第77話 消失する遺物の力

 ―――レジオン戦役の一件以来、財団を追放された元財団当主リ・イリーナセラフ・オレリアことクロナは、卿国のアーデバント王国領ギリア領域の近くに構えた別荘に、壊滅したクロナ直属部隊オレリアンクロイツの生き残りと共に事実上の活動拠点としてここに居所を移していた。


 ただっ広い平原の中にぽつんと建てられたその別荘の周りには、これ以外に建造物などなく、ここから一番近い都市でさえ気軽に通えるほどの距離にはない。

 だが立地としては申し分ない場所のはずであるが、ここに人気がないのには大きな理由がある。


 それはもちろん、ギリア領域の存在だ。


 未踏査領域に指定されるギリア領域は、その由来未知の遺物の巣窟である事から全世界の歴史研究者や考古学者たちによる圧倒的な支持のもと世界の共有財産であるとされ、当該領域はギリア領域不可侵条約によって保全されている。

 故にいかなる国家によっても侵害されず、また個人によるギリア領域への干渉もギリア領域保全委員会の承認がなければその領域に踏み込むことすら許されない。


 しかしそんな中でも若いながらにその手の界隈では有名であったクロナは、普段考古学者として活動し、自らの発掘隊チーム【オレリアンクロイツ】を率いて様々な道の遺物を発掘してきた、黒滅の四騎士の遺物の発見と回収も本来は彼女たちによる手柄であった。


 そんな彼女の考古学的活動の功績が評価され、彼女はギリア領域保全委員会から特別調査部隊のお墨付きを手に入れていた。

 それ故に彼女はこうしてギリア領域の付近に別荘を公的に構え、意図せずして不可侵条約に身の回りの安全を保障されたこの地に戻る事が出きたのだ。


 かのセラフ財団の力を以てしても、全世界の考古学的叡智が結集する多国籍独立機関を侵害する事は出来ず、クロナを始末したい財団は、ギリア領域の外側から指をくわえて彼女を眺める事しかできない。


 昼頃に爽やかな目覚めを迎えたクロナは、ベッドから起き上がり軽く着替えを済ませる。

 リビングに向かうと、そこには執事役に徹したオレリアンクロイツ調査班の一人が居た。

 キッチンに居た彼はクロナに気づくと、無言でコーヒーを淹れはじめる。

 クロナはそれを見ると、リビングの用意された巨大なソファに腰を掛け、ホログラムディスプレイモニターに電源を入れる。


「そういえば、例の成年から回収した四騎士の遺物......あれはどうなった?」


 クロナはその男にそう言葉を投げ掛ける。


「クロナ様......、まずそのことよりも昼頃に起床されるその習慣、どうにかした方がよろしいかと思われます......」


 その男はそう言いながら、淹れたコーヒーをクロナの前に持ってくる。


「んー、無理」


 クロナはそう短く返事をすると、その男は頭を抱えながらキッチンに戻る。


「それで?どうなったの?解析は進んでるの?」


 クロナは畳みかけるようにその男に言葉を投げ掛ける。


「いや......それが......」


 その男は言葉に詰まっていると、クロナはようやくその男の方に目線を向ける。


「......?どういうこと?遺物のヘラクロリアム組成パターンを浮かび上がらせるだけなら時間は掛かれどそんなに難しい解析ではないはずだけど......」


 クロナはそう話すと、置かれていたコーヒーを一口飲む。


「そうですなぁ......実際に研究室に見てもらいに来た方が早いでしょう。そちらの方が私が口で言うよりも説得力があるというもの」


 その男はそう言うと、クロナは何やら思慮を巡らせる様子でいる。

 すると、クロナは手元に置かれていたコーヒーをいきなり一気に口にした。


「そうね、見てみましょうか」


 クロナはそう言うと、颯爽にそこから立ち上がり自室へと向かう。

 そこで軽く白衣に着替え身だしなみを整えたクロナは、別荘の地下に建設された研究施設へと通づるエレベーターにへと向かう。


 エレベーター前には先の男がクロナの到着を待っていた。

 その男は、クロナが到着するとエレベーターの扉を開け、共に例の成年から回収した四騎士の遺物が待つ地下研究施設へと向かった。


 クロナは地下研究室に着くと、数人の地下に居た調査班がモニターを睨みながら何やらを話し合って場面を見つける、それにクロナは駆け寄った。


「で、どうだったっていうの。解析の結果は?あっ、一先ず長時間の解析お疲れ様でした、休みながらでいいので教えてください」


 クロナはそう言うと、その調査班の人たちは丁寧に頭を下げて付近の椅子に腰を掛ける。


「クロナ様、まずはこれをご覧ください。各四騎士達の得物たる遺物のヘラクロリアム組成図です」


 調査班の人物がそう言うと、正面の大きなモニターに四つの四騎士達のソレイスの設計図面のようなものがそれぞれ映し出される。


「うーん......なんて複雑な組成体系なの......。さすがは古の英雄達と言うべきかしら、並みのソレイスとは訳が違うようね。よくここまで複雑な組成体系を持つソレイスを練り上げたものね」


