第33話 祈り
「・・・」
なぜこうなってしまったのか・・。僕は十字架に掛けられたキリスト様の像の前に立っていた。
「・・・」
そして、神様など信じたこともない僕は、ただ固まっていた。
チラリと隣りの少女を見る。
「うっ」
彼女はその美しい光り輝く純真な眼差しで、何か期待を持って僕を見つめている。
「・・・」
とりあえず祭壇に向かって、テレビや映画で見たように胸の前で両手を握ると、膝まづき、祈る格好をしてみる。
「・・・」
再び少女をチラリと見る。彼女はまだ僕を見ている。
「・・・」
僕は目を瞑った。
「これでいいんだよな」
と心で不安をいだきながら、とりあえず祈る真似だけする。
「俺はこんなとこで一体何をしているんだ」
そんな煩悶が脳裏を支配する。しかし、このまま続けるしかない。
しばらくして、薄目を開けちらりと隣りを見ると、小女は、僕の隣りで同じように両手を握りしめ、目を瞑り膝まづいて神に祈りを捧げていた。
「・・・」
彼女のその真摯な祈る姿は、神々しい落ち着いた光のように、本当に美しかった。
「ほっ」
とりあえず格好だけは何とか正しかったと、僕は安心し、再び目を瞑った。
改めて祈りの世界に入ると、教会内は静かで全く別の世界のようだった。祈る真似だけでも何か心が安らいでいくのを感じた。
「来て良かった」
僕は思った。
「なんだとこのやろう」
「わっ」
その時、突然、そんな教会の静寂を切り裂くように、またものすごい怒鳴り声が奥から響いた。僕はびっくりして目を開けた。それは、さっき聞いたおばさんの声だった。やっぱり聞き間違いではなかった。
「わぁ~」
すると、今度は突然奥からものすごい勢いでおっさんが叫びながら飛び出してきた。
「わぁ~」
それを見て僕も叫んでその場にのけぞった。
そんな僕の前を横切って、おっさんはそのままの勢いで教会から走り出て行った。
「・・・」
僕は茫然とおっさんの出て行った、僕たちのさっき入って来た観音開きの教会の入り口を見つめた。
「・・・」
そこは片方の扉が開いたまま、外の光が薄暗い室内に淡く入り込んでいた。
「・・・」
僕は隣りの少女を見た。しかし、少女は、何事もなかったみたいに静かに祈り続けている。
「・・・」
僕はそれにも更にびっくりし、訳も分からず茫然とするばかりだった。
「誰だ。お前」
「わっ」
すると今度は奥からなんかすごいおばちゃんが出てきた。そして、バカでかい老眼鏡の奥のやたらとギラギラしたでかい目が、世界中の全てを睨みつけるように、のしのしと僕の方へと迫って来た。
「誰だ」
老眼鏡で拡大されたそのやたらとでかい目が、僕を睨み据えギロリと光った。
「わっ、なんかごめんなさい」
僕は訳も分からずなんか謝ってしまった。体は小柄だが態度が半端なくでかく、そのギャップが何かアンバランスな奇妙な怪物のような迫力をもっていた。焼きそば屋のママも妙な迫力があるが、それとはまた違った迫力があった。
おばちゃんはなおも迫るように僕を睨みつける。僕は全身でこの教会に来たことを後悔した。
「・・・」
僕もさっきのおっさんみたいに走って逃げようか・・、そんなことを考えながら僕はその場に立ち尽くしていた。
「ふふふふっ」
その時、隣りから少女のかわいい笑い声が聞こえた。
「えっ?」
僕は少女を見た。
「怖がらないで」
「えっ」
少女は更に笑い続けている。
「???」
僕は訳が分からなかった。
「なんだこいつは」
まだ怖い顔をしているおばさんは少女を睨みつけるように見た。
「お祈りしたいって」
そんなおばちゃんに全く動ずることもなく少女が答えると、おばちゃんの顔が大魔神の逆変身みたいに突然柔和になり、その面積の広い顔いっぱいに満面の笑みが溢れた。
「まあ、そうでしたか」
急に愛想までよくなった。
「・・・」
その豹変ぶりがまた逆に怖かった。
「よかったら奥へ」
腰まで低くなっている。
「コーシーでも」
声も一オクターブ高くなっている。
「奥にコーシーがありますから」
「コーシー?」
多分コーヒーのことなのだろう。言い方がなんか変だった。もしかしたらこのおばちゃんは相当な年なのかもしれない。よく見ると相当な厚化粧だ。
しかし、おばちゃんに促されるまま、さっきおっさんが飛び出してきた奥へと僕は入って行った。
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