第74話 つかのまの飲み


 ダンボリス准将による様々なハプニングに富んだてんやわんやなブリーフィングは終了し、作戦実施日に備えてレイシア隊各自は自由に自室に籠るなり自主鍛錬するなりする事となった。


「何となく俺は用意されてた部屋に戻ってきちまったけど、どうすっかな」


 レオはブリーフィング解散後、特になにか用事があるわけでもなくそのまま用意されていたゲスト部屋に直行していた。


「自主鍛錬......でもすればいいのかぁ?少し試して見るか」


 そう言うとレオは寝転がっていたベッドから立ち上がり、腕を手前に伸ばして手のひらを面に上げる。


「あの時のように......」


 レオは楽園での出来事を思い出す。


 ―――そして目を閉じ、体を巡る暗黒とも言えるような負の潮流を感じ取る。

 これが恐らく負のヘラクロリアムと呼ばれる存在なのだ。

 この体に流れる負の粒子は人の持つ感情に極めて敏感に反応し、レオは多少のどこからか湧いた理不尽に慎んだ怒りを手のひらに乗せる。


 するとそれはついに顕現を始める。


 ベルゴリオの剣状のソレイス、そしてアイザックの銃型のソレイスをそれぞれ顕現させ、それを近くの机上にそっと置く。


「この辺はもう簡単に出せるけど......、これってしばらく放置したらどうなるんだ......?そういえばこの状態でもう一度ソレイスを出せるのか?」


 そう疑問を覚えたレオは早速それを試す。


 そうすると、それぞれ二個目の複製は出来たが、三個目以降は顕現させることは出来なかった。


「二つは出るが三つめはどうやっても出ないな、どういう仕組みなんだ......?あの時のメルセデスの説明では、俺のこの能力をソレイスを複製させる特異的なものだと言ってはいたが、単純に複製させているだけなら三個目だって問題なく複製出来るはずだ。しかしそれはできない、それとあまり気にしていなかったがこの複製ソレイスをここに放置した場合、俺はこのソレイスを他の場所で個数二個の複製制限を超えてソレイスを顕現させられるのか?メルセデスの研究室で試していた時は顕現させたものを維持せずにそのまま顕現状態を解除していたし、いま試しておかないとな......」


 レオはそう言って出かける準備をし、部屋から出ようと扉を勢いよく開ける。


「―――いったぁああ!!!」


 するとその扉を開けた途端、その扉は何者かと衝突し、その衝突音は廊下に鳴り響く。


「えっ、なに。誰」


 レオはそう言って扉の先を覗くと、そこには頭部を扉に激突させ、頭を抱え地面でもだえ苦しむ捜索部隊の隊長ジェディ大尉とロップ中尉の姿がそこにあった。


「えっ、えっとあんたぁ確か......ジェディ大尉?それとロップ中尉......?」


「どもども~」


 ロップ中尉はレオに手を振って爽やかな挨拶を送る。


「あぁどーも......、てかお二人さん俺の部屋までなにしてんの、何か用ですか」


 そう言うと、ジェディ大尉は「いたた~」と言いながら頭に手を当て立ち上がる。


「い、いやぁ!ちょっと隙を伺ってたつぅ~かぁ!てかレオ君いまひま!?」


 ハイテンションで話をするジェディ大尉にレオはやや顔を引きつらせる。


「あっ、いやこれから少し用事が......」


「だっよね!!!暇だよねぇ!ほ~らロップさんやっぱ暇だってよぉ俺の言ってた通りじゃんYO!!!んじゃさぁゼンベルのッ旦那も誘ってからさぁ~!、ちょっと飲み行こうぜぇ~?下町にいいとこあっから、姉ちゃんとかいるしいるし!!!」


