第78話 帝国へ再び向かい、思ふ
―――クロナはレオとの接触を計るべく、その彼の居場所の捜索に本格的に乗り出した。クロナはアーデバント領の別荘を後にすると、再び帝国の首都ブリュッケンへと足を運ぼうとする、旧帝国レジスタンスの面々に会うために。
しかし、帝国は既にセラフ財団の傘下企業の手によって至る所に監視の目があると考えられる。
財団はクロナの殺害を企んでいる為に、堂々と以前の様にブリュッケンを歩き回ることはできないだろう。
そこでクロナは、財団が干渉できないギリア領域保全委員会のコネを遠慮なく使う事で、密かに帝国に入国しようと考えていた。
そのコネとは、主に帝国での大学教授コミュニティでのことを指しており、クロナはギリア帰りのラス・アルダイナ帝国学院教授課のマレストロ・ディークが率いる採掘チームに紛れて首都へと向かった。
卿国と帝国の国境検問所を難なく車両の認証IDのみですり抜けると、クロナはあっという間に帝国領へと踏み入れる。
「すみません教授、ご迷惑をおかけして......」
クロナは首都へと帰る採掘チームのバスの中で近くの座席に座るマレストロ・ディークにそう謝罪する。
「いやいや、クロナくんの頼みだ。無碍には出来ないよ、私達の方から是非喜んで協力させてもらおう」
教授は同乗する採掘チームに向けて手を広げながらそう言った。
「ありがとうございます教授!」
クロナは満面の笑みでそう感謝を告げる。
「ふむ、ところでクロナくん。例の学院近くのカフェテリアで君に見せてもらった武器の遺物があったろう?あの妙な形をした剣のような遺物だ」
「あぁ、はい。この世界のどの歴史や文化と照らし合わせても類似したものがなかった例の遺物ですね、それがなにかありましたか?」
「実はね、私のかつての教え子でミリタリア社の傭兵職に就いた子がいたんだけど、最近学院の歴史研究部の同窓会で顔を合わせる機会があってね、その子に最近のギリアでの採掘の成果物を披露していたんだ。だけど、その時に君の貰ったあの遺物のコピーファイルを偶然見た彼が実に興味深いことを口にしたんだ」
「それはそれは......一体なんと......?」
クロナは食らいつくように教授に対して前のめりの姿勢になり耳を傾ける。
「『あれぇ、この遺物の形......どっかで......たしかこれと同じような形をした剣を持った多分傭兵?を最近見かけましたよ会社の基地で』ってね」
クロナはそれを聞くと、目を見開く。
「それは......本当ですか......?その見かけた人物の詳細は聞けましたか......?出身とか」
クロナは早口でそう聞く。
「いやぁもちろん聞いたさ、けどそれが本人曰く、遠目でほんのちょっと見かけただけらしくてそれ以上は、ね......。でもその人物が特徴的な装いをしていたのと厳重な見張りがついていた事から記憶にはしっかり残っていたんだと」
マレストロはそう言うと、クロナは少し肩を落とすがすぐさま真剣に考え込む用に顎に手をやり、しばらくすると頭を抱える。
「うぅ、いやぁよりによってミリタリア社の傭兵かぁ......。今の私じゃあさすがに探りを入れるのは......セラフ傘下企業の調査をするものかなり一苦労なんですけど......はぁ......。財団に気取られないように密偵を雇って忍ばせるってのもなかなかハードルが高い......それに肝心の信頼できる筋はかなり限られるし......。どこも財団の息が掛かった組織ばかり......」
クロナが何やらぶつぶつ言っているのを、マレストロは少し困惑しながら聞いていた。
「なかなかクロナくんも大変そうだね......、まぁでも絶望するのはまだ早いよクロナくん。この話にはまだ続きがあるんだ」
マレストロはそういうと、クロナは勢いよくマレストロの方に振り向く。
「本当ですか!?是非続きを!」
クロナは食い気味にそう言うと、マレストロは話の続きをする。
