第11話 町並み
「えっ、一泊千円?」
広場を抜け、古びたビルや住宅の立ち並ぶ区画に出た時だった。僕は我が目を疑った。何気なく立つ看板に目をやるとそこには一泊千円の文字が・・。
「ここ、一泊千円なんですか・・?」
その看板の立つビルの外観は、普通の小さなビジネスホテルのようだった。しかし値段が尋常じゃなく安い。
「ドヤだよ」
「ドヤ?」
「簡易宿泊所。日雇いの人なんかが泊まるんだ。最近じゃ、海外からのバックパッカーとか家出してきた若いやつなんかも多いがね」
「・・・」
「この辺は、あっちこっちにあるぞ」
「あっちこっちにあるんですか」
ここだけじゃないのか。
一泊千円ということは、一か月三十日として三万円。前に僕が住んでいたアパートよりも安い。
「中はどんな感じなんですか」
「畳二畳。布団。以上」
「それだけですか」
「それだけ」
「・・・」
「共同のシャワーとか洗濯機とかがあるとこもあるみたいだけどな」
「はあ」
そこは全く僕の知らない世界だった。僕の住んでいたぼろぼろの文化アパートよりも更に下があったとは・・。
「この辺は、アパートも安いぞ。八千円からある。しかも、大家さんと直接交渉。敷金礼金保証金一切いらない」
「八千円・・、直接交渉・・・」
ここは僕の知っている世界とは全く違う世界なのだと、改めて僕は知った。
「あれ?」
再び歩き始めてすぐ、今度は自販機を見て我が目を疑った。
「あの・・、五十円って・・、なってますけど・・」
「ああ、これね」
インテリさんはさして驚く風もない。
「五十円・・」
しかし、見慣れぬ数字に僕はくぎ付けにならざるえをえなかった。
「五十円ですよ。自販機のジュースが・・」
インテリさんを見るがやはり、全く動じる風もない。
「五十円・・」
しかし、並んでいる銘柄はどれも見たこともないものばかりだった。中にはハングルで書かれた缶も見える。
「俺が前に見たのは三十円てのがあったなぁ」
「さ、三十円?」
「三十円ということは百円玉を入れたら、七十円のおつりが出てくるということですよね・・」
「そうだな」
「・・・」
僕はもう一度、自販機を見つめた。しかし、インテリさんはそんな僕を置いてさっさと行ってしまう。ここではこんなことは驚くに値しないらしい。
「一杯、百円?」
しばらく歩くと、またまたすごい看板を僕は見つけてしまった。
「ああ、日本一安いラーメン屋だ」
「はあ・・」
「食ってみるか?」
「いえ・・」
さすがに食べる勇気はなかった。ほとんど普通の民家みたいな外観の店からは、出汁の出たスープの良い香りではなく、芳香剤の匂いとニンニクの匂いが混ざった、なんとも言えないスッパ辛い強烈な匂いが漂って来ていた。
「・・・、これ、ラーメン屋なんですよね」
「ああ、みたいだな」
しかし、店の中は薄暗く、店主も従業員も見当たらないどころか人の気配さえなく、店の外側は、店というよりもゴミ屋敷に近い惨状が広がっていた。
「・・・」
「なかなか奥が深いだろ」
インテリさんは、笑っていた。
「・・・」
しかし、僕はそんな冗談に笑うこともできなかった。
「あの・・、この張り紙なんですか」
色々と見て回り、もうさすがにあまり驚かなくはなっていた僕だったが、それでも気になるものをまた見てしまった。
「えっ、ああ」
インテリさんが振り返る。
電信柱の陰に、ゴミの不法投棄だろう散乱した家電やらおもちゃやらなんやらが散乱している一角のブロック塀に「注射器は捨てないで下さい」と書いた張り紙が貼ってあった。
「注射器を捨てるなってことだよ」
インテリさんは呑気に答える。
「いや、そうじゃなくて。なんで注射器なんですか」
「まあ、そりゃあ、薬中も多いからな。この辺は」
インテリさんは当たり前みたいに言う。
「・・・」
うすうす、そうじゃないかとは思ったが・・。
「薬中って・・、要するに麻薬ですよね」
「そうだな」
やはりインテリさんは当たり前みたいに答える。実際当たり前なのだろう。この町では・・。
「・・・」
「この前も絶叫しながら、素っ裸で町の中を全力疾走していたおっさんがいたなぁ」
インテリさんは笑いながらとんでもない話をしている。
「・・・」
絶対、一秒でも早くこの町から脱出しよう。そう、僕は心の中で誓った。
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