第3話

 「うわぁ! いいなー。美味しそう!」

 「茉莉のお弁当って、いつも凝ってるよね。ウチのと全然違う」

 「お母さん、料理上手だよね。――コレちょうだい!」


 お昼休みの、ランチタイム。

 それぞれのお弁当や、コンビニで買って来たサンドイッチなどを机に広げる。友達が、茉莉のお弁当にフォークを伸ばした。恒例の、おかず交換会だ。


 「いただきまぁす!…うん! やっぱ美味しい~」


 茉莉のお弁当は、友達にも評判が良かった。


 「ホント? お母さん喜ぶよ」


 幸せそうに笑顔を浮かべる。見知らぬ中年男性にナナコと呼ばれる、もう一人の彼女など感じさせない、明るく穏やかな顔だった。



 「ただいま」


 玄関に一歩踏み入り、呟いた。誰に呟いたのか? 多分、“家”に。


 シューズボックスの上に鍵を置き、手を延ばす。指先に、壁面のスイッチが触れた。玄関から続く廊下まで明るく照らされて、ようやく安心する。


 続けて部屋の明かりを点けたら、鞄をソファに置き、手早く弁当箱を取り出した。早く水と洗剤に浸けないと気持ちが悪い。

 茉莉は制服のまま、忙しなく部屋の中を動いた。もう日が暮れる。洗濯物を取り込まなくては。


 一枚一着ずつ丁寧にはたき取り込む最中、庭の変化に気付いた。つい1ヶ月前にやったはずだったが…。


 「…草むしりしないとなぁ」


 これから、雑草の成長が早くなるのか。うんざりとしたような溜息が出た。


 茉莉は、現状一人暮らしだ。

 彼女の家は、特殊な事情を抱えていた。茉莉自身も、他の家とは違うと理解している。友達の両親、家族と比べて何かが変だと、小学生の頃から薄々と気付いていた。だから、隠すべき事なのだと知恵もつく。


 友達が毎日褒めてくれる〈母の手作り弁当〉は、当然ながら自分で作ったもの。他の子は皆、母親の手作りなのだから、それが普通なのだと知ってから偽り、装い始めた。料理番組を見たり、ネットやアプリでメニュー検索は欠かせない。週に一度は新作を作り、綺麗に詰めていかなければ。そうでもしない限り、友達とのバランスが保てないと思っていた。

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