第54話 アンビュランス要塞撃滅作戦・第一段階

「―――という事でね、一応ツテがあるアンバラルの指揮官さんに計画の話は通したわよ。でも正直、本当に介入してくるかどうかは確約できないからね?そこんところよろしくメイ・ファンスさん」


 対アンビュランス要塞作戦指令室にて、メイ・ファンス少将はレフティアと通信機を用いて連絡を取り合っていた。


「―――えぇ、分かってますよレフティアさん。後ろ盾の儚い希望があるだけでもありがたい。特に我々のようなほんのひと時しか存在しない矮小な組織にとってはね」


「―――ふーん、まぁいいけど。私はこれで一旦身を引くわ、後はあなた達次第ね。幸運を祈ってるわぁーレオ君によろしくー」


 レフティアがそう言うと一方的に通信が切断される。


「やれやれ、お転婆なお嬢さんだこと」


「しかし確約されない援軍に期待してこの作戦に臨まなければならないとは何とも嘆かわしい話だな」


 メイ・ファンスの傍にいたアイザック大佐はそう言う。


「仕方ないですよアイザック大佐、いつの時代も国を変革するのに必要なのはほんの一握りの蛮勇たる者達の存在。後先考える者が本物の変革を起こすことはない、私たちには後ろ盾があろうとなかろうと鼻から関係ない。これは国に向けての壮大なメッセージなのですから」


「そんなもんですかねぇ」


 アイザックは俯きながらそう答える。


「ところで、レオ君の戦闘部の編成は如何ほどになりましたか?」


 メイ・ファンスはアイザックにそう聞く。


「彼はヘレゲレン少佐が率いる第三戦闘部に編成しました。当初の予定通りに残党狩りに参加させますよ、訓練の成果を見るに彼くらいの力になれば枢騎士団長クラスを相手にしても問題なさそうですしねぇ」


「そうですか」


 メイ・ファンス少将はそう短く答える。



 ―――同刻、地下要塞幽閉施設にて。

 ダグネスによってレオは引き続き対ディスパーダ用の戦闘訓練を行っていた。


「随分身のこなしがそれらしくなってきたじゃないか、もはや大抵のレイシスでは君には敵わんな。やはり君の肉体はヘラクリアムとの驚異的な親和性を誇っている事は間違いなさそうだ」


