第29話 受難の生活保護
「ダメだったね」
僕と、ももちゃんは力なく役所から出て来た。外は僕らの心とは裏腹に、全てに挑みかかるような、カッと照り付ける太陽光線が燦燦と、元気いっぱい燃え盛っていた。
「本当に腹が立つ」
ももちゃんは、一人ものすごく怒っていた。
「そんなこと絶対ないはずなんですよ。住所がないからって、若いからって受けられないはずないんですよ。生活保護は貧しい人がみんな平等に受けられるはずなんですよ」
朝一で役所の窓口まで二人で行き、担当役人と二時間以上押し問答した挙句、結局、何も進展しないまま、引き上げざる終えなかった。
「むかつくわ。あのハゲ」
担当の役人は波平みたいに禿げていた。
「ああ言えばこう言う」
担当の役人は、慣れているのか一筋縄ではいかなかった。ももちゃんがいくら正論を言っても、うまいこと話をああだこうだと自分のペースに持っていき、時折、薄ら笑いなども浮かべながら、ももちゃんの意見などまったく寄せ付けすらしなかった。
「なかなかの強者だったね・・」
役所の人はもっとやさしく愛想よく、親身に相談に乗ってくれるものと思っていたので、あのキャラと対応には僕も驚いた。
「絶対、生活保護を出し惜しみしてるんだわ」
「そうなのか・・」
役所の財政も厳しいということなのか・・。
「ちゃんと憲法で保障されてるのに」
「憲法」
なんか話が大きくなってきた。
「ま、まあ、とりあえずどっかで休もうよ・・」
僕は全く話について行けず隣りにいただけなのだが、二人の壮絶なバトルを聞いているだけでなんか異常に疲れた。
「私大学に行って調べなおしてきます」
だが、ももちゃんは興奮冷めやらず、そのまま駅の方へのしのしと一人行ってしまった。
「・・・」
僕はそんなももちゃんの背中を黙って見送った。なんか、ももちゃんは僕以上に熱くなっていた。
「ほんとむかつくわ、あのクソじじい」
ももちゃんが、ママの焼きそばを口いっぱいやけ食いしている。結局、今日も昨日のメンバーに、よっちゃんをくわえた面々がママの店に集っていた。
「なんでダメだったんだい」
インテリさんが訊いた。
「それがよく分からないんですよ。なんか若いからとかまだ働けるとか、まだがんばれるとか、住所がないとか、他にもっと困ってる人がいるとか、努力根性論みたいな話して・・」
ももちゃんは、まだ猛烈に怒っていた。
「大学で先生に聞いたり、調べたりしたんですけど、そんなことないんですよ。若くたって住所なくたって受けられるんです。大体住所ないくらい困ってる人を助ける制度なのに。何のための生活保護なのよ。まったく」
ももちゃんの怒りは収まらない。
「役所も最近じゃ、厳しいみたいだね」
その時、情報屋の源さんが口を開いた。
「他にも似たような対応された話を聞くよ。なんだかんだ言って、生活保護申請を出させないんだ。本音じゃ、多分受給者を減らしたいだろうね」
さすがに情報屋の源さんは何でも知っている。
「財政が厳しいのかね。お役所も。今は」
やっさんが言った。
「まあ、結局働けってことだな」
ママが僕を見た。
「ママ」
ももちゃんがママを睨むように見た。
「こいつはまだ若いし働けるだろう」
「そうですけど・・、でも、働くには住所とか必要だし、それに、いろんな初期費用とかだって掛かってくるわけで」
「そうだ」
僕は履歴書を書くボールペンすらなかった。だから、あんな怪しげな仕事しか・・。ちゃんと、お金があればちゃんとした仕事につけるんだ。
「そうですよ。ママ、働くにだってお金がかかるんですよ」
「だけど、こいつは甘やかすとすぐ調子乗るからな」
ママが僕を見下ろすように見た。
「そんなことありませんよ」
「お前は少し苦労しろ」
「十分しましたよ」
「いや、お前はまだ足りない。この町で、もっと根性鍛えなおせ」
「そんな無茶苦茶な」
「私、明日、もう一回行ってきます」
その時、ももちゃんが両こぶしを固く握りしめ、何かを決意するみたいに言った。
「あのじじいを絶対へこましてやる」
大きなめがねの奥の目がギラリと光った。
「ゴクッ」
そんなももちゃんを見て、僕は息を呑んだ。なんだかもう僕のことは完全に消えて、ももちゃん自身の復讐戦みたいになっていた。
「ところで、なんで、ももちゃんは生活保護受けないの」
僕はふと疑問に思い訊いた。
「私のおじさんが、小さい時から色々面倒見てくれるんです。でも、甘えてばかりいられないし」
「えっ?」
僕はももちゃんの言っている意味が分からなかった。
「あっ、言ってなかったですけど、生活保護を受けるにあたって三親等まで連絡がいくんです。それで、無理だったらという流れになるんですよ。だから、生活保護を申請すると私のおじさんが絶対私を助けようとしちゃうんで、それで受けてないんです。おじさんだってそんなに裕福な人じゃないし」
「・・・」
知らなった。親にも親戚にも今の僕の現状が知れ渡る・・。それは絶対嫌だった。
「誠さん、絶対私が生活保護受けられるようにしてあげますから」
ももちゃんはめっちゃ気合が入っていた。
「い、いやぁ、もういいんじゃないかな。僕も若いし、働けば何とか・・」
「ダメですよ。あきらめちゃ」
「え、いや、でも、やっぱまだ若いし・・」
「心配しないでください。大丈夫です。私に任せて下さい」
「う、うん・・」
「どうしたんだよ。急に」
ママが僕を見て訝しがる。
「ん?んんん・・」
僕は、声にならない声を発しながら体をよじった。
「絶対、何とかしますから。ママ、焼きそばおかわり」
気合の入ったももちゃんは、もはや僕を見ていなかった。
「・・・」
困った・・。それに生活保護を受けなければ新たに見出した救済の道も失うことになる。
「・・・」
僕の目の前はまた黒い霧がかかったように、暗澹としてきた。
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