第7話 テント

「とりあえずリフォームだ」

 インテリさんと別れ、自分のテントに戻って来た僕は、腹が満たされた影響だろうか、なんかやる気に満ちていた。とりあえず食べる心配はしなくていいことは分かった。やはり食の次は家だ。家が何とかならないことにはどうしようもない。

「材料・・・」

 昨日、ものすごい形相で追っかけてきた爺さんが頭に浮かぶ。しかし、ビビってなどいられない。今、自分の家には壁と床が無いのだ。

 とりあえず、僕は辺りをうろうろ歩き始めた。しかし、そうそう壁と床になってくれそうな素材は見つかるわけもない。

 気付くと僕は、祝い町との町境にある商店街を歩いていた。きょろきょろと不審げに歩いている僕を、自転車を押して歩いていたおばはんが、露骨に眉間に深いしわを寄せ、不審げな目で見つめてくる。

 僕は、堪らずその視線から逃げるようにすぐ横の百円均一ショップに飛び込むように入った。

 そのまま店内を見て回ると、レジャーシートなど、結構使えそうなものが並んでいる。それだけではない、生活に必要な様々なものが並んでいる。しかも全部百円。

「・・・」

 しかし、今の僕には壁と床が無い以上に金がなかった・・。百円すらも・・。


 金が無いことがこれほど呪わしいことだとは、経験するまで思いもしなかった。僕は、店を出て、再び商店街を歩き始めていた。

「世の中金だな・・」

 僕は、呟かざるをえなかった。

 その時、僕の目に、ふと、潰した段ボールが山と積んであるカートが見えた。そこはスーパーの裏口だった。もしかして、これは要らないものなのでは。僕は少し興奮気味に、近くで何やら作業をしている従業員らしきおばちゃんに近寄った。

「あの、これ、もらうことってできませんか。できませんよね」

 僕は段ボール積んだカートを指さし、おずおずと尋ねた。

「いいですよ」

「えっ、もらっていいんですか!」

「どうぞ」

 おばさんは、全く当たり前みたいに言った。

「本当にいいですか!」

 興奮する僕を見て、おばさんは少々不審げな表情になったが、僕はそれどころではなかった。

「いやっほ~」

 その時、僕の脳内には、アドレナリンが溢れに溢れまくっていた。僕は飛び上がらんばかりの勢いで、持てるだけの段ボールの束を抱え商店街を祝い町に向かってスキップ交じりに全力で走り抜けた。

「やった~。やったぞぉ~」

 段ボールでこれだけハイテンションになっている自分を、過去に普通に生きていた自分が想像できただろうか。

 何度ものピストン輸送で、スーパーの裏に山と積んであった段ボールを全て持ち去り、僕のテントの前には段ボールの山が出来た。

 とりあえず、僕は床に厚く段ボールを敷き詰めた。なかなか良い感じだ。これで今夜の寝心地は格段に良くなるだろう。後は壁。

「・・・」

 そこにはあまりにも広大な空間が空いていた。上にはビニールシートが木々から吊るされるように簡単に張ってあるだけ・・。それ以外は、全く何もない。

「ここにどうやって段ボールをうめるか・・」

 当たり前だが地球には重力がある。

「・・・」

 とりあえず立ててみた段ボールは、やはり虚しく倒れた。

「うをぉ~、ガムテープが欲しい」

 僕は叫んだ。だが、もちろんガムテープを買う金など無い。僕はその場に力なく膝をつき、敷き詰めた段ボールの上にそのまま倒れ込んだ。

「お金が無いって、なんて無力なんだ・・」

 僕は段ボールの匂いを鼻のすぐ近くで感じながら、自分の無力さに打ちひしがれた。


「そうだ」

 僕は起き上がった。確か段ボールを積んでいる横で、プラスチックのロープみたいな結束バンドを大量に捨てていたぞ。僕は思い出した。

 さっそく僕は、再び段ボールをくれたお店まで走った。

「これください」

 おばさんは、段ボールを全部ものすごい勢いで全部持っていた男が再びやってきて、なんだか妙に興奮して立っている姿に、少々驚き不審げな表情をしたが、直ぐに「どうぞ」と言ってくれた。僕はそれを巨大なゴミ袋ごと全部持ち去った。

「これで結びつければ・・」

 僕は明るい未来を想像しながら呟き、商店街をぶっ飛ばして再び祝い町へ走った。


「あっ、はさみが無い・・」

 いざテントの前に辿りつきこれから壁を作ろうとしたその時、僕は再び膝をついた。全てにおいて僕には何もないのだ。

「くっそぉ~」

 僕は自分の無力さを呪った。

「あっ、そうだ」

 しかし、僕はまた閃いた。僕は広場の真ん中で燃え盛っている焚火まで行って、燃えさしを引き抜きテントまで戻った。

「切れる切れるぞぉ」

 僕はマックスに興奮した。燃えさしの熱で、結束バンドは見事に溶けて切れた。工夫だ。創意と工夫で人生はなんとでもなる。僕は自分の賢さにクラクラした。

「よぉ~し」

 僕は勢いづいて、拾ってきた木の枝で段ボールに穴をあけ、そこに結束バンドを通し、縫うように、次々と段ボールをつなげていった。

 しかし、やはり作業効率は悪く、作業は遅々として進まなかった。

「まあ、時間はたっぷりあるさ」

 そう自分に言い聞かせ、僕は作業を進めた。


 苦労に苦労を重ね、徐々に壁が形を成し始め、作業も佳境に入った頃だった。

「なんだ。えらい原始的なことしてるな」

 振り返るとインテリさんだった。 僕の今日一日の苦労も知らず、簡単に言うインテリさんに、ちょっとした怒りを覚えた。

「僕はいろいろ苦労してですね・・」

「ハサミなら貸してやるぞ」

 インテリさんはこともなげに言った。僕はまた膝から崩れ落ちた。

「どうした?」

「いえ・・」

 しばらくして、インテリさんはハサミを持って再び現れた。

「もっと、早く言って欲しかった・・」

「ん?」

「いえ・・」

「ガムテープもいるか?」

 インテリさんの手にははさみと一緒に、ガムテープが握られていた。

「インテリさん・・」

 怒りと悲しみの入り混じった恨めし気な目で見つめる僕を見て、インテリさんは訳も分からず少したじろいでいた。


「床と壁があるってなんて素晴らしいんだ」

 遂に壁が完成した。僕は改めてテントの中に入り、周囲を見回した。床と壁があるだけでこんなに幸せになれるなんて、なんてありがたい存在なんだ。床と壁。僕はもう感動してしまっていた。なんだか、床と壁があるだけで自分がものすごく守られているような感じがする。

 僕は新たに完成した自分のテントの中を、思いっきり横になりゴロゴロ転がった。

「なんて素晴らしいんだ。なんて素晴らしいんだ」 

 なんだか、急にここが天国に思えてきた。

「これで、今日から安心して眠れるな」

 僕は喜びと幸せに満ちていた。

「ここの生活も悪くないかもな。ふっふっふっ」

 あまりの興奮と喜びにそんな不吉な考えまで僕は口走っていた。

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