「そうか?これなら何とかあんた達に迷惑をかけずに済みそうだな......」


 レオはそう言うとその場で座り込み体力を養う。すると、幽閉施設の入り口からベルゴリオが現れる。


「ダグネス様、そろそろです」


「ん、もうそんな時間か。やれやれ、訓練はもうお終いだ。作戦が始まる、私たちはしばらくここからお暇させて頂くよ」


 ダグネスはそう言うと、人工ソレイスであるイレミヨンを収めて入り口の方へと向かう。


「そうか......あの。ダグネスさん!」


 レオの呼びかけにダグネスはゆっくり顔だけ振り向ける。


「えっと、俺を鍛えてくれて助かった。その、感謝してる。ベルゴリオあんたにもだ、あんた達がいなけれゃ俺はずっとこの世界じゃ役立たずだったかもしれない......」


 レオは若干照れたような様子でそう言った。


「なんだ貴様急に気持ち悪い事を言いよって」


 ベルゴリオがそう言う。


「なっ!?感謝してるって言ってるだけだろうがよ!?」


 レオはそう言うと、ダグネスはそれを見て微笑む。


「ふふ、感謝されるいわれはないぞ。遅かれ早かれお前はその領域に達していただろう、私達は唯。君の成長の傍らに居ただけだ」


 ダグネスはそう言うとレオを残してその場から去って行った。




「ベルゴリオ、彼をどう思う?」


 作戦指令室へと向かう道中、ダグネスはベルゴリオにそう問う。


「はっ、彼は我々の常識からは逸脱しています。正直後天的なディスパーダ類というよりは、もっと別の何かのように感じました」


「そうだな、彼は我々とは根本的に本質を違えている気がしてならない。彼の存在がこ作戦において裏目に出ないことを祈るよ」


 ダグネス達は作戦指令室と着くと、メイン中佐が撃滅作戦第一段階のブリーフィングを行っていた。

 その内容は、撃滅作戦を本格的に始動させるための前段階、アンビュランス要塞防空システムであるエイジスシステムの期日無効化である。

 その為にはエイジスシステムを管理している要塞内のセキュリティルーム直接占拠を極秘裏に実行する事が急務であった。

 その為のレジスタンスのエンジニアチームと、ダグネス率いる第十一枢騎士団が主な役割を担う事になる。


「エンジニアチームは当日入れ替わりのセキュリティスタッフを控室で制圧、その後扮装してセキュリティルームに侵入してもらう。偽造IDを使って認証を潜り抜けてセキュリティルームに入る。その後は直ちに室内の全スタッフを排除して作業に取り掛かる、作戦時間は入室後六時間以内だ。第十一枢騎士団はアンビュランス要塞の固定レーダーを無効化するための工作を行う、場所は全部で八か所ある。こちらも期日無効化だ、悟られないようにな。では各自配置につけ」


 メイン中佐が第一段階のブリーフィングを一通り行うと、満を持してダグネス達やエンジニアチームは行動を開始する。




 エンジニアチームはアンビュランス要塞へと向かい、入り口でのID認証を潜り抜けてセキュリティルームスタッフが利用する控え室へと訪れる。

 そこには当日入れ替わり予定のセキュリティスタッフ達が居た、エンジニアチームは予定通りに手際よく隠密にスタッフを消音性のハンドガンで無力化していく。

 遺体はそのままロッカーに隠し、エンジニアチームはセキュリティスタッフに扮装するとそのままセキュリティルームへと向かう。


 ダグネスが率いる枢騎士団の高官達はその身分を利用し、難なくと厳重なセキュリティの敷かれる固定レーダー区画へと踏み込む。


 エンジニアチームはセキュリティルームに到着すると、そこで警備兵による再ID認証を受ける。

 ID認証を無事すり抜けると、セキュリティルームへの入り口が開かれる。

 エンジニアチームはセキュリティルームに入って扉が完全に閉め切るのを確認すると、それぞれに対応した持ち場へと向かい既存のセキュリティスタッフを全員速やかに排除した。

