第53話 セラフ財団の謀反・クロナの失脚

 ―――セラフ財団本部、秘匿財団委員会にて。


 クロナ、真の名はリ・イリーナセラフ・オレリア。彼女が当主を務めるセラフ財団は世界有数の多国籍企業である製薬会社【オート・パラダイム】や軍需産業を営む民間軍事会社【センチュリオン・ミリタリア】を傘下に抑える組織である。しかし、表向きには彼女は考古学者であり学会では若いながら有名で、自ら率いる表向きは発掘隊チームである精鋭揃いの私設警備部隊【オレリアンクレイツ】を用いて世界中のあらゆる遺跡や遺物を発掘してきた。

 彼女が直接的に財団事業に殆ど関わることはなかったが、度々私的利用で財団権力を振りかざすことは多々あった。

 そういった事の積み重ねが、彼女が財団委員会からの不評を募らせていく事の原因になっていった。


「ここ最近のクロナ様の行動には目を見張るものがありますぞ、そろそろ我々も彼女の処遇について再検討するときがやってきたのだ」


 そう言い放ったのは財団委員会の副委員長であり、セラフ財団副当主である男、セリマンだった。


「セリマンの言う通りだ、いくら先代から引き継いできたものとは言え我々が彼女の元にいつまでもついていく合理的な理由などない!」


「そうだ、排斥だ!」


「当主権限を解体し、委員会に分配することで真の財団運営がなされるのだ!」


「帝国側とのギリア領域でのいざこざも結局後始末もせぬままあの方は、まったく......」


 他の委員会メンバーもセリマンの意見に賛同していく中、一人の委員会メンバーの女性は流れを遮った。


「さて、それはどうだろうかセリマン」


 センチュリオン・ミリタリアの代表者グゥリア・グレイスは委員会の意見の流れに歯止めをかけるかのような発言をする。


「どういうことだねグレイス代表?何が言いたい」


 セリマンは威圧するような態度と口調でグレイスに問う。


「いや、概ねあなた達の意見に賛同はできる。あのお嬢様にこの組織が適切に運用なされるかは疑問を感じざるを得ない。しかしだ、彼女を排斥した先に今以上の未来があるとも私は思えない」


「なるほど?グレイス代表は我々委員会が信用に値しないといいたいわけか」


「そうではないさ、私が言いたいのは当主権限の存在が組織の秩序を辛うじて保たれている一つの要因ではないのかと提唱しているのだ。彼女の人柄があってこその今があるとも否定は出来んだろう、我々が強大な覇権国家の壁を超えてこうしてまとまれているのは訳がある。そうは思わんかな」


 そのグレイスの発言にただ一人、首を縦に振る人物がいた。オート・パラダイム社代表のクレージュ・ミラーだ。


「確かに確かに、グレイス代表の意見は魅力的だ。当主権限という財団や関連企業の殆どの決定権を保有するような権力がこれだけ一極集中していても組織の秩序は保たれている、これに手を加えるなんて私も疑問を呈するね。それともそれ以上の理由をもってして当主を排斥したい理由でもあるのかねぇ」


 クレージュ・ミラーの発言に委員会は静まり返る。しかし、セリマンはそんな雰囲気の中でも血相一つ変えない様子でほくそ笑んでいた。


「ふっ、これはこれは大企業代表お二方の意見を伺えて幸栄の限りだ。しかし時間もあまりない事だ、ではここは奥ゆかしく多数決といきますかの。現財団当主、クロナ様の排斥に賛同する者は挙手を」


 そうセリマンの投げかけに財団委員会十二人のメンバーの内、二名を除いて全員挙手をした。


(なるほど、私の関知しないところですっかりセリマンに染まっていた訳かこの委員会メンバー共は。私が危惧するよりも早かったですよ先代様)


 グレイスはそう小声でぼやく。


(あちゃー、やはり当主利権に目が眩んでいたか。権限が分割されれば二流企業の代表者共は制約なき解放された経済活動ができる、我々と本気で対等する気でいる様だな。この調子じゃあ誰が何を授かるかは既に調整済みか)


 ミラーは内面でそう語った。


「おや、お二方を除いては概ね賛同されているご様子。大企業の代表者の意見を無下にするわけではありませんが、ここは財団委員会の方針として舵を取らせて頂く。これより現当主、真名リ・イリーナセラフ・オレリア改めクロナの排斥案を委員会過半数の賛成を以て可決とする。現時刻を以てして当主権限を解体、及び隷下組織の凍結とクロナの拘束、そして私設警備部隊オレリアンクレイツの殲滅を施行する」


