第24話 お勘定
「さっ、そろそろわしは帰ろか。明日も仕事やしな」
そう言って、やっさんが僕を見た。
「明日も仕事なんですか」
「ああ、そうやで」
僕はもう、一日で体がガタガタだった。
「あんたは?」
「はあ」
「何も聞いてないんか」
「はい」
「わしがゆうたろうか」
「い、いえ。また自分で探しますんで」
「そうか」
正直、もう、あの仕事はやりたくなかった。しんどくて低賃金、奴隷のような扱われ方。それに、あのむかつく若者にも、もう会いたくなかった。
「ママ、これで」
やっさんが、千円札を何枚かポケットから取り出すと、ママの方に差し出した。
「一緒で」
僕の方を見て言った。
「えっ、でも」
「今日は、わしが誘ったんやから、あんちゃんはええで」
「えっ、で、でも・・、そういうわけには」
「ももちゃんの分もね」
やっさんはももちゃんを見た。それを聞いて、ももちゃんが、慌てて何かを言おうとして、口に入れたばかりの最後の一口になった焼きそばをのどに詰まらせ、むせた。それでも、苦しみながら手でやっさんにそれはと、必死で止めに入った。
「あんたは学生なんやから、大人に甘えとき」
そう言って、やっさんは、そのままママにお金を渡した。
僕も、ポケットの中のお金の入った封筒を急いで出そうとした。すると、それを隣りのインテリさんが手で止めた。
「僕も出そう」
「えっ」
そう言って、インテリさんはやっさんの出したお札の上に自分の千円札を乗せた。
「景気ええな。あんたは」
やっさんはインテリさんを見て、笑顔で言った。
「はははっ、ホームレスに景気もくそもありませんよ」
二人は僕を挟んで笑いあった。
「焼きそば食べなくていいの」
ママがお金を受け取りながら、やっさんに向かって言った。
「ああ」
「最近、お酒ばっかりね」
「ああ、飯は帰ってから食うわ」
そう言ってやっさんは小さく笑った。
「そうお」
ママはそう言いながら、どこか心配そうな顔をした。
「ほなな」
その後、ママからお釣りを受け取ると、店の人たち全員に片手をあげ、やっさんはそのまま店を出て行った。
「あ、ありがとうございました」
僕は慌てて、そのやっさんの背中にお礼を言った。
「ありがとうございます」
ももちゃんも、慌てて言った。やっさんは背中越しにそれに軽く手を挙げ答えたただけだった。この店のメニューは安いとはいえ、やっさんの給料も安い。千円、二千円だってバカにならない。
「じゃあ、僕も行こうかな」
いつの間にかあっという間に焼きそばを食べ終わっていたインテリさんが言った。
「あっ、じゃあ、僕も帰ります」
「そうかじゃあ一緒に帰ろうか」
「はい」
「本当に、あんたはふらっと来て、ふらっと帰っていくんだね。いつも」
ママは憮然とした表情で言った。
「はははっ、まあ、またゆっくりと」
インテリさんは胡麻化すように笑うと、お金を差し出した。
「本当にいいですか」
僕がさっき出してくれたお金のことを聞いた。
「ああ、せっかく稼いだ金だ。大切にした方がいい。これから何かと必要になってくる」
「はい」
インテリさんは本当にやさしい。見ず知らずの僕にいろいろと面倒も見てくれるし。
しかし、インテリさんは本当にどうやってお金を稼いでいるのだろう。一日のんびりぶらぶらしているようにしか見えないし、しかも、僕と同じホームレスだ。なんだか、ママ同様、僕もインテリさんの素性が気になりだした。
「ん?どうした」
ママからおつりをもらうインテリさんの色白な横顔を見つめていたら、インテリさんが急にこっちを振り返った。
「えっ、いや、別に・・」
「そうか、ははははっ」
インテリさんは、そう言って、何がおかしいのか笑った。
「・・・」
本当に、どういう人なのだろう。僕は改めてインテリさんを見つめた。
「じゃあ、おやすみなさい」
インテリさんは店の面々にやっさん同様、片手を上げると、店を出た。僕もそれに続いてみんなに頭を下げた。みんみさんが僕に向かって笑顔で、かわいく手を振ってくれていた。
「みんみさん・・」
僕はうれしさを通り越して感動してしまった。
「何してんの、早く行こうぜ」
インテリさんが一度くぐった暖簾から顔だけを覗かせた。
「あ、は、はい」
僕は慌てて入り口に向かって向きを変えた。その時、ふと奥の席に目が行くと、みんみさんと同じようによっちゃんも、そのどこかどす黒い顔に満面の笑みを作り、かわいく手を振っていた。
「・・・」
僕は逃げるように暖簾に頭を突っ込んだ。
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