 そしてエンジニアチームはエイジスシステムの無効化工作を開始する。


 一方、ダグネスはファルファを要塞内病棟から近くの駐屯基地に移送する為に数人の枢騎士を連れてファルファの病室へと訪れていた。


「ファルファ、話は聞いているな?」


「はい、ザラ様。ついに始まろうとしているのですね、革命が」


「そうだ、ではファルファを頼む」


 ダグネスがそう言うと、周りの枢騎士達は軽くダグネスに向かってお辞儀をする。その後、枢騎士達の手によってファルファは第十一枢騎士団管轄の駐屯基地へと運ばれた。


「一通りの事は済んだ、後は......」


 ダグネスはセドリックとアルフォールの事をその境遇から気にかけていた、真に改革された帝国で彼らには生きていて欲しいとそう思っていた。

 そう思っていた矢先、廊下の方からある男の声がした。


「その方を連れてどこへ行こうとしている」


 廊下の方へ向かうと、ファルファを移送しようとしていた枢騎士達がレイシスであるセドリックに呼び止められていた。


「ファルファ様には第十一枢騎士団駐屯基地への移送命令が出されています」


 枢騎士達の一人がそう言うと、セドリックは怪訝そうに表情をする。


「ふむ、おかしいな。なぜこのタイミングで移送を?」


「それは......命令受けている過ぎませんので我らにはわかりかねます故......」


 枢騎士達が言葉を詰まらせる様子を見てセドリックは不信に思う。そのままセドリックの傍を通過しようとする。

 そして再びセドリックは呼び止める。


「待て、確認を取らせてもらう。その方はまだ完治して居られない、駐屯基地の設備でどうこうなるとも思えない、何かの間違いだろう」


 セドリックがそう言うと、枢騎士達は足を止めてしまう。


「いや、確認などしなく良い。私がそう直々に命じたのだ、行け」


 病室から出てきたダグネスがそう言うと枢騎士達はすぐ様にその場から去った。


「どういう事ですか、ダグネス様。彼はまだ万全ではないでしょう?どうしてこのような事を......?」


「セドリック、そうではないのだ。そうでは......」


「ダグネス様、一体どうなされたというのですか?貴方だけは他の枢騎士団長とは違うと思っていましたが、どうやらそうではなかったようで」


 ダグネスは様々な葛藤で思いつめていた。


「私は......、私は......。くっ、やはりセドリック。君のようなレイシスを見殺しにすることは出来ない......」


 ダグネスのその言葉にセドリックは困惑する様子を見せる。


「見殺し......?一体何の話を......?」


「私と共に来いセドリック、詳しい話は出来ないが......。とにかくここに居てはいけないのだ!どうか私の言葉を信じてほしい!!!」


「さっきから何を妙な事を言っておられる!すみませんが尋問枢騎官として貴方をここで拘束させて頂く!一連の行動、看過できるものではない」


 セドリックはソレイスを顕現させて矛先をダグネスへと向ける。


「くっ、センシティブって奴か......。気取られ過ぎた、これだからヘラクロリアム感応者は嫌なんだ」


 尋問枢騎官は枢騎士の中でも特にヘラクロリアム感応に優れた者がなれるセンシティブ能力が備わった者たちで構成されており、主な役割は枢騎士やレイシスの秩序保安である。普段はエアー級空中戦艦などに在中し、国中を巡ってその優れたヘラクロリアム感応を使って、不穏な動きをしているレイシスやその他覚醒者を取り締まっている。


 ダグネスは腰に据えた片方のイレミヨンを取り出しブレードを展開する。

 そして、セドリックは密かにエアー級空母に在住する対ディスパーダ戦に特化した帝国軍特殊部隊『ラーク』に腕に取り付けられた緊急救援要請用装置で救援要請をすると、セドリックはダグネスに勢いよく切りかかる。


 ダグネスがそれを難なく受け止め鍔迫り合いになる。


「セドリック、分かっているだろう。君では私に勝てない事くらい」


「もちろん分かってますよダグネス様!身の程くらい、ねぇ!!!」


 セドリックは勢いよくダグネスのソレイスを押し放つと、一旦距離を取る。


「ですから、俺は時間稼ぎです。とても俺一人で貴方を捕まえる事は出来ないのでね」


「まさか......、『ラーク』か......!随分面倒な連中を呼んでくれたなセドリック......」


 セドリックとダグネスはそのまま剣戟を交わし続け、いくつかの病室を破壊しながらそのまま外へと身をお互いに放り出す。

 身を放り出した先は病棟区画のあまり人目のつかない雨の降り注ぐ中庭だった。

 セドリックは辛うじてダグネスと剣戟を交わし続けるが、体中の腱を狙われたセドリックは体制を崩しそのまま膝を着く。


「クソ......」


「セドリック、本当に今の帝国に未来があると思うのか?傀儡皇帝を担ぎ上げ、枢爵の支配制度の言いなり。このままではこの国はいずれ滅びてしまう。今の戦争でさえそれを代弁するかのような勝算のない虚勢の戦争だ!本当に国を憂い命をとして戦う帝国軍人や枢騎士達がこれでは報われない!これからもだ!私は変えたいんだセドリック、君はどう思うんだこの国を、枢騎士を!」


 セドリックはダグネスのその言葉に静かに耳を傾け、しばらく沈黙する。


「貴方の言う通りですよダグネス、確かにこの帝国に未来はない。だからといってどうればいいっていうんですか!?帝国主義を掲げ、独裁体制の体裁が取られてしまったこの国でどうやって我々のような存在が強大な枢爵に立ち向かえるというのですか!?」


「だからこそ、革命を起こすんだよセドリック。我々にはその用意がある、だから私を信じて欲しいんだセドリック、禁忌術に身を滅ぼしてしまったアルフォールの為にも」


 ダグネスはセドリックに手を差し伸べる。


「ダグネス......様......」


 しかしその時、突如上空にガンシップが現れダグネスを二基のサーチライトで照らす。ラぺリングで降下してきた兵士にダグネス達は囲まれた。


「―――ラークか!」


 対ディスパーダ戦に特化した兵装を身につける特殊部隊であるラークは、ダグネス程の実力者であっても戦いは困難を極める。

 スタンダードのAEポイント弾とは異なり、ヘラクロリアム組成を反転させてしまう消滅性の高い特殊なAEポイント弾を使用する。

 この為、ディスパーダの特性である人体再生系が損なわれるのでディスパーダにとっては治癒困難の致命傷となる。

 それだけでなく、防具も最新鋭であり大抵の物を切り裂くソレイスの斬撃であっても一定の防御能力を有する。


「―――要請者、尋問枢騎官セドリック及び、第十一枢騎士団長ダグネス・ザラを確認。指示を待つ」


「尋問枢騎官セドリック状況を説明しろ」


 駆け付けたラーク隊の隊長はセドリックに説明を要求する、そしてラーク隊は銃口をダグネスに向けたまま隊長の指示を待っていた。


「......いや、誤要請だ。俺の勘違いだった」


「なんだと......?そんな馬鹿な話があるか!病棟施設が損壊しているのを確認している、尋問枢騎官セドリック及び、第十一枢騎士団長ダグネス・ザラをこの場で拘束する」