 セリマンがそう言うと、会議室内には盛大な拍手が鳴り響いた。



 ―――オート・パラダイム社CEOオフィスにて。

 一方クロナは帝国領にあるオート・パラダイム社本部、CEOオフィスに数人のオレリアンクレイツの隊員を連れて訪れていた。


「グレイス遅いわねぇ、速くギリア領域に行く為の輸送機手配してもらいたいのに。ミリタリアは戦時中でどこも空きはないし、ディーク先生に早く遺物の実物を見てもらいたいのに......。はぁそういえば帝国の調査隊に奪われた四騎士の遺物もいつ取り戻そう......、あんまり実力行使的な手段はとりたくない、よねぇ」


 クロナはそう囁きながらオフィスの椅子をぐるぐる回しながら贅沢に座りこなす、しかしその時。

 オフィスの外の様子が少し騒がしい事にクロナは気づく。


「ん、なんだろう。なんか物騒な感じねー」


 クロナは他人行儀な様子でそう言うとそのオフィスの窓から外を覗く、すると外には数両の装甲車が停まっていて、周辺の社員が騒めついているのが伺えた。


「なにか不審者でもいたのですかね」


「裏切り者でもいたんじゃないですか?」


 オレリアンクロイツの隊員達が冗談めいた口調でそう言い合う。


「ふーん......」


 興味が薄そうな様子でクロナはオフィス内に視線を戻すと、壁を一つ挟んだ向こう側の社内から先ほどの外であったような騒めきが伝わってくる。


「うーん、なんかこれ。私の方に近づいてきてない?」


 困り顔でクロナがそう言うと、オレリアンクロイツの隊員の一人がライフルを構えてオフィスから出てオフィス外の様子を伺いに行く。すると、大量の武器が摺れる音や重厚な歩行音が迫ってくると共にその隊員は戻ってくる。


「クロナ様、武装した財団の私兵がこちらに近づいてきています。いかがなさいますか?」


「えぇ!?なんで?」


「クロナ様時間がありません、もうすぐそこまで迫っております」


「待って待って!争いはなしなし!まずは話をしてみましょ!」


 そういうとクロナはオフィスの外へと自ら出ていくと、オレリアンクレイツの隊員もそれに付き従いオフィスから出ていく。

 オフィスから出た先は数十人の武装した財団私兵に取り囲まれていて、周りにいた社員はいなくなっていた。


「クロナ様、委員会当局より貴方に拘束命令が出ています。このまま我々と同行してください」


 財団の私兵がそう言うと、オレリアンクレイツの隊員はライフルを構える。

 それに合わせて財団の私兵もお互いに突きつけ合うかの様に銃を構えるが、クロナがそれを手振りで静止する。


「待って待って、なんでなの?理由は?」


「委員会はクロナ様の当主権限を解体し、またその隷下組織の凍結も可決されたからです。このまま同行願います」


 財団の私兵に言い渡されたその内容に、クロナは頭を痛めたかのように手を頭にやる。


「なんてこと......、これじゃあ......、これじゃあ......」


 クロナが言葉を溜める中、財団の私兵はクロナを急かすように触れようとする。


「これじゃあ......、これからどうやって世界中を飛び回ればいいって言うの!?!?」


 クロナのその言葉に財団の私兵は思わずその場で硬直する。


「はっ、はぁ。とにかく委員会からは貴方を可及的速やかに拘束するよう命じられています。今すぐ同行願えますか」


「嫌よ」


「えっ、しっ、しかし。拒否されるというのならこちらもこの場での実力行使もやむを得ません、どうかお考え直しください」


 財団の私兵はそう言うとライフルの銃口をクロナへと向ける。


「嫌なものは嫌、そんなもの。私へ向けても何の解決にもならない」


 クロナのその言葉に財団の私兵は鼻で笑うと、無理やりクロナを連れて行こうと手をクロナの腕に掛けようとする。


「―――本当に、愚かね」


 財団の私兵がクロナに触れようとした瞬間、その財団の私兵の腕は突然姿を暗ましたかのように消える。


「えっ......?」


 財団の私兵が気づいた頃には消えていた部位の腕は血しぶきの円を描きながら宙を舞っていた。


「ぐああああああああああああ!!!」


 腕を吹き飛ばされた私兵の絶叫を掻き消すかのように、財団の私兵達が一斉にクロナへ向けてライフルを絶え間なく撃ちだす。

 しかし、その全ての銃撃はクロナに対して効果的ではなかった。クロナの寸前で不可視の障壁に阻まれたエネルギー弾は空中で硝煙を発生させていた。それはまるで蒸発のような現象だった。


