第73話 ロサ・カリオサス暗殺用私設特殊部隊

 ガルガン・エスタール大将は、バスキア南部戦線統合本部への帰路に就く。

 セクター32までは通常運用の装甲列車を利用し、マギの部隊が到着するタイミングに合わせて訪れていた。


「ふう、遂にあの女に鬱憤をぶちまけてやったぞぉ。中々あやつらに直接会える機会なんてないからのぅ、スケジュールゴリ押しで来た甲斐があったというもんじゃな」


 エスタールは満足気な表情で、ずっしりと列車の一般席に座り込む。

 普通、エスタールのような上級将官がこのような装甲列車を利用する際には特別車両の用意がある物に乗車するのが基本的だが、エスタールは豪奢な待遇というもの嫌う人物であるが故に。

 しかし側近の者たちにとってはセキュリティ面での配慮に悩まされる事もあり、常時プレデイト級イニシエーターの護衛があるとは言ってもその人柄には少々困らされるものがある。


「閣下、あの女......マギという人物は一体何者なのでしょうか?公式な記録では彼女は正規の試験を通過した一般司法書士のようなのですが......」


 そう資料を見つめ対面席からエスタールに話しかけるのは、傍付きであるプレデイト級イニシエーター、レストレンド大佐だ。


「ワシにもわからぬ、ただ分かるのはのぅ。取るに足らんただの司法書士のはずが常に中央戦略部門に横やりを入れる中心人物になっていると言う事実だ。バスキア戦線の情勢も本来ならば可及的に北部統合方面軍が合流するはずじゃったが、全くムハドめぇ何の手違いかもはや終息し存在しないはずのヌレイ戦線の状況維持に努めておる始末じゃ。探りを入れてみればなんのこと、お門違いの司法省の連中が介入して国内の軍事戦力を意図的に集中させんようにしとると来た、今は何とか迎撃城塞が持ちこたえておるが、要塞を稼働させるための人員や物資は着実に消費していっておる。補給物資の流通が司法機関の連中の手によって絞られておる以上、アステロイド領域への反攻作戦は中々厳しいのぅ」


 エスタールは腕を組みながらそう言う。


「やはり司法機関は、我々がこの戦いで大きく戦力を削ぐことに期待をしているのでしょうか......?」


「ワシにはそうとしか思えんがの、司法機関......いや、中央全体の連中は南部統合方面軍を全面的に警戒しておるようじゃ。アンバラル第三共和国の二の舞を踏むんじゃないのかと躍起になっておる」


 エスタールはやれやれとした様子でそう言う。


「―――確かに閣下ならば、アンバラルのように共和国からの独立も果たせるでしょう。閣下を議長に据えたアルファレセプト議会には十分な軍閥勢力が結集していますし、この機に試されてみては?」


 そう首を傾げながら口を開いたのは、同じく傍付きの護衛であるフィービリスト大佐だ。


「冗談を言うでないフィービリスト大佐、これ以上共和国が大きく分裂する事はあってはならん。ワシは独立する為に南部統合方面軍をまとめておるのではないわ。それにワシにはそもそも人望などあらん、国税局に幅を利かせて言う事を聞かせてるに過ぎん」


 南部軍閥に関しては、中央国税局に顔が利く為に独立軍閥税などの国から課せられる軍閥組織への税制面や、特別軍事補助金等で優遇させている事から南部軍閥諸々にとっては彼には頭の上がらない人物なのだ。

彼なしでは、今頃いくつかの地方弱小軍閥はとっくに強制執行機動団によって滅ぼされ、新たに中央からくる政府隷下の政府軍に陣取られて取って代わられていただろう。

そうなると経済的自己利潤を求める地方セクターにとっても、南部戦線を指揮するエスタール大将にとっても余り良い話ではない。

南部戦線の現状打破の姿勢を構えるエスタール大将と、積極的現状維持を唱える政府側とは所詮相まみえないのだから。

だがそうは言っても、南部側の経済状況としては戦線の影響もあってエネルギー供給不安が常に叫ばれる。戦線を維持するための大半のエネルギーは比較的戦地とは無縁な共和国東部から送られてくるが、レジオン戦役の事もありエネルギー価格や兵器関連価格は急騰した。

北の情勢がどう変化するも分からず、更に財政状況を圧迫する一方で弱小軍閥を庇い続けるのも時間の問題である、早急に戦線の現状打破を目指し、再び共和国南部全体の経済活性を取り戻さなければならない。