 ラーク隊の隊長はラーク隊に指示を出すと、ディスパーダ用拘束具を取り出しセドリックとダグネスに拘束具を掛けようとする。

 しかし、セドリックは拘束具を振り払い持ち前のソレイスでその隊員二名の首を跳ねた。


「―――セドリック!!!」


 ダグネスがそう彼の名前を叫ぶと、その刹那。セドリックはダグネスの方へ振り向く。


「ダグネス様、アルフォールを。アルを頼みます」


 刹那にその言葉をダグネスへ放つと、セドリックはラーク隊から銃撃を受ける。

 セドリックは中距離空間障壁を展開しそれを一時的に防ぐが、弾幕によって直ぐに破られ左肩部に命中し、左腕が吹き飛ぶ。

 そしてその隙を見逃すまいとラーク隊の隊長は、人工ソレイス・イレミヨンを取り出しセドリックの首を狙う。

 しかし、それに反応したセドリックは何とか態勢を取り戻し鍔迫り合うとそのまま隊長を吹き飛ばす。

 再び銃撃を受けそうになったセドリックは、空間障壁を再展開しつつソレイスを空中のガンシップに目掛け投擲する。

 投擲したソレイスはガンシップの操作系に命中し、制御を失ったガンシップは地上のラーク隊を何人か巻き沿いにして墜落した。

 一瞬安堵するセドリック、その瞬間背後からイレミヨンによって刺突される。


「この裏切り者が......!高くつくぞセドリック!」


 刺突したイレミヨンをセドリックの体から足を使って抜くと、隊長はハンドガンを取り出しセドリックの頭部に狙いを定める。

 しかしその瞬間、瞬時に距離を詰めたダグネスが隊長の腕を装甲の薄い関節を狙って切り落とすと、そのまま流れるように心臓部位を狙い、体内を巡るヘラクロリアムを腕に一時的に一極集中させる、それによって生み出される一撃は装甲を容易く貫いた。

 心臓を貫かれたラーク隊の隊長は、そのまま倒れ込み絶命する。


 ダグネスはセドリックに駆け寄る、セドリックの体は酷く損傷し特殊なAEポイント弾で破損した肩部は未だ再生がなされない。これは損傷付近のヘラクロリアム組成が反転してしまっている為に再生機能系が一時的に麻痺しているからだ。

 その間に流れた大量の出血が、セドリックの生命活動を保つための必要量を大幅に失われてしまった。

 故にセドリックの生存は絶望的であった。


「セドリック、意識はまだあるか?」


「えぇ、まぁ。でも......ボーっとしちゃって......。もう俺は無理です、流れた血が多すぎる......、体が再生を始める前に俺の命は無くなる......。ダグネス様、どうかアルを......、未来ある国へ連れて行ってやってください......」


 セドリックはそう言うと、首飾りのような形見をダグネスに渡してそのまま眠るように死んでいった。

 ダグネスはそれを受け取り、握りしめる。


「セドリック、貴方の思いは無駄にしません」


 ダグネスはそう言うと、その場から立ち上がる。イレミヨンを手に持ちながらラーク隊のまだ息のある負傷兵の元へと向かう、ラーク隊の負傷兵に止めを刺し周りながらそのまま通信機を用いてベルゴリオに連絡を取る。


「ベルゴリオ、病棟で入院中の尋問枢騎官アルフォールの移送もファルファと同様に頼む」


「―――はっ、仰せの通りに」


 ベルゴリオはその通信を、通信の向こう側から聞こえてくる何やら助けを乞う声を聴きながらダグネスの指示を受ける。

 ラーク隊の負傷兵に止めを刺し終えたダグネスは第十一枢騎士団駐屯基地へと速やかに帰還した。













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