第6話 食料

「ふわぁ~あ」

 もう辺りは明るくなっていた。夜中に何度も蚊の襲撃で目が覚めてしまい、初めての野宿の不安と相まって眠りは浅く、あまり寝た気はしなかった。だが、この広場は木々が多く、小鳥たちの鳴き声も響き、意外にさわやかな朝だった。

「よっ」

 昨日のインテリ風の人だった。

「あっ、おはようございます」

「もう昼前だけどな」

「えっ、もうそんな時間ですか」

 僕は飛び起きた。

「うっ」

 全身の関節に痛みが走る。慣れない固い地面で直に不自然な姿勢で寝ていたせいで体がバッキバキだった。それに肌の露出している手や足が蚊に刺されまくって滅茶苦茶痒い。

 僕は蚊に刺された所を掻きむしりながら辺りを見回した。確かに完全に日は昇り、朝という雰囲気は完全に通り過ぎている感じだった。今が昼前だとすると、十五時間近く寝たことになる。

「どんだけ寝てんだ・・、俺・・」

 熟睡できなかった影響もあるだろうが、意外に図太い自分に自分で突っ込みを入れずにはいられなかった。

「おうっ、インテリさん、元気か」

 その時、通りすがりのおっさんが、インテリ風のその人にそうあいさつして通り過ぎて行った。

「ええ、ぼちぼち」

 それにインテリさんと呼ばれた、その人が愛想よく答える。

「インテリさん?」

「そう、ここではそう呼ばれてる。変か?」

「いえ、そのまんまです」

「そうか」

 僕がそう言うとインテリさんは笑った。

「元気ないな」

 ひとしきり笑うと人懐っこい目で、インテリさんは僕を見た。

「あるわけないでしょ。これからどうしていいか・・」

 僕はため息をついた。ホームレスになって元気が出るわけがない。

「有り金全部昨日取られちゃったし・・」

 僕は改めて途方に暮れた。

「まあ、ここにいたら死ぬことはない」

「?」

 インテリさんの言っていることの意味が分からなかった。

「でもお金無いですし、仕事も無いし、お腹も空いたし、昨日から何も食べてないんですよ。すでに死にかけてるじゃないですか」

 お腹が空いていることも相まって、インテリさんののんきな言いようになんか腹が立った。

「まあ、大丈夫だ」

 インテリさんは落ち着いていた。

「でも、お金ないんじゃ食べ物も買えませんよ」

 僕はだんだんイラついて来た。

「買わなくていい」

「えっ」

「まっ、ついて来な」

 インテリさんはそう軽く言うと歩き出した。僕は訳も分からず、すきっ腹の重い体を持ち上げ、その後に続いた。

 インテリさんは慣れた足取りで、するすると広場を抜け、昨日通って来た、込み入った薄暗い路地も抜け、すたすた歩いて行く。サンダル履きなのに妙に速い。

 僕は必至でそんなインテリさんを追いかける。昨日晩ご飯を食べなかった影響で、体に力が入らず、体全体がだるく頭もぼーっとしていた。こんな経験は生まれて初めてだった。僕は空腹でもうヘロヘロだった。

「もう少しゆっくり歩いてくれませんか。お腹が空いて体に力が入らないんです」

「一食抜いたからって死ぬこたぁないよ」

「それはそうですが」

 インテリさんは容赦なく歩いて行ってしまう。それを必死で僕は追いかけた。


「今日は結構人が多いな」

 着いた先には、何か行列が出来ていた。

「あれはなんですか?」

「まっ、とりあえず並ぼう」

「はあ・・」

 僕はとりあえずインテリさんと、その行列の最後尾に並んだ。

 ゆっくりとだが確実に行列は前に進んでいった。するとなんだかいい匂いがしてくる。

「なんですか」

「今日は、雑炊かな」

「雑炊?」

 行列の先にあったのは大きな鍋の中でぐつぐつとうまそうに煮えている雑炊だった。

「これ・・」

「炊き出しだ」

「炊き出し?」

 僕たちの番が来て、プラスチックの使い捨てのお椀を受け取ると、やさしそうなおじさんが笑顔でそれに並々とたっぷり湯気の上る雑炊を入れてくれた。

「これ無料なんですか」

「そうだよ。遠慮せず食べて」

 やさしそうなそのおじさんがやさしく言った。

「・・・」

 僕は目の前の手に持った雑炊を、感慨と共に見つめた。

「さあ、食おう」

「は、はい」

 インテリさんに促され、他のおっちゃんたち同様、炊き出しをしている公園の片隅に座り雑炊をすすった。

「うまい」

「だろ」

「ほんと、うまい」

 本当にうまかった。それは感動的でさえあった。

「大量に作るからな。いい出汁が出るんだ」

 僕は空きっ腹に夢中で食べた。

「ふぅ~、生き返った」

 お腹が空いていたせいもあるのだろう、こんなにうまい雑炊を食べたのは生まれて初めてだった。

「でも、これって・・」

 僕は空になった器を見つめた。

「炊き出し。無料でやってる食事支援だ。有志のボランティアとか、キリスト教会とか、なんとかNPO団体とかが、いつもどこかしらでやってる。カレーに豚汁、お粥におじや、うどんとか結構うまいぜ」

「そうだったんですか。そんなのがあったのか・・」

「ああ、だから死ぬことはない」

「それで・・」

 僕はインテリさんの余裕の意味が分かった。

「別のところも行ってみるか」

「まだあるんですか」

「ああ」

「配給だよ」

「配給?」

 炊き出しから、また少し歩いた広場にそれはあった。そこではまた人だかりがしていた。

 そこでは、何かを配っている。僕が人垣を覗くと、お弁当やらパンやらが、プラスチックのケースに山と積まれていた。

「これタダなんですか」

「ああ」

「でも、本当にいいんですか」

「ああ、いいんだよ」

「でも、これ・・」

「これはコンビニとかスーパーの売れ残りなんだ」

「なるほど、それで」

「そう、賞味期限の切れたやつとか売れ残りを集めて俺たちにって、ね」

「そんなものまで」

 今の僕には賞味期限切れだろうがなんだろうが、全てがありがたかった。

「結構、いろんなものがあるんだぜ。甘い物とか果物もあるから、デザートでももらおう」

「はい」

 実際、確かに色んなものがあった。コンビニのお弁当やおにぎりやパンだけでなく、プリンやケーキ、果物や野菜まであった。

 僕とインテリさんは、プリンを手に取ると、また近くの道路脇の片隅に腰を下ろした。

「まあ、ここらじゃ餓死はないな」

 プリンをプラスチックのスプーンで器用に掬いながらインテリさんが言った。

「逆に糖尿病になった奴もいるくらいだからな。えり好みさえしなけりゃ食うには困らん」

「祝い町すごい」

 僕は小学校の給食以来のプリンを口に運びながら、祝い町に一人感心を通り越して感動していた。

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