第4話

 茉莉の家族は5人。

 家族仲が良くて、お母さんは優しくて料理上手。お父さんは仕事が終わると、真っすぐに帰って来てくれる。頭が良くて優しい自慢の兄と、年の離れた可愛い弟がいて、幸せそのもの――… それが、茉莉の頭の中に存在する、理想の家族。


 虚しいだけなのを承知で、茉莉は友達にも先生にも嘘をついていた。嘘をついている間は、それがあたかも本当のように思えて、不思議と心が休まるのだ。


 学校から帰ると、お母さんがお菓子を作ってくれているとか、昨夜はドコで外食をしたとか、先週の休みは家族でドコに行ったとか。

 嘘というより、憧れの生活が口をついて出ていた。


 家族構成だけは事実だが、他は虚像。

 母と兄弟は別の場所に住んでいて、父は消えてしまった。だが幸い、両親ともに裕福な家系だったから貧しさはない。それだけは感謝している。


 茉莉が子供の頃にキャッシュで購入したこの戸建てを充てがわれた。『あなたは、ここに住みなさい』そう言われた日のことを、彼女は忘れられずにいる。母たちと一緒に家を出るつもりで、荷物を纏めた時の事だった。


 『あなた、陰気なのよ』―― 嫌なものを見る眼差しで母に呟かれて以来、茉莉は笑顔を心掛けた。鏡に向かって笑う練習をした。口角を下げないよう、常に意識をして。


 だけど……


 学校帰りなんて、本当は海岸の壁の上で海を眺めているだけ。

 夕暮れ時に帰る家には、明かりは灯らず、自分で鍵を開けて電気をつける。洗濯物を取り込んでから、制服を脱ぎ、家事をする―― その毎日の繰り返し。


 誰も帰らない家で、自分だけの生活をするだけ。

 ひと月の生活費は、30万円。高校生には充分すぎる額。母親が世間体を保つため、茉莉にひもじい生活をさせないよう、服や年頃の子が欲しがりそうな物は何でも買えるほどの額を振り込んでくれていた。本当は、茉莉に欲しい物なんて無い。ありがちな答えだと、家族が戻ってきて欲しい。それだけだ。

 でも、スマートフォンだけは持っていないと、学校で浮いてしまう。これだけ親に契約をしてもらい、あとは必要最低限のものを購入して、慎ましく生活していた。


 そんな茉莉がリラックス出来る、唯一の時間。風呂でアロマに包まれて、ゆったりと湯に浸かるとき。


 図書室で借りた本を、濡らさないように気を付けながら読書をするのも至福だ。

 急に、本の内容に関わらず思い出した。

 

 (オジサン、今日も来たのかな)


 砂防林を抜けて、壁を見上げては声を掛けてくるサラリーマンを思い出した。

 ここ数日、学校に残って勉強をしていたから、あの壁には行っていない。“話し相手程度にはなるのかな”――なんて失礼だけど、オジサンに思うことはそれくらいだ。


 (明日、寄ってみようかな)


 ふと思い出した、あの男の顔。湯船に浸かりながら、読書をしていた手が止まる。

 明日の予定を考えている…? なんだろう、この感じ。すごくソワソワする。


 本を閉じ、ザバッ! と湯船から立ち上がった。

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