静かなる怪人<後編>
閉店後の事務室。
後始末はスタッフに任せ、彩夏はサイコブラックと共にノートパソコンを見ていた。
当然、見るものは防犯カメラの映像だ。彩夏の肩越しにモニタを覗き込むヒーロー。
「南郷組の皆さんから、何か感じましたか?」
サイコブラックは、彩夏の意図がわからず、怪訝そうに頭を振った。
「僕は何も感じなかった。彼等には常に目を配っていたが、怪しい素振りは見せなかった」
サイコブラックのヘルメットは、この店の監視カメラと接続しており、全ての映像を共有している。
ネコのショーに目線が釘付けとなっていたサイコブラックは、しかし、店全体を
盗聴器を仕掛ける、ネコに異物を食わせる、etc……。
誰かがそんなアクションを起こせば、すぐに察知できたはずだ。
「私は、感じて居ました。そして多分、スタッフもお客様もネコ達も」
サイコブラックだけが、何も感じなかった。
となれば。
「しかし私達は、南郷組の方々に対して何かを感じて居ると言う自覚が無かった。
ただ、感じて居た事を、当たり前の事として看過して居たのです」
言いながら、彩夏は、南郷組の人間が映る映像を次々とピックアップしていく。
サイコブラックは口を挟まず、彩夏の答えを待つ。
彩夏は、おもむろにメガネをはずして、背後に立つサイコブラックの顔を上目遣いに覗き込んだ。
「それは、“体調不良”と言う形で私達に表れて居たのです」
業務中、こめかみが妙に痛む。ちょうど、メガネのフレームに接していた部分。
そして、身体全体の倦怠感。軽い頭痛。
常に落ち着かないネコ達。
それらは全て、開店前と閉店時には鳴りを潜めていた。
客が――南郷組の人間が居た時刻にのみ、彩夏は身体の不調や店の異変を感じて居た。
恐らく、スタッフ達の苛立ちも、そこに起因しているのだろう。
病気とも言えない微妙な症状――頭痛・だるさ・胸焼け・耳鳴り――が全方位的に身体を苛む。
理由のわからない不快さは、彼女達の中で精神的な焦りや怒りとして誤認された。目の前の相手の些細な事が目につき、偽の怒りが瞬間的に爆発する。
そうであれば、友香が那美にぶつけた、一時的な激情にも一応の納得はいく。
そうでもなければ“こはく”のスタッフが不和を起こすはずがないと、彩夏は確信している。
彩夏も含めた彼女達は、連日続いた南郷組の嫌がらせと、そこから解放された反動で疲れが出たものと思っていた。
「しかし、ただあそこに居ただけの連中が、どうやってあなた達の体調を壊したんだ? まさか、連中は魔法使いだった、とは言わないよね?」
彩夏は再びメガネをつけて、一度だけブリッジを押し上げた。
「彼等は、あの場で行動して居たのです。
丁度、映像の選定が終わりました。これを見て下さい」
言ってから、彩夏は動画を再生する。
それまでバラバラに見えていた彼等の挙動を繋ぎ合わせると、判で押したかのように同じものが浮かび上がる。
かなりの頻度で、携帯電話をいじっている。いずれもスマートフォンで、ガラケーを持つ者は一人も居ない。
彩夏は動画を止め、何人かの手元を拡大表示した。
ショッキングピンクを基調としたインターフェースの、何らかのアプリらしい。
この日店に居た南郷組員の全員が、同じアプリを使用しているのだ。
まさか、ここに来てゲームをしているわけではあるまい。
「恐らくは、電磁波発生装置……窓ガラスが度々響いていたと言う事は、低周波発生装置も兼ねて居るのでしょうか」
彩夏の言葉に、
「……、…………」
サイコブラックは絶句した。
誰かが低周波で攻撃してくる、と言う話は割りと耳に出来る。
だが、大抵は妄言扱いされている。
低周波を用いた非殺傷兵器に関しては、一応、軍用のものが存在はする。
だが、それにした所で、狙った相手だけに聴かせる為の巨大パラボラアンテナのような装置が必要となる。
そんな物、この周辺には無かったはずだ。あれば目立って仕方がない。
電磁波兵器にしても同じだ。
任意の相手に電子レンジのような効果をもたらす、暴徒鎮圧を想定した非殺傷兵器である。
照射されれば、肌が高熱で焼かれたような錯覚に見舞われる。出力を調整すれば、“肌が何となくチリチリする”という程度に抑える事も可能だろう。
だがこれにした所で、照射装置は米軍の汎用車に搭載するような巨物となる。
たかだか日本のヤクザ者が持ち歩くサイズとするには、世のテクノロジーが追い付いていないはずだ。
が。
「私達、一般市民の触れられる技術が、この世で最先端のものとは限りません」
それは、他ならぬサイコブラックが一番良く知っている。
