アステロイド領域編・祝福されしエンプレセス達

第61話 人外の楽園

「―――ん......、ここは......」


 快適な睡眠を取れていた時のような心地よい倦怠感からレオは目覚めると、徐々に光が瞳刺し込み始めやがて天井の景色が脳裏に映し出される。


 ドーム状の高い天井、そのドームに張り巡らされるかのように備え付けられた見覚えのある機械設備達。

 それは確か、かつてレジスタンスの地下要塞にあった幽閉施設。

 そこに置かれていた機械と非常に酷似している、レオはかつてそれで身動きを封じられていた事があった。


 下半身には何やら暖かい感触、まるで布団の中にでもいるかのような居心地の良さ。

 レオは視線を下半身の方に向けると机がある。

 正確には机に布団のような物が被せられており、その布団の中に足を突っ込んだような状態だ。

 レオは布団のような机に下半身を入れた状態で横たわっていたのだ、そしてその机にはそれを取り囲むかのように独特な装いをした数人の女性達がくつろぐ姿がある。レオから見て左側の位置に居るその中でも飛び切りに幼い姿をし、獣の耳でも生やしたかのような少女が目覚めたレオを何やら珍しがる様子でジロジロと眺めてくる。


「お目覚めかの?」


 何かの聞き間違いだろうか、年老いた口調でその少女はレオに話しかけてきた。


「ふーむ、生の男を見るのは実に数百年ぶりじゃのう。お主は外で一体何をしでかしてきたのじゃー?んー?」


 この状況と光景に頭の理解が追い付かないレオは、一先ず情報を集めて整理することにした。


「えっ、えーと......、まずここは一体どこなんだ?」


 その話しかけてきた少女はニッコリと笑みを浮かべる。


「ここは楽園じゃよ、ワシらの楽園、ワシたちの為の楽園」


「楽園......?俺はとうとう死んじまったってのか!?」


「あーそういうんじゃなくての、普通にここがそう言う名称の建物って事じゃわ」


「建物......」


 直近の記憶を探ろうとするレオだが、最近の記憶を殆ど保持していないが為。ここにはどうやって訪れたのか分からず終いでいた。


「うーん分からん何も思い出せない」


 レオは視線をその少女の頭部に移す。


「ところで......」


「んー?なんじゃー?」


 その少女は体を机に少し登らせ、レオの方へと前のめりになる。


「その頭に付けてる獣か何かの耳みたいな奴、それ本物なのか......?」


「本物じゃよ?触ってみるかのー?」


 その少女はそう言って獣の耳をレオへと近づける。


「えーとじゃあ、少しだけ......」


 レオはその耳に軽く触れると、その耳はピクっと震える。


「わぁ......、本物っぽい......」


「本物じゃわ、まぁ外ではワシのような者は珍しかろう。信じられないのも無理はないのぉ」


 その少女はそう言うと、机の上に置かれた飲み物を手に取る。


「あんたは一体......その、何者なんだ?俺がなんでここに居るのか知っているのか?」


「ふーむ......。異邦生物、聞いたことぐらいはあるじゃろ?ワシはその中の一種だと思ってくれればええの」


 異邦生物。確かそれは西側にある卿国領、そこにあるギリア領域とやらを通じてこの世界にやってくる生き物だというくらいは聞いたことはある。

 軍事転用されている事もあるらしいが実際にそういった生き物は見たことが無い、それ故に迷信のようなものだとレオは思っていた。


「そしてお主がここに居る理由、それは知らぬ。お主がここに現れたのは数日前のことじゃ、目覚めて気づいたらそこにお主がほっぽり出されておっての。寒かろうと思い枠を一つ潰してこのコタツに入れてやったんじゃ」


「そう、か......。コタツ......?とりあえずそれはありがとう、えーと......」


 レオはこの机に布団を掛けたかのような家具をコタツという呼ぶことを知る。


「ワシの名はセツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ。セツギンでええぞ」


「じゃあセツギンさん、改めてありがとう」


「ふむふむ、礼には及ばんのじゃ。なんならこっちがお主に礼を言いたいくらじゃからの」


 セツギンはレオの体を舐めまわすかのように視線を巡らせる。


「......?それはどういう?」


「なにせここは見ての通り、だっっらしない女だらけのむっっさくるしい環境でのぉ。ワシとしては飽き飽きしていた所だったのじゃ、誰かが来るたび女ばかり。最近きたお主の一個前の奴も女じゃったわ」