また、アステロイド領域にある潜在的な有効活用出来る資源や土地がある事も考えると、この使命は一刻も早く遂げられなければならないのだ。


「左様でございましたか、わたくしはてっきりこの軍閥をまとめあげる勢いで、そのまま共和国全土を制してしまうものと思っていましたわ」


「無茶を言うな......、お前が野心家なのは知っておるが、そこまでワシに期待されても困るのぅ」


 エスタールは呆れ顔でそう言うと、フィービリスト大佐はほくそ笑む。


「さて、最寄駅までにはどれくらいで着くのかのぅ......」


 エスタールはスマート端末のデジタル表示された時計を見る。


「セクター29までは凡そ半日かかる見込みです。閣下」


 レストレンド大佐はそう答える。


「ふむそうか、ではワシは少し居眠りをかますとするかのぅ」


 エスタールはそう言うと、自前のアイマスクで目を覆う。


「はい、閣下。ごゆっくりお休みになられてください」


「すまんの」


 そうしてエスタールは一眠りに就いた。




 ―――同刻。


 ロサ・カリオサスの私兵達が集結し、組織が調達した共和国軍ガンシップでエスタールが乗車してる装甲列車に接近していた。


「よーし、いいかぁてめぇら!!!手段はとわねぇから乗り込んだらとっととエスタールとかいう大物大将様をぶーち殺せ。護衛だろうがなんだろうか皆殺しにしろ、失敗したやつに帰る場所なんてねぇからな、必ず殺して首を持ってこい」


「―――隊長、目標を目視で確認。降下準備、作戦段階ステージ2に移行。高度を維持しながら目標車両に並走」


「よーし、時は来たぁ!!!いくぞおめぇら、武器を持てぇい!!!」


 その指揮官がそう号令すると、ガンシップのハッチが解放し、その目前には装甲列車の屋根上が垣間見える。


「―――LSNG第一、第二分隊作戦行動を開始。GO!GO!GO!」


「よしいけぇ!!!」


 私兵達は次々とガンシップから降下し、車両の屋根上に乗り込んでいく。

 一方、乗務員室では連絡の取れない並走中のガンシップに対して通信を延々と試みていた。


「―――こちらは第107号、上空並走中のガンシップに所属部隊と接近目的を問う。繰り返す、上空並走中のガンシップに所属部隊と接近目的を問う。ちっ、どうなってやがる何故あのガンシップは回線を空けない?本部に連絡しろ」


 その乗務員がそう言った瞬間、突如防弾性の強化窓ガラスが安易に割られ私兵達が突撃をし、操縦室内に侵入する。


「―――な、なんだ貴様ら―――」


 乗務員達は私兵に撃ち殺されると、その私兵は指揮官に宛てて通信を飛ばす。


「―――操縦室制圧、これより列車を停車させます」


「うし、よくやった。これより目標の車両を前後で挟撃する、タイミングを合わせろよ?遭遇した人間は全て射殺しろ」


 指揮官にそう言われると、操縦室を襲撃したチームは目標車両へと迅速に向かう。


 ―――


「―――閣下!閣下!ったくこれだから民間用は困るってあれほど......、起きろボケ老人!!」


 フィービリスト大佐はそう声を荒げて椅子を蹴り飛ばすと、エスタールが座っていた席は破壊され、エスタールは横に倒れる。


「おっ、おい貴様!いまなんと―――」


 レストレンド大佐は聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたが、フィービリスト大佐の取る行動に動揺する余りに言葉が口から出ない。


「うぉおお!?!?なっ、なんじゃあ!?」


「閣下、襲撃です。この列車に既に乗り込んで来たようで、敵は我々の感知に察知される事なくこちらに近づいてきています。イニシエーターの感知から逃れることの出来るステルス装備で来てるとなると、敵は完全装備の特殊部隊でしょう。それに先ほど先頭車両の方から爆発音が、もうじきこの列車は止まります。このままでは包囲されて危険です、我らの後にお続きください」


 フィービリスト大佐がそう言うと、エスタールは状況を理解した様子で立ち上がる。


「なるほどの、とにかく分かった。急ぐとするかの」


 エスタールはそう言ってフィービリスト大佐に続くと、レストレンド大佐は特に口を開くことなくそのまま後に続く。


 フィービリスト大佐が列車後方の方に進んでいくと、敵と思わしき全身装備の私兵が民間人を虐殺している場面に遭遇する。

 私兵達は突然車両に入ってきたフィービリスト大佐達に気づくと一斉に銃を向ける。


「―――エンゲージ!」


 私兵達はエスタールの方に向けて発砲する。しかしそれらの攻撃は全てフィービリスト大佐の近距離空間障壁・Sフィールドによって防がれる。

 フィービリスト大佐は発砲した私兵7名をそのまま接近して顕現させた剣状のソレイスで迅速に難なく切り捨てる。




「―――隊長、目標と遭遇した分隊との連絡が途絶。第二分隊急行中」


「なに!?イニシエーターの護衛がいるとは聞いてたが、推定戦力を見誤ってたってんじゃねぇだろうなぁ!?」


「―――後続の第二分隊、現在交戦中」




 レストレンド大佐は先頭車両から来た私兵と交戦する。


「運が悪かったな。装備は上等の様だが、これで倒せるのは精々マスタリードクラスだぞ」


 レストレンド大佐はそう言うと、あっというまに私兵の第二分隊をソレイスも使わずに壊滅させる。


「油断は禁物ですレストレンド大佐、とにかくこの列車から放れましょう。大量の敵意がこちらに近づいて来ています、恐らく援軍です。救難シグナルは出しました、近くの森を進ん先にランデブーポイントを設定、急ぎましょう」


