第8話 電気

 何とか床と壁は確保した。だが・・、

「電気が無い・・」

 日が暮れると何も出来ない・・。辺りはもう薄暗くなり始めていた。

 求めればきりがない。現状に満足しなければいつまでたっても、満足なんかできない。

「そうだ。現状に満足しなければ・・」

 欲望を追いかけてもキリがない。

「いや、そういうことじゃない」

 現代社会で生きる以上電気は必須だ。

「そうだ。電気は必須だ」

 こんなところで電気の大切さを痛感することになろうとは・・。普通、そんなことは、何か自然災害とか地震の時とかキャンプに行った時とかだろう。僕はまた膝をついた。

 

 広場の真ん中に焚かれた火は相変わらず絶えることなく燃え続けていた。その周りにはいつも誰かしらいて、酒を飲んだりだべったり、飯を食ったり、一人自分の世界に入ったりしていた。

 暗くなり、何もできない僕は仕方なくその火の所まで行き、周りの空いている所を見つけ座った。また他のおっさんたちに何か言われるのではないかと、最初はビビっていたが、そんな様子は全くなく、自然にそこに溶け込めた。というか、他の人たちはどちらかというと、むしろ関心がない、もしくはあまり関わりたくない、関わって欲しくないといった空気を醸していた。

 目の前の炎はものすごい勢いで燃えていた。こんな大きな炎なんて何年振りだろうか。小学校だか、中学だかのキャンプファイヤー以来ではないだろうか。

 僕はただその激しく燃え盛る炎を見つめた。不思議と炎を見ていると、妙な高揚感と心安らぐ感じがあった。炎には何か人間の根源的な部分に触れる何かがあるのかもしれいない。僕はそんな普段絶対考えないことを思った。

「飲み」

 その時、一人のおっちゃんがふいに僕の脇から、一升瓶を差し出した。

「えっ、あっ」

 だが、僕にはコップすらも無かった。

「これ使いな」

 今度は近くのおっちゃんが、欠けた湯呑を差し出してきた。

「あっ、すみません」

 僕はそれを受け取り、一升瓶を差し出したおっちゃんに日本酒を注いでもらった。

「ありがとうございます」

 そのおっちゃんはそれ以上僕に関わることもなく、黙って自分の座っていたところに戻ると、また一人で酒を飲み始めた。

「・・・」

 僕は訳が分からなかったが、その好意をありがたくいただくことにした。

 もらった日本酒をちびちびやっていると、今度はまた別のおっちゃんが、

「これ食いな」

 と言って、さきイカを置いていった。更に別のおっちゃんたちも、漬物やら柿の種なんかのお菓子を次々置いていってくれる。気付けば僕の周りは、食べ物でぐるりと囲まれていた。

「・・・」

 もっと怖いところだと思ってい僕は、こんなやさしさがこの町にあることに驚き、そして、誤解していた恥ずかしく思った。僕はただおっちゃんたちのその行為に、お礼を言い、恐縮するばかりだった。

 しかし、だからといって、おっちゃんたちは僕に何か干渉してくるわけでもなく、詮索するわけでも、深入りしてくるわけでもなく、それぞれが自分たちの距離感で、世界で、飯を食い、酒を飲んでいる。もちろん、仲良くだべっているおっちゃんたちもいる。

「不思議なところだな」

 僕は思った。

 まとまりがないようで、どこか秩序だっている。冷たいようで、どこかに温かさがある。

 僕は、どこか少し居心地の良さを感じながら、一人ほろ酔い加減で、炎を見つめ続けた。


「おうっ」

 突然声を掛けられ、僕は後ろを振り返った。

「あっ、こないだの」

 前にちょっと臭い段ボールを分けてくれた気の良いおっちゃんだった。

「ちょっと遅くなってしもうた」

「えっ?」

 僕はおっちゃんが何を言っているのか分からなかった。

「わしは熊本出身の熊吉ゆうんじゃ。みんな熊さんゆうとる」

「はあ・・」

 熊本出身の熊さん・・・、冗談みたいだが目はマジだった。

「おまん、新入りじゃろ」

 熊本出身なのに、土佐弁と関西弁がごっちゃになっている。それにそれは前回確認済みのはず・・。

「電気はまだじゃな」

「電気?」

「わしが今引っ張って来ちゃるきに」

「引っ張る?」

「おまんのテントはあれじゃな」

 熊さんは僕のテントを指さした。

「は、はい」

 そう言うか早いか熊さんはすたこらと、その巨体には似合わない軽快さでどこかへ消えた。と思うと直ぐに何か太い黒い線を引っ張って戻って来た。

 そして僕のテントの方へと、軽快な足取りで進んでいく。僕も立ち上がりその後へ続いた。

 僕のテントまで来ると、熊さんはそのがっしりとした体形に似合わず、スルスルと器用にその黒い線を木々の間に通し、僕のテントに繋げていった。

「?」

 僕は訳も分からずその行為をただ黙って見つめていた。


「うわぁ」

 電気が灯った。僕のテントに電気が灯った。僕は安い昭和の裸電球のそのなんてことない明かりに、思わず感動してしまっていた。

 熊さんの体形に似合わぬ器用で、迅速な作業に、気づけば、僕のテント内には裸電球がぶら下がっていた。

「電球はわしのサービスじゃ」

「ありがとうございます」

 僕は神様を見るような眼差しで熊さんを見た。

「礼なんかいらんいらん」

 熊さんは、もう、そそくさと荷物をまとめ帰り支度を始めていた。

「あの・・」

「なんじゃ」

「お金・・」

「そんなもんいらん」

「えっ」

「大丈夫じゃ」

「えっ、でも・・」

「ここはそういうことになっとるんじゃ」

 どういうことなのか全く分からなかったが、また昨日の事務所の爺さんの顔が浮かんだ。

「ほな、なんかあったらわしに言いや」

 そう言って片手を上げると、熊さんは元気いっぱいさっさと去って行った。

「・・・」

 熊さんが去ってから、僕は再びテントに戻り、電気を点けてみた。

「うわっ、点く。点くぞぉ」

 力の無い安っぽい明かりだったが、僕は再び感動し、何度も何度も付けたり消したりを繰り返した。

 そう言えば今まで不思議と疑問に思わなかったが、他のテント内でも明かりが灯っていた。

「それはそういうことだったのか」

 また改めてこの町の奥深さと、謎の深さを僕は知った。

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