 そう言われコタツに入った他の二人の女性を見る、どちらも気力のない様子で雑誌やら眺めながら菓子を食べ散らかした跡がある。

 レオの反対側に位置する女性は二本の形状の異なる槍を抱きつくように抱え、右側にいる女性は大きな豪華な装飾が施された盾を傍に置いていた。


「だからのぉ......、久方ぶりに会う生の男、ワシにとってはここ最近でなによりの目の保養。いや、数百年ぶりの癒しなのじゃ......。それにのぉお主、若くて意外とかいらしぃ顔をしとる......」


 セツギンはそういうと徐々にレオとの距離を埋め始める。


「あのちょっと、セツギンさん???」


 肩と肩が触れそうになる瞬間、その間に突如一人の黒い装束を纏った少女が割り込みレオの席の左側に強引に入り込んでくる。


「やぁやぁやぁ!君が新人さん!?初めまして!!!」


 その少女は非常にご機嫌且つ明るい様子でレオに話しかける。


「あの、ちょっと......。狭いですけど......」


「んー?だって仕方ないだろう。他は埋まっちゃってるし、それに彼女たちはおっかないんだー。迂闊に近ずくと殺されちゃうかもしれないから気を付けてね、あ僕はブラックエマ―って言うんだ。フルネームはライヴァラリー・ブラックエマ―シェン!まぁ馬鹿みたいに長いからエマって呼んでね。元々は西側諸国の旧剣聖だよ!分かるかな?卿国なんだけど、まぁいいやそれで君はなんて名前なの?」


 テンポよく素早く話すその少女エマは、目を輝かせながら興味津々な様子でレオと接する。


「えーと......、名前はレオ・フレイムスって言うんだが......」


「ほうレオくん!これからよろしくねー!」


 エマがそう言い終えると、セツギンはやれやれと言わんばかりの表情をする。


「おいエマよ、ワシが先に話しておったんじゃぞ節度を弁えよ。まだ名前もちゃんと聞いておらぬわ」


「うるさいなぁ婆さん~、名前なら今聞いたからもういいでしょ。それにそっちこそ節操なさすぎなんだよーキツイよーそういうの!ほらーそんな怖い顔するから彼も引いてるよーやだねーこわいねー!向こうで僕と二人きりでお話ししよっか!若い人は若い人同士でやっぱつるまないとねーん!」


「お主なぁ......!!!」


 セツギンはエマの後ろから襲い掛かり、二人は取っ組み合いをする。そしてその光景を目の前にしても、やはり他の二人の女性達は興味どころか反応も示さず。

 飲料が飛び掛かろうと軽く拭き取る程度で無関心を貫く。


「この小娘......!お主はここで一回分からせておく必要がありそうじゃなぁ!!!」


「望むところだよコスプレおばあちゃん!!!」


 セツギンは複数の尻尾のような物を威嚇するように大きく広げてみせ、エマは腰に添えられた剣のグリップに手を掛ける。


「ちょっ!ちょっとやめてくれよこんなところで!」


 レオは二人の仲介に入る、しかしその時どこからか重厚な数人の足音がこちらに近づいてくる音が聞こえてくる。

 足音がする方向を一斉に全員が見ると、そこには二人の重鎧兵士を連れ左目に紋様の入った眼帯をした明るい髪色の人物が入ってくる。


「皆さんこんにちわ、レオ君。やっと目を覚ましたんですね、賑やかな様子でしたね、仲良くやっているようで良かった。おや、でもこの様子じゃあレオ君の取り合いになっちゃってたのかな?男冥利に尽きるねーレオ君、この状況は言うならそう。緑一点とでもいうんでしょうかね?」


 左目眼帯を身に着けたその人物の凛々しい立ち振る舞いから一瞬性別が判明しなかったが、透き通った高音と儚げな挙動、驚く程に体のラインが整った見た目から女性であることが一息ついて分かった。