「ど、どういう事だ!聞いてないぞこんなのは!」


「覚醒者だったのか!?」


「ど、どうする!?俺達の武装じゃあ覚醒者はやれない....」


 財団の私兵達が慌てふためく中、クロナは固有障壁である【刀空片】を一帯に展開する。

 大気の層で形成される刃はあらゆる場所に張り巡らされ、無数に作り出される。そしてその刃達が財団の私兵達を次々と突き刺していくと、断末魔が響き渡る。

 かつて人が居た生活感の温かみのあったその空間は、やがて赤く黒く染まっていった。

 その場にいたクロナを綺麗に避けるように飛び血は広がっていて、オレリアンクレイツの隊員達は飛び血で酷く汚れていた。


「あっ、ごめん。服、すごく汚しちゃったね」


 クロナは申し訳なさそうに隊員達に顔を向ける。


「いえ、それよりも財団委員会への対応はどういたしましょう?」


 オレリアンクレイツの隊員達は汚れに気にする素振りもなく、クロナの指示を忠実に待つ。


「そうね、オレリアンクレイツの本隊に委員会を捕縛するよう通達してください」


「―――了解」




 ―――クロナより勅命を受けたオレリアンクレイツの本隊は、すぐさまに委員会の設置されている財団施設本部へと急行していた。


「―――オレリアンクレイツ総員傾注。クロナ様の勅命により、これより財団施設本部へと赴きクロナ様を欺いた財団委員会共を捕縛する。この指令を阻まれるような事態が発生した際は各自の裁量での無差別武力行使が認められている、速やかに指令を遂行せよ」


 財団施設本部の閉ざされた門を強行突破し、敷地内へとオレリアンクレイツは侵入した。

 施設内の警備兵を度々無力化しながらオレリアンクレイツは施設内の丁度中央付近に位置する委員会会議室を目指した。

 会議室の扉前まで来たオレリアンクレイツは、合図を以て突入する。

 しかし、そこには委員会メンバーどころか誰一人して人の気配はなかった。


「どういう事だ?なぜ誰もいない」


「委員会メンバーはここで定例会議を開いているはずだが......」


 会議室内の隅々を隈なく確認するもやはり人のいた形跡はなかった。

 しばらくすると、外を見張っていた隊員から連絡が入る。


「―――大変だ隊長......。こっちに来てくれ」


 言われるがまま駆け足で入り口の方まで戻ると、そこには前触れもなく現れた財団私兵とセンチュリオン・ミリタリアによる混成一個大隊規模の部隊が施設を包囲するかのように展開されていた。

 クロナ自らの選りすぐり精鋭部隊相手とは言え、現総隊員30名に対する戦力としては過剰とも言えるようなものだった。

 目視で確認できるだけでもミリタリア社製戦車4両にミリタリア社製ガンシップが3機、対人武装しか施してないオレリアンクレイツにとっては絶望という言葉でも言い表せないほどの窮地だった。

 そして降伏勧告もないまま敵は施設もろとも遠慮することなくオレリアンクレイツに対して射撃し始める。

 それに対して何とか遮蔽に身を隠して応戦するオレリアンクレイツ。攻撃が始まった時点で既に数人の隊員が死亡した。


「鼻っから待ち伏せで俺達を皆殺しにするつもりだったのか財団は......」


「へへっ、まぁこう考えりゃいいんですよ。こうでもしなきゃ俺達を倒せるとは思えなかったって、これはもう実質俺達の勝ちみたいなものですよ隊長」


「あぁ、そうだな。これは所謂、勝負に負けて戦いに勝つ。ってやつかねぇ......、とまぁどの道俺達はここで最後の足掻きを奴らにお見舞いすることになる。一個大隊用意して正解だったってことを財団のビジネス畜生共に教えてやろうや......。いくぞぉ!おまえらぁ!!!クロナ様の指令は果たせそうにないが、今まで散々無茶振りに付き合って来たんだ!たまには失敗したっていいよなぁ!最後くらい華々しく飾ろうや」


 隊長のその声掛けをオレリアンクレイツの通信チャネルに向けて言うと、それを最後に通信が切断される。オレリアンクレイツは雄たけびを上げながら敵の地上戦力へと突撃していった。



