第76話 マギの瞳

 ―――レオとゼンベルは意識を失ったジェディ大尉やロップ中尉を迎えに来た二両のうちの移送車両に乗せ、それを追従する形でマギ等と共にもう一両の車両に乗り、第五前哨基地へと帰る順路へと至る。


「なんか送ってもらってすんません......」


 レオは車両の中でマギがセントラルから連れてきた傍付きの兵士である運転手に向かってそう言う。


「―――いいえ、お気になさらず」


 そう運転手は冷ややかな態度でそう答えた。


「それにしても、災難でしたね。せっかくの飲み会が台無しです」


 助手席に座っていたマギは窓の外を眺め、なにかを追うように顔を微動させながらそう言う。


「えぇ、まぁ......。結果的にはあいつを逃がしちゃいましたし、マギさんも来てくれたって言うのに面目たちませんね、ははっ......」


 レオはそういうと後部座席のレオに隣に座っていたゼンベルは渋い顔をする。


「んー......、だがよぉ。ジェディ大尉とロップ中尉、少なくとも二人のイニシエーターがいたってのにあの細マッチョ野郎に一ミリも敵わなかったってのはどうよ......。それにマギさん、あんたが急に現れたのも、おらぁ気になるなぁ?そしてあんたぁ、間違いなく尋常ではない実力の持ち主......だろ?イニシエーター二人係でどうもできなかった奴を、あんたは単騎で、しかも素手で組み伏せやがった。そんなあんたが奴をみすみす逃したとは到底おもえねぇ......」


 ゼンベルは怪訝そうな雰囲気を醸し出しながらマギに向かってそう言う。


「おいゼンベル......」


 レオはゼンベルに何かを言いかけるが、ゼンベルのその問いかけは至って的確なものであり、そしてその疑問はレオにも共通して持ち得ていたものだ。

 このわずかな沈黙の後、レオはマギから回答が来ることにかすかな期待を設ける。


「ゼンベル少尉、あなたの疑問は的確です。まず最初にネタ晴らしを言っておくと、今回の私達の本命はついさっきの彼の方で、実はアステロイド領域捜索部隊失踪云々にはあまり関心がありません。もちろんアステロイド領域辺境調査の任務そのもは存在していますが、それが真の目的ではない。私達の目的は単純明快、第二の人外終局者『ラス・エイヴン』を捉え、またそれを楽園に収容すること。それが私達がここに足を運ぶ理由、そして君たちが会ったあの男、キラーテ・ペリデスはその従者たるエイヴンズサーヴァントの一人です。それと、私が彼をわざと逃がしたように見えると言いたいようですねゼンベル少尉、実際その通りです。彼には私が接触し、直接発信機のようなものを仕掛けさせて頂きました。彼にアジトを案内してもらうために」


 意外にも淡々と説明するマギの話に、レオとゼンベルは多少驚きながらも大人しく傾注する。


「よくわからねぇけど、とりあえず踊らされてるってのは分かります......。それにエイヴンズサーヴァント......?ってのは?」


 レオはそう聞く。


「第二人外終局者ラス・エイヴン固有の特異的な能力によって生み出されたディスパーダの事を総称してそう呼びます」


「ディスパーダを、生み出す......!?」


「そんな事が可能なのかねぇ......?話にしか聞いたことがねぇが、ディスパーダ。いわゆる覚醒者ってのは全て先天的なものなんだろぉ?」


 ゼンベルがそう問う。


「えぇ、基本的な認識としてはそれが正しいですよ、ただし。やはり例外というものが世の中にはある、そこの彼のようにね」


 マギは助手席から振り返ってレオの方を見る。


「正確には、彼女がディスパーダを生み出すと言うのは適切ではないかもしれませんね。ディスパーダと言っても、一般人をディスパーダに一時的にしか変身させる事のできないトランスディスパーダタイプのもので、永続的なものではない。トランスディスパーダタイプの変異者なら実はそこそこ後天的なものとして世の中で発見されてはいます、公にはなってないだけでね。ただ、それらと比べても彼女の作りだすトランスディスパーダは特殊でね。今私達が分かっているのは、彼女自身のヘラクロリアムをその人物に分け与えてトランスディスパーダにしているということです。そうして作りだされたトランスディスパーダは並みのディスパーダ等と比べても強力な力を得る特殊な個体である事から、私達はエイヴンズサーヴァントと呼称する事にしました。それが彼、キラーテの正体」


 マギが一通りそう言うと、ゼンベルはうねり声を上げながら前のめりになっていた姿勢を席に体勢を預けるように戻す。


「ふむ、あんたの目的や奴の正体は分かった。だがなぜ奴はレオを狙う?」


 ゼンベルはマギにそう問う。


「簡単な話です。彼女、エイヴンは色欲魔であり、共和国全土から後天的なディスパーダの潜在能力を秘めた人々、特に美青年を攫っては自らの僕とする趣味をお持ちの方です。そしてそれらの攫う仕事をエイヴンズサーヴァントが担っているんですよ、共和国各地に出没するエイヴンズサーヴァントの出現傾向から本体の居場所を暫定的に割り出した結果、どうやらセクター32付近のバスキア戦線の外側に彼女が身を置いているであろうという試算が我が機関で立ち上がったのです......」


「で、なんでレオが狙われるんだ?美青年と呼べるようななりじゃねぇだろ」


 ゼンベルはマギに鋭く切り込む様に問い詰める。


「まっ、まぁそうだがそう言われると傷つくな......」


 レオはゼンベルのその言葉にふてくされたかのように肘を窓の淵に掛ける。


「ふむ、そうですか?容姿としてはそこまで悪い方ではないと、個人的には思いますけどね。確かに美青年?とはややカテゴリーが違うような感じではありますが。まぁその問いの答えも簡単です、私達が彼女と取引をしている共和国内部の通商ルートを使って君の情報をリーク、つまり売ったからです」


 マギはそう爽やかな物言いでそう言いきると、レオとゼンベルは思わず固まる。


「えっ、あっ。は?売った?俺、売られてたのか?」


「あぁ、勘違いしないでください、私達が情報を渡す前から彼女はあなたに目を付けていたようでしてね。どうやら共和国軍の内通者、おそらくはアンバラル勢力ですが、彼らを通じてあなたのことを知ったエイヴンがあなたをほしがったようで、あくまで私達はその情報を仕入れて逆にこれを利用して彼女の居場所を割り出してやろうと思ったまで。私達がリークさせたのは君達レイシア隊が任務でセクター32に向かうというところだけで、それ以上は特に何もしてませんよ」


 レオはそれを聞くと、複雑な感情をマギに対して抱きながらもひとまずは心の安寧を得る。


「ほう、そうかい。しっかしまぁ、よくあの瞬間、あの男に発信機なんてものつけられたなぁ?あんたほんと何者なんだぁ?」


 ゼンベルはマギにそう聞くと、マギは一間置いて答える。


「ただの司法書士ですよ」


 マギはそう言った後、何かを追うように再び窓の外に顔を向ける。


(ふーん、そんなところに居たんですね。ラス・エイヴン......)


 マギの視線は、旧セクター33方面の樹海へと向けられていた。









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