「はぁ!?お、おい待ってくれ話を最後まで聞......」


「いぇーい、けってー!」


 ロップ中尉はそう言うとレオの腕にしがみつく。


「うあ!ちょ!ちかっ!!!」


「んじゃレオくぅーん基地正門前で集合っつーことで、よっろぉ~!」


「よろー」


 ジュディ大尉とロップ中尉が嵐のように訪れ去って行った。


「まじか......、これ作戦実施前......だよな?このタイミングの飲みって、少佐達に怒られたりしねぇかな......」


 そう言いながらレオは、多少の期待感を胸に基地前の集合場所へと足を運ぶことにした。




 ―――レオは第五前哨基地正門前に立って待っていると、空はすっかりと暗くなって辺りは街灯で照らされる時間帯となっていた。

 他にも色々な軍関係者と思わしき人々がここで待ち合わせ、どこかへと出かけていく様子を見る事が出来る。

 正門前では前哨基地とは思えない明るい雰囲気を醸し出していた。


「とてもあのブリーフィングの後に見られるような光景とは思えないな」


 レオはそう思いながら立ち尽くしていると、正門側からジュディ大尉達とゼンベルの姿が見えてくる。


「おっ、レオくぅ~んお待たせぇ~!」


 ジュディ大尉はレオの姿が見えるとそうレオに声をかける。


「やっほーレオくん、ミル中尉も誘ったんだけど他のオペレーター達と打ち合わせがあってこれないんだってーざんねーん」


「そ、そうなんですか。えーとレイシア少佐とかレフティアさんは何か言ってました......?」


「んー?あぁ無理無理、あれは話かけられないよーぜったいむりぃ」


 ロップ中尉は両手の指でバツの形を作ってそう言う。


「そ、そうですか......」


 レオは冷や汗をかきながらそう言う。


「んじゃとりまこれで全員っつーことで、いくべいくべー!!!」


「おーう」


 ジェディ大尉はそう言って先陣を切り、ロップ中尉は気だるげそうな雰囲気の掛け声を出す。


「おーうレオ、飲みだってよぉ?最高だぜぇ、ご無沙汰だったからな」


「おいゼンベル、そんなこと言ってる場合か?少佐達に怒られないか?」


「あー?んなことで怒られねぇよ多分な、とにかく今は店にいってからこまけぇことは考えようぜ」


「店に行ってから考えるんじゃ色々と手遅れになるだろうが......、んーまぁいいけどよ。俺も少しリフレッシュしたかったところだ。ゼンベルの言う通り、こまけぇことは後で考えるとするか」


 レオはそう言うと、ジュディ大尉の隊列に乗り気で加わった。



 レオ達はセクター32付近に位置する下町の繁華街とされる場所の方まで徒歩で訪れるが、その繁華街は繁華街という割には穏やかな静けさに包まれていた。

 うるさすぎず、静かすぎない。そんな雰囲気の場所。


「なんだ、繁華街って感じじゃあ全然ねぇのな」


 ゼンベルは街を一目見てそう言い放つ。


「そりゃあYO、ここら一帯は一応危険地帯に区分されてるしぃ?人自体、はなからそんないないっての!がち都会のセントラル組からしたらちとものたりねぇかなぁー?」


「んやそんなことはねぇけどよ、こんなとこにもちゃんと店はしっかりあるんだな」


「誰しもがみんな安全な内地の方に行けるわけじゃないからねー、辺境と言われようともみんなここで生きていく為に市場はそれなりに形成してるんだよー」


 ロップ中尉がそう言うと、ゼンベルは気まずそうな顔をする。


「ほ、ほらぁついたYO!!!ここが行きつけの飲み屋ってわけ!とっとと入りやしょう!!!」


 ジュディ大尉が空気感を強引に自らの間合いに引き戻し、一同はお店の中へと入っていく。


「YO!お邪魔するよぉ!!!」


「ジェディさん!いつもありがとうございまーす!」


 入店すると、お店の若い店員がこなれた様子でジュディ一同をお出迎えをする。

 お店の中はまるで大衆酒場という言葉がドンピシャに似合う雰囲気で、そこそこの人々で賑わっている。


 ジュディ達はカウンター側の席に案内され、横で一列になるように座り込む。


「さぁさぁぐぐっと飲んじゃってYO!初回はおれっちのおごりだからさ!」


 ジェディはそう言うとメニューを全員に手渡しで渡す。


「やったーだいすきージェディ」


 ロップ中尉は棒読みな声でそう言う。


「ちょちょちょー!ロップちゃんはちがうって!」


「えっ!」


「いやまじ勘弁だからさぁー、ロップちゃんのは出費えぐいてほんまきつい節制して節制ー」


「うわひどーい」


 ロップ中尉はジェディの言葉にまるでそう言われると分かりきっていた様子でそう反応する。


「んじゃま、最初はふつうにジョッキっしょ!すんませーんこっちにジョッキぷりーず!四つでぇー!」


「―――はーい」


 ジェディがそう店員に注文をすると、店員はすぐに返事をする。


「なぁジェディさん、さっき来るとき姉ちゃんいるって言ってたけどよ、もしかして姉ちゃんってあの若い店員さんのことか?一人しかいなくね?」


「ん?そうだけどぅ?なかなかいけてんだろぉ?」


「あぁ、まぁそうだが......。思ってたのと違うな......」


「ん?なんだレオ。お前年上好きなのか」


 ゼンベルがいきなり口を挟む。


「そういうわけじゃねぇけどよ......」


「がっはっは!年上好きなら俺達の部隊なんてもとより最適じゃねぇか!なにせ年上の女の比率が半端じゃねぇ!なにせその年の差、数にして......」


 ゼンベルがそう言いかけたところで「はい、そういうこと言わなーい」と頬をロップ中尉に引っ張られる。


「いっっった!なにすんだ!」


「私達そういうのけっこう気にしてるんだから、やめてよねー」


「んあ?あぁ、そうか。す、すまん」


 ゼンベルがロップ中尉に謝ったタイミングで「お待ちどう様でーす」とジョッキが各自のテーブル上にそれぞれ置かれていく。


「うおおっ!来たなぁー!」


 ゼンベルはたいそう嬉しそうにそう言う。


「んじゃ、とりま捜索部隊結成記念でぇ~かんぱぁ~い!!!」


「「「かんぱーい!!!」」」


 ジェディの乾杯の一声に合わせて、一同はジョッキを勢いよくぶつけ合う。




 ―――店に訪れ数時間が経つ。


「うーし、そんじゃそろそろ次の店。いくんべぇ」


 ジェディ大尉は決め顔でそう言うとレオは顔を引きつらせる。


「んん......いやぁさすがにこれ以上は......」


「あぁ?なーにいってんだレオ、まだまだここからだろぉ?」


 ゼンベルはそう言う。


「いやぁでも......」


(部屋に放置してたソレイスの事が気になるしな......)


