第30話 うつ病と祝い町病
「あ~ああ」
今日も暇だった。でも、時間だけは腐るほどあった。
なんだかよく分からないが、僕はいつものようにぶらぶらとその辺を歩き出した。そんな意味のない夢遊病のような散歩が日課になり始めていた。
生活保護の話も、ももちゃんが一人がんばってくれているが、当の本人がやる気をなくしてしまっている以上受けるのは難しいだろう。親、兄弟だけでなく、親戚縁者にまで、僕がホームレスだという現状が知れ渡るなど、恥ずかし過ぎて、死ぬより無理だった。
「はあ~」
大きなため息が、心の底の方から漏れた。これで、また一つ、希望が消えた。僕の目の前はまた鬱々とした景色に戻っていた。
いつもの景色。もう、テント村もホームレスのおっちゃんたちも見慣れて来て、何も感じなくなっていた。僕はもうこの町に溶け込み始めている。そして、そのまま・・。
「なんだよ。また死にそうな面して」
「・・・」
気付けば僕はまた、ママの店にいた。
「やっぱり、僕、うつ病ですよ・・」
「働けよ。体使って汗水たらして働いてたら、うつなんかどっか飛んでっちまうよ」
「そんな無茶苦茶な」
でも、今日もママの焼きそばはうまかった。僕はママの焼きそばをすきっ腹にかき込んだ
「そんだけ、食欲あったら大丈夫だ。働け」
「う~ん。でも・・、なあ・・」
「ほんと怠け癖がついちまってるよ」
「祝い町病だよ」
今日も先に来て、一人いつもの席で飲んでいた源さんが口を開いた。
「祝い町病?」
「この町に来るとみんななっちまうんだ。住むとこはある。食い物はある。水はある。電気はある。自分と同じような連中はいる。取り合えずは生きていけるだろう。だから、だんだん働くのが嫌になって、毎日ごろごろ何するでもなく日々を過ごして町を彷徨うんだ」
「・・・」
「正にだな」
ママが僕を鋭い射貫くような目で見た。
「違いますよ。僕はうつ病です」
僕は声を大きくして言ったが、誰も聞いてなかった。
「ほんとですよ」
「私は信じるわよ」
振り向くとみんみさんだった。
「あっ」
「最近、うつ病の人は多いのよ」
「みんみさん・・」
「みんみ、こいつを甘やかしちゃダメだよ」
「今日本の若者の死因のトップは自殺よ。うつ病を甘く見ちゃダメよ」
「みんみさん・・、あなたは天使です。女神です。神様です」
僕は興奮して一人叫んだ。
「ふふふふっ」
そんな僕にみんみさんは笑っていた。
「みんみさんの背中に大きな白い羽が見えます」
「ほら、もう元気なってるだろ。こんな都合に良いうつ病ないだろ」
「うつ病にも色んなタイプのものがあるのよ。それに、いつも落ち込んでいるわけじゃないし。元気な時だってあるわ」
「みんみさん・・」
なんてやさしいんだ。僕は感動に次ぐ感動で涙が出そうになった。
「やっぱり天使だ」
「こいつを甘やかすとろくなことないぞ」
「僕は褒められて伸びるタイプなんです」
「ほらっ、もう調子こいてる」
「ママは厳し過ぎるんですよ」
僕とママは睨み合った。
「・・私には分かるのよ」
その時、みんみさんが僕の隣りで一人呟いた。その横顔には薄っすらと陰りが見えた。
「みんみさん・・」
陰りのあるみんみさんは更に素敵だった。みんみさんの美しさに深みが増し、堪らない魅力が僕の胸の奥を打った。
「みんみ、お前・・」
「えっ、ああ、大丈夫よ。ママ、私は大丈夫」
みんみさんは、取り繕うようにまたあの明るい笑顔に戻った。
「??」
僕はママとみんみさんとを交互に見つめた。
「どうしたんです」
「なんでもないよ」
「なんで怒ってんですか」
僕には訳が分からなかった。
その後、みんみさんは今日もテイクアウト用の焼きそばを二人前受け取ると、帰って行った。
「やっぱりきれいですね。みんみさん」
僕は夢心地だった。
「うつはどこ行ったんだ。うつは」
ママはそんな僕に心底呆れていた。
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