第10話 祝い町の人々
「まあ、少し歩こう」
そう言われ、僕はインテリさんと連れ立って歩き始めた。そういえばこの町の中をまだほとんど見ていなかった。
「あっ、なんか変わった形の段ボールハウスが」
少し歩いたテントの連なる広場の外れの道路脇に、日本の城の形をした段ボールハウスがあった。てっぺんには天守閣まである。
「祝い城だ」
「祝い城?」
「この町の城だよ」
インテリさんはそう言って笑った。
「芸術だよ」
「芸術・・?」
「作品なんだよ」
「はあ・・」
「まあ、変わり者が多いから」
それはこの町の人に対してなのか、芸術家がそうだということなのか、インテリさんがそのどっちを言っているのかは分からなかった。
「それにしても・・、城って・・」
「まあ、そこが芸術なんだろう」
「まあ、城に住みたい気持ちは分かりますが・・、ホームレスに城って・・」
「皮肉が利いてていいじゃないか」
インテリさんは笑っていた。
その時、祝い城から一人のサラサラのロングヘアーを垂らした、無精ひげの男が這い出すように出てきた。祝い城は外観に凝り過ぎて、中は窮屈らしい。
「よっ」
インテリさんが声をかけると、その男は気の弱そうなやさしい笑みを浮かべた。
「コーヒー飲みますか」
ほっそりとした色白の顔を向け、その男はインテリさんに消え入りそうな声音で言った。インテリさんは僕を見た。僕はうなずいた。
「じゃあ、いただこうかな」
するとその青年なのか中年なのか年齢不詳の芸術家は、器用に近くの自作のかまどに火をおこし始めた。
それからコーヒー豆を入り始め、更にミルを出してきてその炒った豆を砕き始めた。かなり凝り性らしい。
長い時間が掛かり、やっとコーヒーがはいると、近くに設置してあったキャンプ用のプラスチック製のテーブルと椅子の一体化した折り畳み式のテーブルセットに腰掛け、三人でコーヒーを啜った。
「ん、うまい」
確かに凝っているだけあってうまかった。香りも味も格段に普段飲んでいる缶コーヒーやインスタントのものとは違っていた。
「有機で栽培された豆を使ってるんです」
芸術家の男性は、少し得意げにやはりか細い声で言った。
「どうだい、芸術の調子は」
インテリさんが訊いた。
「今度、フランスに行きます」
「フランス?旅行か?」
「いえ、フランスの美術館で展示してほしいと言われまして」
「何を展示するんだい」
「これです」
その芸術家が指さしたのは、祝い城だった。
「・・・」
「・・・」
僕とインテリさんは、お互い顔を見合わせ、しばし見つめ合った。
「なんかすごい人だったんですね」
僕とインテリさんは、コーヒーを飲み終えると、芸術家さんに別れを言って、再び歩き出していた。
「なんでも、有名な芸術大学を出ているらしいぜ」
「そうだったんですか。どこの大学ですか」
「それは分からない」
「今度会った時、聞いてみましょう」
僕がそう言うとインテリさんは急に黙った。
「ここではあまり氏素性は訊かないのがルールなんだ」
「・・えっ、なぜです?」
「ここはいろいろ訳ありな人が多いからな」
「・・・」
昨日広場中央の焚火にあたっている時、やさしいようでいてどこか距離のあるおっちゃんたちの態度を僕は思い出した。
「あっ、なんであの人のテントには、たくさんの人が出入りしてるんですか」
祝い城から少し歩いた広場の片隅に、やたらと人が集まっているテントが見えた。
「ああ、ブッダさんね」
「ブッダさん?」
その時、テントの中から坊主頭をした一人の背の低い小汚いじいさんが出てきた。
「あれがブッダさん」
その小汚いじいさんを見てインテリさんが言った。
「なるほど、お坊さんなんですね」
「ああ」
「でもなぜ、ブッダなんです?」
「ここではカリスマ的人気なんだ。なぜかね」
「はあ」
「なんか熱狂的な信者さんたちができちまってるんだ」
「へぇ~、不思議ですね。僕には普通の小汚いおじいさんにしか見えませんが」
「でも、山奥の寺で何年も修行していたらしいぜ」
「そうなんですか・・」
僕は改めてブッダさんを見た。ブッダさんは、テント前の少し開けた場所の中央にある大きな平たい岩の上に胡坐を組んで座るところだった。
「これから説法が始まるんだ」
「説法・・」
ブッダさんが大きな岩の上に座ると、それを取り囲むように人々が地面に座り始めた。
「インテリさんも、聞いたことあるんですか」
「俺は非科学的なことは信じないな」
「そうですか」
「でも、何回か話したことはあるけど、なんか不思議な雰囲気は感じたな」
「へぇ~」
「聞いてくか?」
「いえ・・」
僕たちは、再び歩き始めた。
「あっ、外人さんもいるんですか」
ブッダさんのテントから離れ、そこから反対の少し広い芝生広場みたいになっているところに出ると、上にも横にも一際大きな金髪のおじいさんが歩いているのが見えた。
「ああ、あのじいさんも長いなぁ」
「どんな人なんでしょう」
「さあなぁ」
インテリさんもあの外人さんはよく知らないようだった。
「俺が来る前にはもういたな」
「へぇ~」
どんな訳があって、外国でホームレスをやっているのだろうか。僕はそこが気になった。
「あっ、あんな若い女の子もいるんですか」
芝生広場から再びテントの並ぶ区域に入った時だった。バカでかいメガネをかけた小柄な女の子がテントの前で火を熾し何やら自炊していた。
「ああ、彼女は学生だよ。こここから、大学に通っているんだ」
「えっ!学生?大学?」
「ほら、あっちに若いカップルがいるだろ」
インテリさんが更に向こう側を指さした。
「えっ、ああ、いますね」
「あれなんか結婚してるんだぜ」
「えっ、夫婦なんですか」
「ああ、新婚ほやほやだ」
「新婚・・・、もちろん二人ともホームレスなんですよね・・」
「ああ、結婚式もここでやったんだぜ。俺も出た」
「出たんですか」
「ああ、出たよ。お花見みたいな感じだったな」
「・・・」
遠目に見る二人は、ホームレスだというのになんだか幸せそうに見えた。
「なぜ、あんな人たちが・・?」
「さあな。事情は人それぞれさ」
「はあ」
「君もそうだろ」
「・・・」
「だからここでは、そういうことは聞かないことになってる。氏素性は尋ねない。それがここのルールだ。さっきも言ったけど」
「・・・」
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