「―――やぁ君達、見ない顔だねぇどこから来たのー?」


 レオの背後からその男は急に話しかけてくる、その体格は勇ましく、シャツ一枚で腹筋を露出させたかなりのイケイケ男だ。


「おや、イケメン登場」


 ロップ中尉はそういうとその男は「どうもー」と手を振る。


「今、ちょっと別の店行くみたいな話聞こえてきたんだけど、よかったらさぁ俺のお気に入りの店のとこ行かない?マジいいところあっからさぁ!どうよ?」


「あーいや実は......」


「よし、その話のるべ!」


 レオがその誘いを断る前にジェディがその提案に乗っかってしまう。


「いいじゃんいいじゃん?人数は多い方が、いいべぇ?」


「いやそうじゃなくて......」


「まぁいいじゃねぇかレオ、俺達にとって飲み会なんざいつだって出来るってわけじゃねぇんだからよ。いまのうちしか楽しめねぇよ?」


「まぁそうだが......」


「よし、決まりだな!店前で待ってから」


 その男はそう言うと、この場を去った。


「なんていうか、正門前の待ち合わせをしている軍人達もそうだが、この地域の人々はなんだか陽気な人が多いんだな」


 レオがそういうとロップ中尉が反応する。


「んーそうかもねー、こんくらい軽いノリじゃないとこの辺じゃ生きづらいってのもあると思うけど」


 そう言ってロップ中尉はジョッキに残っていた最後の中身を一気に飲み干す。


「さて、行きますかー」


 ロップ中尉は笑顔でそう言うと、レオは思わず頷いた。


「いまのうち、か」


 ゼンベルの言葉に改めて内心押されるような形で、レオは大人しくジェディ達についていく事にした。



 店を出ると、あの男が言っていた通り店前で待っていた。


「―――お、来た来た!それじゃ早速いこうか!俺の名前はキラーテだ、よろしくな!あんた達は???」


「おれっちはジェディ、んでこっちがロップちゃんで~、このでかいのがゼンベルさん、そんで奥のが......」


「レオッち!」


 ロップ中尉はジェディ大尉の言葉に言い被せるようにそう言う。


「うぉ!いいねぇレオッちだ!!!」


 ジェディ大尉はロップ中尉のそれを難なく採用する。


「えっ、なに......。レオっち?なんだその『ち』って......」


 レオはその呼び名に困惑していると、横でゼンベルがからかうように笑う。


「おうおうレオかわいそうになぁ、キショい名前つけられてやんの!」


「いやキショくないから、かわいいから」


 ロップ中尉が割と冷徹なトーンでそう言うと、ゼンベルは「あっ、すまん......」とすぐにそう言い放った。


「ふーん、レオっち。ねぇ......」


 キラーテはそう言うと鋭い眼光でレオを見つめる。


 そう遠くない場所までキラーテと何気ないこの地域にまつわる会話を交わしながらしばらく歩いていると、心なしかあまり人気のないところにまで来ていた。

 キラーテは見えてきたある店に指を指す。


「そこだよ」


 とキラーテは短くそう言う。しかしレオは、その店からどことなく湧いた違和感を感じ取っていた。

 周辺に物理的な人けのなさというべきか、人なら誰しもが持つヘラクロリアムの名残りのようなものがこの店からはそれがまるで感じ取れないのだ。だが店からは確かに人の声はするし、人影のような物も見える。


「うーし楽しみだべぇー!二次会すたーとぉ!!!」


「いぇーい」


 しかしヘラクロリアムへの敏感さで言えばジェディ大尉やロップ中尉の方がはるかにレオより感度では優れているはず、しかしこの二人がこの違和感に気づく気配はない。


「気のせい......なのか......」とそう違和感をレオは片付けようとする。


 キラーテはレオがゼンベルと共に店の方に入っていこうとするのを確認すると、手中から即座に銀に煌めくソレイスである短剣を、即座に顕現させそれを振り上げる、そしてそのままレオのうなじをめがけて勢いよくそれを振り下ろそうとする。


「―――こんにちわ、五人仲良く今から飲み会ですか?いいですね、とても」


 キラーテは背後から聞こえてきた予想外のその声掛けに思わず振り下ろすのをやめ、その人物の方に目線を慌てるように振り向ける。

 ジェディ大尉達やレオもその聞き覚えのある声の主の方へと一斉に視線を移す。


「ま、マギさん......!?」


 その予想外の人物の登場にレオは思わず名前を叫ぶ。


「マ、ギ......?」


 キラーテはそう小声で漏らす。

そしてキラーテは恐る恐る振り返り、マギの方を向く。そしてそれをマギはただひたすらにキラーテの顔を、澄んだ右の瞳で見つめ返す。


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