彩夏のいう事が事実であるなら、サイコブラックだけが何も感じなかった理由にも説明がつく。ヒーロースーツが、低周波と電磁波から、中の白井を護ってくれたのだ。
「十年、二十年先のテクノロジーが、地球上の何処かには存在する。
携帯出来る大きさの低周波発生装置や電磁波発生装置があれば、私達の体調をさり気無く崩す事も可能でしょう。
それが、南郷の方々の手に渡る可能性は、誰にもゼロとは言えません」
だが、それにしても、あまりに飛躍した説ではある。
……まともに考えれば、だ。
サイコブラックには、否定する材料もない。
「しかし、もし私の読みが正しければ、これはチャンスかも知れません。
そうした機器が証拠になるかは解りませんが、今回の事を被害として届け出れば――」
「いや、それは不確実だ。似たような手で、もっと良い手がある」
サイコブラックは、はっきりと断じた。
「もはや、専守防衛などと甘い事を言う段階は過ぎたようだ。
この店にたかる雑魚は、今日をもって根絶する」
白井邸。
元・美術工房の空き部屋。
中心に縛られた男を除いては、延々と砂嵐を映すブラウン管テレビしか置いていない。
「こんばんは、改造人間002番。
急だけど、僕は怪盗が好きなんだ。
けど、盗んだ物を自分の懐に入れる奴は、義賊だろうと嫌いだ。
矛盾して居るようだけど、盗みは見たくない。
でも盗みの鮮やかな
サイコブラックの指令は、迅速そのものだった。
それから三日後。
県内で、同時多発的に覚醒剤の所持者が逮捕された。
その数、実に六人。
いずれも県指定暴力団・南郷組の構成員ではあるが、彼らはそれぞれ一人で行動していた。
つまりこの日、六件もの麻薬所持事件が警察によって処理されたのだ。
調べに対し、六人のいずれも犯行を否認している。
知らないうちにバッグに薬を入れられていたのだ、と無実を訴える。
だが、現実として彼らは覚せい剤を単純所持していたのだ。既成事実がある以上、子供じみた言い訳が通用する筈も無い。
改造人間002番は、きちんとサイコブラックの本心を汲んで行動してくれたようだ。
盗みの手口は見たいが、それを自分の懐に入れるような奴は嫌いだ。
002番は、主に好かれたい一心で、その行動に出た。
南郷組の息がかかった偽装倉庫に忍び込み、相当量の麻薬を盗み出す。
しかし、それを自分の物にしてしまっては、主に嫌われてしまうのだ!
それだけは、それだけは駄目だ。
だから。
002番は盗んだ品を還元してやったのだ。
南郷組の、末端構成員の懐へと。
サイコブラックが、ヒーロー結社の協力によって調べ上げた“こはく”襲撃者のバッグに、盗んだ覚醒剤を忍ばせてやった。
まあ、大きく言えば、南郷組の倉庫から盗んだ物を元の持ち主たる南郷組のバッグに移し替えただけ、と言う事だ。
南郷本家の倉庫から、地上げまがいの下っ端のバッグに移し替えた。その程度の事は、人類七十億人の営みから見れば、非常に非常に小さな事だろう。
とりあえず“こはく”に、未知の低周波装置やら電磁波装置を持ちこんでいた輩は、これで根絶やしに出来た。
幾ばくかの懲役が下るだろうが、“こはく”襲撃犯の六人が刑期を終えた時、出所を喜んでくれるかどうか。
塀から出た瞬間、同胞達の熱烈な歓迎が彼らを待っている事だろう。
だが、自分の見えない所で起こる事に、サイコブラックが関知する謂れはない。
南郷組が次の手勢を向けて来ようと、今後、サイコブラックは同じように彼等を排除するつもりでいる。
だが恐らく、南郷組としても、“こはく”に雑兵を送るどころの事態ではあるまい。
何せ、本家筋のシノギで国内に持ち込まれた薬によって、構成員が大々的に逮捕されたのだ。
問題は、組の一部と“こはく”との確執という小さな枠から、完全にはみ出してしまっていた。
そしてそれこそが、サイコブラックの狙いでもあった。
「引きずり出してやるぞ」
悪を思う存分討滅できる予感に、サイコブラックは、含み笑いをする。
自分の笑いが自分の笑いのツボを更に刺激する、抱腹絶倒の自家発電。
「フハハハハハ!」
いつしか黒を基調としたヒーローは、新月の夜闇に、狂った高笑いを轟かせていた。
【次回予告】
覚醒剤の有効利用。
サイコブラックの機転によって、悪人は断罪され、ついでに罪なき市民が麻薬に侵されずに済んだ。
だが、そこに使われた薬が南郷のシノギによる品であった以上、組との全面対決は避けられない。
“こはく”と南郷組の確執の原因とは?
蓮池彩夏に秘められた秘密とは?
次回・データ005「アンチ・ヒーロー」
……悪党どもは、この世のエラーだ。
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