「実はその彼が例の傭兵を見かけた日ってのが、基地にマレストロが口にしたそのかつての教え子であるミリタリア社の傭兵はが掛かった時の日の事なんだそうだ」
マレストロが口にしたそのかつての教え子であるミリタリア社の傭兵は、アンビュランス要塞が陥落した当日に非常事態緊急招集によって基地に集められていた傭兵の一人であった、しかし肝心の派遣される傭兵はそれなりのキャリアを積んだベテランたちでした部隊編成されず、彼はあくまで基地での後方支援としての要因であった。もちろん先遣のベテラン傭兵部隊が壊滅して組織が選り好み出来ない状況にまで陥っていたのなら彼にも出撃の機会があったのだろう。
ちなみに非常事態緊急招集時には手厚い手当が着くのだとか、それで遊びすぎなければ半年は任務を引き受けなくても過ごせるそうだ。
「非常事態招集?ですか」
「あぁ、彼が言うに非常事態招集が掛けられる時というのは担当地区の最上級VIPによる緊急要請事項か、もしくは安全保障業務提携を組んでいる契約先の緊急事態に備えての要請に限られるとのことなんだ。そして彼が勤務していた基地の場所っていうのが、ブリュッケンの都市内にあったわけだ。都市内で非常事態緊急招集がかけられるような直近の案件ってことは......それはつまり......?」
マレストロはクロナにまるで答え合わせでもするかのようにそう言う。
「―――アンビュランス要塞が落ちたあの日......?それしかないですよね」
「そういう事だね」
マレストロはそう言うと、クロナは再び考え込むように顎に手をやる。
クロナはアンビュランス要塞が陥落したその時、財団の手から逃れるために卿国へと逃亡する手立てを立てていたと同時に、レオに監視の目をつけレジスタンスの動向を伺っていた。
アンバラル第三共和国による首都襲撃に際して、要塞付近の更なる激戦化が予想された為に監視につけていた隊員を撤退させようとしていた。
だが、その隊員とは突如連絡が取れなくなりクロナは浄土と化したアンビュランス要塞へと赴いたのだ。
すると、そこには無数の共和国軍兵と帝国兵の死体がずらりと並び、その地に立っているのは枢騎士やイニシエーターといった加護持ちの人物達だけであった。
そしてその者たちが対峙する視線の先には四騎士の大剣の遺物を担いだ一人のレイシスの姿、そのものが発する周囲と比較して強大な負のヘラクロリアムを纏っていたそれは、すぐにかつての黒滅の四騎士のリーダーである【アーマネス・ネクロウルカン】であると分かった。
すると、監視につけていた隊員と連絡が取れなくなった理由も自明の理だ。
かつて彼女が過去の大戦でどのような猛威を振るっていたのかは、あらゆる過去の秘匿文献から分かっていた。
彼女の【勝敗を制す手】と呼ばれるものによって付近の加護に恵まれなかった人々はまとめて心臓を潰され一網打尽にされたのだろうと直ぐに理解した。
クロナは、怒りを覚え直ぐにも隊員を死に至らせたネクロウルカンに殴りかかってやろうとも思ったが、クロナは共和国、特にイニシエーターへの肩入れは望むところではなかった。
クロナはレイシスやイニシエーターの教義の相異によるくだらないいざこざ巻き込まれたくなかったのだ、それ故に今までも直接的な干渉は避けてきた。
そしてしばらく静観し、やがてレオが自らの力に暴走し異形のような姿でネクロウルカンと交戦、遂にネクロウルカンがどこからともなく飛んできた変な光に貫かれ(デュナミス評議会のあのお姫様のものであることは分かっていた、前に彼女とは交戦したことがあるからだ)、そして異形と化したレオに首を刈られ朽ちていった姿を見届けた。
その後、レオがかつての仲間であろう女性のイニシエーターをその手に掛けようとしていたので見ていられなくなったクロナは私情で遂に干渉し、輝空還滅(対象からヘラクロリアムそのものを消滅させる)の力でレオを異形の姿から解放した。
