。
好きでもない男との結婚を強いても。
白井には、気持ちがわからないまでも、理解は出来る気がした。
「あなたが南郷愛次と結婚する事は、アンチヒーローである俺の監視下に置かれるという事。
なおかつ、これ以上ヒーロー資格者を生み出すあの店を畳む。
そうすれば、結社も、脅威度に下方修正をかける事でしょう。
蓮池さんの狂気評価は下がるのです。
だから、あなたは俺の要求を飲むべき"だった"んです。
このままでは、取り返しのつかない事になる。結社だって、際限無くあなたを潰そうとする」
サイコシルバーの声は次第に熱を帯びていた。
彩夏は、
「……ありがとう、サイコシルバー」
優しい、聖母のような声で言った。
「辛かったでしょう。
苦しかったでしょう。
それでもあなたは、わたしを救うために、自分を殺して、影から護ろうとしてくれた」
「蓮池さん、俺は」
「わたしは、忘れません。
あなたの、ただ不器用だった思いやりを。
一生、忘れない」
「……」
「だからこそ、貴男の要求には答えられません」
いつしか、いつもの冷知を帯びた声で。
彩夏は、なおも南郷愛次を拒絶した。
「だからもう、これ以上、不幸にならないで下さい。
貴男が不幸だと、私も哀しいから」
あるいは、救いたかったのかもしれない。
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