「ふむ」


 エスタールはそう短く返事をすると、フィービリスト大佐に続いて装甲列車外に出る。そして、そのまま線路沿いの森に向かって駆ける。


 その森側へ逃げる人影を見つけた私兵達が乗るガンシップは、すぐさまにその影を追いかける。


「ちっ、逃がさんぞぉ!手ぶらで帰ったら俺の家族の首がねぇだろうが!攻撃準備ぃ!!!」


 私兵達の隊長の合図でガンシップは攻撃態勢に移行するも、それに気づいたレストレンド大佐はガンシップに対して手をかざし、中距離空間障壁の応用技でガンシップのエンジン部分を切り抜くように破損させると容易くガンシップを墜落させる。


「とりあえず追ってのガンシップは片付けておきました、現存戦力は恐らくあれで全部でしょう」


 レストレンド大佐はそう言う。


「ご苦労ご苦労。連中、恐らくはロサ・カリオサスの私兵......。例の私用の暗殺部隊......LSNGって奴じゃろうな。こんなに早く動き出して来るとは思ってなかったわい。メンツを保つためなら本当になんでもしよるんじゃのう」


「しかし、犯罪組織のくせしてなんですかあの武装。我々はともかくとして普通のイニシエーターでしたら余裕で殺せる武装でしたよあれは......、もうちょっとした軍隊です」


 レストレンド大佐達はエスタールの走行速度に合わせて走りながらそう言葉を交わす。


「あれは恐らく議員共から横流して手に入れたものじゃろうな、ワシが思っていたよりこれはぁ......なかなか根深い問題のようじゃ......」


「それより閣下、足腰は平気ですか?背負いましょうか?」


 フィービリスト大佐はエスタールにそう言う。


「フィービリスト大佐......、ワシを余り侮るでないぞ......。見ての通り常人よりは機敏に走れとるじゃろうが!!!」


 エスタールはそう言うと、速度あげてフィービリスト大佐を追い越す。


「あらあら」


 フィービリスト大佐はそう言ってエスタールを追い越さないように追いかける。


「ふーむ......、情緒がわからぬ......」


 レストレンド大佐はそうぼやいてフィービリスト大佐の背中を追う。



 ―――一方、LSNGの隊長は。


「―――は?見失った......?」


 墜落の中一人だけ生き残った私兵達の隊長は筆舌に尽くしがたい表情でそう言葉を繰り出す。

 ガンシップは地上に墜落し、その後増援で駆け付けていた部隊と合流した。

 念のため列車内の乗車していた民間人や乗務員を虐殺し、付近の森林を隈なく捜索するもエスタール大将の姿を見つける事は出来なかった。


「―――申し訳ありません、付近の森に逃走したものと思われるのですが......。もう既に一帯の地域からは逃亡したものと......」


 そう報告した私兵は、突然隊長が取り出したハンドガンによって頭を撃ちぬかれる。

 ―――かのように思えたがその私兵の装備したヘルメットの防御性能がそのハンドガンの貫通力よりも上まっていたが為に弾かれ、その私兵はよろめくに留まる。

 その様子を見た周りの私兵達は手元の作業を一旦止めて、銃を握る。


「ちっ、かてぇな。いまのでしんどけよお前。てか、ふざけるなよぉ......?いまからでも捜索再開しろ!!!全員だ!!!この場の全員が目標を見つけるか死ぬまで探し続けろぉボケが!!!はやくいけ!何をしている!!!いまここでぶちころされてぇのか!!そもそもなんで先鋒の分隊はあっけなくやられてんだぁー!?役立たず共がぁ!!!最新鋭の装備を与えられていてなんだぁ?この体たらくわよぉ!?ボスが看過するわけねぇだろ!!!責任はお前らに取らすからなぁ!?覚えとけよクズ共!!!」


 かつて隊長とそう呼ばれていた男はどこからか湧いた恐怖心からか、興奮してそう声を荒げる。その己の過ぎた声の余りに、背後から近づくその者の存在に気づくことが出来ない。

 その者が隊長の後頭部に密かにAEライフルを近づけると、問答無用で隊長を躊躇いなく初撃で射殺する。


「はぁ、俺達を軍隊か何かかと勘違いしやがって。調子に乗りすぎだ隊長さん。―――LSNG第一中隊、先鋒部隊壊滅、目標消失。作戦に失敗した。これより現場の後処理を行う」


 隊長を射殺したその私兵がそう言うと、他の私兵達は無言で頷き乗客や乗務員、装備を回収した私兵の死体や隊長の死体を黙々と焼却していった。


LSNG、彼らは優秀な私兵達ではあるが、間違っても軍隊のような規律ある兵士ではない。

それを見誤り、彼らを変に刺激したその者の末路は言わずもがな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る