その様な経緯があってあの場にクロナは居合わせていたが、その時ですらミリタリア社の傭兵部隊は一切見かけることはなかった。
「まぁあのお高く留まってた枢騎士評議会がそもそも民間軍事会社なんかと契約をしているという話自体が意外な事ではあるんですが......それ以上にあの時の紛争に関してはミリタリアの参戦があったとは一部聞いてはいたものの、実際にその傭兵達がどこに動員されていたのかは私も詳細は把握していません......。ですけど、それを身をもって知っているであろう人物達には心当たりがありますね。そしてそれは、まさに私が帝国に来た目的の人物達でもあります」
クロナは多少にやけた様子でそう言う。
「ふむ、今の私の話はクロナくんのお役に少しは立てただろうかね?」
マレストロはそう言ってクロナの顔の様子を伺う。
「えぇ、教授。とっても有意義なお話でした、例の遺物の出自の核心に一歩近づきましたね」
「ふむ、そうかね。となるとやっぱりその例の傭兵とやら、もしその例の遺物の武器と同系統のものを本当に持っていたのだとしたら......」
マレストロはあえて言葉を区切る。
「えぇ、その傭兵。おそらくはギリア領域からこの世にやってきた......異邦人。ということになるでしょうね!」
クロナが目を輝かせながらそう言う様子をみると、マレストロは安堵するように息を吐いた。
「ふむ、良かった」
「え?良かったとは、何がですか教授?」
クロナはきょとんとした様子でそう聞く。
「いやぁなに。クロナくんは多くの家族同等の優秀な部下を失い、そして母校のある帝国を事実上の追放に追いやられてしまっていた。君が優秀なあまり周りの大人は、しばしば君がまだ幼いってことをすっかり忘れてしまうのだ。だから実はこうして明るく振舞っていても内面ではすっかり参ってるんじゃないかと心配していたが、その探求心に満ちた瞳を見てどうやらそんな心配は杞憂だったと知った、だから安心したのだよ」
マレストロはそう言うと、窓の外を眺めた。
「そうですか、ご心配ありがとうございます教授。でも実は言うと、本当は参ってたんです」
クロナがそう言うと、教授は「あれ!?そうなの!?」とした表情でクロナの方を振り向く。
するとクロナは、さっきまでの明るく纏っていた雰囲気がどことなく消えうせ、今は悲壮の表情をその顔に浮かべ、涙を一滴その膝に乗せた手に落とした。
クロナは幼い頃からオレリアンクロイツの隊員32名に囲まれて育ってきた。
クロナは自らの親の顔など知らない、物心を付いた時にはもうその親たちは姿を消していたのだ。
ただ分かるのは、親はセラフ財団という世界の大企業達を傘下に収める強大な財閥のかつての当主であったこと。
そしてその当主を失った財団は、必然としてその当主たる資格を子である自分に継承したのだという事。
唯一、その顔も声も知らない親が子に残した遺産が、クロナの為の精鋭部隊である【オレリアンクロイツ】であった。
クロナは名乗らないが、彼女の真の名は【リ・イリーナセラフ・オレリア】であり、オレリアンクロイツは彼女の名を正しく冠していた。
経歴も出所も不明の彼らではあったが、クロナが幼い頃からその身を挺して守り、そして彼女に対して数少ない寄り添ってきた存在であった。
オレリアンクロイツは彼女の為に専門分野外の遺跡・遺物採掘隊を一から創設し、やがてそのオレリアンクロイツの採掘、研究調査技術は考古学会の技術水準を大きく上回りそれを界隈に知らしめるほどに高度成長させた。
表ではクロナの為の採掘チームの一員として、裏では彼女の為の護衛としてその生涯をクロナの為だけに捧げてきた存在なのだ。
もっとも、彼女に果たして護衛が必要なのかはまた別の話ではあるが、少なくとも財団組織周囲の軋轢から呈して心の支えとなっていた事は確かだろう。
言い換えれば、クロナにとってオレリアンクロイツは親の形見であり数少ない理解者たちだ。
