第23話 常連さん

 ガラガラ

 そこでまた誰かが店に入って来た。

「あっ、インテリさん」

 インテリさんだった。

「おっ、君か」

 インテリさんは、僕に気づくと、そのまま僕の隣りに座った。

「ママ、焼きそばね」

「はいよ」

 やっぱり、みんな焼きそばを頼んでいく。

「おっ、なんかみんな揃ってるな」

 インテリさんは店を見回した。そんなインテリさんにみんな手を上げる。やはり、ここの客は全員顔見知りらしい。

「おっ、仕事見つかったのか」

 インテリさんは僕の顔をまじまじと見た。

「えっ」

「だいぶいい色に焼けてる」

「ああ」

 屋外での肉体労働で、僕は一日でかなり日焼けしたらしい。

「鋭いな。さすがインテリさん」

 やっさんが僕の脇から、顔を出した。

「はははっ、やっさんも隣りにいるし、なんとなくですよ」

「やっぱ、頭の出来がちゃうわ」

「はははっ 、そんな大げさな」

 インテリさんは笑った。

「でも、この前、私が大学の課題で苦しんでたら、インテリさん、アドバイスくれたんです。それがすごく的確で、それをもとにレポート作ったら教授も驚いてたんです」

 ももちゃんが、やっさんの更に脇から顔を覗かせる。

「ほう、やっぱあんた頭ええんやな」

 みんなで、インテリさんを見た。

「はははっ、そんな、たまたまですよ」

 インテリさんは謙遜して笑った。

「まっ、一杯」

「あっ、ありがとうございます」

 やっさんがインテリさんにもビールを勧める。インテリさんはママの出した水の入ったグラスを一気に飲み干すと、それにビールを受けた。

「でも、良かったじゃないか。仕事が見つかって」

 ビールを飲みながら、インテリさんが言った。

「はあ・・」

「浮かない顔だな」

「はあ」

 僕は今日一日の過酷な労働と、あの屈辱的な若者に怒鳴られた場面を思い出していた。

「だいぶ苦労したみたいだな」

 僕の険しい表情を見て、インテリさんは笑った。

「・・・」

 今日は、もうすでに思い出したくもない、屈辱的な日になっていた。

「はい、お待たせ」

 その時、ママがインテリさんの前に焼きそばを置いた。

「あっ、早い。さすがママ」

 インテリさんは言うが早いかもう割り箸を割って、焼きそばを掴み始めていた。

「うん、うまい」

 早速食べ始めたインテリさんは、開口一番感嘆の声を上げた。

「やっぱこれですね」

 インテリさんは笑顔でママを見た。

「あんた、いつもふらっと来て、ふらっと帰って行くけど、何してんだ?」

 そんなインテリさんをママは、いぶかし気に見つめ返した。

「えっ、僕はしがないホームレスですよ」

「その割には身なりがいいね」

 ママは、更に疑わし気にインテリさんを見た。確かにそうだ。いつも白いポロシャツか、白いシャツ、その下にジーパンといういで立ちだったが、他のホームレスの人たちみたいに着古した感じもなく、いつもきれいで清潔だった。ぱっと見、知らない人が見たら、ホームレスなんて誰も気付かないというか、想像もしないだろう。僕も改めてインテリさんを見た。

「はははっ、まあ、まあ」

 インテリさんは、ママの質問に笑って胡麻化すと、焼きそばを食べ続けた。

「全く謎な人間が多過ぎるよ。この町は」

 ママはため息交じりに言った。

「それがこの町のおもしろさでもあるさ」

 やっさんがそれに対して言った。

「おもしろさねぇ」

 そう言って、ママは煙草をくわえ、マッチを擦って火をつけると、渋い表情で煙を吐いた。

「私はこの町のそんなとこが好きです」

 ももちゃんが無邪気に言った。

 その時、インテリさんを見つめていた僕は、その向こうのみんみさんの方をちらりと覗き見た。みんみさんは旦那と、静かに語らいながら日本酒を飲んでいた。二人は、とても仲が良さそうに見えた。

「・・・」

 それは全く他人が入り込める余地のない、二人だけの世界だった。

 ドンッ

 その時、突然僕の前にビールの大瓶が置かれた。

「えっ!」

 僕はママを見た。

「よっちゃんからよ」

 僕が驚いて、よっちゃんを見ると、そのクレヨンで目一杯塗りたくったようなごつい顔に浮き出るように見開かれた目を、僕に向かって閉じたり開いたりを必死で繰り返していた。多分ウィンクがしたいのだろう。

「・・・」

「ほんとに気に入られたみたいね」

 ママが言った。

「ほんまやな。よっちゃんがビールおごるなんてよっぽどやで」

 やっさんが僕を見る。

「は、ははは」

 全然うれしくなかった。

「あ、ありがとう」

 僕はよっちゃんにとりあえずお礼を言うと、ビール瓶を持ち上げた。

「せっかくだからみんなで飲みましょう」 

 とりあえずよっちゃんにお礼だけを言って、みんなのグラスにビールをついでいった。

「ママもどうですか」

「おっ、気が利くな」

 ママがグラスを差し出した。

「私もちょっと飲もうかな」

 そう言ってももちゃんもグラスを差し出した。と、その瞬間だった。

 キシャ―

 ものすごい獣の発する威嚇音のようなうねり声が店内に響いた。みんな一斉によっちゃんを見る。よっちゃんは、歯をむき出し、ものすごい形相で、ももちゃんを睨みつけていた。

「なんか私は嫌われてるみたい・・」

 ももちゃんは、グラスを引っ込めた。

「ライバルや思うてるんや」

 やっさんはそう言って笑った。

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