 ―――その後、現場到着後連絡のないオレリアンクレイツを案じたクロナは共にしていた数人のオレリアンクレイツと共に財団施設へと足を運んだ。

 足を運ぶ途中見かけた財団施設から立ち上がる複数の黒煙が見えたが、通常の歩兵戦力で引きこせるような規模のものではない光景だった。


 財団施設に辿り着き、破れた門を通過したその先には。

 およそ半壊したと見られるミリタリア社と財団私兵、混成一個大隊の姿があった、ガンシップは全て撃墜され、戦車車両の何台かは撃破又は破損されて行動不能になっていた。

 遺体の回収作業を財団私兵達が行っていた辺りを見ると、自ずとオレリアンクレイツは全滅したのだと直ぐに分かった。

 クロナは近くにあったオレリアンクレイツの制服を着た遺体に近づき、通信機を拾い上げる。

 その通信機を開くと、隊長が最後の通信として残していた物がチャネルに残されており、クロナはそれを再生した。


「うん、確かに。財団はこの規模の部隊を用意して正解だったみたい、この光景をみれば一目瞭然だよ。たった30名の部隊が約500人近く居た一個大隊とタメ張ったわけだからね、君たちは私の誇りです」


 クロナはそう言うと、無数の刃空片を展開する。

 不可視の刃はこの場のあらゆる敵対勢力を目掛けて、豪速に放たれた。やがてこの場には静寂が訪れた。


「我々はこれからどういたしますか?クロナ様」


「そうだね、しばらく卿国にある別荘にでも行って大人しくしてようかな。世の中色々ときな臭いし、落ち着いてからまた現実と向き合えばいいよ」


「―――分かりました」


 クロナ率いるオレリアンクレイツ総勢32名の内、30名がミリタリア社と財団私兵による混成一個大隊との戦闘によって戦死。

 そして、生き残りの隊員二名とクロナは卿国の別荘へと赴いた。


 ―――秘匿財団委員会にて。


「ば、ばかな!?一個大隊だぞ!?全滅なわけあるか!生き残りはおらんのか!?」


 セリマンは会議室内で受話器を用いて先の殲滅作戦の報告を受けていた。


「いやはや、恐れ入ったね。選りすぐりとは聞いていたが、たかだか数十人の部隊に内の兵士がやられちゃうなんてね。それに話によればクロナ様が世界に唯一一人の【セラフィール級ディスパーダ】、噂の人類最強とも臆されるような覚醒者だったとは知る余地もなかったよね。そりゃどれだけ並みの兵を積んでも敵わないよね、彼女自身が今まで好き勝手やってこれた理由も納得だよ」


 クレージュ・ミラー代表はそう言うと大きなため息をつく。セリマンがそれに合わせるかのように受話器を机に叩きつける。


「呑気なことを言ってる場合かミラー代表!!!我々はクロナによって滅ぼされるのやもしれんのだぞ!!!」


「知ったことですか、我々は事を見誤った。滅ぼされるのが摂理ってやつでしょうよ。内は製薬会社なんでね、荒っぽい事は分かり兼ねる」


 クレージュ・ミラーは机に上に足を組むと素っ気ない態度を取る。


「ちっ!グレイス代表!なにか考えはないのか!?」


 セリマンに急に話を振られたグレイスは呆然した様子だった。


「なにか。とは?」


「ぬううッ!貴官の組織にクロナに対抗しうる物はないのかと聞いておる!!!」


 そう聞かれたグレイスは即答する。


「ある」


「なんだと!?それは本当か!?それは何だ!?」


 セリマンが凄い剣幕をグレイスに向ける。


「企業DP。秘匿のディスパーダ傭兵部隊を使う、覚醒者に対抗するにはやはり覚醒者しかない。我々の領域で解決できる次元はとっくに超えている」


「だ、だが並みの雇われディスパーダ程度では話にならんのではないか!?」


「当然だ、我々が雇うのは唯のディスパーダではない」


 グレイスがそう言った瞬間、クレージュ・ミラーの表情が曇る。


「グレイス代表、まさかアイツを雇う気か......?」


「そのまさかだ」


 グレイス代表の発言内容に、クレージュ・ミラー以外の代表者達はついていけずに黙々とする。


「それは一体何なんだね、グレイス代表」


 セリマンはその存在の答えを急かした。


「デュナミス評議会にすらその身を捕えるのが容易ではない究極の人外未知領域達、セラフィールに次ぐ階級である【エンプレセス】。その【第九人外終局】だ」

















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