そんな彼らを財団の私兵によってわずか一日で数名を残して壊滅させられてしまえば、如何に彼女とて平然とその現実を受け止められるものでもない。
彼女は強靭なヘラクロリアムの加護に恵まれた天才的な人物ではあるが、レイシス程に負の感情に素直でなければ、イニシエーターほど冷めた感情の持ち主でもない。加護を除いてしまえば彼女はただの普通の女性なのだから。
「おぉっと、それはすまない。私としたことが余りに迂闊な事を言った、大丈夫なのかね?クロナくんが望むのであれば保全委員会全体を通して財団にあらゆる抗議をすることも考えるが......」
マレストロはそう声を掛けると、急にクロナは俯かせていた顔を天に向けた。
「ふー、よしっ!いやぁ少し感情を解放したらスッキリしました!ありがとうございます教授!私は平気ですよ」
クロナは再び笑顔でそう言う、クロナのその感情の起伏にマレストロは意表を突かれたかのようにきょとんとするも、教授は最後までクロナを心配していた。
「ふむ......?セルフメンタルコントロールっていうやつか?本当に大丈夫かね?まぁクロナくんがそう言うのなら私はこれ以上は何も言うつもりはないが......」
マレストロはそう言うと、クロナは静かに頷いた。
「えぇ、私にはまだまだやらねばならない事が多いですから。こんな所では挫けてはいられません、それに私。一時の感情に流されるレイシスやイニシエーターみたいな極端に感情を振り切っちゃう野蛮な人っていうのが嫌いなんですよね、せめて私くらいは感情を殺さずとも、どっちつかずの存在でなくちゃ。ね......」
「ふむ、そうかね......」
マレストロのその言葉を最後にクロナとの団欒とした会話は終わり、やがてクロナ達を乗せたバスはいよいよ帝国都市ブリュッケンへと到着した。
―――クロナを乗せたバスは、やがてラス・アルダイナ帝国学院へと到着し、そのあまま裏の駐車場まで行った。
駐車場に着きバスから次々とマレストロの採掘チームが降りていくと、最後に車内にはクロナとマレストロが残った。
マレストロは手招きでクロナを先にバスからおろすと、マレストロもそのまま降車した。
マレストロはどこか儚い表情でクロナを見つめる。
「運命とは残酷だね、クロナくん。君が少しでも普通の家庭に生まれ育っていれば、世界のあらゆる領域から排斥される事なくそのまま普通に好きな事に没頭する人生を送れていたんだろうにねぇ。保全委員会がまだ良心あるマシな組織で本当によかったよ」
マレストロはそう言うと、クロナはマレストロの方を振り向く。
「確かに、もう私が気を許して歩める大地はもうギリア領域にしかありませんもんね。でも、私は経験というものをそこまで卑屈には考えてはいないんですよ。何かを失うのは人生の常であり、別の人生を歩んでも別の形で何れ何かを失うだけ。今の人生と違う人生を比較したってその時の尺度なんて当人それぞれだし、何かを失うってことは結局どの人生においても同じことなんですよ。どうせいつまで経っても私達は他人の感情なんて真に理解する事なんて出来ないのだから比較しようとも無駄、ならせめて経験としてちゃんと受け止めて、その経験と共に人生を歩んだ方が卓越した人生観を得られるってもんじゃないですか?死んでいった隊員達の為に、彼らに死んでよかったと思わせるためにも。ね」
クロナがそう言うと、マレストロは頭を抱えた様子で居た。
「うーむ、そんな自伝哲学っぽいことを言われても私には専門外でよくわからないよクロナくん」
「はは、確かに!私でもよく分かりません。まぁとりあえず行ってきます、教授。お体にはお気をつけて。また何れ会いましょう!それでは!」
クロナはそう言うとマレストロに背を向けた。
「あぁ、そうだな。気をつけてな」
マレストロはクロナの背を見送った、彼女が正門を出て右折か左折かしてその姿を視界から完全に消えるその時まで。
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