「ここになんのようじゃーマギ」


「ふふふ、セツギンさん、今回はレオ君に少しお話がありましてね。お二方に申し訳ないですけど、少しお借りしてもよろしいですか?」


「やだ!!!」


 マギの言葉にエマは一間置くこともなく拒絶の言葉を投げかける。


「うーん......困りましたね、実に不本意ですが実力行使もやむを得ませんよね」


 マギがそう言うと後方に居た重装兵士が前に出る。銃を構え、そして銃口をエマに向ける。更に天井の機械達が起動したのか動作音が室内に鳴り響く。


「やめておくのじゃエマよ、ここで暴れたところでそんなにいい事なんてないのじゃぞ」


 セツギンはエマを諭すように言葉をかける。


「そんな事は一々言われなくても分かるっての!僕はただあの女が誰よりもいけ好かないってだけ」


 エマはそう言うと、別の部屋へと颯爽と姿を消した。


「良かった、平和的に解決できて。それじゃあレオ君、行きましょうか」


「え、あっ......。はい......」


 レオはそう言うとコタツから離れ、二人の重装兵士に挟まれながらマギの後を追う。セツギン特に何かすることもなくコタツに戻り、レオの背を見送った。




 マギに連れられ扉の前に着く、マギがそれを開けると勢いの強い風が隙間から張り込みレオの体を緩やかに冷却する。

 その扉から外に一歩踏み出るとテラスのような場所に出る、夕暮れ時であった。

 そこから覗かせた光景は辺境のセクターより遥かに発展した無数に光り輝く高層ビル群達。

 そしてレオがいるこの建物自体がかなり高層な建物である事を外の景色から理解する。

 かつての星屑作戦参加の為に訪れた時よりも、心に深く刻まれるような強い感動を抱く。


「では、ここからは私とレオ君で行くからあなた達はここで待っていて」


 マギは後ろを振り向いて付き添いの重装兵士にそう告げる。


「しかしマギ司令、彼はあまりに危険すぎます」


「大丈夫、私が見ているから」


 マギはそう言うとレオに近づいてくる。


「じゃあレオ君、少し散歩でもしましょうか」


 そう言うとレオの先を歩むマギ、レオは少し間隔を開けて風景を眺めながら彼女についていく。

 やがてマギは足を止め、テラスの柵に軽く腕を掛け景色を眺める。


「どう?綺麗でしょう。ここは私のお気に入りです、やはり巨大な人工物というのは何とも形容し難い美しさがありますね」


「あの、ここって......?」


「ここがどこかという事?ここは共和国中央セクター、セントラル区。まさしく共和国の中心だよ」


 マギは大きく手を広げて見せてそう言った。


「その実は俺、最近の記憶が全くなくて......。最後に覚えてるのは......、帝国の首都にあるアンビュランス要塞、そこで確か敵のヤバい奴に捕まってしまって、そこからの記憶が殆ど飛んでて何で俺がここに居るのかも分からないんです。帝国はあの後どうなったんですか?」


「帝国はあの後、枢爵位が廃止されて完全議会制へと移行した。その議長にアイザック・エルゲート・バッハが就任、そして新政府機関が発足した。新たに皇帝としてエクイラ陛下が即位なされた。とまぁ大きなニュースで言ったらそんな感じかな、どうかな?彼らレジスタンスとはお知り合いでしょ?」


「そう、ですね......。とにかく計画自体は成功したのか、それは良かった......。ダグネスやベルゴリオ、メイ少将やクライネさん。そしてエクイラさん......、レジスタンスの人たちは今頃国づくりに励んでるのかねぇ......」


 レオは一先ず安心した様子でレジスタンスの面々を思い出す。


「それでレオ君、私は君にお願い事があるんだ」


 マギはそう言うと、携帯型ディスプレイ端末をレオに差し出す。


「レオ君、再びレイシア隊と共に自由を謳歌したいならこの任務を是非受諾してほしい」


 そう言われ、それを受け取ったレオは画面に顔を覗かせる。


「『アステロイド領域辺境調査』、だと......?」


 レオはマギの顔を伺うように視線を戻すと、マギは優しい笑みを浮かべていた。






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