 クロナは映し出されたその組成体系を眺め、深く感心する様子を見せた。


「えぇ......一つ一つがまるで巨大企業のオペレーティングシステムソースコードそのものですよ、人が一生をかけても全容を理解できるかどうか......」


 調査班の一人が感心と絶望にも似た感情を複合させながら、それを言葉に乗せてそう言う。


「これを眺めるだけでもすごいけど、別に何かまだあるんでしょ?」


 クロナはそう言うと、モニターの操作を担当していた調査班の一人は無言で頷き、映像を切り替え始める。


「以前、我々が遺物を回収した際には、四騎士達の遺物には古のヘラクロリアムの力が凍結して保存されていることが分かっていました。しかし......体系図を掘り起こす過程でそのヘラクロリアム濃度を計測したところ......」


 各遺物のヘラクロリアム濃度を示す映像が映し出されると、クロナは目を見開く。


「濃度ゼロ......?本当に全て、ゼロなの......?」


 クロナは多少声を震わせる様子で調査班にそう聞く。


「はい......、この四騎士達の全ての遺物からは、既にヘラクロリアムの恩恵が失われています......」


 調査班の一人がそう言うと、クロナは思わず近くの机に腰を付かせる。


「そんな......、組成体系が分かった所で、彼らのヘラクロリアムがそこに保存されてなければ、こんなのはただの武器の形をした無機物の集合体......。これじゃあレプリカ......ね」


 クロナはそう言って肩を落とすが、調査班の一人が口を開く。


「確かに彼らのヘラクロリアムがなければ、この組成体系の一部分でさえ実行することはできません......。ですが、ある大きな前提的な疑問点が残ります......」


 調査班の一人がそう言うと、クロナはその疑問が何であるか分かっていたかのような様子で「うん、分かってます」と言う。


「であれば、なぜこのソレイス達は今も尚その姿を保っていられるのか?って事よね」


「はい。普通、ソレイスは顕現化させた当人の手元から一定時間放れれば、組成の情報が伝わらなくなり、いずれそのままでは空間に離散、すはずです。四騎士達の遺物の場合は、それは彼らのヘラクロリアムが凍結した形で保存されていた事によって、こうして顕現を保っていたはずなのです。では、なぜその恩恵を失ったはずの四騎士達の遺物は今もこうしてその姿を顕現させているのでしょうか?」


 それを聞いたクロナは、顎に手をやって少しの間考え込む。


「これらのソレイスの顕現プロセスが特別に私達の知る法則から逸脱しているのか、もしくは......何者かによってその法則が歪められているのか......。後者となると......」


 クロナは何かが紐付いたかのように、顔をピンと天井に向ける。


「この遺物達の最後の接触者......。帝国との紛争を終結に導いたその一人、例の特異点と呼ばれていたあの成年......レオくん。あの子が干渉したせいで遺物達本来の法則が乱されたってことなのかしら......?彼の能力に関しては、未だ私は知り得てないけど、よくある人外終局者のいつものやつかと思ってたら......どうやら、ちと違うようね......。正直侮っていたわね、彼の可能性を」


 クロナがそう語ると、付近の調査班の数人はそれに頷く。


「我々も、この不可解な現象には彼が関わっている可能性が高いと考えます。これは推察ですが、もしかすると何らかの作用で、接触時に彼の中に四騎士達のヘラクロリアムが移譲してしまっているのやもしれません。彼に関する調査が必要でしょう」


 調査班の一人がそう言うと、クロナは頷く。


「そうね、そうなんだけど......」


 クロナは歯切れの悪い様子でそう言う。


「肝心の彼の場所、見張りを念のため付けさせていたのだけど、途中から姿をくらませたようでね.....。共和国の中央セクターに連れてかれているというのは分かるんだけど......、まぁ大して注視してたわけでもないから見張りは引かせちゃったし......、今からまた探し出すにも人手がね......」


 かつて32名の精鋭隊員が居たオレリアンクロイツは、今となっては数名程度の小規模採掘隊に過ぎなかった。


「では、彼が最近レジスタンスで共闘したと言う何人かの人物に接触してみましょう。何か手がかりを得られるやもしれませぬ、まぁその人物たちの大半は今となっては帝国の重鎮の立場にあるようですが」


 調査班の執事役に徹していた男がそう言う。


「うん、それが良さそう。それなら私も少しだけ彼らとは面識があるからね、レオくんの話を持ち出せば少しはこちらに聞く耳をもつでしょう。なんだって彼らにとって、レオ君は救世主なんだから」


 クロナはそういうと、改めてモニターのディスプレイに映し出された遺物達の組成体系図を眺めた。



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